5.
その夜、夕食のあと自室のベッドに仰向けになり、天井を見つめて考えていた。
同級生の咲希のことを……そして公園で出会った駈原巧見と名乗る男のことを、だ。
駈原は「他人の肩に『何か』が見えても、関わり合いになるな」と言った。
怪現象の本質は、その人が抱えてしまった『人としての』悩みや問題だ、霊視能力があったところで解決できるわけじゃない、とも。
(じゃあ、咲希を見殺しにしろっていうの?)
そんなのは納得できない。
私の同級生が死ぬかもしれないっていうのに、何もせず、何も言わず、ただ傍観者として成り行きを見守るしかないなんて……
「偽善だ」
私はベッドの上で呟いた。
今までだって一年に一度くらいずつあの黒いモヤモヤ……駈原が言うところの『シニツキ虫』に憑かれた人たちを見てきた。
その今にも死にそうな人たちに、今まで何かをしてあげた事があっただろうか? 忠告の一つも言ってあげたか?
見て見ぬ振りをして、その場を去っただけだ。
突然、小学校時代の思い出が映像となって現れた。取り憑かれていると知っていながら結局何も出来ないまま死んでしまったあの幼い少女の顔が浮かんだ。
ハッとして起き上がった。
「いまだに……こんなにハッキリと顔を思い出せるなんて……もう七年も前のことなのに」
髪をかき上げ、重い溜め息を吐く。
目を閉じたら、再びあの少女の姿が瞼の裏に現れるような気がした。
このままボーッとしていたら、彼女のことばかり思い出してしまうような気がした。
ふと、机の上の携帯電話が目に入った。
ゲームでも何でも良い、今の自分を忘れさせてくれるものが欲しかった。
アイフォンを手に取りアプリを起動しようとして……駈原にもらった名刺のことを思い出した。
通学用の鞄を開けて名刺を取り出した。
何度見てもチャラチャラしたデザインだ。作った男の性格が良く出てる。
ベッドに腰かけ、片手にアイフォン、片手に名刺を持ち、アプリを立ち上げ、アドレスを入力した。
駈原のチャンネル・ページを開いて……思わず笑ってしまった……あまりの駄目さ加減に。
現時点でアップロードされている動画は六本。
なるほど、まだ始めたばかりの駆け出しのようだ。
再生回数五十というのも嘘じゃなかった。
一本あたりの再生回数じゃない。六本あわせて五十回という意味だった。
今日あの公園で撮った動画は、まだアップされていなかった。
適当に選んで再生してみた。
オリジナル曲だか何だか分からない気の抜けたBGMが流れる中、駈原が延々とリフティングをするだけの動画だった。
トリックを決めるでもなく、ただ淡々とリフティングを続ける。それだけの動画だ。
しかも何故か全て『引きの絵』だった。
広く写した背景の真ん中に小さくポツンと映った駈原が延々リフティングを続ける……ダメを通り越してシュールな感覚さえ芽生える。
「せっかくの超絶美形男なんだから、もっと顔のアップを撮れば良いのに……その方が絶対に人気が出るって」
……なんてことを思わず呟いていた。チャラ男の動画なんて別にどうでもいい筈なのに、何だか焦ったくなって注文の一つも付けたくなる。
くだらない動画を見続けている間、私は無意識に咲希のことを考えていた。
……助けられるものなら、今度こそ何とかして助けたい……
気がついたら、動画のコメント欄に文字を入力していた。
『友達が大きな黒い虫に首を刺されました。とても痛そうです。どうしたら良いのでしょうか……夕暮れ公園の女子高生より』
送信ボタンを押す。
第三者が見ても何のことだかさっぱり分からないだろう。
しかし、彼には通じる筈だ。
一時間後、私のコメントに返信コメントが付いていた。
『明日もう一度動画を撮りに行きます』
……つまりこれは、明日あの公園にもう一度来いという暗号か……
気が付いたら、手が白くなるほど強くアイフォンを握りしめていた。