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無銘の世界~personaluniverse~  作者: ネツアッハ=ソフ
外法教団編
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2、リーナの涙

 王都オーフィス、王城玉座の間。其処で、ハワード=エルピスは愕然(がくぜん)と目を見開いていた。その目は未だ現実を信じられないと告げている。現実を受け入れる事が出来ないでいる。


 当然だ。自分の息子が(とら)われの身に堕ちているなど、誰も信じたくない。それを信じれば、何か大切な物が自分の中から失ってしまう気がする。わなわなと震える口で、ハワードは国王に問う。


「そ、それは真実ですか?陛下(へいか)・・・・・・」


「うむ、間違いない・・・・・・。シリウス=エルピスは終末王を名乗る者に囚われている」


「っ、そ、そんな・・・。そんなこと・・・・・・」


 其処までが限界(げんかい)だった。


 ハワードは国王の前だという事を忘れ、そのまま崩れ落ちた。その表情は絶望に染まっている。まあそれも当然の話だろう。ハワードにとって、シリウス=エルピスは我が子に間違いないのだ。


 どれほど規格外の力を見せようと、どれほど大人びた事を言おうと、それでもハワードにとっては我が子に間違いはないのだ。ハワードとマーヤーの子だ。それだけは絶対に間違いのない事実だ。


 我が子を心の底から嫌うなど、ハワードには出来ない。我が子は彼にとって(たから)に間違いない。


 だからこそ、ハワードは絶望に打ちひしがれていた。何故、こんな事になったのか?それを嘆かずにはいられないでいる。どうして、我が子なのかと運命(うんめい)を呪わずにいられない。


 この世界において、15歳から成人(せいじん)となる。故にシリウスは既に大人の仲間入りを果たしており、一人で物事を考えて行動する必要が出てくるだろう。しかし、しかしだ。


 それでも思う。ハワードにとってはシリウスは息子であり、マーヤーとの間に産まれた宝だと。


 その宝を奪われた自分は、一体どうすれば良いのか。そう思わずにいられないのだ。絶望に視界が暗闇に閉ざされてゆくのが解る。何も見えなくなってくる。


 そんなハワードの姿を見て、イリオは告げた。


「ハワードよ、そなたの息子を救う可能性が無い事もないが。その方法に()けてみる気はないか?」


「っ、その方法とは?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 イリオは深く黙り込む。その沈黙に、ハワードは不安に駆られる。その方法とは一体、どのような方法なのだろうか気になった。しかし、それにしては国王の様子がおかしい。


 まるで、その方法を言う事をためらうかのような反応だ。恐らく、それは正しいのだろうが。


 国王イリオは、ためらうように告げた。


「その方法が、もし未曽有の戦争(せんそう)を発生させるものだとしてもか?」


「っ!!?」


 ハワードは押し黙る。それは、つまり敵対勢力との戦争を受け入れるという物だ。それは、果たして賢い選択と言える物だろうか?そんな事、ハワードに知る由も無かった。


 しかし、それでもハワードも人の親だ。我が子の命を諦める事など出来はしない。


 それが、どのような方法だとしても手を伸ばさずにいられないのも事実だ。一体、ハワードはどうすれば良いと言うのだろうか?そんな事、解らなかった。


 この世界は戦争を起こさない事を()としている。それは、遥か太古の時代に神々との間に交わされた古い盟約でもあるのだ。故に、この世界において戦争が起こった事実などその盟約以前の時代のみ。


 最後に起こった戦争は、天地を砕く空前絶後の規模だったと聞く。戦争の恐ろしさは、親から嫌と言う程に聞いていた。絶対に、もう起こしてはならないものだと聞いた。


 故に、世界中のあらゆる種族が守る最重要な盟約(めいやく)でもある。


 しかし、それでもだ。ハワードは頭を上げて、国王を真っ直ぐに見上げた。


「それでも、可能性があるならそれに賭けたいです。私も、あの子の親ですから」


「・・・・・・ふむ」


 親として、子供を諦める訳にはいかないと。そう瞳で告げる。それが、親としての責務(せきむ)だと。


 イリオはハワードを真っ直ぐ見据える。ハワードも、その視線を真っ直ぐ見返した。恐らく、此処は決して目を逸らしてはいけないだろうと判断したが故に。ハワードは真っ直ぐに見返す。


 しばらく、沈黙が続く。その空気に、近衛の騎士達が固唾(かたず)を呑む。


 やがて、国王の方が深く溜息を吐き音を上げた。


「明日の朝早く、8時頃に緊急会談を天宮にて()り行う。お主もそれに参加するが良い」


「っ、はっ!!!」


 ハワードは勢いよく頭を下げて返事をした。


          ・・・・・・・・・


 神大陸・・・神国の奥にある神王の神殿、その客室にリーナは居た。ベッドに座り込み、ずっと独りで考え込んでいる。もう、ほぼ一日近くずっとこのままだ。その瞳に、生気(せいき)は無い。


