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出会い,そして夢の始まり  作者: 柴田盟
9/25

花里涙

「最近のあいついじめてもつまらないよな」

「何か芳山と言うバックがついてからよ」

「じゃあさあ、こう言うのはどう?」

 ある男の子がみんなを誘い集め、密談している。

「それおもしろそうじゃん」

「それで、あいつどんな反応するかな?」

 悪魔のような笑みを浮かべながら語る。

 俺はみんなからいじめられ、孤立していたが、芳山も俺にかまってみんなから距離を置かれていた。

 俺と芳山は気がつかぬ内に、互いにかけがえのないもの同士になっていた。

 俺達の事はもうほっといてほしい。

 そうもうほっといてほしい。

 でもそんな俺と芳山の悶え苦しむ姿を見て楽しむ奴らがいるんだ。

 それで・・・。


「うわっ」

 と叫びながら、俺は目覚めたみたいだ。

「たっ君おはよう」

 いつものように橘は俺にさわやかな挨拶をする。

 そんな事はどうでも良く、辺りを見渡すと楓ちゃんの姿が見あたらない。

 ベット代わりのソファーから起き上がり、部屋の外に出ると、楓ちゃんが俺よりも早く起きて洗濯機を回していた。

「楓ちゃん」

 と呼ぶと、楓ちゃんは俺の顔を見て、

「おはようございます。隆さん」

 さわやかな笑顔で挨拶する楓ちゃんを見て俺はほっとした。とりあえず俺は、「おはよう」と挨拶をする。

「どうしたんですか?怖い顔してますけど」

「いや」

「私の事なら安心してください。これ以上隆さんの所にいたら隆さんご迷惑ですから、今日辺り、私は帰ります」

 そういって先ほどの笑顔はどうしたのか?その表情が曇っていった。

 そんな顔を見ていると、心に何かドスグロい嫌な物を注がれている感じで、このまま楓ちゃんを野放しにしてしまったら・・・。

 それ以上は考えられないが、このまま楓ちゃんをほおって置く事をしてはいけないと思う。

 だから俺は、

「帰りたくないなら帰らなくて良いよ」

 きょとんとして目を丸くしている楓ちゃん。

 しばらく見つめあい、まるで俺と楓ちゃんの間に時間が止まったかのように、固まってしまった。

 そして楓ちゃんのその大きな瞳から大粒の涙が頬をつたい、

「やめてください」

 きゅっと目を閉じ、両手を胸に引き寄せ、縮こまる楓ちゃん。

「私・・・そんなに優しくされたら・・・」

 その震える肩に優しく手を置いて、

「とにかく今は俺の所にいろ」

「でもご迷惑でしょ。それに私が隆さんのうちにいた何て世間に広まれば、色々と誤解されてしまうかもしれませんよ」

 確かに現実的に考えれば、楓ちゃんの言う通りだが、もうそんな事はどうでも良く。

「俺の事なんかどうでも良いよ。その程度の誤解や非難なんて俺は慣れているんだよ」

「でも・・・」

 俺は楓ちゃんの言葉を遮って、

「でもも何でも良いから俺に任せろ」

 と大声で言ってしまい、近所のおばさんが出てきて、

「うるさいわね。何事?」

「すいません」

 と謝ってとりあえず、楓ちゃんを部屋に入れ、

「とにかくこれから楓ちゃんをどうするか俺と考えよう。そうすれば、楓ちゃんも納得の行く道に進めると思うから」

 楓ちゃんは泣きながら「ありがとう」と連呼しながら俺の胸元を濡らした。

 それで俺は楓ちゃんが作ってくれた朝食であるスクランブルエッグとトーストを食べて仕事に向かっていった。


 さっきはあんな事を言ってしまったが、本当にどうしよう。

 橘は橘で、

「さっきのたっ君。かっこいいよ」

