9、僕とリーナ
・・・その頃、リーナは広い神殿の内部をこそこそ隠れながら探索していた。未だ無銘の居る部屋には辿り着いては居ない。というか、外見よりも神殿の内部が広すぎるのが原因だ。
どう考えても、この広さは異常だ。内部の空間が拡張されているとしか思えない。しかし、それでも無銘を助ける為にリーナは神殿の中を歩き続ける。きっと、何処かに無銘が居る。そう信じて。
「ムメイ。必ず、必ず私が助けて見せるから・・・・・・」
決意を胸に、リーナは探索を続ける。そして、リーナは何やら怪しげな地下への階段を見付ける。
其処に、何かがある。そんな予感がして、リーナはそっと地下への階段を下りていった。何か、其処に行けば無銘に会える。そんな強い予感がしたのだ。
それは、もしかしたら巫女としての予感なのかもしれない。けど、今はそれでも良い。今は無銘に会いたいとそれだけが、リーナの背を押していた。無銘を助ける為なら、リーナは何処でも行ける。
リーナは只、無銘に会いたいのだ。彼を救いたいのだ。彼と話したいのだ。
本当は、きっと無銘の傍に居たいと思っている。ずっと彼の傍に居続けたいと思っている。彼には笑顔で居て欲しいと思っている。悲しい顔をして欲しくないと思っている。
解っているのだ。リーナのそれは、無銘に対する依存なのだと。そんなリーナの事を、無銘は何時でも苦笑しながら傍に居続けてくれた。最初、きっと彼はリーナの事を面倒に思っていた筈なのに。
それでも無銘はリーナの傍に居続けてくれたのだ。それは、きっと彼の優しさだろう。彼は頑なに否定するだろうけど、本当は無銘はとても優しい人間なのだ。
優しすぎるから、だから苦しんでいるのだろう。
・・・だからこそ、今度はリーナが無銘を救う番だ。無銘が居たから、リーナは救われた。無銘が居たからこそ幸せな毎日を過ごせたのだ。だから、今度はリーナの番だ。
リーナが、無銘を幸せにする番だ。無銘に幸せを送る番だ。無銘が幸せになる番だ。
そして、リーナはついに地下最奥に着いた。其処に、何となくだけど無銘がいる気がした。
そっと、リーナは扉を開く。すると、其処に確かに無銘は居た。
しかし、其処に居た無銘は鎖に繋がれ、その胸を剣で刺し貫かれていた。瞳は虚ろで生気が無い。
・・・一目で、絶望的な状態だった。一瞬、リーナの脳裏に死が過る。
「っ、ムメイ!!!???」
思わず、リーナは無銘に駆け寄る。しかし、無銘は何の反応も示さない。只、呼吸は繰り返しており何とか生きている事は理解出来る。しかし、それでも重傷なのは一目で解る。既に虫の息だ。
絶望的な状況。リーナの瞳に涙が滲む。
「ムメイ⁉ムメイっ‼」
「・・・リ・・・、リー・・・ナ?」
無銘の虚ろな瞳が、リーナの方を向く。その瞳には、やはり生気が抜け落ちている。言葉にも、やはり生きている気配が全くしない。その様子に、リーナは絶望的な表情をする。
けど、それでもリーナは諦めない。諦めきれない。諦めてなるものかと、己を奮い立たせる。
リーナは、表情を引き締めると無銘を繋いだ鎖に手を掛けた。何とか、鎖を解こうとする。何とか無銘を解放しようと鎖を引っ張る。しかし、外れない。
「ムメイ、助けるから・・・。今度は私が助けるから。だから、もう少し待っていて」
そう言って、リーナは無銘を助ける為に鎖を引っ張り続ける。しかし、そんな彼女に無銘は・・・
「お前は・・・一人で逃げろ・・・・・・。もう、僕の事は放っておいて・・・くれ・・・」
「・・・・・・え?」
それは、明確な拒絶の言葉。虚ろだけど、それでも拒絶を含んだ言葉だ。
・・・思わず、リーナは目を見開いて無銘を見た。しかし、相変わらず無銘の瞳は虚ろだ。その瞳には何も映してはいない。何処までも虚無的だった。虚無的で、虚ろだ。
そんな瞳で、無銘は呟く。
「僕の事は、もう・・・放っておいて。君は・・・此処、から逃げてくれ・・・・・・」
僕はもう嫌だ。もう、何もかもが嫌だと。そう呟く。その声には、生きる気力が無い。生きる意思が完全に欠如している。其処に、果ての無い絶望が垣間見えた。もう、無銘に生きる気力が無い。
しかし・・・それでもリーナは決して手を止めようとはしなかった。
「嫌だよ。私は、ムメイを置いて一人で逃げたりしない」
強い、決意を秘めた言葉。リーナはそっと呟くように言った。
鎖が、一つだけ外れた。リーナはぱあっと表情を明るくする。希望が見えてきた。
しかし、無銘には理解出来ないという気分だ。どうして、其処までして自分に拘るのか?
