7、空戦
第二陣は空路を渡って未開の大陸に向かっていた・・・
飛べる者は自力で飛び、飛べない者は飛竜に乗って飛んでいる。自力で飛べる者は、一部の魔族や幻獣種などの翼を持つ種族だ。あと、神霊種は翼を持たずとも重力制御で飛ぶ事が可能だ。
第二陣の先陣を切っているのは、神霊種の副王ソウイルと魔王の息子、レオンハルト。この二名が率先して先陣を切る事で、第二陣は士気を向上している。この二名が、事実上の第二陣の長という訳だ。
魔王の息子であるレオンハルトは、自前の重力制御術式で空を飛んでいる。彼は、体内に数億にもなるナノマシンを宿している。その名を”王権”と呼ぶ。
量子論的多世界に接続する事で、異世界の物理法則を掌握し運用する事を可能とする―――
そのナノマシンを高稼働させる事で、レオンハルトは様々な事象を術式化して起こす事が出来る。
その背中には、光の翼が。重力制御の能力を持つ術式が翼の形になった物だ。
・・・と、その時。前方に急速接近する影を捉えた。敵影だ。
「っ、前方から敵影‼戦闘準備っ!!!」
レオンハルトの声に、背後の部隊が身構える。前方からは複数の敵影。計六体。全員が悪魔種だ。
その姿に、神霊種の副王ソウイルが愕然とした瞳で見る。それはまごう事なき大罪の悪魔。堕天使の頂点である大悪魔だ。七大罪を司る悪魔の、その内六体。
嫉妬のレヴィアタン―――
憤怒のサタン―――
暴食のベルゼブブ―――
強欲のマモン―――
怠惰のベルフェゴール―――
色欲のアスモデウス―――
計六体。傲慢のルシファーが居ないが、その六体が揃っている。それだけでかなりの脅威だ。恐らくこの六体だけで天使の軍勢の大半を相手取る事すら可能だろう。七大罪とは、それ程の勢力なのだ。
しかし、腑に落ちない。何故、傲慢のルシファーが居ないのか?そう思っていると・・・
敵陣に極光が満ち、やがてそれが人型を成して堕天使の姿を取る。傲慢のルシファーだ。
これで七体。全員が揃った。拙い、ソウイルは素直にそう思った。七体全て揃った悪魔達は、ほぼ神王にすら匹敵する。恐らく、此処に居る全員が束になってかかっても難しいだろう。
そう思っていると、敵陣に動きがあった。というより、この状況下で会話している。
「遅いぞ、ルシファー!!!」
「すまんな。思ったより傷が深くてな・・・、復活に手間がかかった。まあ、問題は無い」
ルシファーに怒りを見せるサタン。対し、ルシファーはあくまで傲慢な態度で謝罪する。
他の悪魔も、各々が違う反応を示す。
「どうでも良いっすよ。さっさと倒して俺は寝たいっす・・・・・・」
「同感だな。俺も、さっさと敵を倒して館にある財宝を愛でていたい・・・財宝サイコーだな」
ベルフェゴールの言葉に、マモンが同調する。基本、この二体はやる気が無い。
「そんな事より、私は全てのリア充を滅ぼしたいんd———」
「え?俺はリア充になりたいz?」
「はらへった・・・」
レヴィアタン、アスモデウス、ベルゼブブの三体は、もはやフリーダムだ。もはや、戦闘などどうでも良い感じが否めない。どうやら、それぞれ個性が強いらしい。個性と言うか、我が強い。
というか、それぞれ七大罪にぴったり当てはまる性格をしているらしい。実に解りやすい。
「まあ、それはともかくだ・・・・・・」
ルシファーが、第二陣の方を見下ろす。その瞳は、何処までも傲慢極まりない。
他六体の悪魔も、それぞれが視線を向けてくる。それぞれが、それぞれ違う感情を籠めてだ。
「往くぞ!!!」
「「「「「「おうっ!!!!!!」」」」」」
一瞬で、七体の大悪魔が戦闘態勢に入った。
七体の悪魔が一斉に第二陣に襲い掛かる。純粋なエネルギーによる物理攻撃。しかし、その攻撃の質があまりにも桁違いだ。次元が大きく歪む程の一撃が襲い掛かる。
迫りくる次元歪曲エネルギーを、ソウイルとレオンハルトがエネルギー障壁で防ぐ。しかし、それを防ぐ程度の事は既に織り込み済みだ。七体の悪魔が、一斉に嗤う。
二人が、次元歪曲エネルギーを防ぐ事に必死になっているその一瞬。その一瞬の隙に悪魔が動く。
七体の悪魔が、エネルギー障壁をすり抜けて背後に回り込む。
「しまっ!!!」
「何だとっ!!!」
七体の悪魔が、二人の背後に居たビビアン騎士団長の身体に入り込んだ。びくんっと、ビビアン騎士団長の身体が大きく跳ねる。七大罪の悪魔は霊的存在だ。云わば、精神生命である。
つまり、実体など無い。その気になれば、他者の身体を乗っ取る事も可能だ。
即ち、その七体が一人の騎士団長の身体に取り憑いたのだ。
一瞬の沈黙が流れる。その一瞬が、命とりだった。ビビアンの口元が、薄く嗤う。
瞬間、鮮血が舞った。
・・・・・・・・・
ビビアン=アルトの精神世界―――其処は、一面に海が広がった小さな浜辺だった。
広大な海を見渡す、小さな浜辺。其処が、ビビアン=アルトの世界の全てだ。その景色を、ビビアンは確かに覚えている。初めて、ビビアンとクルト王子が言葉を交わした場所だ。
ビビアンは胸をぎゅっと押さえる。ちくりと、胸の奥が痛んだ。今でも覚えている。あの頃のクルト王子との会話の全てを。彼の事を意識しだした切っ掛けを・・・
