7、登山
その頃、夜も深く。ある屋敷にて・・・。
リーナとその父親はその屋敷の主と会っていた。屋敷の主は朗らかな笑みで、二人を迎える。
程よく鍛えられた、体格の良い男性だ。その人の良い笑みが屋敷の主の人格を現しているよう。
「ハロルド、良く来たな。どうぞゆっくりしていくと良い」
屋敷の主は夜遅くにも拘わらず、二人を歓迎する。
しかし、ハロルドと呼ばれたリーナの父は静かに首を振った。その顔は緊迫している。
その様子に何かを察したのか、屋敷の主は顔を引き締めた。
「そうもいかんのだ、ハワード。場合によってはお前にとって悲しい報せになりかねん」
「悲しい報せ、だと?」
ハワードと呼ばれた屋敷の主は怪訝な顔をする。ハロルドは真剣な表情で頷いた。
「今朝の話だ。娘の乗った馬車を山賊が襲ったらしい」
「っ、それは・・・大丈夫だったのか?見た所、リーナ嬢は無事に見えるが・・・」
ハワードはリーナを見て言った。しかし、リーナの表情は暗い。何かあったのかと心配になる。
ハロルドは沈鬱そうに俯き、言った。
「リーナは無事だ。しかし、どうやらリーナを助け、自ら囮になった少年が居たそうだ」
「何だと!?」
「それで、ここからが本題なんだ。どうか落ち着いて聞いてくれ」
「・・・・・・・・・・・・」
ハワードは黙って頷く。しばらく言い辛そうに黙っていたハロルドだが、やがて静かに言った。
「その囮になった少年。黒髪に青い瞳をしていたらしい」
「—————————っ!!?」
その言葉にハワードは愕然と目を見開いた。どうやら、かなりの衝撃を受けたようだ。ハロルドは悲痛な表情に顔を歪める。
「それは・・・本当なのか?」
「全て、本当の話だ・・・」
「・・・・・・・・・・・・そうか」
ハワードは俯き、悔しそうに歯を食い縛る。今、彼の心の内は悔恨の念で溢れている。
それも当然だ。何故なら、彼はその少年の××なのだから。
「今、俺の私兵に調査に向かわせている所だ。しかし、その少年は恐らくもう・・・」
「そう、か・・・・・・」
ハワードは力なく肩を落とした。リーナも悲しみのあまり、すすり泣く。
しばらく、沈鬱な空気が流れる。
・・・しかし、やがてハワードはきゅっと表情を引き締めるとハロルドとリーナに言った。
「まあ、何にせよリーナ嬢が無事で良かった。きっとあの子も満足している筈だ」
そう言って、ハワードは笑う。その笑みは、何処かぎこちない笑みだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
きっと、それはハワードなりの気遣いなのだろう。ハロルドはそれ以上、何も言えなかった。
言う事が出来なかった。
・・・・・・・・・
・・・夜が明け、日が昇り始める時刻。僕は門を抜け、神山に入山した。
「じゃあな、オーガ」
「おう、せいぜい生きて下りてこいよ‼」
さらっと不吉な事を言うな。僕はオーガを軽く睨む。
オーガの門番と別れ、僕は神山を登り始める。
さて、此処からは神の住まう土地。本当の神域だ。僕は地を踏み締め、山を登る。
が、しかし・・・。
「・・・・・・・・・・・・」
・・・山を登り始めてすぐ、僕は違和感を感じ始めた。
おかしい。何かに見られている気がする。それも、複数の視線を感じる。
・・・それに、違和感はそれだけでは無い。
何か、妙に心が揺さぶられる感覚がする。これは、不安か?
馬鹿な‼僕が不安を感じているなんて。ありえない。
瞬間、孤独の海に独り放り出されたような感覚が僕を襲う。どうしようもない孤独感が僕を襲う。
何だ、この感覚は。こんな感覚、僕は知らない。
寂しい、寂しい、寂しい。独りは嫌だ。独りは寂しい。辛い。苦しい。
誰か、誰か、誰か。誰か僕の傍に居てくれ。僕を独りにしないでくれ。
「・・・・・・・・・・・・ちっ」
その瞬間、僕はキレた。
腰に差した短剣を抜く。瞬間、鮮血が舞った。
僕は、短剣で自身の掌を貫いた。直後、周囲を動揺の念が流れる。いってぇ。
・・・しかし、これでようやく目が覚めた。流石に鬱陶しかった。
そんなので、僕の心の内を語ったつもりか!!!