 何て興奮していた。

 何となく空を見上げると、雲一つのない爽快な青い空だった。

 今日は土曜で、店は店長はおらず、中国人の男と俺と回るんだっけ。

「どうしたの?黄昏ちゃって」

「俺って、黄昏ていたのかよ?」

「楓ちゃんの事を考えていたの?」

「別に」


 店に到着して、今日はいないはずの店長がいたことに少しだけ動揺した。

 とりあえず「おはようございます」と挨拶をする。

「はいはいおはよう」

 更衣室に向かう途中呼び止められて、

「今日は千代さんは来ないから、代わりに新人の子が来るから、その子に仕事を教えといてね」

「はい」

 とは言ったものの新人を教えるのに結構労力使う事にちょっぴり鬱だった。

 そして店長は帰って、店周りは俺一人になってしまった。

 今日は俺ともう一人は新人って、まるで俺はたらい回しじゃないか。

 でも今日はあまりお客来ないし、仕事もそんなにないから、スムーズに教えられるか。

 新人はまた中国人かな?

 何て考えていると、いつも俺を見つめてくる女の子が来店してきた。

「いらっしゃいませ」

 と接客をする。すると女の子は、鋭い視線を向けてレジに立っている俺の元へ来る。

「今日から働く事になった花里涙と申しますけど」

「はい・・・えっ?」

 戸惑う俺にいつも俺を見つめてくる女の子は花里と言うらしい。

 そんな彼女に対して、俺はひどく動揺して、

「今日から働くんですか?」

「はい。いけませんか?」

 と働く事に文句があるのかと言うような威圧的な口調で俺に言う。

 動揺した事はごまかして、とりあえず彼女の制服とネームプレートを用意して着替えてもらうことにする。

 そこで橘が、

「何かおもしろい事になって来たね」

 人事のように暢気に言う。

 しばらくレジの前で立っていると、花里さんは着替えてレジにいる俺の元へとやってきた。

「着替えましたけど」

 相変わらず鋭い視線で俺を見る花里さん。

 そんな目で見られると、ちょっと怖いが、とりあえず仕事を教える。

 今日の所は初めてなので、お客を迎える『いらっしゃいませ』と言うかけ声と、簡単なレジの操作を教える。

 花里さんはしっかりしていて、片言を喋る中国人と違って覚えが早い。

 でも俺を見る度に、その鋭い視線を向けてはほしくない。それはなぜかへこむからだ。

 以前から橘が言うように俺に気があることはわかった。

 そんな花里さんに対して、俺はこれからどのような対応をすれば良いのか?先が思いやられそうだ。

 とりあえずレジは大丈夫そうなので、俺は事務所で発注業務に移る。

 それをしながら、防犯カメラが映し出されている映像で花里さんの様子をうかがうと、花里さんは人当たりが良く、礼儀が正しくお客に接している。

 そんな花里さんを見ていると、胸がドキドキして、妄想してしまう。

 もし花里さんとつきあったら、きっと楽しい毎日になりそうだな何て。

 いやいや、俺に気があるとは橘は言うが、そんな証拠はどこにもないし、そんな事を勝手に妄想したら花里さんが迷惑になるだろう。

 それに仮につきあっても、俺には幸せにする力はない。

 まあ、橘の言う事が本当なら、それは嬉しいから、その気持ちだけ受け取れば良いのだろう。

 とにかく今は楓ちゃんの事を何とかしなければならない。

 状況からして同棲しているって誤解されてもおかしくないな。

 引き受けてしまった事に多少後悔はあるが、それよりもあのまま楓ちゃんを野放しにすると、何か楓ちゃんが真っ暗な闇に葬られるんじゃないかと、畏怖する気持ちが強く存在している。

