6、神山へ
次の日の朝、事態は急変した———
母の容体が悪化した。熱が急上昇し、陽炎が見える程の高熱を発している。流石にこれほどの高熱だと命にかかわるだろう。思わず、僕達は息を呑んだ。あまりの高熱に既に脱水症状まで起こしている。
これでは、命が持たない。本当に死んでしまう。僕は、焦りを覚える。
「くそっ、一体どうすれば・・・。どうすればマーヤーは助かるんだ!!!」
「・・・・・・・・・・・・っ」
父さんは悔しそうに壁を力一杯殴り付ける。ミィやリーナもどうすれば良いのか解らず、おろおろとするばかりで何も出来ない。状況は悪くなる一方だ。一体どうすれば良いのか?
・・・そんな中、僕はじっと思考に没頭していた。母を助ける方法、それを考えていた。
焦りが無い訳ではない。只、思考に集中していく。母を助ける為に・・・
そんな僕を見て、何を思ったか父さんが怪訝そうな顔をした。
「シリウス、どうかしたのか?」
「母さんを救う方法。一つだけあるにはある」
「っ、それは本当か⁉」
驚いた顔で、僕を見る父さん。リーナとミィも目を見開いて僕をみている。
僕は、黙って頷いた。しかし———
確かに、母を救う方法はあるにはある。だが、それには・・・
それにはかなりの危険が伴うだろう。其処は、本来は立ち入りを禁じられているから。本来立ち入りを禁じられるような場所だからだ。僕でも、一度しか行った事が無い。
其処は———
「けど、かなり厳しいと思う。その方法は神山に生えている薬草を服用する事だから・・・」
「神山・・・だって・・・?」
父さんが、愕然とした声を上げる。ミィやリーナも、目を大きく見開く。
僕は再び頷く。しかし、既に僕の意思は固まっている。神山に再び上る決意を。
「神山に生えている薬草なら、きっと母さんを救える筈なんだ」
「・・・それは、確信があっての話か?」
「ああ、あの薬草があれば・・・母さんを救う事が出来る筈。いや、きっと救える。救うんだ」
そう、僕は断言した。その力強い言葉に、父さんは覚悟を決めたような顔をする。
リーナも、ミィまでもが覚悟を決めた顔をする。
「そうか、なら神山の入口までは送っていこう」
「いや、そんな時間は無い筈だよ・・・もっと急ぐ必要があるから」
「なら、一体どうやって?」
父さんの言葉に、僕は僅かに思案するように俯いた。そして、決意を籠めて顔を上げる。
・・・試してみる価値はある。
「まだ、自覚したばかりの力だけど・・・」
「・・・?」
僕は、そっと家の外に出た。母を、母さんを絶対に助けるんだ。絶対に助けてみせる。
・・・・・・・・・
・・・村の外まで出た僕達。念のため、少し離れた所まで歩く。此処まで来れば大丈夫だろう。
村人に騒がれては面倒だ。何せ、今からかなり大規模な力を行使するから。
「シリウス、一体何をするつもりなんだ?」
「・・・まあ、ちょっと少し」
そう言って、僕は空間をなぞるように腕を振るう。瞬間、僕達の目の前で空間が裂けてその向こうに神山に通じる鳥居の群れが見えた。空間転移ではない、離れた空間を接続したんだ。
その光景に、父さん達は愕然とした。驚きに硬直している。しかし、その程度で驚かれても困る。
正直言って、固有宇宙の覚醒者は本来もっと規格外だ。
「シ、シリウス・・・。これは・・・・・・?」
「離れた空間を接続した。要するに、遠く離れた場所を繋いだというべきか?」
「・・・・・・・・・・・・」
空間転移ではなく、空間接続。要するに、ワームホールみたいな物を作り出した。
あまりの事に、父さんは絶句しているようだ。まあ、それは今は良い。それよりも今は、母さんを助ける為に神山に薬草を摘みにいく事だけだ。早くしなければ、間に合わない。
母さんは既に弱っている。もって恐らく、今夜の八時くらいが限界だろう。
いや、恐らくはそれまで持たないと思われる。もって昼過ぎまでか。現在は朝の七時前・・・
しかし、それまで待たせる訳にはいかない。さっさと薬草を摘みにいく。早くせねば、母が死ぬ。
「じゃあ、行ってきます」
「ムメイ、ちょっと待って!!!」
突然、リーナに呼び止められた。一体何だ?リーナは覚悟を決めた瞳で、僕を見ている。その瞳で僕をそのまま見据え、ぎゅっと僕の腕を握った。その力強さに、僕は僅かに目を見開く。
