はじまりの魔法使い
アルルはゆっくりと語り出す。
「はじまりは、人間の女性と男型の魔物の恋だった。大昔、魔王がこの世を征服しようとしていた時だった」
アルルの瞳は金色に光り輝いていた。まるでこの世のものではないように。アルルの意識は書庫のような場所で本を開いていた。その本の表紙は『はじまりの魔法使い』だった。
「人型をとれる魔物は高位だ。その魔物は相当な力をもっていた。魔王の意志に抗うくらい。人間の女性と恋に落ちた。人間からも魔族からも非難されるとわかっている恋だった」
アルルは輝く金色の瞳を閉じた。そこには、前髪か後ろ髪かわからないくらいにボサボサの髪で顔を隠した女性が立っていた。アルルはその女性を昔からみていた。はじまりの女性は有名なのだ、吟遊詩人界ではの話だが。
『私は、魔物と恋に落ちてしまったの。植物を研究する地味な女性だったのに……なんて大それたことを……でも、彼に会ってそんなことどうでもよくなってしまった。見た瞬間から、私は彼に心を奪われた。いや、魂を奪われたの』
珍しい植物に夢中で草が足に巻きついて取れなくなった。そこを助けてくれたのだ。
「大丈夫か?」
彼は、旅人の姿をしていた。二人は一瞬で恋に落ちた。女性の村に受け入れられ、すぐに子をもうけて幸せに暮らしていた。
子供が、人間ではない姿で産まれるまでは。
「もしかして、あなたは人間ではないの?」
魔物の男は言った。
「騙していてすまない。だが、俺が君を好きだという気持ちに偽りはなかった」
「私は、あなたと一緒にいたい。あなたを愛してる。だけど、この子を上手く育てていけるか、愛せるかわからないの……」
はらはらと涙を流しながら言った。それは、彼女の正直な気持ちだった。
「もし、育てられなくなったら、子供と一緒に俺は出て行くよ」
結局、彼女は長男の他に長女と次男を出産した。幸せに暮らした。愛が勝ったのだ。
子供の一人には魔物の力を上手に使える子がいた。見た目は人間の姿の次男だった。その人こそ、魔法使いの始祖だ。
長男は魔物の姿だったが、魔力を持っていなかった。長女は完全な人間だった。
それが、魔法使いのはじまりだ。
もちろん、人間と魔物が恋に落ちるだけでなく、別な理由で産まれてくる者もいた。魔法使いを作るだけという残酷な理由だ。
魔法使いの血脈は幾重かに連なり、時に混じり脈々と受け継がれていった。
「これで、おしまい。ヘルンが魔法を使わないのは、魔法で魔物を殺すと同族殺しだから?」
「そんな高尚な理由などではないのである! ただ魔物を倒すために利用するような道具ではない、と思っているだけである!」
「ヘルンは、はじまりの魔法使いが勇者と共に戦ったことを知ってる?」
「知らないのである」
「父親が魔物だった。同族殺しの名を負ってまでなんで魔王討伐に加わったか知りたくない?」
「それは、知りたいのである」
「父親は、魔王の洗脳を受けない魔法を習得していた。でも、他の魔物は?自分の意思ではないことをさせられ続ける他の魔物たちは、自分の人生を生きていた?魔王にいいように利用されて人間を襲っていた。それを救いたいと考えていた、と伝えられている」
そう、表向きは。実は、勇者に脅されて無理やり借り作らされて、連行されたなんて言えない、とアルルは心の中で付け加えた。
「我も、彼のようになれるだろうか?」
「これからのヘルン次第だよ。ヘルンがなりたいと思えばなれる!」
「ならば、我はこれから魔法を使おうと思う」
アルルは心の中でガッツポーズをした。




