3、緊急招集
「それでは、緊急会談を始める・・・・・・。何か、意見のある者は居ないか?」
場所は天宮内会議場、其処に、12人の人物が集まっていた。八人の王の他、4人ほど居る。
まずは、リーナ=レイニーとハワード=エルピス。この二人はシリウス=エルピスの重要な関係者としてこの場に居合わせている。リーナの場合は、自ら志願したのだが・・・
それは、今は良い。
次に、魔王の息子のレオンハルト。どうやら、無銘の救出作戦に自ら志願したらしい。これには神王も僅かに驚いた様子を見せた。彼が無銘と其処まで親しくなったようには見えなかったからだ。
しかし、本人は至ってやる気を見せている。どうやら本気らしい。
そして、最後に・・・・・・
リーナは飄々とした笑みを浮かべる、上級貴族の服を着た青年を見た。リーナはこの青年を以前に一度だけ見た事がある。世界会談の前に、無銘と一緒に学業区を歩いていた時だ。
其処で出会った、おせっかい焼きの謎の青年。確か、名前は・・・
「貴方は、確か大賢者のグリム=ロードさん・・・?」
「やあ、また会ったね。君はリーナ=レイニーだね?レイニー伯爵の娘の・・・」
大賢者。その単語に、場がにわかにざわついた。全員の視線が、興味深い色を帯びる。
「失礼、お前がオーフィス王国の大賢者殿か?」
「はい、そうですが?」
「ほう?はじめましてと言おうか、俺は魔王ライオネルという」
「それはご丁寧に、私は大賢者のグリム=ロードといいます」
そう言って、ライオネルとグリムは互いに握手をした。和気藹々、という雰囲気には見えない。恐らくは互いに人となりを見極めようとしているのだろう。そう、リーナは感じた。
事実、ライオネルはこの会話の中でグリムの人となりを見極めようとしていた。彼がどのような人間かを自分なりに判断しようとしていたのだ。結果、解ったのは只者では無いという事だ。
グリムという男。飄々として摑みどころが無い、という風を演じている。それが、見事に自然だ。
だからこそ、只者では無いと判断した。
そして、そんなグリムに興味を持ったのはライオネルだけではない。他の王達も、彼の大賢者を興味深そうな目で見ている。それは、大賢者が王国オーフィスにとって最重要人物になるからだ。
大賢者とは、王国オーフィスの学院を纏める賢者達の頂点だ。しかし、それだけではない。賢者とは学院を纏める権威達であって、当然政に関与する権限は無い。
しかし、大賢者であるグリムは違う。大賢者であるグリム=ロードは国王自ら、政治に口出しする権限を与えられているのだ。要するに、国王によって対等と認められているという事だ。
しかし、それに対してグリムは首を横に振った。
「そんなに大した者ではありませんよ。実際は、私は天宮に上がったのも初めてな物で」
「しかし、国王と同等の権限を与えられるというのはそうあるまい。事実、王に次ぐ権限は在っても王と対等の権限など聞いた事が無い」
飄々とした笑みを浮かべるグリムに対し、あくまで冷静にライオネルは返す。
確かに、その通りだ。事実、一国の王が自らに次ぐ権限を認めても自らと同格の権限を認める事など聞いた事が無いだろう。少なくとも、この世界では無い。
他の王達も口々にその言葉に乗る。場が渾沌としてゆく。グリムは、薄く溜息を吐いた。
瞬間、パンッとグリムが手を叩く。一瞬で、会議場が静寂を取り戻した。
皆、目を丸くしてグリムを見ている。当の本人は相変わらず飄々と笑っている。
「それもそうですね。しかし、今は他にするべき話があるのでは?」
「ふむ、それもそうか・・・・・・」
その言葉に、王達はしぶしぶ引き下がる。何となく話を逸らされた気もしたが、確かにその通りだ。
ライオネルも、その言葉を聞いて大人しく引き下がった。これ以上引き延ばしても意味が無い。
その様子を傍で見ていたリーナは、冷や汗をかいていた。これが、大賢者の手腕か。
リーナは勘に優れる巫女故に理解したのだ。この男が、場の空気を支配しつつあると言う事に。
言葉のトーン、口調やその他、自然な振る舞いによって、彼は場の空気を支配している。それは彼の技量の成せる業と言えるだろう。要するに、この男の純粋な技術の高さだ。
それを理解したからこそ、リーナは背筋に冷や汗をかいた。しかし・・・
直後、グリムはリーナの方を向き指を鼻先で立てて薄く笑った。どうやら、今察した事は黙っているようにとの事らしい。リーナの背筋が凍る。どうやら、他者の思考を読む技術も持っているらしい。
恐るべき事に、グリムはこの場に居る全員の思考を読んで、空気を支配しているのだ。
・・・侮れない。そう、感じた。
まあ、それはともかくとして・・・緊急会談は再開された。
こほんっと、咳払いが聞こえた。
「そもそも、外法教団とやらの思惑にわざわざ乗っかって戦争を起こす必要性が何処にある?」
「そうだ、何の為に戦争を回避し続けてきたんだ?この歴史を積み重ねてきたんだ?」
そう、ガルズ=クレア=ウルトとシン=マークス=メサイアは言った。
立法王と司法王の言葉に、場は静寂に包まれる。リーナも何も言う事が出来ない。ハワードもだ。
