9、神との戦い
現在、僕とミコトは山の頂上で木剣を構え、対峙していた。
僕は木剣を自然体に構え、ミコトは掌でそれをくるくると弄んでいる。なかなか余裕な様子で。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ふふんっ、どうした?何を憂鬱そうな顔をしている?」
ミコトは楽しげに笑い、問い掛ける。いや、そりゃあなあ・・・。
僕は深く溜息を吐いた。はぁっ、面倒だ。何故、こうなったのか。
・・・いや、そりゃあ僕が面倒だからと安請け合いしたのは確かだが。正直、面倒事ばかり巻き込まれている気がするんだが・・・。気のせいか?
此処まで面倒事に巻き込まれたのは、前世でも無かったぞ。
「・・・・・・はぁっ、面倒だ」
「そう言うな。少年もこの状況を愉しめ」
「・・・そう言われてもなあ。はぁっ」
そう言っている間も、僕もミコトも決して隙を作らない。流石は戦士の神、全く隙が無い。
まあ、そういう僕もこの状況であえて隙を作る愚は冒さないがな。
こんな状況下で隙を作れば、その瞬間に敗北するだろう。それくらい、理解出来る。
そんな僕を見て、ミコトは不敵に笑った。全く、何がそんなに楽しいのか。
「なるほど。なら、まずは少年をやる気にさせよう」
「・・・何?っ!!?」
瞬間、気付けば僕の懐までミコトが距離を詰めていた。振るわれる木剣。不味い、これを受けたらいくら木剣でも只では済まない。直感的に僕は悟った。
後方に跳び退き、更に木剣を構えて相手の斬撃を受け止める。しかし・・・。
「甘い!!!」
「ガッ!!?」
ミコトの斬撃を防いだものの、その衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされた。速い。そして重い。
オーガの門番の一撃よりも重い。何だ、今のは・・・?
僕はよろよろと立ち上がる。しかし、ようやく目が覚めた。僕の闘志に火が点いた。
「くはっ。そうだ、それで良い」
「・・・・・・っ!!!」
今度は僕の方から距離を詰め、木剣を振るう。人間の、それも子供が振るうには鋭すぎる斬撃。
必ず断つという気迫を籠めた一撃を、ミコトは・・・。平然と受け止めた。
「・・・っ、な!!?」
「しかし、まだまだ腰が甘い!!!」
「がはっ!!?」
ミコトは片腕で木剣を握っている。つまり、片腕の腕力だけで受け止めたんだ。
受け止めた木剣を軽い動作で振り払う。それだけで、僕はまた吹き飛ばされた。
何だ⁉一体どういう怪力をしているんだ‼僕は愕然とする。
「ふむ、しまったな。人間の・・・それも子供を相手に神の身体能力は反則に過ぎるか」
「・・・・・・・・・・・・っ」
神の身体能力。つまり、神と人はそもそも身体能力から違うのか・・・。
改めて、僕は神の出鱈目さを思い知る。
「なら、少しハンデを与えよう。俺の身体能力に枷を付け、一割以下に力を封印する」
「・・・・・・何だと?」
僕は思わず、問い返した。今、何と言った?
