番外、リーナの献身
未開の大陸から帰ってきて、数日。イリオ国王陛下からはゆっくり休むように言われた。
私、リーナ=レイニーは現在、ムメイことシリウス=エルピスの身の回りの世話をしている。あれからムメイは精神的に大きな傷を負ったらしく、ベッドに寝たきりになっている。
やはり、未開の大陸で何かあったらしい。ムメイはずっとベッドに横になったまま、何の反応もしないでぼんやり窓の外を見ている事が多くなった。それを、皆心配している。
けど、きっとそれは今までムメイなりに無理をしてきた反動だと思う。だから、今度は私がムメイの代わりに彼の傍で頑張るの。きっと、それがムメイの役に立つと信じているから。
ドアを静かにノックする。返事は無い、何時もの事だ・・・
「ムメイ?入るよ?」
しばらくしても返事が無い。ドアを開けると、やはりムメイはぼんやりと窓の外を見ていた。
そよそよと吹く風。髪をなびかせながら、ムメイは虚ろな瞳で外を眺める。
「ムメイ、身体を拭くよ?上着を脱いで?」
「・・・・・・・・・・・・」
無反応。やはり、今回も私が脱がせるしか無いか。そう思い、ムメイの上着に手を掛ける。それを全く拒絶する素振りすら見せずに、ムメイはされるがままになっている。それが、少し悲しい。
やはり、大好きな人がこんなに弱っていると心にくる物があるのだと思う。しかし、それを決して表情に出す訳にもいかない。だから、私はムメイの前では何時も笑っている。
正直、上手に笑えている気がしないけど・・・。それでもムメイの前では何時も笑っている。
そんな時・・・
「・・・・・・リー、ナ」
「っ、ムメイ?」
ムメイが話し掛けてきた。その事に、心が僅かにドキリと跳ねる。うん、話し掛けられただけで心が跳ねるなんて私もやはりどうかしていると思うけど。・・・まあ、それは良いや。
ムメイは私の方を見ずに、窓の方を見て言った。
「どうして、君は僕の事を好きでいてくれるんだ?僕は、君に好かれるような人間じゃ無いのに」
きゅっと、胸が痛む。
・・・・・・ああ、その事か。私は思わず苦笑した。苦笑して、ムメイの身体を拭き始めた。
ムメイの身体を拭きながら、私はその問いに答える。
「そんなに大した理由は無いよ。只、私がムメイの優しさを知ったから。本当は、ムメイはずっと優しいと理解しているから。そんな貴方を好きになっただけだよ」
「・・・・・・・・・・・・解らない」
拗ねたように、そんな事を言うムメイ。それがおかしくて、つい苦笑してしまう。
私は、ムメイの身体をそっと抱き締めた。やはり、ムメイは一切抵抗しない。
「ムメイが傷付いた本当の理由、それは自分の為に誰も傷付いて欲しくなかったからだよね?」
「・・・・・・・・・・・・」
未開の大陸では多くの人が命を失った。ムメイを救う為に、ガンクツさんも命を捨てて戦った。
それは、助けられる方からすればかなりの負担だと思う。きっと、ムメイはそれを気に病んでいるのだろうと思うから。私はそれを指摘した。ムメイは本当に優しいから。
「ムメイは自分が傷付くなら良いけど、自分の為に他の誰かが傷付く事を許せない。だから、最初から他者から必要以上に距離を置いた。違う?」
「それは・・・違うよ・・・・・・」
返ってきたのは、否定の言葉。ムメイの瞳は、虚ろだけど何処か悲しそうだ。
ムメイがぼんやりとした口調でそれを否定する。私はムメイを抱き締めたまま、聞く姿勢を取る。
ムメイはぽつりぽつりと、話し始める。虚ろな瞳で、それでも悲しそうな瞳で話し始める。
「僕は、怖かったんだ。誰かに裏切られるのも、誰かを裏切るのも。確かに、他の誰かが僕の為に傷付く事は何よりも怖い。けど、それでもきっと・・・僕は誰かを裏切る事が怖かった・・・・・・」
誰かの期待を裏切る事が怖かった。そう、ムメイは告げる。
