5、母と息子
村に着いた頃には、既に日はだいぶ傾いていた。僕達が馬車から下りると、村長が慌てて来た。
どうやら村長も代替わりしたらしく、今は息子が村長をやっているようだ。僕の知っている村長は今は長老として相談役に回っている。・・・時の流れを感じるものだ。
村長は僕よりも五歳くらい年上だった。体格はがっしりとしている。僕はこの男を覚えている。村では何時も木剣を振っていた僕の事を変な奴だと笑っていた。まあ、あまりかかわりは無かった。
「こ、これはこれは伯爵様‼今日は一体どうされましたか?」
「マーヤーに会いに来た。居るな?」
「は、はいっ‼こちらですっ‼」
そう言って、僕達は母の居る家に向かった。母の居る家は、村の中でも割と大きな家だ。前の村長が融通してくれたらしい。そこら辺の経緯は解らない。恐らく、何かあったのだろう。
家に入ると、奥の部屋に母は居た。ベッドに横になっている。やつれたか?最後に見た頃よりも病的なまでに痩せていた。その姿に、僕と父さんは思わず顔をしかめた。
僕は何とか声を出し、母に帰りの挨拶をした。
「・・・・・・ただいま。母さん」
「・・・・・・あら、お帰りなさい。・・・シリウス」
ようやく僕に気付いたようで、母は嬉しそうに返事をした。とても嬉しそう。だが・・・
声が弱々しい。思った以上に衰弱しているらしい。思わず、僕はぎゅっと顔をしかめた。
・・・ああ、本当は解っていたんだ。本当の僕の気持ちを。
本当は、僕だって家族の事を―――
溢れ出そうになる涙を堪えて、僕は母を呼ぶ。母の手を握り、母に呼び掛けた。
「・・・・・・っ、母さん」
「シリウス・・・、貴方の・・・これまでの話を聞きたいわ・・・・・・」
「っ、うん・・・解ったよ・・・・・・」
そうして、僕は母にこれまでの話をした。家を飛び出してから、今までの僕の話を。面倒臭いと思いながらもそれでも楽しかった、今までの話を・・・
・・・・・・・・・
・・・しばらく、僕は母にこれまでの話をした。僕の物語を聞かせた。
裏山に出没した謎のゴブリン達やオークの事。山賊やリーナとの出会いの事・・・
神山に登った事。神山で山の神に弟子入りした事。修行の日々の中で、山の神に認められる程の力を手に入れて無双の力を手にした事・・・
修行を終えて、森の中でリーナと再会した事。公爵家の陰謀の裏に居た黒幕の事。その後、父親であるエルピス伯爵と出会い、その息子として屋敷に招かれた事・・・
王都に行った事。王都で出会った人達の事。リーナとの関係に悩んだ事・・・
各国の王と会った事。神王から聞いた僕の秘密の事。黒幕との出会いの事・・・
神大陸に行った事。其処で起きた事件の事。未開の大陸に行った事・・・
・・・色々話した。母は黙って聞いていた。僕の苦悩や絶望に悲しそうな顔をしていたけど、それでも母は最後まで聞いてくれた。最後まで聞いてくれて、涙してくれた。
「・・・そう、色んな事が・・・あったのね。ところで・・・リーナ・・・・・・ちゃん?」
「は、はいっ!!!」
呼ばれたリーナが慌てて返事をする。母はそんなリーナを見て、優しく笑っていた。
・・・優しい笑みを浮かべて、リーナに言った。
「シリウスを、今まで見ていてくれて・・・、本当に・・・ありがとうね」
「はい・・・・・・」
「シリウスの事、好き?」
「っ、はい!!!大好きです、愛してます!!!」
その返事に、母は満足そうに笑った。満足そうに笑って、静かに頷いた。
「ありがとう・・・。シリウスの事を・・・・・・これからも、よろしくお願い・・・ね?」
「っ、はい!!!」
リーナは必死に返事をした。薄っすらとその瞳に涙を浮かべながら、返事をした。
リーナの言葉に、母は心底満足そうな表情で笑った。その顔は、本当に満足そうだった。
・・・けど、僕は不満だった。不服だった。
「何だよ・・・それ?」
「・・・・・・シリウス?」
「それじゃあ、まるで別れの挨拶みたいじゃないか!!!まるで諦めたみたいじゃないかっ!!!」