 でもどうすれば良いのか今の俺には分からないが、それも少しずつ考えて行こうと思う。

 発注が終わって軽く息をつきながら、いすに寄りかかり、何となく天井を見上げる。

 仕事が終わって、花里さんは俺にお疲れ様の挨拶もしないで帰っていった。

 そういう行動を見ていると、橘が言った事を俺は疑ってしまう。

 まあそれはそれで良いとして、家に帰る事にする。

 もしかしたら今日は楓ちゃんが俺に手料理でも作ってくれるんじゃないかって、期待して帰ると期待通りだった。

 玄関から何やら香ばしくいい匂いがする。

「ただいま」

「お帰りなさい隆さん」

 そんなやりとりをする俺達って、本当に同棲しているカップルのような感じだ。

 でも仮に楓ちゃんが俺にその気があっても、それは受け入れてはいけないような気がして、それも心の片隅に置いておこうと思う。

「隆さん。お風呂にでも入ってください。それまでに夕食を作って置きますので」

 楓ちゃんは幸せそうな顔をして言った。

「ありがとう」

 言われた通り、お風呂に入ることにする。

 あんなにカビだらけで汚かったお風呂場を楓ちゃんが掃除したのか?ピカピカだった。

 それにいつも湯船には入らず、シャワーだったので久しぶりのお風呂って感じでとても気持ちいい。

 本当に至れり尽くせりって感じだ。

「たっ君。楓ちゃんって本当にいい子でしょ」

 くつろいでいる俺の周りを裸になって漂う橘。

「だな」

 それは本当に認めている。

 最初に会った時は、確か万引きなんてしていたけど、それはストレスのはけ口がないからやっていたのだろう。

 それをしなければ、楓ちゃんは楓ちゃん自身を保てなかったのだろう。

 楓ちゃんが家出をしたのは事情をまとめたノートを見てみれば察しがつくし、以前見た痛ましい体中の痣だってある。

 とある進学校に通い、いじめを受け、テストでも白紙のまま提出させられ、必然的に成績は悪くなり、それで親にも虐待を受けていると聞いている。

 一昨日自殺未遂をしようとした楓ちゃんの姿が鮮明に記憶に残っている。

 何て考えていると、橘が急に改まった顔をして、

「ありがとうね、たっ君。楓ちゃんを受け入れてくれて」

 何かいらっとして、ため息と共に俺の旨を伝える。

「別にあんたの為に受け入れた訳じゃねえよ」

「それは分かっているよ」

「そうかよ」

 すると橘が急にまじめな顔をして、

「人は自分自身を見失って、独りぼっちになった時に悪魔に心を奪われやすいんだよ」

 橘の言っている事を吟味してみると、それは分かる気がする。

 お風呂から出て、短パンにTシャツを着て、部屋に戻ると、ちゃぶ台の上に食事が用意されていた。

 メニューを見ると、俺の大好物の唐揚げがメインで、他にもポテトサラダやトマトのカットにキャベツの千切り何かがあって、とても栄養バランスを考えられている。

「お口に合うか分かりませんが、とりあえず作ってみました」

 照れくさそうに瞳を俯かせて、顔を真っ赤にしている。

「ありがとう」

 と言って、こんな材料を買った覚えはないと思ってお金の事を気にした時、楓ちゃんの顔を見て、察したのか楓ちゃんは、

「お金の事なら気にしないでください。万引きなんかしていないし、ちゃんとスーパーで鶏肉が安かったので、私のおこずかいの範囲内で買いましたし」

 おこずかいと聞いて俺は、

「別にそこまでしなくて良いのに。とりあえず、お金は・・・」

 俺の言葉を遮るように楓ちゃんは、

「気にしないでください。私にはこんな事しか出来ないし」

 顔を真っ赤にしながら、首を左右に振る楓ちゃん。

 何かおかしくて笑ってしまった。

 楓ちゃんには見えていないが橘も、笑っていて、何か知らないが幸せを感じてしまった。

「何笑っているんですか?」

 怒るように頬を膨らませる楓ちゃんを見て、ほっこりとした気持ちになり、「いや」と返事をして「それではいただきます」と言って箸をとり、唐揚げを摘んで口に入れる。

