if、もし、救出に失敗していたら
時は遡り、無銘の救出作戦の最中・・・
リーナ=レイニーとクルト=ネロ=オーフィスは血塗れで横たわっていた。目の前には、悪魔Ω。
二人が神殿に侵入したまでは良いのだが、其処に悪魔Ωが待ち伏せていたのだ。そして、二人は奮戦したが見事に返り討ちに会う。そして、目の前には無傷の悪魔の姿が・・・
悪魔は退屈そうに二人を見ている。心底つまらなそうだ。どうやら、悪魔としては多少歯ごたえのある戦いを望んでいたらしい。しかし、期待外れのようだ。
リーナとクルト王子は必死に抗ったが、悪魔Ωの異常な戦闘能力には勝てなかった。そもそも、傷一つ付ける事すら叶わなかった。余りに規格外。その戦闘能力は異常に過ぎた。
「お前等、存外つまらねえな・・・・・・」
「ふざけるな。そんな・・・事で・・・・・・っ」
クルト王子が、Ωを睨み付ける。しかし、次の瞬間その首が音もなく跳んだ。
リーナが、大きく目を見開く。
「ああ、もうしゃべらなくても良いぞ。まあ、もう聞こえていないだろうがな?」
嘲笑する・・・
そう言って、悪魔が嗤う。嘲笑する。その光景を見て、リーナが戦慄する。どうして、この悪魔は人を容易く殺してこんなに笑えるのか?嘲笑う事が出来るのか?
リーナには、全く理解出来なかった。理解不可能だった。
悪魔の視線が、リーナに向いた。悪魔の笑みが、リーナに向く。びくっとリーナは肩を震わせた。
「お前も、もう死んでも良いぞ?」
「い、嫌っ・・・・・・嫌ぁっ・・・・・・」
「まあ、お前の意思などどうでも良いがな」
「っ!!?」
―――ムメイっ!!!
最後に、リーナは無銘の事を考えながらその生を終えた。意識が暗転する。
・・・・・・・・・
―――リーナが、死んだ?
無銘は、鎖に繋がれたまま思考を奔らせていた。しかし、もう既にその思考さえ覚束ない。精神がすり減り考える力すら失われつつあるのだ。もう、限界は近いだろう。
神殿が大きく揺れた。今の揺れで無銘は理解した。ああ、僕を助けに来た人が敗れたのだと。救いに来た人達が敗北したのだと・・・。敗北し、死んだのだと・・・
そう理解した瞬間、無銘の中で大切な何かが音を立てて崩れ去っていった。音を立てて、大切な物が壊れて消えてゆくのが解った。無銘は、それが何なのかを理解した。正しく理解した。
―――ああ、そうか。これが心か・・・
恐らく、無銘を助けにきた者の中にはリーナも居たのだろう。きっと、必死に助けようとした筈。
しかし、無銘を助けようとしたばかりに、その命が失われてしまった。死んでしまった。
無銘の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。無銘の心が、軋んで壊れてゆく。
大切な人が死んだ・・・。大切な命が失われた・・・
それが無銘の心を締め付ける。締め付けて、破壊する。打ち砕く。ああ、どうしてこうなった?何故こんな事態になったのだろうか?どうして?何故?
解らない。解らないからこそ、余計に無銘を打ちのめす。打ちのめして、打ち砕く。
無銘にとって、リーナは始めて心の壁を越えて接してきた人物だ。愛していると、大好きだとそう笑顔を向けてきた少女だ。大切な、何よりも大切な人だった。その筈だったのに・・・
その命が、容易く失われた・・・。自分を助けようとしたばかりに・・・・・・
―――もう、どうでも良いや。
無銘はそうして、考える事を諦めた。この日、無銘の心が死んだ・・・