無銘には理解出来なかった。
「どう・・・して・・・・・・?」
「貴方の事が好きだから。大好きだから。愛しているからだよ」
無銘に恋をした。無銘を好きになった。無銘を愛した。
言葉にすれば、とても陳腐だった。それでも、きっとそれが全てだと思った。だから、リーナは無銘にそれを伝えるのだ。大好きだと。愛していると。
声を張り上げて、そう伝えるのだ。この想いが、無銘の心に届くまで。無銘の奥底に届くまで。
何処までも、何処までも、叫び続けるのだ。リーナは、何処までも無銘の事が好きだから。
それを伝える為なら。リーナはきっと、声が枯れるまで叫び続ける。声が枯れても、叫び続ける。
もう、リーナ=レイニーという少女は無銘という少年に参ってしまっているのだ。だから、今度は自分が無銘を救う番だとそうリーナは伝える。自分が貰った分だけ、今度は無銘に幸せをあげる番だと。
そう言って、リーナは無銘の鎖を外していく。
「解ら、ない・・・。解らない・・・よ・・・・・・」
「大丈夫。無銘は私が救うから。今度は、私がムメイにあげる番だから」
ありったけの幸せを、無銘にあげる。そう、リーナは笑って伝える。
大丈夫だと、そう言ってリーナは笑う。無銘に、満面の笑みを向ける。きっと、それが彼の心に何時か届くとそう信じて。リーナは満面の笑みを向ける。
・・・そして、ようやく鎖が全て外れた。無銘を戒める鎖が解けた。あとは、無銘の胸を深く刺し貫いた剣を抜くだけだ。リーナは、そっと剣の柄を握る。
その瞬間―――バチイッとリーナの手が弾かれた。剣の柄が軽く放電している。手には、軽い火傷。
一体何が?そう思っていると・・・
「もう、良い・・・。リーナ・・・お前だけでも・・・逃げて、くれ・・・。頼、むから・・・」
「っ、嫌だよ‼私はムメイを救うまで逃げないっ!!!」
「っ、リー・・・ナ・・・・・・」
きっと、助け出して見せる。そう言って、リーナは再び剣の柄を握り締めた。バチィッと再び手が弾かれそうになるのを、リーナは何とか耐えた。剣の柄を、両手で握って何とか引き抜こうとする。
既に、手に感覚がなくなってきている。中々腕に力が入らない。それでも、リーナは剣を引き抜こうと涙目で腕に力を籠める。そして・・・
やがて、無銘の身体から剣が引き抜けていく。ゆっくりとではあるが、それでも確実に。
「お願い、抜けてっ!!!」
リーナが、腕に渾身の力を籠めて剣を引っ張った。瞬間―――
剣が、勢いよく引き抜けた。剣があらぬ方へ飛んでゆき、そのままリーナはしりもちを突いた。
「っ、痛っ~」
リーナは痛みに顔をしかめる。それでも、何とか立ち上がり無銘に手を差し出した。
その顔は無銘にとって、何だかとても眩しく思えた。光り輝いて見えた。
「・・・・・・リー、ナ?」
「さあ、帰ろう?ムメイ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、その差し出された手に、思わず無銘は腕を伸ばす。リーナの手には、酷い火傷が。
差し出された手を、無銘は取った。握った掌は、とても暖かかった。目に、涙が滲んだ。
無銘救出成功。後は脱出するだけ。




