7、門番再び
・・・僕とリーナは鳥居の行列を次々と潜っていった。鳥居を潜る度、空気が純化されていく。それを肌で直接感じ取っていた。神聖な空気が徐々に増していくのが解る。
僕でこれなのだから、巫女のリーナはもっと強く感じているだろう。実際、リーナは神聖な空気に気圧されたような冷や汗を流している。神山とは、神域に最も近い場所の一つ。疑似的な神域となる。
恐らく、並の者ならその空気だけで倒れてしまうだろう。それ程の神々しい雰囲気だ。
「ムメイは、此処で修行をしていたの?」
「・・・ん?いや、僕は山の神が開いた神域に入って其処で修行していたよ」
「っ!!?し、神域!!!」
リーナが驚いたように声を荒らげる。うん?何を今更?
「うん・・・。言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!!!」
そうだったっけ?まあ、良いや。いや、本当は良くないかもしれないけど、別に僕にとってはどうでも良い事だと思う。要は、その程度の事だ。
リーナはそんな僕を見て、呆然としているようだ。其処までの事か?
「よく神域に入って無事だったね・・・」
「うん?いや、普通に入るだけなら問題ないけど・・・?山の神が開いてくれたし」
「いや、神域って神代の法則に支配されているから。確か普通の人間には有害だって聞いたけど?」
そうなのか?いや、でも・・・
それこそ今更だろうに?
「そうは言っても、普通に神大陸にも行ったじゃないか?それに、僕は一応古の魔女の血筋だし」
「・・・・・・それも、そうだけど。う~っ」
リーナはそれでも納得出来ない顔をしている。けど、要するにそういう事なんだよ。
僕の母さんは古の魔女の血筋だ。古の魔女とは、即ち原始宗教の地母神を祀る巫女の事。即ち、魔女とは言えどその特性は自然宗教の巫女、或いはシャーマンに近い。
その本業は霊と交信し、自然と密接に関わり合う事にある。
確か、母さんは原初の蛇神を祀る巫女の一族だと言っていたか。要するに、僕にはその一族の血が身体に流れている訳だ。故に、神域に入る資格を持つ。
・・・原初の蛇神。全ての竜種の始祖。
まあ、それは今は良い。もうそろそろ、鳥居の行列が終わる頃だ。
「見えて来たぞ、神山の入口の門だ・・・」
「うん・・・」
そうして、僕とリーナは神山の入口に着いた。
・・・・・・・・・
神山の入口に着いた僕達は、呆然と立ち尽くしていた。それもその筈だ。何故なら・・・
門番のオーガがぐっすり居眠りしていたからだ。それも、熟睡してらっしゃる。
神山の門に寄り掛かり、腕を組んでぐっすりと寝ている。何とも器用な事だ。
「zzzzzz~」
「おい・・・」
「ん~っ、あと一時間・・・」
・・・その瞬間、僕の中で何かが切れた。
「待てるか馬鹿野郎っっ!!!!!!」
「ぐぼはぁっっ!!!???」
思いっきり、オーガの腹部に正拳を食らわせた。呑気に居眠りをしている彼に腹が立ったから。しかし本当に良く寝ていたよな。全く、呆れて物も言えねえよ。
対するオーガは、寝ている所を無理矢理起こされてご立腹だ。額に青筋を立てている。
「何をしやがるっ!!!」
「よう、おはようさん。寝坊助が・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
そんなオーガに、僕は冷ややかな視線で挨拶をする。若干オーガがたじろいだ。全く、オーガともあろう者が何とも情けない・・・
僕は思わず呆れ返った。本当に、やれやれだ。
「まあ、それはともかくとして門を開けてくれ。神山に入る」
「・・・お前はともかく、其処の娘は大丈夫なのか?」
オーガが訝しげな顔で、リーナを見てくる。しかし、それは杞憂だろう。
リーナは強い巫女の資質を持つ。神山の空気にも問題無く適応出来る筈だ。それに・・・
「問題無い。例え、神山の死霊が襲ってきても僕が守るから・・・」
「ふむ、そうか・・・。お前にもついにそういう相手が出来たか」
「・・・・・・・・・・・・」
オーガがにやにやと笑みを浮かべる。
いや、お前は一体何を言っているんだ?それに、リーナも何を頬を赤らめている?全く、僕は呆れ果てて思わず溜息を吐いた。まあ、別に良いけどさ。
で、だ・・・それよりもだ・・・
「何故、剣を構えるんだ?」
「いや、久々にお前と戦いたいと思ってな・・・」
オーガは腰の長剣を抜き、獰猛に笑った。いや、そんな事を言われてもなあ?
