1、宣戦布告
昼、十三時頃。僕とリーナは王城に緊急招集を受けていた。
玉座の間に来た僕達は、国王イリオに臣下の礼をする。玉座の間には現在、国王イリオと僕達の他にもビビアン騎士団長と騎士団の皆、そしてクルト王子が居る。僕とリーナ以外、全員戦装束だ。
全員がぴりぴりと緊張した空気を放っている。それが、痛いほどに理解出来る。どうやら、全員が何かに備えているらしい。外法教団の奴らが何か仕掛けたか?
「シリウス=エルピス、只今参りました」
「リーナ=レイニー、只今参りました」
僕とリーナが頭を下げ、挨拶の口上を述べる。
国王イリオは静かに頷いた。その表情は硬い。何か、巨大な戦争を前に控えているような顔だ。恐らくこの例えは間違っていないだろう。事実、全員戦装束に身を纏っているからだ。
恐らく、外法教団が何か仕掛けてきたのだろう・・・
「うむ、よくぞ参った。今日来て貰ったのは他でもない、外法教団の事だ。詳しい内容はこの書状を見て貰えば解ると思うが」
国王が手を鳴らすと、騎士の一人が一枚の書状を持ってきた。恐らく、羊皮紙の類だろう。羊皮紙には簡潔な文章でこのように書かれていた。
終末の王、ハクアより宣戦を布告する———
要するに、宣戦布告の文章だった・・・
内容は至って簡潔だ。ようするに我に従え、でなくば戦争だ。そういう事が書かれている。
僕はその書面を見た瞬間、勢い顔を上げた。
「国王よ、無礼を承知でお願い申し上げます‼終末王、ハクアの相手を僕に任せては貰えませんか‼」
その言葉に、周囲の騎士達が驚愕の表情で僕を見た。リーナも同じ表情で僕を見ている。まあ、気持ちは解らないでもない。要は、僕は敵の首魁との一騎打ちを望んでいる訳だ。
国王は険しい表情で僕を見る。僕も、真っ直ぐに国王を見返した。それだけで、無礼罪として投獄されてもおかしくはないだろう。しかし、此処は退く訳にはいかない。
「本気か?相手はお前が以前正面から戦い、敗れたほどの相手だぞ?」
「それを承知でお願い申し上げます・・・」
「・・・・・・本気、なのだな?」
「はい」
しばらく静かに視線を交わし合った僕と国王。やがて国王が溜息を吐いた。
その表情は何処か諦めたように苦笑している。
「解った、そのようにしよう。しかし、状況が不利なら即座に援軍を送るぞ?」
「はい、了承しました」
僕は再び頭を下げた。国王は静かに頷くと、再び手を鳴らした。
騎士の一人が僕に近付き、一振りの剣を渡す。僕は、その剣を受け取ると鞘から僅かに抜いた。
それは、白銀に輝く一振りのブロードソードだった。ただ鋼を鍛えただけの、普通の剣だ。
「・・・これは?」
「今、お前に武器は無いだろう?なら、これを使うが良い」
「はっ、ありがたく受け取らせて頂きます!!!」
そう言って、僕はそのブロードソードを受け取った。これで、僕に武器が出来た。
僕は再び国王に礼をすると、そのまま退室した。そのあとを、慌ててリーナが付いてきた。
・・・・・・・・・
王城から帰った後、その日の夜・・・。僕がベッドに横になって考えていると。
こんっこんっと、ドアをノックする音が聞こえてきた。恐らく、リーナだろう。何となくだがそれが理解出来るようになった。まあ、あくまでも直感だがな。けど、間違ってはいない。
何となくだが、そう思えた。
ドアを開けると、やはりそこにはリーナが居た。薄いネグリジェ姿で立っている。その姿に、僕は思わず既視感を覚えた。まあ、実際この展開は何度もあった事だが。
思わず苦笑を浮かべつつ、リーナを部屋に入れた。この展開にも既視感を覚える。
「また、僕と一緒に寝たいのか?」
「・・・うん。それと、ムメイに聞きたい事があって」
「聞きたい事?」
僕は思わず首を傾げる。その姿に、リーナは口元に手を当てて微笑した。その姿に、僕の心がドキリと高鳴るのが解る。ああ、やはり僕は彼女の事が大好きなんだな。そう、実感する。
