ただじゃダメなの
「なんだ、痴話喧嘩か」
その女性は、ニヤリと笑った。
「違うよ! 拳で語り合ってたんだよ!」
アルルが元気に答える。
「割と一方的だったけど……」
コンスのつぶやきは無視された。
「俺の名はファルク」
男らしい女性だった。
「ボクはアルル、こっちはコンス。突然だけど、ファルク。勇者の剣打ちなおして」
「はぁ?」
「伝説の鍛冶師の血を引いてるでしょ?!」
「いや~、俺は、親父と共にここに最近移住してきただけだぞ」
アルルは盛大にずっこけた。
「他に鍛冶師はいないの?」
「この辺りにはいないだろうな。なんせ商売あがったりだからな」
「商売あがったり?」
「ここじゃ、生計を立てられないんだ。近くに街があるわけでもない。街道があるわけでもない。人がいないのに、鍛冶屋として成り立つわけない」
「そんな! ファルクはどうやって生計を立ててるの?」
「うちの家族はこの生命の泉の水で刀を打つためにきている。採算度外視だ」
この人は豪快だ。気持ちいいくらいに。純粋に好感がもてる。だが、アルルの望む人ではなかったようだ。というのは、実は間違いで、たった一つアルルも知らない秘密がある。生命の泉の水で刀が打てるということは、間違いなく伝説の鍛冶屋であるということに。
「えー、どうしてこう壁ばっかり立ちはだかるの~」
「まず、アルル、この剣が勇者の剣っていう前段階が間違ってないかな?」
「間違ってないもん!」
「ちょ~っと~? わ~た~し~た~ちの~こと~忘~れてな~い?」
マールが怒りの形相で現れた!
「あ、そういえば、逆回りしてたんだっけ」
アルルはすっかり忘れていた。コンスもそれどころじゃなかった。
「ずいぶん歩いた。別れたすぐそこにあるとは思わなかった」
ゲイルがコンスを責めるような目で見ていた。
「でも、鍛冶師が見つかってよかったな!」
コンスはわざと明るく言った。
「我は疲れた。休憩を所望する」
ヘルンがその場にバタンと倒れた。
「おとっちゃん、この子倒れちまった。俺のベッドまで運んでくれ」
髭で毛むくじゃらの大男が出てきた。ヘルンをお姫様だっこしている。シュールな絵面だ。
「あんな毛むくじゃらの人から、ファルクみたいな可愛い子が産まれるもんなんだ……」
「聞こえてるぞ。正真正銘の親父だ」
アルルは飛び上がった。
「俺には息子もいる。イケメンだぞ。今は父親とでかけてるけどな」
「結婚してるの?!」
「結婚、とは違う気がするが、まあ、間違ってはない。あ、あと勇者の剣の打ち直しの件だが、報酬を先にもらいたい」
「ただじゃダメなの?」
「いや、アルル、それは当たり前だと思うよ。こんなぼボロい剣の打ち直しはそう簡単にはできないだろうし」
コンスはアルルの肩をぽんっと叩いた。
「近くの森で魔物を倒してほしい」
「おお! 冒険者らしい」
アルルは、喜んで大きな声を上げた。
「鋼鉄の殻を持つ魔物だ。その魔物の鋼鉄の殻がその勇者の剣を打つのに必要だ。俺の見立てだとな。他の武器にも使うから10個くらい持ってきてくれ。殻を剥ぐのが大変だぞ。硬いからな。それが対価だ」
「そうだね! それは必要! 生命の泉の水を飲んだ魔物の皮。それが勇者の剣の外核になる。芯は特別製だけど、外核は消耗品だから手に入れやすいものにしたんだよね!」
アルルの瞳はまた、金色に光っていた。
「なぜ、それを知っているんだ」
ファルクの眼光は鋭い。
「それは、秘密!」
「なんか、いつもこんな感じなんだ。吟遊詩人だからか。あんまり怪しまないでやってくれ」
コンスはファルクからアルルを守るように後ろから引き寄せた。
「吟遊詩人、ねぇ」
ファルクは疑いの目でアルルを見ていた。代々ファルクの家に伝わってきた伝承なのだ。勇者の剣を打つために必要なものは。それは、門外不出だ。それを知っているのはおかしいという疑念を持っているのだ。
「ヘルンは使い物にならないけど、まだ朝も早いし、これからその鋼鉄の魔物を倒しに行こう!」
「おーーー!」
ただじゃないのよ、勇者の剣を打つのは!




