1、心の傷
暗い。暗い。果ての無い暗闇に僕は立ち尽くしていた。いや、僕は果たして立っているのか?
それすらも解らない。前後も左右も全く解らない程の真の暗闇の中で、僕は、只其処に居た。どうして其処に居るのか、それすらも解らない。もう、何も解らない。何も理解出来ない。
周囲を見回してみても、やはり何も無い。只、暗闇が広がっているだけだ。或いは、それは虚無という物なのかもしれないが・・・。やはり、僕には解らない。
さて、どうした物か?そう思っていると、目の前の暗闇にぼんやりと人が浮かび上がってきた。
その姿を見て、僕は思わず息を呑んだ。その人物は・・・
「よお、よくも俺を殺してくれたな?クソガキ」
「っ、お前は・・・・・・⁉」
かつて、少年の頃に僕がこの手で殺した山賊の頭だ。その山賊頭が今、僕の目の前に居る。一体どういう事だか理解出来なかった。どういう訳なのか、理解を拒んだ。理解したくなかった。
解らない。解らない。解らない。一体、どういう事だ?どういう意味だ?混乱する。
「痛かったぜ?よくも俺を、俺達を殺してくれたよなあ?ああっ!!?」
「っ⁉そんなの、お前達が・・・・・・」
「俺達が悪いってのか?殺したお前が、それを言うか?」
「・・・・・・・・・・・・っ」
罵声を浴びて、思わず肩を震わせる。怖い。自分がやった事が、今更ながら怖い。そう思った。
何も言い返す事が出来なかった。悔しくて、唇を噛み締める。唇から、血が流れだす。山賊頭は下品に笑いながら僕を見下してくる。それが、悔しい。悔しいが、言い返す事が出来ない。
確かにそうだ。僕が殺した。僕が殺したんだ。山賊達を、山賊の頭を。只、気に食わないというそれだけの理由で僕は殺した。それは、きっと罪深い事だ。ああ、僕はきっと罪深い。
山賊達だけでは無い。僕は殺した。外法教団の団員達を、神大陸を攻めてきたから。
攻めてきたから殺した。殺さなければ、殺された。そんな事、良い訳にはならない。
僕は殺した。敵を、虐殺した。それはきっと罪深い事だ。
気付けば、僕の回りには大量の死体が積み重なっていた。死体が山となっていた。そのあまりの多さに僕は吐き気を堪える。口を、手で押さえる。嫌だ、もうこんなの見たくない。
死体が、僕を恨めしそうに見ている。その口が、僕に言う。僕を責め立てる。
―――お前のせいだ。全部、お前のせいだ。お前が悪い。
―――死ね。死ね。お前が死ねば良かったんだ。
口々に、そう告げてくる。気付けば、僕は血塗れだった。血に塗れていた。血生臭い。
身体が震える。僕の罪の重さに、身体が震える。今更ながらに、十字架の重さに気付く。
「嫌だっ!!!もう、僕を放っておいてくれっ!!!」
必死に叫ぶが、誰も僕を放ってはおかない。そう、誰も僕の事を放ってはくれない。
彼等を殺したのは、他でもない僕だ。放っておく筈がない。
目の前に、オーガが居た。幼少の頃、出会った理知的なオーガだ。
ああ・・・、僕は悲しげな顔で脱力した。そうだ、このオーガも僕が殺したような物だ。
そう、僕が殺した。きっと、あのオーガも僕が居たから。僕を放っておかなかったから死んだ。その事実が僕の心を締め付けてくる。僕の胸から、血が流れ落ちる。これは、心の流した血だ。
全部僕が悪い。そう、僕は血に塗れすぎたのだ。十字架を背負い過ぎた。
重い。あまりにも重たすぎる。重たくて、潰れてしまいそうだ。苦しい。苦しすぎる。
「あ・・・ああっ・・・・・・」
僕は、自身の両手を見て引き攣った声を上げた。血塗れだった。血に塗れて、真っ赤だった。その事実が僕をどうしようもなく、打ちのめしてくる。打ちのめして、ひき潰す。
「ああああああああああああっ、ああっあああああああああああああああああっっ!!!!!!」
・・・・・・・・・
・・・イ?・・・っ、メイっ‼
誰かの声が聞こえる。誰の声だ?僕は、薄っすらと瞼を開ける。
「っ、ムメイ!!!!!!」
「っ!!?」
