森の泉の女神ティトリー
『うわ~ん』
それは、ある森での出来事だった。
森の奥深くの泉でのことだった。
泉から湧き上がる水の女性がそこにいた。水と同化してわかりにくいが、大粒の涙を流していた。
「泉の精霊かな? あんなに強固な自我を持った精霊は珍しいね」
アルルが驚いて言う。精霊の喜怒哀楽は人間にはうっすら見える程度だ。
「どうして泣いてるの?」
泣き声がピタッと止まった。アルルを不思議そうな顔で見ていた。
『風の精霊に愛されし子。みっともない姿をみせてすみませんでした』
泉の精霊は、やうやうしくお辞儀した。
『私はこの泉の精霊、ティトリーと申します』
「ティトリーは何で泣いてたの?」
『お恥ずかしいお話なので……』
すごく理性的な性質の精霊のようだ。
そこに、若い騎士が現れた。なかなかの好青年だ。
「ティトリーさん、こんにちは」
『こんにちは』
ティトリーは、普通の態度だった。
「今日も変わりありませんか?」
『もちろんよ。この森一帯も変わりはありません』
「そちらの方々は?」
『通りがかりの冒険者かと』
「そうですか。任務完了いたしましたので、これで失礼します」
『毎日、お疲れさまです』
ティトリーは笑顔で騎士を送り出す。義務的なそこに、何か他の感情があるようには見えなかった。騎士を普通に送り出しているようにしか見えない。騎士の姿は森によって見えなくなる。
「どうしたのである!?」
ティトリーは瞳から涙を流していた。
『あの人は、この森のある国の騎士です。他国からの侵入にこの森が重要な守りをしているので、変わりがないか様子を聞きに任務で毎日くるんです』
「そ~れ~がど~うし~た~の~?」
『恋をしてしまったのです。望みのない恋を。種族も年齢も価値観も違うのに』
ティトリーの瞳からは滂沱の涙が流れ続けている。
『絶対叶うことなどないと知っているのに、どうしても気持ちは止められないのです。なぜ、好きになってしまうのでしょう』
「恋は病か……罹患するとどうしようもないんだね。どんなに辛くてもやめたりできないんだね」
アルルの目は遠くを見ていた。ここじゃないどこかを。
「アルル!」
コンスが呼び戻すような声を上げる。
「最近コンスはおかしいね、どうしちゃたの?」
アルルは元気な笑顔だ。だが、儚げに見える。コンスはいつも心配になってしまう。
「昔、読んだことがあるんだ。ボクは吟遊詩人だからね。恋の歌はいつも辛くて悲しい。悲恋ばっかり残ってるんだ。幸せな時、人は記録を何も残さないんだね、きっと。その人の心の中だけに残ってるもんね」
「読んだことがあるってすごいのである! 我も重要な魔法書しかみたことがないのである。この世界には本がほとんど残ってないからなのである」
ヘルンは恋愛書に若干興味があるようだ。魔法使いとしての探求心もあるのかもれない。
文明が未発達なこの世界では、紙の本を見ることがほとんどなかった。ゲイルが住んでいるような失われた技術がある街では、データで残っている。だが、それは異例中の異例だ。
興奮しているヘルンを尻目に、アルルは森の泉の女神ティトリーに問う。
「貴女はどうしたいの?」
『私は、あの方を忘れたい。叶わない恋に身を焦がすのをやめたいのです。そのために、ここから離れたい。遠くに行きたいのです、ですが、私は泉の精霊。ここを離れるにはそれ相応の対価が必要なのです』
涙目で、そう言う全身が水の女神はとても美しかった。
「貴女は思いを遂げたいとは思わないの?」
『寿命も種族も違うのに、幸せになれるとは思えないのです』
女神ティトリーはまた、涙を流し始めた。
「それは、貴女が決めることではないと思ますが。相手の気持ちもあるのではないですか?」
コンスが控えめに言う。
『例え、あの方の気持ちが私に向いているとしても、それは禁忌です。精霊と人間が結ばれることは禁忌なのです』
ティトリーはアルルをチラッと見た。
『人間の人生を歪めてしまうのです。精霊の血を受け継ぐ子が生まれれば、その子孫まで、永遠にその血に縛られる。私にその責任はとれないのですもの。たとえ、どんなにその人間を愛していようとも』
強い瞳だった。ティトリーの決意は生半可なものではないようだ。アルルはコンスの肩をつつく。コンスは頷く。
「ボク達が、ティトリーを助ける。それでいい?」
お待たせしております(?)待っててくれたら嬉しい。