「うん、ムメイは終末王と一騎打ちで挑んでどうするつもり?」
「・・・・・・・・・・・・どう、とは?」
「ムメイはもしかして、終末王と和解出来ないか考えているんじゃないの?」
リーナは強い瞳で、僕を見詰めてきた。自然、僕とリーナは見詰め合う。
確かに、その事も考えなかった訳ではない。一度は考えもした。しかし・・・
「違うよ。僕は只、あいつの真意が知りたいだけだ・・・・・・」
「真意を?」
今度はリーナが首を傾げる。そんな彼女の姿に、僕は苦笑を浮かべた。リーナは苦笑を浮かべた僕にほんの少しだけ頬を膨らませて不服そうにする。しかし、直後呆れたように苦笑を浮かべた。
そうだ、僕はあいつの真意が知りたいんだ。
「終末王ハクア。あいつが何を思って、何を覚悟して、何を決めて此処へ至ったのかを知りたい」
———ただ、それが知りたいんだ。
そういう僕の言葉に、リーナは真っ直ぐな瞳で僕を見る。その間、決して視線を外さない。
自然、僕もリーナを真っ直ぐ見詰める。見詰め合う、僕とリーナ。
「それが、ムメイの決めた事?」
「ああ、そうだ」
「ムメイが、自分の意思で?」
「ああ」
そうだ、これは僕が自分の意思で決めた事だ。自分で決めた、他でも無い自分自身の意思だ。
そう伝えると、リーナは安心したように笑みを浮かべた。心底安堵した笑みだった。
「そう、解った・・・・・・なら、私もムメイを手伝うよ」
「んん?」
・・・今、何て言った?
「すまない。もう一度言ってくれないか?」
「私もムメイを手伝うよ?」
「あー・・・えっとだな?」
「?」
リーナはきょとんっとした顔で僕を見ている。いや、其処でその表情はおかしい。リーナ、本当は全て理解しているだろう?理解した上でその表情をしているだろう?
・・・はぁっ、全く。本当に、全くもう。
思わず僕は、天を仰ぎたくなった。
「まず、リーナ。君は如何に戦場が危険な場所か解っているのか?」
「解っているよ。それくらい・・・」
リーナは僅かに頬を膨らませて言う。まあ、未開の大陸に来るくらいだからなぁ。
・・・それはまあ良いや。
「じゃあ、自分は絶対に死なないとでも思っているのか?」
「そんな事、思ってないよ。ただ、死ぬつもりは絶対に無いけど・・・」
・・・僕は思わず呆れ返った。
其処まで解ってて何故?そう思った。
「リーナ・・・。君は一体何を手伝おうと言うんだ?」
「ムメイ。私が巫女の資質を持っている事は知っているでしょう?」
「・・・・・・ああ」
それは、知っている。リーナ=レイニーが強い巫女の資質を持って生まれてきた事。それは以前にも聞いた話だろうけど。それが、何か関係しているのか?
そう思うと、リーナが真っ直ぐに僕を見詰めてきた。思わずドキリとする。
「神域の門」
「・・・何だって?」
神域。その言葉に、僕は別の意味でドキリとした。
神域は僕にもなじみが深い場所だ。何せ、僕は其処で修行をしたのだから。
「巫女である私はその神域の門を開く事が出来るの。其処なら、例えムメイが全力を出したとしても問題が無いとそう思うから・・・。私も、ムメイ役に立ちたい」
「・・・そうか」
確かに、神域なら僕が全力で戦っても問題ないだろう。そもそも、世界の強度が違う。世界そのものの存在密度が違うから・・・。だから、僕やハクアが暴れたとしても壊れる事は無いだろう。
なるほど、確かにこれは手伝いだ。僕はリーナにそっと向き直る。
「リーナ、ありがとう」
「ムメイ・・・」
「リーナのその想いが、素直に嬉しいよ」
そう言って、僕はリーナを抱き締める。リーナも、僕の首に腕を回す。
部屋の中が、甘い空気に包まれる。抱き締めたリーナが、暖かく柔らかい。
「うん・・・。あっ、もう一つだけムメイに頼みたい事があるの・・・・・・」
「頼みたい事・・・?」
首を傾げた僕に、リーナは顔を真っ赤に染めて耳元に口を寄せた。




