10、母の許へ
「で、一体僕に何の用だ?これでも僕は急いでいるんだが?」
僕はミコトにそう問い掛けた。ミコトは全て承知しているという風に頷く。やはり、僕の中に魂の欠片を残していたというのは本当なのだろう。全て知っているようだ。
僕は、僕達は現在急いでいる。早くしないと、母さんの身体が保たないだろう。
しかし、だとしたら一体何の用だ?僕は首を傾げた。そんな僕を見て、ミコトは苦笑を浮かべる。
心底呆れ返ったような笑みだ。
「お前、薬草を採取してもそれをどう調合するつもりだ?お前に調合技術なんて無いだろうに。それとも適当に調合したら薬が出来るとでも思っていたのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは」
それは、当然思ってなんかいない。しかし、それでも薬草がなければ母を救えなかった。それも確かな話だろうとも思う。つまり、結局は行き当りばったりだ。返す言葉も無い。
そんな僕を見て、ミコトは溜息を吐いた。その瞳には呆れの念が浮かんでいる。
「まあ、そんな事だろうと思っていたさ・・・・・・ほらよ」
そう言って、ミコトは何かを僕に投げてよこした。それは、濃い緑色の液体の入った瓶だ。それを見て僕は思わず目を見開いた。この独特な青臭さ、それは回復薬だ。
確かに、神山の薬草を調合して作られた回復薬だった。このドロリとした原液、間違いない。
「ミコト・・・お前」
「持って行け。お前には必要な物だ」
「・・・っ、ありがとう」
真っ直ぐミコトの瞳を見据えて礼を言った。リーナも静かに頭を下げる。
それだけ言って、僕はリーナと共に転移した。転移先はもちろん、村のすぐ傍だ。流石に村の中に転移したら騒ぎが大きくなるからな。それだけは一応弁えていた。
・・・冷静さを失ったらいけない。
・・・・・・・・・
無銘とリーナが転移した後・・・神山の山頂、山小屋にて。
「よう、お前は会わなくても良かったのか?チーフ」
「今は会うべきではないな。特に、今のこの時期はな・・・」
ミコトが呟くと、その傍に一人の少年が現れた。しかし、少年の姿をしてはいるが、その気配は人外そのものだと誰もが気付くだろう。そう、その少年が纏っている気配は人外そのものだった。
姿形は人間の少年そのものだ。しかし、纏う気配は人外そのもの。魂の根源まで恐怖心を抱かせるには充分な気配を放っているのだ。その気配だけで、神々より格上だと理解させられる。
そんな相手に、ミコトはそっと溜息を吐く。
「まったく、一目会って行けば良いものを・・・」
「その為にお前という化身を造ったんだろう?無銘と接触し、魂の成長を促す為にな・・・」
「本当にやれやれだな。しかし、まさか固有宇宙に目覚めるとは思わなかったが。それでも、お前からすればまだまだ及第点には程遠いんだろう?シークレット・チーフのお前からすれば」
「ああ、無銘にはもっと先の。更に先の領域へ到達して貰わねばならない・・・」
固有宇宙の、更に先の領域へ・・・。人類未踏の領域へ・・・
無銘がその領域へと到達する事こそ、この少年の目的なのだ。
「付き合わされる側としては堪った物ではないな」
「何を言う?その領域に到達する事こそ、無銘の存在理由だぞ?」
———無銘の・・・我が息子としてのな。
そう言って、少年はその場から消え去る。最後、その少年が浮かべていたのは乾いた冷笑だった。
ミコトはそっと溜息を吐いた。果たして、その溜息は何を意味する物か?