確かに、それもその通りだろう。この世界は戦争を回避する事の為に歴史を積み重ねてきた。それはつまり二度と戦争をしないとの契約だ。神々との間に交わされた契約だ。
この世界で戦争が最後に行われたのは、その契約より前になる。軽く見積もっても、約十万年以上は昔の話になるだろうか?もう、二度と戦争をしないと。この世界に住まう種族は契約した。
正確には人間を襲う魔物の脅威はあるが、戦争をした事などもう二度と無かった。
故に、この世界においては戦争こそが最も忌避すべき不倶戴天の悪であると言える。だからこそこの世界に住まう全ての種族は、戦争を回避する事のみに思考を裂いてきた。
だが、今回は違う。戦争を起こそうと、戦争の引き金を引こうとする敵が現れた。
・・・宣戦布告する敵が現れた。
「戦争を起こそうと、引き金を引く敵が現れた。それに対し戦争を放棄し、只滅ぼされるのか?」
「ぐぬっ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
黙り込むメサイアの王とウルトの王。そんな中、リーナが頭を机に押し付けるように下げた。その姿にその場に居る全員がぎょっとした。しかし、リーナは頭を上げようとはしない。
必死に頭を机に擦り付ける。押し付ける。
その姿に、興味深そうに目を細める者が居た。魔王ライオネルと竜王ソリエスだ。
「お願いします。どうか、私に力を貸して下さいっ!!!」
「・・・・・・っ」
「ムメイを助けたいんです。ムメイを救いたいんです。私一人では、力が足りないんです」
必死に頭を机に押し付けて、リーナは懇願する。其処に、恥も外聞も無い。無銘を救う為なら、例え自身が恥をかこうとも一向に構わない。その為なら、リーナは恥をかく事もいとわない。
どれ程恥をかこうとも、無銘を救えるのなら何の問題も無い。
そんな中、魔王ライオネルは心底愉しそうな瞳で問う。
「ほう、ならリーナ=レイニーは俺達に何を賭ける?お前は一体何を賭けられる?」
「命を賭けます」
即答だった。一秒の間も無かった。頭を下げたまま、机に頭を押し付けて懇願した。
その答えに、約二名の王を除く全員が愕然とした視線を向ける。目を見開き硬直する。それでも決して頭を机から離そうとせず、リーナは懇願を続ける。
「お願いします。ムメイを救いたいんです!!!どうか、お願いしますっ!!!」
「解った。俺はリーナ=レイニーに力を貸そう」
「っ!!?」
今度は、ライオネルが即答した。その言葉に、リーナが思わず頭を上げる。そして、ライオネルはそのまま他の王達に目を向けた。その瞳は、愉悦の色を帯びている。
こらえ切れない、歓喜の色が浮かんでいる。
「どうする?お前達はこの娘に力を貸すか?」
その言葉に、一瞬静寂に包まれる。それをまず破ったのは、神王デウスだ。
「俺は、どの道手を貸すつもりだったぞ?」
「私も、彼女に手を貸そう」
続いて、イリオ=ネロ=オーフィスも賛同する。
「俺も、力を貸す事にやぶさかではないさ」
ソリエスも愉しそうに笑みを浮かべながら、賛同した。
「俺も、力を貸そう」
「しゃあねえ。俺も手を貸そう」
スルトとシスも賛同した。残るは二人、ガルズ=クレア=ウルトとシン=マークス=メサイアだ。
二人に視線が集中する。二人の王はしばらく悩んだ後、やがて深い溜息を吐いた。
「ああもう、解ったよ。俺も力を貸そう」
「俺もだ。ただし、これは決して戦争の為ではないぞ?世界を守る為だ!!!」
そう言って、賛同した。他の全員も異論は無いようだ。皆、頷いている。
その光景に、リーナは感動して涙を流した。
「あ、ありがとうございますっ!!!」
再び、リーナは頭を深く下げた。これにて、連合軍は発足された。
・・・・・・・・・
その後・・・
「ところで竜王よ。誇り高いお前が、よくこの話を引き受けたな?」
ライオネルが竜王のソリエスに問う。その顔には、愉快そうな笑みが浮かんでいる。事実、ソリエスがこの一件に乗り気である事に興味を持っているのだろう。
竜王ソリエスは誇り高い。それ故、何の理由もなく相手の話を引き受けたりしない筈だ。
それに対し、ソリエスは口元に薄く笑みを張り付けながら答えた。
「別に、只終末王を名乗るあの小僧が気に食わなかっただけだ」
「それだけか?」
「それに・・・・・・」
ライオネルの言葉に対してソリエスは答える。薄い笑みを張り付け、その瞳に闘志を宿しながら。
「リーナという小娘、あいつは一人の人間の為に命を賭けると言った。まあ、ようするにだ。俺はあの小娘の事が気に入ったんだよ。それだけの事だ」
つまり、そういう事だ・・・
気に入ったから、手を貸す。気に入らなかったから、叩き伏せる。
実に簡単な理屈。実に解りやすい。
「なるほど?問題児だな」
「知っているだろう?俺はそういう奴だ」
ソリエスは相変わらず笑っている。この竜王は、自分が問題児である事を自覚しながら、それでも唯我独尊を貫こうとしているのだ。これこそ自分であると、そう誰に憚る事もなく謳っているのだ。
そう、これこそが竜王ソリエスだ。ライオネルは苦笑を浮かべながら、改めて納得した。
かくして、連合軍は発足され物語は戦争へと進んでゆく。




