番外、甘い日常
王都、エルピスの屋敷・・・朝、7:00頃。
「う、んんぅっ・・・・・・」
僅かな声を上げて、僕は覚醒した。
王都に戻ってきた僕は、朝目を覚ますと、身体に違和感を覚えた。何か、身体をしっかりと拘束されているようなそんな感覚。いや、どちらかというと何者かに強く抱き締められているような・・・
其処まで考えて、僕はなるほどと納得した。いや、この感覚は彼女に抱き付かれている感触だ。つまり今僕に抱き付いているのは彼女しかいないだろう。その彼女は誰なのか、考えるまでもない。
其処まで考えて、僕はそっと首を横に向けた。其処には果たして・・・
「んみゅうっ・・・・・・すぅっ・・・・・・・・・・・・」
リーナ=レイニー。彼女が僕にほぼ全裸に近い姿で抱き付いている。ぎゅっと抱き付いた拍子にその身体の柔らかい部分が僕に押し付けられる。うん、気持ちいい。
彼女の身体には、申し訳程度に下着が着用されている程度。それも、僅かに肌けており扇情的だ。
僕はそっと溜息を吐くと、彼女に毛布を掛け直した。その際、リーナがぎゅっと強く抱き付いてくるが一切気にしない事にする。もう、この状況には慣れた。
「やれやれ、また僕の布団に潜り込んだな?」
「んんぅっ・・・。ムメイ・・・・・・っ」
そっと彼女の口から漏れた言葉に、僕は思わず苦笑した。彼女から愛されている、それを感じる事が出来て僕は胸の奥が暖かい気持ちに包まれた。ああ、これはもうどうしょうもないな。
僕はきっと、もう駄目なんだろう。そう自覚した・・・
自覚したら、自然と頬が緩んだ。もう、どうしようもないな。僕は自分自身に呆れた。
「愛してるよ、リーナ・・・・・・」
そう言って、僕はリーナの頬にキスを落とす。彼女の顔がへにゃっと笑った。うん、可愛い。
僕はリーナをぎゅっと抱き締める。彼女の身体は柔らかく、暖かい。人の温もりを感じる。それが今はとても幸せだと感じる。ああ、僕は今、幸福を感じているんだ・・・
幸福。幸せ・・・
今まで僕は、幸せなどどうでも良いと思っていた。幸せになりたいと思った事すらなかった。それは僕からすれば掛け値の無い本音だ。それは、今でも本気でそう思っている。
周囲の人が聞けば、もしかしたら強がりに聞こえるかもしれない。けど、それが僕の本音だ。
そう、僕の掛け値のない本音だったんだ。
しかし、それでも実際にそれを体験してみれば存外悪くないと思う。ああ、僕は幸せだ。
「ん、んぅっ・・・・・・」
「リーナ、目を覚ましたか?」
ふと、リーナが目を薄く開いた。どうやら目を覚ましたらしい。
リーナは僕の方を真っ直ぐ見て、ぼんやりとしている。まだ思考が定まっていないらしい。
「・・・・・・ムメイ?」
「ああ、何だ?」
リーナは僕に真っ直ぐ視線を向けながら、やがてにへらっと柔らかく笑った。その表情が、何とも可愛らしくて何とも儚くて、思わず僕も微笑を漏らした。
「ムメイ、愛してるよ・・・・・・大好き」
「ああ、僕もリーナの事を愛してる。大好きだ」
そう言って、僕とリーナはそっとキスを交わした。
そっと唇を重ねるだけの軽い物。しかし、それは何だかとても甘い気がした。とても甘くて、とても満ち足りた気分だと感じた。そして、それはきっと気のせいでは無かった。
ああ、僕は本当に彼女の事を愛してるんだな。そう改めて実感した。
・・・・・・・・・
さて、そんな甘ったるい朝を過ごした後。僕はリーナと共に外に出た。場所は南の商業区、大通りの露店が広がる通りだ。リーナはデートだと喜んでいる。僕の腕を引っ張り嬉しそうに通りを駆ける。
くるくると、ステップを踏むように通りを駆けるリーナはとても無邪気で綺麗だ。
「ほら、ムメイ。こっちこっち‼」
「解ってるよ。そんなに急がなくても・・・・・・」
苦笑を浮かべながらも、僕はリーナに付いて行く。何だかんだで、僕も楽しんでいるのだろう。やはり彼女と一緒に過ごす日常は楽しい。そう、素直に思う。きっと、これも彼女のお陰だ。
昔はそう素直に思う事なんて出来なかったから・・・。だから、きっと僕も変わったのだろう。
僕は、リーナ=レイニーの事を愛している。彼女の事が大好きだ。
ふと、僕は立ち止る。視線の先には、ある店が建っている。古い、小洒落た雰囲気の店。
その店を見て、僕はある事を思い付いた。ふっと、口元に笑みを浮かべる。
「リーナ、少しだけ待っててくれないか?」
「え?うん。良いけど・・・・・・何処に行くの?」
僕はリーナを置いて少し先にある店に入っていった。其処は、宝石商だった。
看板にはブリリアントカットの宝石が描かれている。古い小洒落た店だ。
その宝石店の中で、僕はしばらくある物を選ぶ。
・・・しばらくして、僕は宝石店から出てきた。リーナは僕を見て小首を傾げている。
「ムメイ、何を買ったの?」
「まあ、今は気にするな・・・」
「あ、待ってよっ!!!」
僕はリーナを置いてすたすたとその場を去る。リーナが慌てて付いてくる。今は何を買ったのかは秘密にしておく必要がある。お楽しみは先に取っておくさ。
・・・その後、僕達は王都の外側、人通りの少ない裏手に来ていた。此処なら目立たないだろう。
「此処なら良いかな?」
「あの、ムメイ?一体何を・・・。まさか?」
リーナが妙にそわそわしている。僕は呆れた顔になった。
「別に、リーナが考えているような事はしないぞ?」
「そ、そう・・・・・・」
リーナは少し残念そうに言った。うん、そういうのはまた何れな?やれやれだ。僕は呆れた表情で彼女の頭を優しく撫でた。リーナは嬉しそうに目を細める。
全く、どれだけおさかんな奴だと思われているのか。流石の僕でも呆れるぞ?