リーナは僕を真っ直ぐ見据えたまま、力強く言った。覚悟を決めた瞳で、言った。
「・・・私も、一緒に連れていって」
「リーナ?」
「私も、ムメイの力になりたい。私も一緒に行く!!!」
その言葉に、僕はリーナの覚悟の強さを見た気がした。思わず、リーナを凝視する。リーナも、僕を真正面から見詰めて視線を逸らさない。それだけで、リーナの覚悟の強さが解るだろう。
やがて、僕も覚悟を決めて静かに頷いた。僕も、リーナの手を改めて取る。力強く、握り締める。
「うん、解った。一緒に行こう」
そう言って、僕とリーナは一緒に空間の裂け目を潜った。直後、裂け目は綺麗に消え去った。
・・・・・・・・・
僕とリーナの前には綺麗に整列した鳥居の群れが存在していた。その鳥居の行列を前に、リーナはどうやら僅かに気圧されたらしい。隣で彼女が息を呑むのが解る。
・・・しかし、その直後に僕は背後を振り返り視線を険しくする。一瞬で戦闘態勢に入る。
「・・・?ムメイ、どうしたの?」
「・・・・・・来る」
僕が僅かに呟く。リーナが小首を傾げた。その直後———
黒いオーガが森の方から出てきて、大きな咆哮を上げた。黒く、巨大なオーガだ。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオッッ!!!!!!」
その咆哮で、森の木々が揺れて大地が震える。空間がびりびりと鳴動する。通常のオーガよりも遥かに巨大な体躯を誇るそいつは、明らかに通常のオーガよりも上位の個体だろう。
僕は、こいつの存在を昔母さんから聞いていた。おとぎ話に出てくる、オーガの変異種。
オーガの中でも最強の個体。オーガの最上位種。
・・・その名は。
「オーガロード・・・」
「お、お、オーガロード!!?オーガの変異種にして上位種!!!」
リーナが戦慄したように目を見開いた。ふむ、それにしてもデカいな。
恐らく、テューポーンの半分くらいはあるだろう。つまり、並の巨人くらいのデカさだ。
オーガロードは僕とリーナを睨み付けて、巨大な鉄製の棍棒を突き付ける。
「お前が、ムメイとやらだな?」
「何故、というのは野暮かな?・・・終末王、ハクアの手先か」
「その通りだ。此処で、お前を仕留めさせてもらう」
そう言って、オーガロードは鉄の棍棒を力強く一薙ぎした。それだけで、猛烈な突風が吹き荒れて僕達を暴風の嵐が襲い掛かる。僕は、咄嗟にリーナを庇った。故に、リーナは無事だ。
・・・僕?問題無い。この程度の暴風など、そよ風に等しい。僕を舐めないでもらおう。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああっっ!!!!!!!!!」
「ムメイっ!!?」
咆哮を上げて、オーガロードが突っ込んでくる。リーナの悲鳴が響く。しかし、問題無い。
・・・僕は真っ直ぐ、オーガロードに向かって駆けた。今、手元に木剣も短剣も無い。しかし、それでも一切問題無い。この程度の敵、今の僕なら武器がなくとも大丈夫だ。
鉄製の棍棒を紙一重で躱し、そのままオーガロードの懐に潜り込む。奴が目を見開く。
・・・そしてそのままその左胸、心臓の位置に掌底をえぐり込む。
瞬間、オーガロードの心臓が爆発した。
「っ、ぐおっ!!!???」
固有宇宙覚醒者としての力の全てを、オーガロードの心臓にまで浸透させて内部で爆発させる。奴の心臓に力を余さずに収束させて爆発させる技術だ。その威力は、想像を絶する。
恐らく・・・いや、間違いなく奴の心臓は破裂して元型を留めないまま砕けただろう。
・・・ゆっくり、オーガロードの身体が揺らぎそのまま頽れる。あまりにあっけない。やはり固有宇宙に覚醒するという事は、半ば以上人間を辞めるに等しい事らしい。やり過ぎたか・・・
僕はそっと溜息を吐いた。そんな僕に、駆け寄ってくる者が居る。
・・・リーナ=レイニーだ。
「ムメイ、大丈夫?怪我は無い?」
「ああ、大丈夫だよ。見た通り怪我は無い。じゃあ、行くぞ?」
「・・・うん」
僕の言葉に、リーナはそれでも心配そうに答えた。やはり、心配を掛け過ぎたか?
思わず、僕は苦笑してしまった。
オーガロードさん(笑)




