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怪奇拾遺集

面倒な話

作者: 狂言巡

「俺、鬼由利炎帝おにゆり えんていが話す。そういやぁ誰か言っていなかったか? 霊は寂しがっているから、同情してくれる人間のところに来るって。いじめられた動物がそれをした悪ガキじゃなくて、助けてくれた人間に呪いをかけたとか、何とか」

「あ? ……そういう話じゃねぇのか? ……まあ、いい。要するに俺が言いたいのは、こっちの心情なんてそいつらにとっては全然関係ないってこった。関係があるのは、おそらく一つだけ。誰かが、その場にたまたま行き遭った。それだけだ」


 炎帝が行き遭ってしまったのは、いわゆる投身自殺の現場だ。いきなり目の前に人間が落ちてきて、死んだ。確かに気分のいいものではないが、この後に待つだろう手続きの方が億劫だと思う以外の感慨など出てこなかった。

もし自分の町で起こったことなら、それなりに思うことはあっただろう。しかし自分が居たのは他国で、しかも観光旅行中だったのだ。水を差されたという気持ちの方が強かった。

 直前に合った紫紺色の両目は、恐怖と絶望が見て取れた。もしかしたら、覚悟の自殺とは違ったのかもしれない。だからといって、不自然に折れ曲がった躰に飛び散った赤い血をずっと見下ろしている必要も無いだろう。

 駆けつけた警備員らしき人間に身分証明をして、そのままホテルを探しにいった。少しばかり跳ねて裾に掛かったものもそのままで。当日着ていたのが真っ黒なジャケットで、助かったといえば助かったのだが……。結局、その古着のジャケットが問題になった。


 翌日、炎帝は朝っぱらから酷い寒気と、奇妙な違和感に襲われることになった。

 寒気はまだいい。足元を何かが這いずり回るような気配がしたり、足首を掴まれるような感覚に陥るよりは。勿論何もいないのは確認済みだ。そういえば占い屋が密集している場所を通った時、その何人かに妙な目付きで見られたような気がしたが、あれは何か見えていたのかもしれない。

 ……今となっては、その時教えてもらったところで、どうにか出来るものでもなかっただろうが。

 それにどうせ大して害は無いと思って、炎帝は全部無視した。結局『それ』に向き合おうと思ったのは、実際に被害が出るようになってからだった。炎帝に直接何かしてきても大抵は無視できた……だが、第三者を巻き込むというなら話は別だ。


「傍に居た誰かが急に面相と口調を変え、自分がされたことをせつせつと訴えてくるんだぞ。異様以外何ものでもねぇ。しかも同じ目に合わせようと、あらゆる手段を取ろうときたら……な」


 この辺りから既に、彼女は可視化して昼間だろうが夜中だろうが纏わり付くようになっていた。他に被害が出ない限りはほぼ無視したが。それでも一応説得は試みた。全くの意味を為さなかったが。

 実際、あの女が訴えていたことが、どこまで真実なのかは判断できない。恋人だったらしい野郎への恨み言で占められていたのだが、まあ一般的な痴情の縺れ……とは言い切れなかったな。気分が悪くなるだろうし、長くなっちまうから詳細は省くぞ。

 ただ解ったことは、女はその男の所為でいくつかの病に罹っていたし、多額の借金を背負わされた上に、脅されて強制的に非合法の労働を強いられていた。


「哀れ……だとは思うぜ。しかし、さっきも言ったが同情といった感情は持たなかった。むしろ腹が立ったのが本音だな。そこまで恨んでんなら、直接そいつの所へ行けばいいじゃねぇか。普通そうだろ?」


 何度も炎帝はそう言ったし、説得もした。それでも、そいつはただ気味の悪い笑い声を上げるばかりだった。おそらく、完全に狂っているのだろうと思った。これはもうどうにもならないと、諦めて全く相手をしないことにした。

 誰かに相談することも一応考えたが、更に犠牲者を出しそうな気がして二の足を踏んでしまう。

 同時に、その頃から奇妙な夢を見るようになった。一人の女が生まれて、そして死ぬまでの夢だ。内容は、気分が悪いじゃ済まない。はっきり言って反吐が出る、陰惨で陰鬱なもの。もしかしたら、この時は少し同情めいた感情が出たかもしれないという。そして後悔もした。女の死は絶望の末の自殺ではなかったのだ。

 その時。初めて問いかけた。


「あんたの望みは何だ?」


 彼女は微笑むと、ある名前を告げて消えた。


 この後は、知り合いにも協力してもらって解決した。


「――おう、あの時は世話になったな。おかげであんまり時間をかけずに例の男を見つけることが出来たぜ」


 同名の人間は五人いた。赤ん坊と老人を除けば三人。そこまで特定できれば居所を絞り込むことは簡単だ。


「特定できた時はマジで安心したな……夢の中とはいえ、毎晩知らない男に殺され続けるだなんて、たまったもんじゃねぇよ」

「それでどうしたか、だと? 警察? 何の証拠も無いのにか? ふん、復讐なんてするわけねぇだろ。それは俺の役目じゃねぇよ。実は、何故か捨てることが出来ずにずっと持ち続けていた物があったんだ。……彼女の血が付いたジャケットだよ」


 それを箱に詰めていたら、久し振りに彼女が目の前に現れた。

 小包の宛名に男の住所と名前を書いたのを見せると、嬉しそうに笑って、


「ありがとう」


 空気に溶けるように消えていった。

 それ以来、彼女の姿は一回も見ていない。


「……正直に言えば、その微笑が一番恐ろしいと思ったな。その日一日、鳥肌が治まらないほどには。恨みも憎悪も、彼女をおっかないものに見せていた。だからその時初めて、彼女が別嬪と気付いた」

「何でだろうな? 歪んでも狂った笑みでもなく、純粋に嬉しいと笑った、その顔が本当に恐ろしかったんだ」

「この話はここでお終いだ。後日談がなくて悪ぃな。だからって、その後の男がどうなったかなんて、俺は知りたくねぇし。神のものはいつか神に返さなければいけないのなら、恨みだって本来向ける相手に返すべきだろうが」

「……今度こそ、宛先を間違えずに届いたらいいんだけどよ」


 話を締め括った青年が着て居る上着は、光の加減か血痕のような斑模様が入っているように見えた。

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