「じゃ、まあそろそろ行こうか・・・」
「・・・?何処に?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
そう言って、僕は転移の術を発動した。瞬間、景色が一転して別の場所に空間が切り替わる。其処は少し大きな湖のほとりだった。昔、僕とミィが母さんと一緒に来た場所だ。
空は青く澄んでいて、湖の水は底まで綺麗に透き通っている。その幻想的な光景に、リーナはしばらく黙り込んで呆然と湖を見ていた。
「綺麗・・・・・・」
「そうか、それは良かった」
僕は薄く微笑む。それは良かった・・・
それでこそ連れてきたかいがあった物だ。僕は静かに笑った。楽しそうにはしゃぐリーナを見ているとそれだけで心が洗われるような気分になる。僕まで楽しい気分になる。
と、その時・・・リーナが僕の方を見て無邪気な笑顔を浮かべた。って、え?
「ムメイ、一緒に泳ごう!!!」
「ちょ、待っ・・・・・・」
静止の声を上げようとするも、無理だった。既に何もかもが遅かった。
一瞬だった。一瞬で僕はリーナに腕を摑まれてそのまま湖に引っ張り込まれた。服のまま。一緒に水の中に飛び込む羽目になった。一瞬で僕の視界が水の中に切り替わる。
水の中、急に引きずり込まれた僕は目を白黒させてリーナを見る。彼女は相変わらず笑っている。
慌てて、僕は湖の中から顔を出した。同時に、リーナも顔を出した。
「っ、ぶはっ!!?」
「ぷはあっ、あははっ!!!」
満面の笑顔だ。
リーナはとても楽しそうだ。楽しそうに、満面の笑顔で笑っている。その笑顔に僕は毒気を抜かれたように静かに溜息を吐いた。全く、やれやれだ。
本当に、リーナが楽しそうで何よりだよ。そう、こっそりと思った。
リーナがぎゅっと、僕の腕を握る。本当に、楽しそうな笑顔で。
「楽しいね、ムメイ!!!」
「ああ、そりゃ良かった」
思わず僕は苦笑を漏らす。リーナは本当に楽しそうだ。まあ、彼女が楽しければそれで良いか。そう僕は苦笑を浮かべつつ思った。そうして、しばらく僕とリーナは湖で泳いで遊んだ。服を着たまま。
楽しそうに笑うリーナ。そんなリーナの笑顔に、僕も自然と笑顔になった。きっと、僕も何だかんだで楽しいと感じていたのだろうと思うから。だから、きっと僕は幸せだったんだと思う。
本当に。心の底から・・・
そして、やがて遊び疲れた僕達は湖から上がった。もう、服はびしょ濡れだ。リーナは相変わらず楽しそうに嬉しそうに笑っていた。それが、とても嬉しく思う。
「くしゅんっ」
「ああ、ほら。服のまま湖に入るから・・・それに季節もそろそろ冬だし」
ちなみに季節的にもう既に寒い時期だ。こんな季節に湖に入るのはある種自殺物だと思う。
というか、普通に死ねるんじゃないか。これ?
僕は溜息を漏らし、ぱちんっと指を鳴らした。すると、瞬時に僕とリーナの服が乾いた。全く、つくづく反則的で何でもありだと思う。この固有宇宙の力は・・・
まあ、服を乾かす前にリーナの透けた服から覗く肌がしっかり見えたけど・・・。思わずドキリとしたのは秘密という事で。秘密は秘密だ。
リーナは顔を真っ赤にして俯いている。何を今更?
「あ、ありがとう・・・」
「うん、良いよ。それよりリーナ、少し良いか?」
「うん、何?」
リーナは小首を傾げて僕の方を見る。少しタイミングを逃したけど、まあ良い。僕は懐から一つの指輪を取り出しリーナにそっと差し出した。静かに跪く。
先程、宝石商で購入した青い宝石の嵌った指輪だ。リーナに良く似合うと思う。
突然の事に、リーナは一瞬硬直する。しかし、それに構う事なく僕は言った。
「リーナ=レイニー。どうか僕と結婚して下さい」
「え?う・・・あうっ・・・・・・」
「君の事を愛してる。ずっと、永遠に愛し続ける事を誓う。だから・・・」
———どうか、僕と結婚して下さい。
僕はリーナにそう告白した。真っ直ぐ、彼女の瞳を見据えて真剣な瞳で告げる。
リーナの顔は真っ赤だ。しばらく瞳を泳がせた後、花が咲き乱れたような満面の笑みを浮かべた。
「うんっ、私の方こそどうかよろしく結婚して下さい!!!」
その瞳から、涙が滲んでいた。僕は、そっとリーナを抱き寄せてその唇に口付けした。
今日はとても甘くて優しい日だと、ふとそう思った・・・。とても良い日だと思った。
甘ったるいっっっ!!!!!!




