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無銘の世界~personaluniverse~  作者: ネツアッハ=ソフ
つかの間の日常編
124/168

5、母と息子

 村に着いた頃には、既に日はだいぶ(かたむ)いていた。僕達が馬車から下りると、村長が慌てて来た。


 どうやら村長も代替わりしたらしく、今は息子が村長をやっているようだ。僕の知っている村長は今は長老として相談役(そうだんやく)に回っている。・・・時の流れを感じるものだ。


 村長は僕よりも五歳くらい年上だった。体格はがっしりとしている。僕はこの男を(おぼ)えている。村では何時も木剣を振っていた僕の事を変な奴だと笑っていた。まあ、あまりかかわりは無かった。


「こ、これはこれは伯爵様‼今日は一体どうされましたか?」


「マーヤーに()いに来た。居るな?」


「は、はいっ‼こちらですっ‼」


 そう言って、僕達は母の居る家に向かった。母の居る家は、村の中でも割と大きな家だ。前の村長が融通してくれたらしい。そこら辺の経緯(けいい)は解らない。恐らく、何かあったのだろう。


 家に入ると、奥の部屋に母は居た。ベッドに横になっている。やつれたか?最後に見た頃よりも病的なまでに()せていた。その姿に、僕と父さんは思わず顔をしかめた。


 僕は何とか声を出し、母に帰りの挨拶(あいさつ)をした。


「・・・・・・ただいま。母さん」


「・・・・・・あら、お帰りなさい。・・・シリウス」


 ようやく僕に気付いたようで、母は(うれ)しそうに返事をした。とても嬉しそう。だが・・・


 声が弱々しい。思った以上に衰弱(すいじゃく)しているらしい。思わず、僕はぎゅっと顔をしかめた。


 ・・・ああ、本当は(わか)っていたんだ。本当の僕の気持ちを。


 本当は、僕だって家族の事を―――


 (あふ)れ出そうになる涙を堪えて、僕は母を呼ぶ。母の手を握り、母に呼び掛けた。


「・・・・・・っ、母さん」


「シリウス・・・、貴方の・・・これまでの話を()きたいわ・・・・・・」


「っ、うん・・・解ったよ・・・・・・」


 そうして、僕は母にこれまでの話をした。家を飛び出してから、今までの僕の話を。面倒臭いと思いながらもそれでも楽しかった、今までの話を・・・


          ・・・・・・・・・


 ・・・しばらく、僕は母にこれまでの話をした。僕の物語(ものがたり)を聞かせた。


 裏山に出没した謎のゴブリン達やオークの事。山賊(さんぞく)やリーナとの出会いの事・・・


 神山に登った事。神山で山の神に弟子入りした事。修行の日々の中で、山の神に(みと)められる程の力を手に入れて無双の力を手にした事・・・


 修行を終えて、森の中でリーナと再会(さいかい)した事。公爵家の陰謀の裏に居た黒幕の事。その後、父親であるエルピス伯爵と出会い、その息子として屋敷に(まね)かれた事・・・


