10、修行の始まり
僕は現在、神山の洞窟の中を歩いていた。僕の前を、ミコトは歩いている。
その洞窟は深く深く、何処までも続いているような錯覚を抱いた。何処まで続くんだ?
「なあ、僕達は何処に向かっているんだ?」
「まあ、付いてくれば解る・・・」
そう言って、詳しく教えてくれないのだ。僕は思わず、怪訝な顔をした。それにしても、さっきからこの洞窟は熱くなってきてないか?
まるで、火山の中枢に通じているような・・・。まさか。
「まさか、この洞窟は・・・」
「・・・・・・気付いたようだな。そう、この洞窟はマグマに通じている」
・・・・・・いや、一体僕を何処に連れて行こうとしているんだよ。マグマってお前・・・。
まさか、僕をマグマにでも突き落とそうって言うんじゃないだろうな?軽く疑心暗鬼に陥った。
と、その瞬間目の前に開けた場所が見えて来た。其処に、何かある。・・・一体何だ?
「見えてきたぞ?あれが、戦士達の聖地。大神殿だ」
確かに、其処には神殿があった。白い石造りの立派な神殿だ。神殿の背後にはマグマが煮えたぎっているのが見える。かなり剣呑な場所に建っている神殿だな。
「何故、こんな所に神殿を?」
「その方がかっこいいだろう?」
「・・・・・・え~っ」
山の神ミコトの発言に、僕は呆れた声を上げた。かっこいいって、お前・・・。
え~っ。・・・流石に、その理由は無いだろう。いくら僕でも引くぞ?ドン引きするぞ?
僕がじとっとした目で見ると、ミコトは気まずそうにこほんっと咳払いした。
「まあ、流石に冗談だ。本当はこの活火山を鎮める為の役割がこの神殿にある」
「・・・・・・はあ」
今の、半分以上本気だったな。僕はそう思った。
・・・まあ、ともかくこの神殿は神山の火山噴火を鎮める為の封印という事か?その為に、この場所に神殿を建てたと?
とりあえず、僕はそう納得した。細かい所は解らん。
「まあ、今はそれは良い。少年、入れ」
「・・・ああ」
促され、僕は神殿の中に入っていく。瞬間、其処は広大な世界が広がっていた。
空には数多の星々が輝いている。大地には緑の草原が広がっている。
そして、遥か彼方には天を衝く巨大な光の柱が天と地を繋いでいる。
僕は、開いた口が塞がらなかった。何だ、これは・・・。
「ふふんっ、驚いているな?此処が本当の神域だ」
「本当の神域?」
「ああ、お前は勘違いしていたようだが、あの神山は本当の神域ではない」
「・・・・・・・・・・・・は?」
・・・・・・はい?
えーっと、つまりどういう事だ?あの神山は本当の神域じゃないのか?
混乱する僕を見て、ミコトは苦笑した。
「あー、つまりだな。要はあの神山はこの神域のほんの一部なんだよ。つまり、神域から切り離された神域の一部分という事だな」
「・・・は、はぁ」
僕は話の内容に付いていけず、曖昧に返事した。頭の中が軽く混乱している。
「まあ、つまりだ。お前は今日から此処で修行してもらう」
「はあ・・・。え?」
・・・・・・・・・・・・はい???
一瞬、意味が理解出来ずに呆けた顔をした。え?つまりどういう事だ?