「・・・・・・僕、今は武器を持っていないんだが?」
「ふむ、そうなのか?・・・なら、俺の剣を一本貸してやろう」
そう言って、何処からともなくオーガは長剣を取り出して僕に鞘ごと放り投げた。僕は溜息混じりにその長剣を受け取り、鞘から抜き放った。僕の意識が、戦闘用のそれに切り替わる。
オーガも笑みを浮かべたまま、剣を構える。全く、強引な事だ。
「・・・・・・ムメイ」
「大丈夫だ、リーナ。僕は負けない」
少しだけ、僕はリーナの方を向き笑みを浮かべた。大丈夫だ、負けはしないさ。必ず勝つ。
そうして、僕はオーガに獰猛な笑みを向ける。それは、戦士としての顔だ。
「じゃあ・・・往くぞ!!!」
そうして、僕はオーガに向けて疾駆した。初速から最高速度で駆け抜ける。そして、一閃———
振るった剣閃は大気すら両断するほどの威力がある。例え、オーガと言えども当たれば只では済まないだろう威力と呼べるだろう。しかし・・・
オーガはそれを、長剣で容易く防いで見せた。なるほど?しかし、それがどうした・・・
僕は、それでも獰猛に笑う。伊達にこのオーガは神山の門番をやっている訳ではない。この程度の強さは保有してしかるべきだろう。だからこそ、僕はそれでも笑う。
オーガは力ずくで長剣を振るった。オーガの斬撃を、僕は柔らかく流した。流した斬撃が、あらぬ方へと飛んでゆきそのまま一本の大木を両断した。恐らく、樹齢千年は軽く超えるであろう大木がだ。
恐るべき斬撃の威力。しかし、それでも僕は笑う。獰猛に、僕達は笑う。
「「さあ、どんどん上げていくぞっ!!!」」
僕とオーガは再びぶつかり合った。その余波で、周囲の大木が軒並み薙ぎ倒される。
戦闘は、まだまだ続く・・・
・・・事は無かった。一気に片を付ける!!!
「悪いが、此処で終わらせるぞっ!!!」
「ちょ、待っ———」
「待たないっ!!!」
僕は、一気に身体に力を入れる。固有宇宙覚醒者としての力を発揮する。
オーガの長剣を半ばからへし折り、そのままの勢いでオーガを殴り付けた。そう、拳でオーガを殴り付けて神山の門に叩き付ける。そのあまりの威力に、門が僅かに開いた。おお?
「ぐほうっ!!!ちょ・・・少しは・・・待てと」
「待ってる暇などこれっぽっちも無い」
そう言って、僕はオーガを置いて神山の門を開いた。そう、神山の門を勝手に開いたのである。実に罰当たりな行為にオーガもリーナも唖然とする。いや、まあな・・・
僕だって罰当たりだって解ってはいるが、リーナは急ぐ理由を知っているだろうに?
・・・まあ良いや。
「ほら、行くぞ。リーナ・・・」
「あ、うんっ」
僕達はそうして、神山に入山した。
・・・・・・・・・
そして、無銘とリーナ=レイニーが神山に入山した後。オーガの戦士は門の側に横たわったまま静かに空を見上げていた。空を眺め、ぼそりと呟く。
「やれやれ、あの小僧が随分とまあ成長した物だな。・・・まあ、まだ荒々しい部分もあるが」
まさか、寝ている所を腹部に拳で殴られるとは。流石に思いもしなかった。
オーガの戦士は清々しいまでに笑った。その笑みは、とても晴れやかな物だった。
実に清々しい気分だった。オーガは、空を見上げて今は亡き兄の姿を想う。
「兄さん、あんたが守った小僧は立派に成長したぞ?」
そう言って、オーガの戦士は空に向けて腕を伸ばした。
神山の門番は無銘が幼少期に出会ったオーガの弟です。