「だから俺の身体能力に枷を付け、一割以下に力を封印した・・・。これで身体能力では互角だ」
「っ、舐めてんじゃねーよっ!!!」
僕は怒りの咆哮を上げ、木剣をミコトに振るう。しかし、その鋭い一閃はミコトに届かない。
ミコトは薄っすらと笑う。
「ふっ!!!」
僕の一閃はミコトの木剣によって軽く柔らかくいなされた。だけでは無く、気付けばそのまま空中高く放り上げられていた。馬鹿な⁉
只、力任せに放り上げられたのではない。僕の力を利用し、其処にミコトの力を加えた上で上向きに受け流したのだ。つまり、完全な技量の差だ。
それは、まさしく神域の剣技と呼ぶに相応しい技能だ。
・・・まだ、こんなにも上の領域があるのか。まだ、僕はこんなにも弱いのか。
僕はまだ・・・まだ・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「むっ、いかん!!!」
瞬間、僕の中で何かがキレた。
「っ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
僕は、抑え切れない激情のままミコトに突貫していった。自分で自分が制御出来ない。
完全に理性が崩壊し、暴走するまま僕はミコトに木剣を振るう。
完全にタガが外れた。僕の動作に精密さなど無く、獣の体術そのものだ。
「ちっ、今まで抑え込んでいた物が一気に爆発したか」
「があああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
今の僕は云わば、暴走状態だ。要は獣のように暴れるだけで、今まで研鑽してきた技術も技量も全く関係が無くなる。しかし、その代償に身体能力が格段と向上するだろう。
何故なら、今の僕はあらゆる枷が外れているから。タガが外れているから。
要は、今の僕は暴走に身を任せる代わりに身体能力のリミッターが外れている訳だ。
しかし、それはつまり肉体に重大な負荷がかかるという意味でもある。
今の僕は、何時壊れてもおかしくない状況だ。実際、僕の身体は現在悲鳴を上げている。
・・・そのまま、僕は暴走のままにミコトに斬り掛かる。しかし、それでも神には届かない。
それでも、僕は神には届かない。
「全く、頭を冷やせ‼馬鹿者が!!!」
ミコトは自身の木剣を僕の木剣に絡ませるようにすくい上げ、僕の木剣を弾き飛ばした。
そして、そのまま僕を一閃。吹き飛ばす。
「ガッ!!!」
「まだまだっ!!!」
一瞬で距離を詰めたミコトは僕をひたすら木剣で打ち続け・・・。やがて、僕の意識は暗転した。
・・・・・・・・・
目が覚めると、其処は小屋の中だった。身体の節々が痛む。
まあ、それも当然か。それが、恐らく暴走状態の代償なのだろう。
人間は全力の力に耐えられない。それ故、普段無意識下でリミッターが掛けられている訳だ。
しかし、僕はそれを外した。暴走のまま、あらゆるタガが外れた。なら、それなりの代償が必要となるのは当然の話だ。あれは身体の負荷が大きい。
・・・いや、身体だけでは無い。精神的にもそれなりの負担がある。
あれだけ暴走し、暴れたのだ。そのぶり返しが、僕に精神的な疲労を与えている。
・・・はぁっ、それにしても。
「弱いな・・・僕は・・・・・・」
今回、それが良く解った。これでは到底自分独りで生きていくなど、二度と何も失わずに生きていくなど不可能だろう。
・・・ああ、確かに僕は弱い。弱すぎる。
僕は未だにちっぽけで弱々しい弱者だ。これでは、僕の求めた強さには到底及ばない。
僕は、深く深く溜息を吐いた。その瞬間、小屋の入り口の扉が開いた。
「目が覚めたか、少年」
其処には、山の神ミコトが居た。その瞳は冷ややかだ。
まあ、そりゃそうか。あれだけ盛大に暴走したんだから・・・。この反応も無理は無い。
全く・・・。
「弱いな、僕は・・・」
「ああ、そうだな。お前は弱い」
ミコトの言葉が、僕の胸に深く突き刺さる。痛い。かなり痛い。
僕の頬を、一滴の涙が伝う。
「強くなりたい。もう、独りでも生きていける強さが欲しい。もう、二度と失わない強さが欲しい」
僕は、強くなりたい。誰よりも強く、誰にも負けない強さが欲しい。
弱い自分は嫌だ。自分すら守れない、不甲斐ない自分など嫌だ。
強くなりたい。
「そんなに強くなりたいか?誰よりも強く、誰にも負けない強さが欲しいか?」
「欲しい。僕は、強くなりたい」
これは、何よりも明確な僕の本音だ。そう、僕は強くなりたいのだ。
もう、二度と失いたくないのだ。あんな絶望は、もうごめんだ。
「・・・・・・そうか。なら、この神山でしばらく自らを鍛えると良い。自分が納得するまでな」
「・・・・・・・・・・・・」
そう言うと、ミコトは少年から白い猪の姿に変わり小屋の奥に寝そべった。
僕は思う。僕は、本当に自分の求める強さを手に入れる事が出来るのか?本当に強くなれるのか?
いや、絶対になる。僕は強くなりたいんだ。
もう、二度と失わないように。自分を守り通せるように。僕はそう、意思を固めた。
ちょっとした設定。
ミコトは三つの姿に変身出来ます。
まずは山の神としての猪の姿。次に戦士の神としての少年の姿。最後に死神としての姿です。




