番外、七大罪の悪魔憑き
一方その頃、ビビアン=アルトは・・・
「・・・・・・っ、あ」
王城内の人気の無い場所で一人、うずくまっていた。その頬は赤く上気し、息は荒い。傍から見れば異常な光景なのは解るだろう。しかし、現在ビビアンは他の人物に相談する事が出来ないでいる。
何故なら、ビビアンの身体に起きた異常。その正体は極度の興奮状態だからだ。要は、色欲が目覚めたというべきだろうか?他にも、やけに空腹感が増大したり金銭欲が増したり・・・
未開の大陸から帰ってから、ビビアン騎士団長の欲望が際限なく増えた気がした。
意識が朦朧とするほどの強い欲望の渦が、頭の中を駆け巡る。
何故、こんな事になったのか?それは、言うまでもない。七大罪の悪魔を宿したからだ。
現在、彼女は七つの感情が普通よりも極端に増加している。それに必死に耐えているのだ。こんな場所をあのクルト王子に見られでもしたら・・・。ビビアンは泣きたくなった。
こんなはしたない自分を王子に見られたくない。そう、ビビアンは思った。だからこそ、こうして一人で何とか感情が鎮まるのを待っているのだ。しかし・・・
運命は、あくまでも皮肉だった。
「こんな所で、一体何をしている?ビビアン・・・」
「っ、あ・・・・・・」
其処に居たのは、クルト=ネロ=オーフィス王子だった。この状況下で誰より見られたくない、見られたくは無い筈の人物だった。それなのに・・・
見られた。はしたない自分を、王子に見られた。きっと、王子には失望されるのだろう。そう思うとビビアンは泣きたくなった。もう、逃げ出したい気分だ。
しかし、逃げる事は出来ない。逃げ出せない。
クルト王子は険しい顔をしている。ビビアンを見て、苦渋に顔を歪めている。
その表情が何を意味する物か、それを考える余裕は今のビビアンには無かった。意識が遠のく。
「ビビアン、お前・・・・・・」
「っ!!?」
何も言えない。何も言えずに、ビビアンはあまりの強烈な欲望の渦に意識を失った。
・・・・・・・・・
「・・・・・・う、んぅっ?」
次に目を覚ますと、其処は王城の医務室だった。ベッドの傍には、クルト王子が居る。どうやら自分は意識を喪失していたらしい。思わず、ビビアンは表情をくしゃりと歪める。泣きそうになる。
王子の表情は、相変わらず険しい。険しい顔で、ビビアンを見ている。
「目が覚めたか?ビビアン・・・」
「っ⁉あ、はいっ。申し訳・・・ありません・・・・・・」
ビビアンは沈んだ声で謝った。王子にあの状態の自分を見られた事が、ショックだった。きっと王子ももう失望したに違いない。そう、ビビアンは思った。
そう思って、泣きたくなった。しかし・・・
「何故、謝る?」
「・・・・・・え?」
「何故謝るのかと聞いている」
クルト王子は、真っ直ぐな瞳でビビアンを見詰める。その視線に、思わず目を逸らす。
視線を合わせられない。何も言えない・・・
「それ・・・は・・・・・・」
「・・・・・・ビビアン」
「はい?・・・・・・んっ」
クルト王子はビビアン騎士団長をそっと引き寄せる。瞬間、ビビアンは頭に直接雷に打たれたような強い衝撃に襲われた。ビビアンとクルト王子の距離が、一瞬で零になる。
ビビアンは最初、何をされたのか解らなかった。理解した瞬間、ビビアンは顔を真っ赤に染める。
マウストゥーマウス。つまり、キスだ。
慌ててクルト王子を突き離そうとするが、王子の方が力が強い。やがて、ビビアンは抵抗する気力を完全に失いそのまま身を委ねる。やがて、唇を離すと王子は静かに問い掛けた。
「ビビアン、未開の大陸で一体何があった?」
「っ、それは・・・・・・」
ビビアンは顔を背ける。しかし、それをクルト王子は許さない。ビビアンの視線を無理矢理自分と合わせると彼女と真っ直ぐ向き合い、真剣な瞳で言った。
「俺は、お前の事を愛している。お前の事が誰より必要なんだよ・・・」
「殿下・・・・・・」
「だから、どうかお前の事を教えて欲しい・・・。お前の事を守らせてくれ・・・」
「っ、はい・・・・・・」
・・・そうして、ビビアンは未開の大陸での事を話した。