目を覚ますと、目の前にはリーナの顔があった。どうやら、寝ていたらしい。心配そうに僕の顔を見詰めている所を見ると、どうやらうなされていたらしい。悪夢を見た。
そう、悪夢を見た。僕の頬を何かが伝う。どうやら、涙を流しているらしい。ああ、とても嫌な嫌な夢を見たから僕は、泣いているのか。そう、理解した。理解して、情けなく思った。
実に、嫌な気分だ。
「ムメイ・・・・・・」
「何でも無い」
「え?」
リーナが驚いた顔で、僕を見る。そんなリーナに、僕は静かに告げた。
「何でも無いよ・・・。何でも無いから・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
リーナは悲しそうな顔で部屋の外に出ようとする。その顔は本当に悲しそうで。だからなのか?つい僕は彼女に声を掛けてしまった。本当に、僕って奴は・・・
つくづく嫌になる。本当に、嫌になる。
「リーナ・・・」
「・・・?何、ムメイ?」
リーナが僕の方を向く。一瞬、僕は言葉に詰まったが。やがて僕はそれを言った。
「僕は、一体どうすれば良かったのかな。何が正解だったんだ?」
「ムメイ・・・・・・」
「僕は、僕が後悔しないように、何時だってモノを考えて選択してきたつもりだった。けど、一体何処で間違えたんだろうか?一体何を間違えたんだ?僕はどうすれば良かったんだ?」
気付けば、僕は後悔ばかりの人生だった。人生には後悔しか残らなかった。何故だ?どうしてこんな事になるんだろうか?解らない。もう、何も解らないよ。リーナ。
そんな僕を、リーナはそっと優しく抱き寄せた。抱き寄せて、泣いていた。涙を流していた。
そんな彼女に、僕も腕を回して抱き締めていた。自然、抱き合う形になる。
「ムメイは、きっと何も間違えてなんかいないよ。無銘の選択は、何も間違いじゃない」
「っ、けど・・・っ」
僕の声は、涙でどうしょうもなく引き攣っていた。それが、何だか無様だった。情けなかった。
そんな僕の背中を、リーナは優しく撫でてくれる。それが本当に情けなくて、余計に泣けてきた。
リーナの胸の中で、僕は嗚咽を洩らす。涙を流す。
「あ・・・ああっ、ああああああああっああああああああああああああああああ!!!」
「ムメイは悪くないよ。何も悪くない。だから、一人で背負い込まないで・・・」
―――私も背負うから。貴方と共に、背負うから。
その優しさが、余計に僕の胸に刺さった。その優しさが、とても重かった。けど、それでも今の僕はそれに縋る事しか出来なかった。そんな自分が、とても情けなかった。
・・・・・・・・・
それから、一体どれくらい時間が過ぎたのだろうか?リーナが何かに気付いたように言う。
「そうだ、ムメイ。明日街でデートをしよう」
「デート・・・・・・?」
僕が問い返すと、リーナが嬉しそうに頷いた。とても嬉しそうで、素敵な笑顔だった。そんな笑顔を向けられるのが何だか、僕には相応しくない気がした。僕に、この笑顔は似合わない気がした。
そんな事を思う事自体、もう駄目なのかもしれないけど・・・
「うん‼街で一緒に遊んで、いろんな店を見て歩いて、食事をして、それでね?」
「・・・・・・くだらねえ」
「うん、くだらないだろうけど。きっと楽しいよ?」
「くだらねえよ・・・」
「うん。けど、ムメイと一緒なら、きっと楽しい。楽しい筈だから・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
僕は、子供のようにふてくされる。それがおかしかったのか、リーナが笑う。
そうして、結局僕はリーナと一緒に明日デートをする約束をした。自分が情けない。情けなくて、思わず溜息が漏れる。本当に情けない。
けど・・・
「~♪」
リーナが楽しそうに鼻歌を歌っている。まあ、別に良いか。そう思えた。
本当、僕はリーナに甘いよな?そう、心から思った。思って、溜息を吐いた。