 じゅわりと口の中で唐揚げの肉汁が口いっぱいに広がって、さらに触感もカリカリで、とてもおいしくご飯が進みそうだ。

 そんな俺が食べている姿を楓ちゃんはまじまじとした目で見て、「おいしいですか?」と伺う。

「おいしいよ」

 それは楓ちゃんに気を使っているのではなく、本心から出た言葉だった。

 でも楓ちゃんは、

「本当においしいですか?」

 俺が楓ちゃんに気を使っているんじゃないか、疑うような視線を向ける。だから俺は、

「本当においしいよ」

 と、自然と笑えてその旨を伝える。

 すると楓ちゃんは今朝のように、表情を綻ばせて、うれしそうに笑ってくれた。

 楓ちゃんが笑ってくれると、ただ単純に嬉しい。

 久しぶりに湯船に浸かって、女性である楓ちゃんの手料理を食べて、本当に心が潤った感じだ。


 食事がすんで、後かたづけは俺がやると言ったのにも関わらず、楓ちゃんはかなり頑固な性格で、私がやるの一点張りで、悪いと思いながらも任せる事になってしまった。

 俺はニュース番組を見ながら、とにかく楓ちゃんの事をどうすれば良いか考える。

 このまま俺の家に置いておく訳にはいかないし、学校にも行っていないし、家にも帰らず、家出したままだ。

 あれから二日が経過しているので、学校の人も親も黙っていないだろう。

「なあ」

 と橘に言いかける。

「うん」

「このままじゃあ、まずいだろうな。何か良い考えはないのか?」

「とにかく・・・」橘の口が止まり、険しい顔をしてテレビの画面を見つめているので、何だろうと見てみると、楓ちゃんが行方不明になり、ニュースになっていた。

 そんなタイミングで楓ちゃんが居間にやってきて、その真実を目の当たりにして、不安そうにその視線を俯かせてしまった。

 番組には楓ちゃんの両親や学校の関係者が出て、とても心配していそうな面もちで出演していた。

 一瞬そんな面もちに心奪われそうになり、楓ちゃんにおとなしく帰ってもらおうと考えたが、悲しそうにリストカットをしていた事や、あの痛ましい全身の痣を思い出して、そうは思えなかった。

 今朝俺は勢いで、楓ちゃんを何とかするなんて大口をたたいてしまったが、改めて思い知らされるが、俺は無力だったのだ。

 そう感じた時、俺は後悔してしまうが、あの事を思い出しそうになり、それを楓ちゃんに重ねてしまうと、心が鋭い鉈で切り裂かれるような思いにかられる。

 何て考え巡らしていると、楓ちゃんはにっこりと笑って、

「私帰りますね」

 エプロンを脱いで、背を向け去ろうとしている楓ちゃんを引き留めようと思ったが、俺に何が出来るのかと、思って引き留める事は出来なかった。

 仕方がない。

 俺にはどうする事も出来ない。

 橘に何とかならないのかと言う、視線を送ったが、どうする事も出来ないような表情をして目を閉じていた。

 まだ遠くには行っていない楓ちゃんを追いかけた。

 すぐに追いついて、

「楓ちゃん」

 と呼び止めて、楓ちゃんは振り返る。続けて俺は、

「また何か辛い事が合ったら、すかさず俺に電話をしろよ」

 すると楓ちゃんはにっこりと笑顔で笑って「はい」と言って去ってしまった。

 これ以上、俺にどうする事も出来ないし、入り込めない。

 部屋に戻り、ソファーに寝ころんで、自己嫌悪に陥った。

 そんな俺に橘は言う。

「たっ君。とにかく楓ちゃんの事を信じてあげようよ。たっ君は彼女に対して、本当に良くやってくれたと感謝しているよ。それに彼女のあんな笑顔、久しぶり見たよ」

 信じる。笑顔。続けて橘は、

「だから、あまり心配はいらないと思うんだけどね。まあたっ君は僕がそう言っても心配してしまうんだろうけど、また、たっ君の元に電話が来ると思うから、その時、真摯に受け止めれば良いと思う。

 その時は僕も極力協力するから」

 橘の話を聞いて、何だろうか少しだけほっとしたが、本当に自分の無力さに嫌気がさす。


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