必要以上に期待されるのも嫌だ。その期待を裏切るのも嫌だ。だから、そんな期待など最初からされないよう距離を置いた。一定以上近付かないように遠ざけた。
孤独は感じた。けど、それでも誰かを裏切る。裏切られた人の表情を見るよりは遥かにマシだ。
裏切られた人の、傷付いた顔を見るよりは遥かにマシだ。ずっと、マシだ。
だから・・・・・・ムメイは人間不信であり続けた。独りを選んだ。孤独であり続けた。
本当は、誰よりも人間の温もりに飢えていたのに。それに背を向けた。自ら、誰も信じられないとそういう人間を演じ続けた。孤独を愛する人間を演じた。
期待は重い。裏切りは辛い。だから、最初から孤独を選んだ。孤独を愛した。
本当は、独りである事にずっと心が悲鳴を上げていたにもかかわらず。
何て寂しい生き方だろうか。ずっとそれを続けていたのなら、きっと傍に居られる人間なんてほとんど居ないだろうに。だから、事実彼の傍には誰も居なかったのだろう。
そう、私は感じた。感じて、悲しく思った。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
だったら、私はムメイに一体何が出来るだろうか?私が、ムメイに出来る事はあるだろうか?
きっと、ムメイは傷付く事も傷付けられる事も恐れている。だから、きっと孤独を選んだんだ。
「リーナ・・・・・・」
「何?」
「・・・・・・君も、そんなに無理をしないで・・・僕の世話をする必要は無いんだ」
「それは・・・・・・」
何時の間にか、ムメイは私をじっと見ていた。その瞳は相変わらず虚ろだった。けど、しっかりとその瞳は私を見ていた。私の目を真っ直ぐ見ていた。揺れる瞳で、私を見ていた。
「もう、君も無理をしないでくれ。僕なんかの為に、傷付かないでくれ」
そう言って、ムメイは私を真っ直ぐ見詰めてくる。それは、暗にもう自分の事なんか放っておいてくれという事だろうか?きっと、そういう事なんだろう。
しばらく見詰め合う、ムメイと私。やがて、ムメイの方が視線を逸らした。視線を逸らして俯く。
そんなムメイを、私はそっと抱き寄せて頭を撫でる。
「・・・・・・何を?」
「私はムメイに裏切られたと思わないし、ムメイの事を裏切ったりしないよ?」
そう、私は言った。ムメイの肩がびくっと震える。そんなムメイの頭を、私は優しく撫でる。
私は、今の私はきっと笑みを浮かべているのだろう。大丈夫とそう呟く。
「何・・・を・・・・・・?」
「私は、ムメイを裏切ったりしない。ずっと傍にいるから。貴方を孤独になんてさせないよ?」
「それ、は・・・・・・」
ムメイの声が震える。ムメイの肩が震える。ムメイが、静かに泣いているんだろう。
ムメイは私よりもずっと物を考えて生きている。だから、必要以上に傷付いてきたのだろう。ムメイは私よりもかなり賢い。子供の頃から、ずっとよく考えて生きてきたのだろう。
・・・だからこそ、人より深く傷付いた。
それを、私は優しく撫でる。独りではない事を教える。大丈夫だと、独りではないのだと。そうムメイに伝える為に優しく抱き締める。きっと、彼も本当は人の温もりが欲しかっただろうから。
「愛してるよ、ムメイ」
「解らないっ‼解らないよ‼僕にはっ!!!」
「大丈夫、私が付いているから・・・。何時でも付いているから・・・」
「・・・・・・っ」
「愛しているから。何時でも、ずっと愛しているから」
ムメイの腕が、私の背中に回ってくる。そして、ぎゅっと抱き締める。強く強く抱き締める。ムメイは一瞬で表情をくしゃりと歪めて嗚咽を洩らした。
大丈夫だと、私が傍にいると、その想いを伝える為に、私はムメイの頭をそっと撫で続ける。
ムメイは痛いくらいに私を抱き締めて、嗚咽を洩らし続けた。解らないとひたすらに呟きながら。
ムメイはひたすら泣き続けた。