七大罪の悪魔と遭遇した事。悪魔七柱に憑かれた事。そして、大罪の悪魔七柱を相手に契約を持ち掛けこれを悪魔達が承諾した事を話した。それを、クルト王子は黙って聞いていた。
そして、問題は七大罪の悪魔を己の体内に宿した事だ。それにより、ビビアン騎士団長は他者よりも七つの感情が大幅に増大した事になる。つまり、七つの罪源を宿しているのだ。
その七つの罪源こそ、傲慢、嫉妬、憤怒、暴食、強欲、怠惰、色欲の七つだ。先程のビビアンの状態を簡単に説明すると、つまり色欲の罪源に支配されていた事になる。
・・・ビビアンの説明を粗方聞いたクルト王子は、ビビアンの瞳を真っ直ぐ見て問う。
その瞳はあくまでも真剣だ。何時もの悪戯っぽい笑みとは違う。
「お前は、この状態を納得しているのか?」
「・・・納得して、います。けど・・・・・・」
「けど?」
ビビアンは少しだけためらった後、覚悟を決めたように、或いは諦めたように言った。
「殿下にだけは知られたくなかった。殿下に、はしたない女だと思われたくなかった・・・」
「・・・・・・・・・・・・そう、俺が思うと?」
「いえ。ですが・・・殿下に嫌われたくは無かった。それだけは、どうしても・・・・・・」
そう言って、ビビアンは俯いてしまう。その表情は、今にも泣きそうだ。
きっと、今まで必死に耐えてきたのだろう。そう思い、クルト王子は・・・
「ビビアン・・・」
「っ!!!」
そっと、ビビアン騎士団長を抱き締めた。その抱擁は、何処までも優しく力強かった。その抱擁にビビアンは涙が溢れ出した。溢れる涙を止められなかった。
涙を止められず、声を出して泣き出した。クルト王子に縋り付いて、泣いた。
「ビビアン、俺はお前が思っている以上にお前の事を愛している。お前の事を嫌ったりしないよ」
「それは・・・・・・」
解っている。解っている、つもりだ。けど、ビビアンは不安にならずにいられなかった。どうしても不安にならずにはいられなかったのだ。だから、しかし・・・
そんなビビアンを、クルト王子は抱き締めたままそっと頬にキスをした。
「あっ・・・・・・」
「ビビアン、一体どれほどお前を愛していると言えば伝わるんだ?お前を嫌えるわけが無いのに」
「それは・・・・・・っ」
クルト王子はビビアンをベッドに押し倒し、そっとそのその頬を撫でる。ビビアンの衣服が僅かにはだけて肌が露出する。その肌を、王子はつぅっと撫でてゆく。
その指先が、胸元へと移動していく。
「っ、あ・・・・・・」
「今こうして、お前を滅茶苦茶にしたいと言っても。それでも伝わらないか?」
「殿下・・・・・・」
泣きたくなった。其処まで想われていて、ビビアンは思わず泣きたくなった。
ビビアンも、クルト王子の頬に腕を伸ばす。頬にそっと触れる。その感触が、無性に愛おしい。愛おしくて思わず泣きたくなる。感情が昂り泣きそうになる。
クルト王子の想いが、素直に嬉しい。そう、感じた。
「ビビアン、お前を愛している・・・」
「クルト殿下・・・・・・」
そっと、二人の距離が近付いてゆく。やがて、二人の唇が重なり合うその刹那・・・
ガタンッ、唐突に物音がした。入口のドアの辺りからだ。そっと、音のした方を見ると其処には騎士達が二人を興味深そうに見ていた。一瞬で、ビビアンの顔が真っ赤に染まる。
クルト王子はそっと溜息を吐き、騎士達を睨み付けた。騎士達は苦笑を浮かべる。
「で、では俺達はこれにて!!!」
そう言って、そそくさと立ち去っていった。後に残される二人。クルト王子は溜息を一つ・・・
「全く、あいつらは・・・」
「クルト殿下・・・」
「ん?」
王子が振り向くと、ビビアンはふっと儚げな笑みを浮かべた。その美しい笑みに思わず王子はドキリと胸が弾んだ気がした。思わず、見とれてしまう程に美しかった。
そんなクルト王子に、ビビアンは胸の前で手を組んで祈るように言った。
「ありがとうございます。私も、殿下の事を愛しています・・・・・・」
そう言って、ビビアンはクルト王子にそっとキスをした。その時の、眩しい笑顔を忘れない。
そう、クルト王子は感じた。




