領主とクレアの母の恋
「わしも吟遊詩人から聞いただけじゃが」
アルルがげんなりした感じで話そうとしたカリュを止めた。カリュは、話すのはやぶさかでなくとも、内容には興味がなかったので、結果、嫌そうになってしまっていた。
「ああ、それならボクが話すよ。その話はどえらいドラマチックに語られてるからね。はじめにいっとくけど、これ、ボクのアレンジじゃないからね。この演出やるの面倒くさいから嫌なんだけど、人気あるんだよねぇ」
アルルの瞳が金色に輝き出す。確かにそこは森の中の道だった。だが、情景が変わる。目に見える形で話が始まったのだ。微かに歌声が聞こえる。この光景は幻覚なのか。心に直接響いてくるような情景だった。
『あんた何してんの?』
そこにいたのは、スラム街で馬が怪我をして立ち往生していた青年だった。少し目つきが悪い。
『君は誰だ?』
『お偉い貴族っぽくみえるけど、礼儀なってなくなーい? 名乗るなら自分からっしょ』
ボロボロの服を着ていて、どこもかしこも汚れているが、美しい少女だった。
『私の名はボルグ』
『ふうん? あーしはミシャ。物心ついた頃からここにいんの』
『こんな不衛生な場所に?』
『不衛生って失礼じゃね? ボルグって次の領主の名前じゃね? あんたの父親がここを生み出したんだろ。お前にだって責任あるくね?』
『それは、知らなかった』
『知らなかったって言って自分の罪が消える訳ないっしょ!』
『君は頭がいいな』
『なんか嫌味~。あんたは? どうしたいの?』
試すような瞳だった。
『君のような子供が生まれない街にしたいな』
それは、ミシャが満足いく答えだった。
場面が変わる。前領主と現領主だった。
『父上は、この街がこのままでいいと思うのですか?』
『いいも悪いも王都からかけられる関税は重すぎる。拒否すれば、この街は潰される。どうしろというのだ!』
『正攻法では、この街は貧困したままだ』
領主は考えた。彼には妹がいた。
『王都へ嫁に行ってほしい。王の寵愛を。この街を優遇してもらえるように』
彼女は何も言わずに、嫁に行った。元々、嫁に行くことは覚悟していたようで、王ということで、喜んでいた。かなり苛烈な性格だったからか、向上心があったからか、よほど肌に合ったのだろう。正妃の座に収まり、次期国王を産んだ。その生活に満足していたようだ。時々、文のやりとりをしていた。
『自分の街以外の物質ルートを潰す』
盗賊を雇ったり、海賊を雇ったりして、この街を通る以外の道を危険にし、使えなくした。
妹のおかげで税の負担も減り、貿易の要にもなり、街は栄えた。
『ダーリン』
美しい笑顔があった。反対を押し切って、領主とスラム街の少女は結婚した。そうして、可愛い娘が一人産まれた。
めでたしめでたし。
「めっちゃ疲れたーーー」
アルルがダウンしていた。話自体はたいしたことがないのだが、幻影スキルを使うため、吟遊詩人に多大なる負担をもたらす話だ。
「吟遊詩人~っ~て~す~ご~い~の~ね~! お~疲~れ~様~!」
「本当にすごい。お疲れ」
「何の魔法なのであるか?!」
「ボクに魔法は使えないよ。吟遊詩人はこれが使えないと吟遊詩人とは呼ばないんだけど、ボクは疲れるから好きじゃないんだよね~」
「魔法じゃないのに、幻覚がみせられるのであるか?! 幻影は水魔法なのである! でも、アルルは風使いだから関係してないはず。とにかくすごいのである!」
ヘルンが珍しく興奮していた。それだけ夢みたいな情景だったのだ。アルルは水の精霊の力は借りれない。風の精霊の力だけでやっているので、ぼんやりとしか見えないのだ。だが、本来、物語を語るのに使うようなものではない。
「アルル、それは、本当に使っていい能力なのか?」
コンスの顔はずっと不安そうだった。
「なんで? 吟遊詩人なんだから当たり前じゃん」
アルルの顔色は悪かった。よろけたアルルをコンスが抱きとめた。
「すいません、カリュさん。どこか休む場所はありますか?」
「わしの屋敷が近いな。前に会った時も思ったが、まったく、吟遊詩人というのはわからないな」
吟遊詩人には大きな秘密がある。それは、アルルの生命を脅かすほどの。だが、吟遊詩人の本能で、本人が止めることはできないのだ。