その叫びに、母は戸惑ったような顔をする。しかし・・・
一度爆発してしまえば、もう止まれない。もう、抑えが利かない。
一気にまくし立てるように僕は言った。
「どうして、そんな事が言えるんだよっ!!!どうして、諦められるんだよっ!!!」
「シリ、ウス・・・・・・」
「ようやく、ようやく僕も自分の気持ちに気付いてきたのに・・・。ようやく僕は本当の気持ちに気付いてきたというのに・・・・・・。それなのにっ!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
僕は、自分の想いを一気に伝える。爆発する想いのままに、母親にぶつける。想いを伝える。
「本当は、本当は僕は・・・母さんの事が好きだったんだ。妹の事が好きだったんだ」
「・・・・・・・・・・・・っ」
その言葉に、母は動揺したように目を見開く。そして、僅かに瞳を潤ませる。
「家族の事が大好きだったんだ。それを、今更ながら気付いたんだ!!!本当は。本当は・・・」
「シリ・・・ウス・・・・・・」
母の事が大好きだった。妹の事が大好きだった。家族の事が大好きだった。何よりも、家族の事を愛していたと言うのに・・・。それなのに・・・・・・
「僕は、きっと家族の愛情に飢えていたんだ。それに気付いていなかった。いや・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「きっと、それに気付かないふりをしていたんだ・・・」
本当はずっと前から気付いていたんだ。気付いていたのに、目を背けていたんだ。ずっと、気付かないふりをしていたんだ。知らないふりをしていたんだ・・・
人間不信という事に嘘はない。誰も信じられなかったというのに嘘はない。けど・・・
本当は、本当はもっと家族と一緒に居たかった。家族と共に在りたかった・・・
だからこそ、家族の愛に飢えていた。何よりも愛情を欲していたんだ。他でもない、家族との繋がりを欲していたんだ。それを、僕自身の手で壊してしまった・・・
「・・・本当に、馬鹿な子ね」
「ああ、本当にな」
「本当に、馬鹿な子・・・・・・。そんなの、私もそうよ・・・・・・」
「・・・・・・え?」
母は、僕の頬に手を添えると薄く微笑み掛けた。その笑みは、何処か儚くて・・・
「私も・・・、シリウスや・・・ミィの事を愛してるわ・・・・・・」
「っ、あ・・・」
「貴方達の事を愛してます。何よりも、愛してます・・・・・・」
家族の事を愛してる。その言葉が、何よりも嬉しくて・・・暖かかった。温もりを感じた。
その優しさに、救われた気がした。しかし・・・
すぅっと、僕の頬から母の手がすり落ちる。母の手が、力を失いそのまま落ちる。慌てて、僕はその手を力強く握り締めた。しかし、反応は無い。母の目が、ゆっくりと閉じられる。
「っ、母さんっ!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
母は返事をしない。反応もしない。まるで・・・
さあっと、僕の頭から血の気が引いた。背筋を冷や汗が伝う。
「っ、母さん!!?母さんっ!!!」
「落ち着け、シリウス!!!大丈夫だ、意識を失っただけだ!!!」
「っ―――」
見ると、母の胸は呼吸により規則正しく上下している。生きている。まだ、母は生きている。思わず僕は安堵の息を吐いた。良かった・・・
本当に、良かった。そう、心の底から安堵した・・・
安心したら力が抜けたのか、僕は膝から崩れ落ちた。それを、リーナが支える。
「ムメイ・・・」
「ありがとう、リーナ。大丈夫だ・・・・・・」
そう言って僕は立ちあがる。気付けば、空には満月が輝いていた。綺麗な満天の星空だった。
本当は誰よりも家族との繋がりが欲しかった。
けど、何時だって気付いた時にはもう遅い・・・
・・・けど、だけれども今度こそは。今度こそは。