 王都に行った事。王都で出会った人達の事。リーナとの関係に(なや)んだ事・・・


 各国の王と会った事。神王から聞いた僕の秘密の事。黒幕との出会いの事・・・


 神大陸に行った事。其処で起きた事件の事。未開の大陸に行った事・・・


 ・・・色々話した。母は黙って聞いていた。僕の苦悩や絶望に(かな)しそうな顔をしていたけど、それでも母は最後まで聞いてくれた。最後まで聞いてくれて、涙してくれた。


「・・・そう、色んな事が・・・あったのね。ところで・・・リーナ・・・・・・ちゃん?」


「は、はいっ!!!」


 呼ばれたリーナが(あわ)てて返事をする。母はそんなリーナを見て、優しく笑っていた。


 ・・・優しい笑みを浮かべて、リーナに言った。


「シリウスを、今まで見ていてくれて・・・、本当に・・・ありがとうね」


「はい・・・・・・」


「シリウスの事、好き?」


「っ、はい!!!大好きです、(あい)してます!!!」


 その返事に、母は満足(まんぞく)そうに笑った。満足そうに笑って、静かに頷いた。


「ありがとう・・・。シリウスの事を・・・・・・これからも、よろしくお願い・・・ね?」


「っ、はい!!!」


 リーナは必死に返事をした。薄っすらとその瞳に涙を浮かべながら、返事(へんじ)をした。


 リーナの言葉に、母は心底満足そうな表情で笑った。その顔は、本当に満足そうだった。


 ・・・けど、僕は不満だった。不服だった。


「何だよ・・・それ?」


「・・・・・・シリウス?」


「それじゃあ、まるで(わか)れの挨拶みたいじゃないか!!!まるで諦めたみたいじゃないかっ!!!」


 その叫びに、母は戸惑(とまど)ったような顔をする。しかし・・・


 一度爆発してしまえば、もう止まれない。もう、抑えが()かない。


 一気にまくし立てるように僕は言った。


「どうして、そんな事が言えるんだよっ!!!どうして、諦められるんだよっ!!!」


「シリ、ウス・・・・・・」


「ようやく、ようやく僕も自分の気持(きも)ちに気付いてきたのに・・・。ようやく僕は本当の気持ちに気付いてきたというのに・・・・・・。それなのにっ!!!」


「・・・・・・・・・・・・」


 僕は、自分の想いを一気に(つた)える。爆発する想いのままに、母親にぶつける。想いを伝える。


「本当は、本当は僕は・・・母さんの事が好きだったんだ。妹の事が好きだったんだ」


「・・・・・・・・・・・・っ」


 その言葉に、母は動揺(どうよう)したように目を見開く。そして、僅かに瞳を(うる)ませる。


「家族の事が大好きだったんだ。それを、今更ながら気付いたんだ!!!本当は。本当は・・・」


「シリ・・・ウス・・・・・・」


 母の事が大好きだった。妹の事が大好きだった。家族の事が大好きだった。何よりも、家族の事を愛していたと言うのに・・・。それなのに・・・・・・


「僕は、きっと家族の愛情に()えていたんだ。それに気付いていなかった。いや・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


「きっと、それに気付かないふりをしていたんだ・・・」


 本当はずっと前から気付いていたんだ。気付いていたのに、目を背けていたんだ。ずっと、気付かないふりをしていたんだ。知らないふりをしていたんだ・・・


 人間不信という事に(うそ)はない。誰も信じられなかったというのに嘘はない。けど・・・


 本当は、本当はもっと家族と一緒に居たかった。家族と共に在りたかった・・・


 だからこそ、家族の愛に飢えていた。何よりも愛情を欲していたんだ。他でもない、家族との繋がりを欲していたんだ。それを、僕自身の手で(こわ)してしまった・・・


「・・・本当に、馬鹿(ばか)な子ね」


「ああ、本当にな」


「本当に、馬鹿な子・・・・・・。そんなの、私もそうよ・・・・・・」


「・・・・・・え?」


 母は、僕の頬に手を()えると薄く微笑み掛けた。その笑みは、何処か儚くて・・・


「私も・・・、シリウスや・・・ミィの事を愛してるわ・・・・・・」


「っ、あ・・・」


「貴方達の事を(あい)してます。何よりも、愛してます・・・・・・」


 家族の事を愛してる。その言葉が、何よりも嬉しくて・・・暖かかった。温もりを感じた。


 その優しさに、救われた気がした。しかし・・・


 すぅっと、僕の頬から母の手がすり落ちる。母の手が、力を失いそのまま落ちる。慌てて、僕はその手を力強く握り締めた。しかし、反応は無い。母の目が、ゆっくりと()じられる。


「っ、母さんっ!!!!!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 母は返事をしない。反応(はんのう)もしない。まるで・・・


 さあっと、僕の頭から血の気が引いた。背筋を冷や(あせ)が伝う。


「っ、母さん!!?母さんっ!!!」


「落ち着け、シリウス!!!大丈夫だ、意識を失っただけだ!!!」


「っ―――」


 見ると、母の胸は呼吸により規則正しく上下している。生きている。まだ、母は生きている。思わず僕は安堵の息を吐いた。良かった・・・


 本当に、良かった。そう、心の底から安堵(あんど)した・・・


 安心したら力が抜けたのか、僕は膝から(くず)れ落ちた。それを、リーナが支える。


「ムメイ・・・」


「ありがとう、リーナ。大丈夫だ・・・・・・」


 そう言って僕は立ちあがる。気付けば、空には満月が輝いていた。綺麗な満天(まんてん)の星空だった。

本当は誰よりも家族との繋がりが欲しかった。

けど、何時だって気付いた時にはもう遅い・・・

・・・けど、だけれども今度こそは。今度こそは。

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