僕は虚空を睨み付ける。すると、僕の周囲に戦士達の霊が現れた。
英霊。そう、こいつらは英霊だ。戦士としてその武勇を認められ、この神山に招かれた英霊だ。
僕は即座に見抜いた。先程の孤独感、この霊達が僕の精神に干渉して操ったものだ。
いわゆる、精神操作の類か。
並の奴なら、恐らくは孤独に耐え切れず崖から飛び降りていただろう。
実際、僕の足は崖のすぐ側にまで迫っていた。かなり危なかったらしい。
僕は短剣を構え、戦士の霊達に向けて駆け出す。
剣を抜き、槍を構え、戦士達が僕を迎え撃つ。僕と戦士達が激突する。
まず、すぐ近くに居る戦士数人を一息に斬る。しかし、僕の手元に感じたのはまるで、霞を斬ったような奇妙で曖昧な感覚だった。
「っ⁉」
斬った筈の霊もまるで何事も無かったように再生し、僕を斬り付けてきた。
「ぐっ⁉この‼」
短剣を振るうがやはり効いた様子は無い。僕は短剣を振るい、駆け抜け、一端距離を置いた。
・・・短剣で霊達を牽制しつつ、僕は考える。
どうやら、奴等に普通の攻撃は効かないらしい。
奴等に短剣が効かなかったのは解る。恐らく、霊体である奴等に物理攻撃は効かないのだろう。
なら、逆に奴等の攻撃が僕に当たったのはどういう事か?・・・よもや、一方的な干渉しか許さないという能力でも持っているのでは無いだろうな?
いや、そんな都合の良い能力などありえるのか?
或いは・・・。少し、確かめる必要があるか。
僕は再び、霊達に突貫していった。
そんな僕を返り討ちにしようと、霊の一人が僕に斬り掛かった。その剣に合わせて、僕は霊を斬る。
僕の腕に、何かを斬った感触が伝わる。
斬った‼今度は確かな手ごたえを感じた。霊も、再生する気配が無い。
どうやら、攻撃する一瞬だけ実体化するらしい。なら、やりようはある。
僕は霊が実体化する一瞬を見切り、確実に斬っていった。問題無い。今度は再生する気配も無く、霊達を切り裂いてゆく。
霊達はその数を少しずつ減らしていく。
中には軽いフェイントを入れてくる者も居たが、問題ない。今の所、全てを見切れている。
斬って、斬って、斬り続けて。やがて自分達の不利を悟ったか、残りの霊達はもやのような姿に変わって一ヶ所に集まる。
そのもやの塊は僕へと襲い掛かり、僕の中に入り込んだ。
「・・・っ」
瞬間、僕の中で霊達が僕の身体を全力で乗っ取りに掛かる。これは、正直キツイ。
けど・・・。ようやく捕らえた。もう、逃がさない。
僕は薄っすらと笑みを浮かべる。
短剣を逆手に構え、自身の胸元に向ける。僕の意図に勘付いた霊達が僕の中から逃げようとする。
しかし、駄目だ。逃がさない。此処で、弱い自分ごと仕留める。
体内で暴れる霊達を抑え込んで、僕は短剣を振り下ろす。鮮血と共に、視界が赤く染まった。
心の臓が貫かれる。壊滅的な音が、自身の内で響く。僕は、激しく喀血した。
霊達が僕の中で消えてゆくのが解る。僕の中で、戦士の霊達が消滅してゆく。
やがて、最後の一人が消えたのを確信した後、僕は懐から小瓶を取り出した。
それは、オーガの門番から受け取った回復薬だ。
その蓋を開け、僕は一気に緑色の液体を煽る。
・・・相変わらず、苦い。胸が焼けるような感覚に、僕は回復薬が効いているのを確信する。
僕の意識が、徐々に薄れてゆく。少しばかり、疲れたらしい。しばらく、大人しく寝よう。
『・・・ふむ、中々面白い奴が来た物だ』
最後、そんな声を聞いて僕は意識を手放した。直前に一匹の白い猪が見えた気がした。
ちょっとした設定。
この主人公は弱い自分が嫌で、自分を鍛え上げました。
つまり、弱い自分が嫌だ。強くなりたいと思っています。