「あー・・・、まあつまりだな。お前は此処で修行をするんだ」
「は、はあ・・・・・・。いや、どうして此処で?」
僕が問うと、ミコトはにやりと黒い笑みを浮かべた。思わず、僕はたじろぐ。
・・・少し、嫌な予感がする。
「神域はあの世界と比べて、世界の強度や密度が違う。故に、この世界なら俺が全力で暴れても問題は全く無いという訳だ。実に素晴らしいだろ?」
「・・・・・・あー、なるほど」
つまり、こいつもとことん暴れたいと。そういう事か。
・・・・・・はぁっ。やれやれだ。僕は呆れた溜息を吐いた。
・・・・・・・・・
・・・まあ、それはともかくとして。
「で?僕の修行って厳密にどうするんだ?」
「うん?こうするのさ」
そう言うと、ミコトはぱちんっと指を鳴らした。瞬間、神域に数万程の英霊達が出現した。
鍛え上げられた身体に鎧や兜を着込み、剣や槍を装備している。
その一人一人が一騎当千の実力を有している。僕にもそれが理解出来た。
恐らく、今の僕では一人を相手にするのもキツイだろう。それが、約数万。
僕の頬を、自然と冷や汗が伝う。やっべえ、震えてきた。自然と口角が吊り上がる。
今、僕は震えながらも笑っている。目の前の脅威に震えながらも、僕は笑っている。
・・・なるほど、面白くなってきた。
「やれやれ、面倒臭え」
「そう言いながらも笑っているけどな」
まあ、それが僕だからな・・・。どうしようもねえな、僕。
僕は、英霊達に向けて駆け出した。敗北を悟りながら、それでも僕は駆け出す。
「あああああああああああああああっ!!!」
短剣を構え、僕は英霊達に向かっていった。
・・・数十分後、僕は神域の草原にボロボロの姿で倒れていた。まるでボロ雑巾だ。
「いやはや。あの英霊達を相手に十分以上持つなんてな」
「うるさい・・・」
終始一方的だっただろうが。全く・・・。
流石に疲れたのか、僕自身驚く程か細い声だった。うん、疲れたし身体中が痛い。
流石に、今日はもう動けない。そんな所に限界を感じる。
これも、何れ超えなければな・・・。はぁっ。
「とりあえず今日はよく頑張ったな」
ミコトはそう言うと、僕に一つの袋を投げ渡す。中には袋一杯の豆が入っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「食え。栄養補給には充分だ」
僕は頷くと、豆を一粒食べた。少し、腹が膨れた気がした。
それに、意外と美味い。
「・・・・・・美味い」
「そうだろう?神山にのみ育つ豆だ。他にも神山には様々な薬草が生える」
・・・・・・豆をもう一粒食べた。もう、腹が一杯になった。すごいな、この豆。
たった二粒で満腹になったぞ。
「あと、これも食べとけ」
そう言って、ミコトは何かの草を僕に渡す。・・・何だ、これ?
僕は怪訝に思いながら、その草を食べる。うん、苦い。
・・・しばらく草をむしゃむしゃと咀嚼していると、身体がぽかぽかと温まってきた。
「・・・これは」
「薬草だ。あの回復薬の原料の一つでもある」
・・・なるほど、あの回復薬の原料か。なるほど、苦い。
その日、僕は神域の草原で星を見ながら眠りについた。思ったよりもぐっすり眠れた。
・・・・・・・・・
夢を見ていた。捨て去った世界の夢を。最悪の過去を。
僕は誰も信じられなかった。信じたくなかった。僕にとって、周囲の全てが敵だった。
様々な罵倒を受けた。陰湿な嫌がらせを受けた。更に深まる人間不信。
味方など居なかった。僕に味方してくれる人など、何処にも———
本当に?本当に味方が居なかったのか?無条件で僕の味方で居てくれる人が、本当に居なかったか?
いや、二人だけ居た。僕の両親だ。
何時も二人は僕の味方で居てくれた。何時も二人は僕を慰めてくれた。
そんな二人の事すら、僕は信じる事が出来なかった。心の底では二人の事を信じていなかった。結局僕は誰も信じる事が出来なかった。
けど、それでも両親が罵倒の対象になるのは我慢出来なかった。
お前の両親は一体どんな育て方をしたんだ‼お前の両親は育て方を間違えた‼
ふざけるな!!!
お前達は僕が気に入らないんだろう⁉なら、どうして直接言わない‼何故、親に矛先を向ける‼
僕の親は無関係の筈だ‼それなのに・・・。それなのに・・・。
「貴方を最後まで守れなくて、ごめんなさいね・・・」
母の最期の言葉だ。
僕の為に身を粉にして働いていた母だったが、無理が祟って倒れた。最後は病院のベッドでそう僕に伝えて亡くなった。
その後、間もなく父が精神を病んで首を吊った。全部、僕のせいだ。
両親は何も悪くない。両親が死んだのは全部、僕のせいだ。
・・・ああ、それなのに。結局、僕は誰も信じられないまま。
失意の内に自殺した。
ちょっとした設定。
主人公の人間不信は幼少の頃から。小学生の頃には既に自覚していました。