・・・・・・・・・
僕は勢いよく家の扉を開いた。部屋にはベッドに横になった母と、その傍に父と妹が居た。母さんの視線が僕の方に向いた。その瞳はとても弱々しい。かなり衰弱しているのだろう。
「母さんっ!!!」
「あら・・・お帰り、なさい・・・っ。シリウス・・・・・・」
「母さん、これを飲んでくれっ」
僕は懐から小さな小瓶を取り出した。ドロリとした緑色の液体が入った小さな小瓶だ。
母さんはその小瓶に入った液体を見て、僅かに目を見開いた。どうやら、その深い緑色の液体、回復薬に見覚えがあるらしい。その瞳には動揺が浮かんでいる。
「シリ、ウス・・・?どう、して・・・これを・・・・・・っ?」
「そんな事は今はどうでも良い。早く飲んでくれっ!!!」
「んっ・・・・・・っ‼」
僕は母さんの半開きになった口の中に回復薬を流し込んだ。直後、母さんは勢いむせる。どうやら少しだけ気管に入ったらしい。僕は慌てて母さんの背中を撫でる。
咳込む母さん。しかし、変化は劇的だった。母さんの瞳に生気が宿ってゆく。
「こほっこほっ・・・。あ、あら?身体が・・・・・・」
「ど、どうした?マーヤー?」
父さんが母さんに詰め寄る。その表情には焦りが。しかし、それはどうやら杞憂だったらしい。母さんの顔色は先程より目に見えて良くなっている。どうやら効果が出てきたらしい。
熱による頬の赤みが薄れ、健康的な肌色に変わってゆく。
「さっきよりも身体が軽くなって・・・。心地良い?」
「っ!!?」
「さっきまで苦しかったのが、嘘みたいに消えて・・・・・・」
「っっ!!?」
其処までだった。父さんは勢いあまって母さんを抱き締めた。強く強く、抱き締めた。
あまりの出来事に、母さんは目を丸くしているようだ。しかし、父さんはそれでも母さんを強く抱き締めて放さないでいる。強く、強く、抱き締める。
「あ、あなた・・・・・・?」
「良かった・・・。本当に、マーヤーが無事で良かった・・・・・・っ」
「・・・・・・・・・・・・あなた」
そっと、母さんの腕が父さんの背中に回る。ぎゅっと抱き締め合う二人。僕は、リーナとミィを連れて静かに外に出ていった。此処は二人きりにした方が良いだろうという判断だ。
今まで二人共気を遣い合っていたんだ。この時くらい二人きりになった方が良いに決まってる。
「・・・本当は、ずっと前からこうしたかった筈なのにな」
「そうだね・・・・・・」
———本当は、ずっと前からこうしたかった筈だ。
家族皆で、一緒に・・・
知らず、漏れた言葉にリーナが返事をした。その顔には優しい微笑みが。そっと肩を寄せてくる。
僕も、リーナの肩を優しく抱き締めた。その姿を、ミィが寂しそうに見ている。
そんな妹に、僕は微笑みながら手招きした。笑顔の花を咲かせる妹。僕の胸に飛び込んでくる。
そっと、僕は優しくリーナとミィを抱き締めた。そっと、僕達三人抱き締め合った。
・・・・・・・・・
その日の夜、久し振りに母さんと一緒に食事をした。ミィは嬉しそうに笑っている。満面の笑み。
家族皆で食卓を共にする。それは、きっと本当は素晴らしい事なんだ・・・
そんな時、母さんがリーナに話し掛けた。
「ねえ、リーナちゃん・・・。シリウスの事、好き?」
「ぐっ!!?」
思わず吹き出し掛けた。それを何とか渾身の力で堪える。隣に座っているミィは不機嫌そうに頬を膨らませているようで、隣から不機嫌な気配がひしひしと伝わってくる。
対するリーナは照れているようだ。もじもじとして頬を赤らめている。うん、可愛い。可愛いんだけど妹が更に機嫌を悪くしているんだが?何故、其処で僕の服の裾を摑むのか?妹よ・・・
「ねえ、リーナちゃんはシリウスの事好き?」
「・・・・・・は、はい。大好きです・・・」
最後は尻すぼみになって聞こえづらかったが、母さんは確かに聞こえたようだ。満足そうに笑う。
「そう、シリウスの事・・・よろしくね?」
「は、はいっ!!!」
何だか、母さんとリーナの間に妙な絆が生まれたようだ。対して、ミィはずっと不機嫌なままだ。
本当に、どうした物か。僕はこっそりと溜息を吐いた。それを見て、父さんが苦笑を浮かべていたのが視界の端で見えた。ああ、何て面倒な・・・
・・・妹よ、そろそろ服の裾が千切れそうなんだが?