 ほろりと、リーナの頬に涙が伝う。脳裏を、無銘の姿が(よぎ)る。


「・・・・・・ムメイ、っ」


 涙が止め処なく流れ落ちる。ついに、リーナは顔を両手で覆い泣き出した。


 わんわんと泣きじゃくり、涙を流す。


「ムメイ・・・ムメイっ・・・あああああああああああああああああああっ!!!!!!」


 滂沱(ぼうだ)と涙は流れ落ち、泣きじゃくる。涙が止まらない。その手から、涙が次々と零れ落ちる。


 その胸には、例えようもない程の喪失感がぽっかりと穴を開けていた。空虚だった。リーナは今とても空虚な気分だった。抑え切れない嗚咽が漏れる。感情が、(おさ)え切れない。


 思えば、リーナはずっと無銘に依存(いそん)し続けていた。あの少年からずっと離れようとしなかった。


 ———その依存が、彼を追い詰めたのか?


 ずっと、初めて会った頃から無銘の事が好きだった。大好きだった。その想いが色あせ消え去る事など一度たりとも無かった。だからきっと、リーナはどうしょうもないほど彼の事が大好きなのだろう。


 ———その想いが、押し付けがましい物だったのだろうか?


 きっと、もうリーナはこの想いを切り離す事など出来ないのだ。そう、今この瞬間に自覚した。


 ———彼を(ほう)っておく事も、本当は出来たのではないか?


 だからこそ、リーナは悲しみを抑える事が出来なかった。堪える事が出来ずに、涙を零す。リーナはもう駄目なのだろう。これ程に心の底から依存した相手は居ない。リーナは無銘にベタ()れなのだ。


 ———けど、リーナにはそれは出来なかった。断じて出来なかったのだ。


「・・・・・・・・・・・・」


 自然、リーナの足は立ち上がっていた。ドアを開け、そのまま部屋を出ていく。


 向かったのは、神王の部屋だ。軽くノックをする。


「あの、リーナ=レイニーです。神王陛下は居ますでしょうか?」


「・・・・・・入れ」


 中から声が聞こえた。神王の声だ。ゆっくりと、リーナは部屋のドアを開ける。其処には神王デウスが一人で書類整理をしていた。書類の内容は、終末王と外法教団関係のようだ。


 どうやら、神王は一人で敵の情報を調べていたらしい。その書類だけで、軽い山が出来ている。そんな神王を緊張した面持ちで、リーナは見詰めた。神王は目を鋭く(ほそ)めて彼女を見る。


 彼は全知全能の神王だ。恐らく、リーナが何を言いたいのか(すで)に知っているのだろう。


 リーナは一瞬怯むが、それでも何とか神王を真っ直ぐ見返して言った。


「神王陛下、私も・・・私もムメイの許に、未開(みかい)の大陸に連れて行って下さいっ!!!!!!」


「一つ、聞いておく・・・それは本気で熟慮(じゅくりょ)した事か?考えた末の回答か?」


 神王の言葉が冷たい。それ程、リーナの言う事は無茶と無謀(むぼう)の混ざった事なのだ。


 神王の視線が、リーナを射抜く。それは、半端な回答を許さないという物だった。半端な回答であれば断じてそれを許す訳にはいかない。その意思が籠められていた。


 だからこそ、リーナは真剣な()で神王を見返した。見返して、言った。


「はいっ、私は私の手でムメイを救いたいです!!!」


「ふむ、それはお前の命を()けてでもか?」


「はい!!!」


 即答だった。言葉が、自然と出て来た。これは、きっと無銘に対する恩返しなのだろう。


 今まで彼に助けられてきた事に対する恩返し。そして、今まで彼に対して依存してきた事に対する代償を払おうと言うのである。故に、リーナは此処で引くつもりは一切無い。真っ直ぐ、神王を見返す。


 その視線を受けて、神王はふむと頷いた。


「ならば是非(ぜひ)もないな。自分の命はなるべく自分で何とかする、そう覚悟出来るなら付いてこい」


「はいっ!!!」


 リーナ=レイニーは力強く頷いた。その瞳には、強い覚悟(かくご)を宿していた。


 必ず無事(ぶじ)に無銘を助ける。そして、必ず共に帰ってくるという覚悟の現れだった。

少女は決意する。これまでの依存の代償を清算すると。そして、必ず少年を救うと。

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