1-39 鏡越しの会話
おまたせしました。
しばらくその場で立ち尽くしていましたが、特に異変は起こらず。
霊からのお願い、と表示はされたものの、肝心の内容が不明なのですが。こういうのって何かしらコンタクトなりアクションなりがあるものなんじゃないんですか?
家捜しして出会うところからスタートですか。
とりあえずは換気ですね。近場の窓から順に雨戸と窓を開けて、室内を明るくしていきます。
情報によると元々は細工師が住んでいたらしいのですが、なるほど確かに。私が入ってすぐのところは、お店部分のようだったのですが、奥の部屋は作業場になっていました。壁に色々な道具がかかっていたり、照明付きの作業台が大小並んでいたりと前の住人の生業を思わせる内装です。
というか私がここ使えるようになったら、あの小道具大道具たちもセットでついてくると考えていいんですよね?正直とてもありがたいです。ご馳走様です。
これはクエストクリアに向けてのモチベーションも上がるというものです。私の命とか身体とかの要求じゃなければ、頑張って叶えてあげたいところですね。
二階に上がってすぐの部屋は私室ですね。タンスにベッド、本棚がありました。本棚はそれなりに埋まっているので、あとでどんな内容なのか確認してみましょう。楽しみです。
二階のもう一つの部屋は、トイレとお風呂でした。変な髪型になってないかちょっと鏡をーー
「うわあびっくり」
『あまり驚いてくれてるようには見えないな』
いえいえ、心臓バックンバックン言ってますから。びっくりしすぎて言葉に感情を乗せ忘れただけですから。すぐ後ろに音もなく立たれたら誰だって驚くでしょう。鏡越しに目が合って結構怖かったです。
あと声?ですか今の。発生源が不明でふわっと耳に届くのがすごく気持ち悪いです。
「あなたがここの住人さんですか?」
『死んでるがな。いわゆる地縛霊というやつだ』
「生前はエルフとお見受けしますが、なぜ地縛霊にジョブチェンジを?」
耳が長く尖っていますからね。おそらくエルフで、声色からして女性でしょう。私みたいなツノもないですし、龍人ではなさそうです。色白なのは生前からなのか霊体のせいなのかは不明ですが。
『探しものがあるのだ。探し物を今すぐにでも探しにいきたいのだが……』
「なんの因果か地縛霊になってしまい探しに行けないと」
難儀ですねぇ。つまりお願いというのは……。
『そういうことだ。こうして誰かと会話できたのはいつ以来だろうか……。頼む。わたしの探しものを手伝ってはいただけないだろうか。もちろんお礼はする』
「ええ、構いませんよ」
その程度なら構いませんとも。まあ『探しもの』がサイコだったりホラーだったりする可能性はなきにしもあらずですが。
『ほんとか!?助かる!』
「何を探すのか教えてください」
『ああ、そのためにはまず、わたしの身の上を軽く話させてくれ』
そう言うと、地縛霊さんは身の上話を始めてしまいました。
エルフとして森に生まれたこと。
狩猟や採取を行って日々を送っていたが、ある日森の外れで旅の商人に出会ったこと。
その商人が見せてくれた小さな人形に心を奪われたこと。
自分でもああいうものを作ってみたいという思いが募り、両親と大げんかの末森を飛び出したこと。
なんとかこの街にたどり着き、しばらくはまた近くの森でエルフらしい暮らしをしていたこと。
採取や狩猟で少しずつ日銭を稼ぎ、貯蓄していったこと。
やっと、この建物を手に入れられたこと。
泣くほど嬉しかったこと。
正直お客の入りは良くなかったが、好きなことが出来ているのであまり辛くはなかったこと。
少しずつ木彫りの人形の腕も上がり、人の入りも少し改善したこと。
溜まったお金で窯を増設し、陶磁器にも手を出したこと。
練習を重ねた末、それで人形を作れるまで上達したこと。
ここまでの集大成として、自分にできる最高のものを作りたいと考えたこと。
根をつめていたのが祟り、タチの悪い流行り病に罹ったこと。
医者も薬も足りなかったこと。
生き延びるのを諦めたこと。
せめてこれだけは、と完成を急いだが、あと少しのところで間に合わなかったこと。
気がつけば幽霊になっていたこと。
ホコリの溜まり具合から、それなりに時間がたっていると気づいたこと。
家から出られなくなっていたこと。
そして、作りかけの人形が無くなっていたこと。
『だから頼む。アレだけは、あの人形だけは……だれかの所有物になってるならそれでもいい。ただ、完成させたいだけなんだ。探し出して、わたしのもとへ持ってきてほしい』
さて、どうしたものでしょうか。何処かに行ってしまった遺作探し、ですか。
この街にあるかどうかすら怪しい探しものです。
地縛霊さんの未練はよくわかりましたが、誰がどこに持って行ったのか完全に不明、しかも死後結構な時間を経ているようです。
ゲームでしかもクエストとして準備されている以上、クリア不可能ということはあり得ないでしょうが、はてさて。
人形側も未練があって戻ってきてくれれば楽なのですが、呪いの人形じゃあるまいし。歩き回るわけもなし。
ん、歩き回る人形……?
「あの、その人形ってフリフリの服が着せてあったりします?」
『ああ、その通りだが?可愛い女の子だからな。それなりの格好をさせねばと頑張って縫ったのだ』
「金髪に碧い目?」
『そうだ。近所の女の子を参考にさせてもらったのだ。あの娘は流行り病を無事に乗り越えられただろうか……』
そういう心にくるエピソードをさらっと追加しないでください。
「頭に細い青のリボンでおさげが1つ。直立させた時の高さはこの洗面台ぐらい。胸に大きな頭のと同じ色のリボン。下は足首ほどまであるパニエ付きの大きな赤いスカート。で、合ってます?」
『おお、まさにそれだとも!まさか所在を知っているのか!?』
知っているというか、アイツが犯人か。
探しものは流石に街の中にあります。運営もそこまでひどいことはしません。本来の予定なら。




