プロローグ
日本のとある地方都市、とある家にその女性は住んでいた。住んでいた、という表現はもう正しくないのかもしれないが。とりあえず、其処にその女性は居た。
家の中は、荒れ果てていた。もう、女性に生きる気力など欠片も無かった。
親しい、少なくともその女性にとっては親しいと思っていた友人が死んだ。死因は自殺だ。電車に自ら身を投げた事による投信自殺だった。友人は、彼女の目の前で身を投げたのだ。
その光景が、目に焼き付いて離れない。それ以来、女性は家に引き籠るようになった。
彼女に生きる理由はもう無かった。彼が死んだ事で、全て無くなったのだ。そんな彼女を、友人達はとても心配していた。しかし、それでも彼女の心には全て響かなかった。
彼も、こんな気分だったのだろうか?だとすれば、きっと・・・
女性は思う。きっと、自分は彼の気持ちを何一つ理解出来ていなかったのだろうと。
・・・・・・・・・
「カナタ君・・・・・・」
ふと、言葉が漏れる。
どうして、彼は自殺したのだろうか?いや、理由は解っている。理由は彼の身の回りの環境だ。彼は酷い人間不信だった。しかし、その人間不信を加速させたのは周囲の人間だ。
自分は知っていた。彼は何時も、孤独だった。
幼少期からの酷い苛め。社会に出てからのパワーハラスメント。彼を孤立させたのは、周囲の人間達に他ならないだろう。周囲の人間が、彼を、春風カナタを追い詰めたのだ。
・・・そして、その人間の一人が自分なのだろう。自分は、それを知りながら放置したのだから。
そんな自分が、どうしても許せなかった。許す事が出来なかったのだ。
「カナタ・・・君・・・・・・」
声に、嗚咽が籠もる。今、気付いた。自分は彼の事が好きだったのだろう。大好きだったのだ。
それなのに、彼の苦しみを理解してやれなかった。彼を救う事が出来なかった。それが、悔しい。
あの自殺の後、彼の働いていた会社は過度のパワーハラスメントが問題となり潰れた。会社の社長は最後まで自分に罪は無いと、責任の全ては自殺したカナタにあると言った。
そのみっともないまでの責任逃れに、誰もが激怒した。自分も泣きながらその社長を非難した。人一人を自殺に追い込んでおきながら、その言い逃れは何だと誰もが言った。
———社会で生きる以上、集団行動にこそ意味がある。彼はその輪を乱す。
社長の言葉だ。彼は、自分の行動に一切の非は無いと言い切った。
結局、最後まで社長が責任を認める事は無かった。それが、とても悔しい。救われないと思った。
果たして、自分は彼に何かしてやれたのだろうか?思えば何時も、彼は自分の我が儘を面倒臭そうにしながらも聞いてくれていたではないか。自分は何時も、彼に甘えてばかりだった。
彼は、何時も面倒臭そうな態度ではあった。それでも優しかったのだ。何処までも優しかった。
そんな自分が、誰よりも許せなかった。許す事が出来なかった。
「・・・・・・もう、どうでも良いや。こんな世界」
ゆらりと立ち上がり、台所に向かう。其処には、包丁があった。その包丁を取り・・・
すっと自分の首に向ける。
「ごめんね、カナタ君。今、君の許に行くね・・・・・・」
そう言って、包丁を握る手に力を籠めた。




