大好きな人
17部と18部の隙間辺りのお話
ルーク視点でお送りします
自分の頭を抱き込んで早々に寝てしまったシオンの解かれた髪を弄びながら、自分の過去を振り返っていた。
『なんでこんな所にいんの?...あー、なるほどね』
それがシオンと出会った時の彼女の第一声であった。
一目見てすべて察したと言わんばかりのセリフに、内心イラッとしたのは過去のいい思い出だ。擦れまくっていたあの時の自分が思ったのは、「こいつも商人と同類か?」とか、「分かったようなこと言いやがって」とか、ほんとに可愛げのないことだった。
『この子いくらです?...ふーん、ハイ。じゃ買いです』
次の瞬間自分の買取が決定していた。
商人の提示した値段はかなり高額だったはずだが、アメをあげるようにポケットからぽいっと出して買い取られた。この時点で「コイツ何者?」と思っていたけど、商人から買取証明書を受け取ると当然あるはずの説明を一切受けずに自分の手を引き、ずんずんと廃屋に連れ込まれた。
いたぶって殺す気かと疑った。
しかし、廃屋に連れ込まれたと思っていたのに自分はいつの間にか生活感溢れる広い部屋に立っていた。混乱して思考が停止したのは悪くないはずだ。
『君、魔人族でしょ。見るからに違法で捕まってるよね、ハイ〝解呪〟。君は自由の身になりました、おめでとう』
流れるように首輪が外された。
訳が分からなかった。そのままの流れでお湯をぶっかけられて、丸洗いされた。それが[風呂]というものだと後で聞いた。なぜなら首輪が外された安心感と、今まで自分が置かれていた劣悪な環境で染み付いた垢やその他汚れを落とされて、「ああ、開放されたんだ」と実感した瞬間気を失ったからだ。
目を覚ましたら、簡単な貫頭衣を着せられてベッドに寝かされていた。動こうとして、自分の体に腕が回されてしっかりホールドした状態で彼女が寝ていることに気がついた。心の中で絶叫した。
しかし、ふと思ったことがあった。故郷のことだ。
自分の母親は連れ去られる時に不意を打たれて殺されていた。父親は最初から会ったこともなかったから居るのか居ないのかさえ知らない。
自分がもっと幼い時は、今されているように母と寝ていたことを思い出した。
母親の遺体はどうなったのだろう?
そのまま捨て置かれているか?
獣に食い荒らされているか?
それとも、それとも、
想像するだけ、自分がどうしようも出来ないことに、母の遺体などどちらにせよ残っていないだろうということに、気がついてしまった。
ああ、ああ、人が
「人が憎い?」
「...人が、恐ろしい」
「何故?」
「だって、なぜあんなことが出来る?」
「何をしたの?」
「母さんを殺した、魔法を使われないように顔を焼いて、倒れて動けないのに、背中から剣で刺して、切って、切り落として...嘲笑ってた、心底、愉しそうに、」
「それで、恐ろしいの?」
「ああ、恐ろしいよ
でも、それ以上に、もう母さんがいないことが寂しい、あの家に帰っても、『おかえり』と言ってくれないことが、お別れすら言えなかった事が...悲しい、」
「そう、あなたの〝母さん〟はあなたを優しく育てたんだね。」
どういう意味?
「親しい人を目の前で殺されて、復讐に囚われる人はごまんといる。そんな時、その人を思う気持ちの自己満足に浸っているだけ。本当にその人を思うなら、いつか自分がその人と同じ世界に旅立つ時、その人に誇れる生き方をすればいいだけ。『どうだ、生きてやったぞ』って、胸を張って宣言できるほどに。」
そうだね
「だからね、君のお母さんは君が大好きで、君もお母さんが大好きなんだ。だからこそ、憎しみで心を濁らせることがないんだよ。寂しさも、悲しみも、それは埋めることが出来る隙間だよ。いつかその隙間を埋めてくれる人ができて、その人は君が大好きになった人だ。お母さんに誇れる人だ。」
見つかるのかな?
「それは君にしかわからない事だよ。」
そうだね。
「私は応援しよう。頑張って君が大好きな人を見つけることが出来るように祈ろう。」
気がつけば泣いていた。まだ名前も知らない彼女に抱きしめられながら。
これが僕とシオンの馴れ初め。大好きな人はもう見つけた。母さんに誇れる人だ。
この後、しばらくは心臓に悪い出会いが続いたけど、それも含めて
「シオン、大好きだよ」
無防備に眠る彼女をそっと抱きしめた。