8、薬草採集
神山に登り始めて半時間後・・・早くもリーナがばててきた。
「ぜひゅーっ・・・ぜひゅーっ・・・・・・」
「・・・・・・大丈夫か?リーナ?少し休んだ方が良いのでは?というか休めよ」
「大丈夫・・・。大・・・丈夫・・・・・・っ」
息も絶え絶えに、リーナは何とか大丈夫と言う。いやいや・・・
そうは言うものの、どう見ても大丈夫には見えない。既にリーナは倒れそうになっている。まあそれも当然の話だろうと思う。何故なら、リーナは貴族の娘だ。山登りには慣れていないだろう。
恐らく、山登り自体リーナは始めての経験なのではなかろうか?まあ、恐らくそうなのだろう。そんな彼女にいきなり山登りさせる事自体が無謀だったらしい。僕はこっそりと溜息を吐いた。
下手をすれば、高山病になりかねない。それは流石に拙いだろう。
そっと、リーナの前で腰を屈める。リーナが小首を傾げた。
「ほら、僕の背中に乗れ・・・。背負っていくから」
「えっ⁉そんな・・・・・・」
「いいから、さっさと乗れよ。あと、薬草を見付けたらまずは君が飲むんだ」
・・・高山病は怖いからな。そう、心の中で付け足した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えいっ」
しばらく悩んだ後、リーナは思いっきり僕の背中に乗った。その瞬間、僕の背中に柔らかい二つの感触が押し付けられた。その感触に、僕の意識が一瞬真っ白になる。これは、リーナの胸の感触!!?
・・・というか、思わず赤面しそうになった。何とか無表情を保つ。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・?どうしたの?ムメイ?」
「・・・・・・いや、何でもない。何でもないさ、うん」
そう言って、僕はそっと歩を進める。ぎゅっとリーナが更に強く抱き付いてくる。耐えろ、僕。此処で理性を失えば色々と台無しだ。というか、状況を考えろ馬鹿野郎・・・
・・・この時、僕は背後でリーナが真っ赤な顔で笑みを浮かべている事に気付かなかった。
「愛してるよ、ムメイ・・・」
「うん?何か言ったか?」
「いいや?何も言ってないよ」
・・・うん。
嘘だ。本当はちゃんと聞こえていたさ・・・僕も愛しているよ。リーナ・・・
・・・・・・・・・
「それにしても、薬草見付からねえな・・・・・・」
「そうだね・・・」
見事なまでに見付からない。
しばらく神山を歩き回ってみたが、薬草が見付からない。どうしたものか?焦りばかりが募ってゆくのが自分自身理解出来る。しかし、それでも見付からない。
・・・本当にどうしたものか。そう思った瞬間、目の前に、一体の霊が現れた。その霊に、僕は見覚えというか心当たりがあった。というか、幼少期に出会った理知的なオーガだ。
「・・・・・・オーガ?」
「こんな所に・・・?」
リーナも、小首を傾げる。まさか、こんな場所で意外な奴と再会するとは思わなかった。
オーガは僕に背を向けると、そのままゆっくりと進んでゆく。付いて来いという事か。
僅かに思案するが、しかしあいつが僕を騙すとも思えない。何故か、そう確信出来た。
僕は、オーガに付いていった。オーガはどんどん進んでゆく。
やがて、オーガは立ち止った。其処は、薬草の群生地だった。此処を、僕に教えてくれたのか?
オーガは笑っている。心底愉快そうに笑っている。その身体が、徐々に薄くなってゆく。どうやら僕達に薬草の場所を教えてくれたらしい。しかし、そんな事はどうでも良い。
慌てて僕はオーガを呼び止める。
「っ、待ってくれ‼僕は、お前にまだ何も礼を言っていない!!!」
まだ僕は礼を言っていない。命を助けられた礼を言ってない。もっともっと礼を言いたいのに。
・・・それなのに。それ、なのに。
しかし、それでもオーガは消えていった。心底愉快そうな笑みを残して。
理知的なオーガは消え去った・・・
「・・・・・・・・・・・・」
「ムメイ・・・」
背後で、リーナが優しく抱き締めてくる。その暖かさが、心地良い。
そっと、僕も彼女の腕に手を添えた。彼女の温もりが愛おしい。そう、今なら思えるから・・・
思えば、僕はずいぶんと変わったと思う。昔はこんな風には絶対に思わなかっただろうから。それを嬉しく思えば良いのか、それは解らないけど。けど、それでもきっと僕に後悔は一切無い。
・・・だから。
「愛しているよ、リーナ。大好きだ・・・」
「うん、私も。私もムメイの事を愛してるよ・・・」
きっと、これは僕にとっては悪くはなかったんだと思う。
・・・・・・・・・
しばらく薬草を摘んでいた。もう、かなり時間が過ぎている。急がなければ拙いだろう。
「じゃあ、リーナ。そろそろ帰るぞ」
「うん、急がなきゃそろそろまずいよ・・・」
さっさと帰らないと、母さんの身体が保たないだろう。
そう言って、僕達が帰ろうとしたその時・・・ふと懐かしい気配を感じ取った。
この、神山を包み込むような気配は・・・
「っ!!?」
「・・・?どうしたの、ムメイ?」
この気配は・・・
僕は急ぎ駆け出した。ありえない。あいつの気配がする筈がない。しかし、現にあいつの気配は今も尚感じる事が出来る。恐らく、僕を呼んでいるのだろう。あいつが、僕を呼んでいる?