それは、まだビビアンが幼少の頃・・・
「リア充は滅びろっ!!!」
「ぐはっ!!!」
回想に入ろうとした所で、一柱の悪魔が背後からビビアン騎士団長を強襲した。見事なまでの強烈なヤクザ蹴りを頭部に貰う。うむ、頭が痛い。思わず、ビビアンはうめき声を上げた。
「リア充など、絶滅して、しまええっ!!!」
「ちょ、まっ・・・ぐえっ!!!」
半ば、乙女が出して良い声ではない。というか、フルボッコだ。
見ると、其処には七体の悪魔が居た。七大罪の大悪魔達だ。七柱の、堕天使の王達。
ルシファー、レヴィアタン、サタン、ベルゼブブ・・・
マモン、ベルフェゴール、アスモデウス・・・
傲慢、嫉妬、憤怒、暴食・・・
強欲、怠惰、色欲・・・
七つの大罪。七柱の大悪魔。その大悪魔達が、ビビアンの目前に居る。騎士団長は納得した。自分は恐らくこの大悪魔達に取り憑かれたのだろうと・・・
そして、これからどうなるのかビビアンは正しく理解した。恐らく、大悪魔達は正しくビビアンの身体を掌握する為に彼女の魂を喰らおうというのだ。取り憑いて、殺そうというのだ。
じりっと、悪魔達がビビアンににじり寄ってくる。そんな悪魔達を見て、ビビアンは・・・
「貴方達。・・・貴方達程の大悪魔が何故、終末王に従うのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
そっと、静かに問い掛けた。七柱の大悪魔は答えない。更ににじり寄る。
そんな大悪魔に、ビビアンはそれでも尚問い掛ける。
「貴方達程の大悪魔が、それでも彼に従う理由があるのですか?」
「それを聞いて、俺達に何の得があるんだ?」
悪魔の一柱がビビアンに問い返してくる。強欲のマモンだ。
何の意味があるのかではなく、何の得があるのか・・・。其処に、交渉の余地があると感じた。
その悪魔の問いに、ビビアンは僅かに思案する。そして、ビビアンは答える。
「その回答の是非によって、私は貴方達と戦わなくて済むと思います」
「ほう?」
戦わずに済む。それは即ち、戦わずに矛を収める方法を提示出来るという事だ。
その回答に怠惰の悪魔、ベルフェゴールが目を鋭く細める。その威圧に一瞬たじろぐが、それでもビビアン騎士団長は正面から問う。悪魔を真っ直ぐ、決して目を逸らさずに問う。
「どうか、答えて下さい。貴方達が終末王に従うその理由を」
ビビアンの問いに、悪魔達は僅かに思案する。そして・・・
「我等、悪魔が人に従う理由は大別して二つのみ。一つは契約による物。もう一つは、純粋にその力を示して支配下に置くという方法だ」
「今回の場合は後者に位置する。それ故、恐らくはお前の持ち掛ける契約条件次第で、我等は屈服する事もありうるだろうな」
そうルシファーとサタンは答えた。その言葉は、暗にそれに見合う条件を提示しろと言っている。
やはりこの七柱は悪魔だ。何処までも契約に従順なのだろう。だからこそ、ビビアン騎士団長はそれに対して一つの契約を持ち掛ける。それは、悪魔にとっては破格の条件だった。
「もし、私に味方するなら。もし、貴方達が私の味方になるのなら。私のこの身体を、私の死後貴方達の物にしても構いません。もちろん、細かい制約は付きますが・・・」
それは、即ち悪魔に肉体という器を差し出すという事だ。悪魔は精神生命。即ち、肉体という器を本来彼らは持ち合わせていない。Ωという例外を除き、彼らは自前の肉体を持たないのだ。
それ故、悪魔は只一柱の例外を除き肉体を欲する。故に・・・
その契約内容に、七柱の悪魔達は邪悪に嗤った。
・・・・・・・・・
一方、その頃現実世界では―――
「くっ!!!」
「こんな、程度でっ!!!」
ソリエスとレオンハルトは苦戦を強いられていた。それと言うのも、ビビアン騎士団長の身体を七柱もの悪魔達に乗っ取られて操られているからだ。手を出そうにも出来ない状況にある。
ビビアンは空を自由に駆けながら、無差別に攻撃を繰り返す。その顔には、悪魔の相が。
第二陣の部隊は戸惑い攻撃する事が出来ない。当然だ、相手は味方の筈なのだから。
「くそっ、どうすれば!!!」
「知るかっ。それを今、考えているんだろうがっ!!!」
愚痴を零しながら、それでも尚戦う手を止めない。手を止めれば、それだけで味方ごと殺られるだけだと理解しているからだ。それ故、二人は決して手を止めない。
もう、いっそのこと自滅を覚悟に特攻でもかますか?そう、僅かに考えた直後・・・
ぴたりと、ビビアンの動きが止まった。その不自然な急停止に、ソリエスもレオンハルトも、ましてや第二陣の皆も全員怪訝な顔をする。その直後・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
ビビアンの身体は、急速に落下していった。その光景に、思わず全員が目を大きく見開いた。
「って、ちょっ!!!!!!」
レオンハルトは、そのまま落下していくビビアン騎士団長を慌てて回収した。回収したその騎士団長の表情を見て更に絶句する。騎士団長は、目を回していた。
「うにゃ~~~っ」
「え・・・えー」
思わず、レオンハルトは力の抜けた声を上げた。