リーナを置き去りに、僕は山道を駆け上がってゆく。やがて、僕はある場所に辿り着く。
其処は、頂上の山小屋だった。其処に、そいつは居た。
「よう、久し振りだな・・・少年。シリウス=エルピスよ」
山の神、ミコトだった・・・
・・・・・・・・・
その頃、家では・・・
「ぜひゅーっ・・・ぜひゅー・・・・・・っ」
「マーヤー・・・」
マーヤーの容体は悪化するばかりだった。もう、恐らく長くは保たないだろう。
ハワード=エルピスはマーヤーの手を握り締め、悲痛に顔を歪めていた。その顔は、何も出来ない自分自身に対する不甲斐なさに満ちているようだ。無力感に満ちた表情をしている。
「くそっ、どうすれば・・・。俺に何が出来るんだ・・・・・・っ」
「・・・・・・あな・・・た」
「っ、マーヤー・・・・・・」
ハワードの表情がくしゃりと歪む。
ハワードの頬に、マーヤーの手が添えられる。その手はかなり熱い。しかし、ハワードはその手を強く確かに握り締めた。もう、その手を放したくなかった。
そんなハワードに、マーヤーは儚く微笑んだ。
「大丈夫ですよ・・・。貴方がいてくれた・・・から、私は・・・苦しくても生きて、いられっ」
勢いマーヤーが咳込む。その咳に、血が混ざる。容体は最悪だ。
「っ、何時もそうだ‼俺はお前達が苦しんでいるのに、俺だけ何も出来なかった!!!お前達の苦しみを他所に俺だけ何も出来ずにただじっとしているしか出来なかったんだっ!!!」
それが苦しい。それが辛いと、ハワードは独白する。
何時だって家族が苦しんでいる時に、自分だけ何も出来ずにただ外側でじっとしているしかない。
何時だって、ハワードは蚊帳の外だった。それが、何時だって辛かったのだ。
それを聞いたマーヤーは儚げに微笑んだ。それは、とても儚い笑みだった。
「大丈夫・・・。ハワード、貴方は何時だって・・・・・・私達に、元気を・・・勇気、を・・・分け与えてくれたから・・・貴方は・・・決して何も出来て、いない・・・訳ではない・・・わ・・・」
「っ、マーヤー・・・・・・」
「貴方も・・・元気をだして・・・・・・っ!!?ゴホッ!!!ゲホッ!!!」
「っ、マーヤー!!?」
咳込み、血を吐いたマーヤーの姿に、ハワードは思わず表情を歪める。そんなハワードの服の裾を強く握り締める手が一つ。ミィだ。
「ミィ・・・・・・」
「お父さん・・・・・・」
ミィのその表情は不安げで、とても心配そうだった。そんな我が子の表情を見て、ハワードは一気に冷静さを取り戻したのだった。ハワードはそっと息を吐く。
我が子を不安にさせてどうするか。そう、ハワードは自らを叱責した。
そして、優しく微笑みミィの頭を撫でた。
「大丈夫だ、ミィ。きっと何とかなる。何とかしてみせるさ・・・・・・」
それは、父親としての精一杯の強がりだった。しかし、そんな強がりが今のミィには功を奏した。
「・・・・・・うんっ‼」
ミィは弾けるような笑みで笑った。そうだ、きっと何とかしてみせる。何とかしてみせるんだ。
ハワードはそう、心に強く意思を固めた。




