芳山
アパートに帰って、ほっと一息ついて、たばこを吸う。すると橘は、
「たっ君。明日楓ちゃんに会いに行くんでしょ。とりあえず、ノートに目を通してよ」
「必要ねえよ。とにかく何でもなければ、それで良いんだろ」
「様子がおかしかったら、どうするの?」
本当にやれやれと言った感じで、吸い込んだたばこの煙を、吐きながら嘆息する。それで俺は、
「じゃあ明日その子に何か会ったら、そのノートを見て検討するよ」
「それじゃあ、遅いかもしれないじゃん」
この楓という女がどんな事情を持っていようが俺には関係ない。とにかく俺にとりついているこいつを何とかしたい。
ただそれだけだ。
明日こいつの生徒だった楓と言う子が、何事もなければと祈る。
もう面倒な事はゴメンだ。
明日は俺の週に一度の唯一の休日だ。
それがこいつの都合にあわせてやらなきゃいけない事に、マジ切れそうになる。
とにかく明日、その楓と言う子の様子を見て何事もなければ、成仏すると言っているのだ。
たとえ成仏しなくても、こいつは俺にとりついても空気のように黙って俺に接すると約束したのだ。
朝目覚めて、夢だった事に俺は安堵する。
俺は中学時代のいじめられていた時の夢を見た。
奴らは本当に楽しそうに憎たらしい笑みを浮かべながら、俺をいたぶる。
俺は奴らに恨まれるような事はいっさいしていない。
俺をターゲットとした連中も俺に恨みなどなく、ただ単に俺が嫌がる事を楽しんでやっていた。
多額のお金を要求される事もあった。
万引きさせられるような事もあった。
本当に何度死にたい気持ちになったかなんて、数え切れないほど思った。
誰にも相談など出来なかった。
いや教師なんか見て見ぬ振りで、親は俺に心配などしてくれなかった。
そして高校受験を控えた俺に、奴らは試験当日、俺を試験に受けられないようにして、学校の倉庫の中に閉じこめられた。
試験を受けられなかった俺は、行く高校は通信制に余儀なくされ、俺をいじめた連中は、みんなそれぞれ有名な進学校に行ったと言っていた。
何も出来ない自分が歯がゆく思った。
本当に俺は・・・・・・。
もうやめよう。
そんな悲しい過去を思い返したって何も良い事はない。
でもこの先、誠実に生きていても良い事があるのか疑わしいが、悲しい過去を思い出して、つらくなったって俺が面白くない。
とにかく楽しく生きたいが、今の俺は本当に自分の運命を呪いたいと思いたくないが思ってしまう。
それはこんな奴にとりつかれてしまったからだ。
まあ俺はそんな嫌な事を頭から振り払うように首を左右に思い切り振る。
そうだよ。悲しい事を思い出しても面白くない。
今日はこんな奴に休日を返上して行くしゃくだが、こいつの未練を果たして成仏してもらいたい。
こいつを成仏させれば、また俺は楽しい平凡な毎日を送れるんだ。
そんな事を考えながら時計を見ると、午前七時を回ったところだった。
「たっ君おはよう」
こいつは何か嬉しそうに挨拶をする。
こいつを見ているだけで何かムカつくのでシカトして、洗面所で顔を洗って歯を磨く。
「楓ちゃん元気かな」
楓とやらに会える事を楽しみにしている感じだ。
それもシカトして、鏡の前で寝癖を直した。
その楓と言う子が、元気でなくては困る。
でないと俺は面倒な事になる。
朝の支度はすんで、もう喋るのも嫌だが橘に聞く。
「で、その楓って言う子はどこに住んでいるんだよ」
「僕が案内するよ」
すると橘は背広をまとう。
「何だあんた」
喪服の服から、いきなり黒いタイトなスーツ姿に返信した事に俺は驚いた。
「僕は頭の中でイメージすれば、着る服は変えられるんだ」
と橘は意気揚々に答える。
まあ、ちょっと驚いたが、そんな事はどうでも良いとして、その橘が請け負っていた生徒である楓という女の子の様子を見に行かなければならない。
外に出て早速橘は、俺の前を進み案内してくれる。
俺はポケットに手を突っ込みながら、俺の先を行く橘の後を進む。
とにかく、その楓と言う女の子に何事もなければ、こいつから解放される。
何て考えていると、橘はその楓と言う女の子の事情を話してくる。
楓と言う女の子は現在高校二年で十六歳である。
なぜか二年になってから、いじめを受け始めて、辛い思いをしていると言う。
その事を誰にも相談出来ずに唯一橘だけに、その辛い思いを語ったりしているみたいだ。
橘と出会ったきっかけは、彼女があまりにもいじめに耐えられなくなって、チャイルドラインと言うサービスを利用して、その相手が橘だったのだ。
チャイルドラインとは、子供相談電話サービスで十八歳まで利用できる。
楓ちゃんとやらは、いつもむっつりと不機嫌そうにしているが、笑うととてもかわいいと感慨深そうに橘は語る。
まあいじめと聞いて、俺もいじめを受けたことがあるので、その辛い気持ちは分かるが、俺には関係のない事だ。
そういえば、俺が大学に行く動機になったのは、こいつが経営する塾で、俺と同じような境遇にあった人、もしくは何かしら深刻な事情を持った人たちとふれあった事で教師の道を進む為に勉強していたんだっけ。
それで・・・・やめよう。
とにかくこいつの未練を解消させて、とっとと成仏してもらうことだけを考えよう。
ベラベラと楓ちゃんとやらの事情を語っていたが、俺は適当に「ああ」「そうだな」とか適当に相づちを打っていた。
入り組む民家の路地を行き歩き、到着したみたいだ。
「ここだよ。たっ君」
楓ちゃんとやらの家を見上げると、大きなお金持ちが住んでいそうな感じだ。
まあそれはそれで良いとして、俺は、
「で、ここまで来たのは良いけど、俺にどうしろって言うんだよ」
「とりあえず、様子を見たいんだ」
そうだった。とにかく様子を見て問題なければ、成仏してくれるって言ったよな。
とりあえず、その楓ちゃんとやらが家から出てくるのを近くの路地に隠れる。
何か俺、ストーカーみたいだな。
何て考えている矢先に楓ちゃんとやらが住む家から、スタイルも良く、顔立ちが整っていてかわいらしく、チェック柄のスカートに白いロングコートを着ていてとてもおしゃれな女の子が出てきた。
「おい」
小声で橘にその楓ちゃんなのか確認させる。
「楓ちゃんだ」
「別に問題なさそうじゃん」
早く解決させて、俺が立ち去ろうとすると、
「たっ君。もう少し様子を見たいから、尾行しよう」
「何でだよ。それじゃあまるでストーカーじゃねえかよ。とにかく彼女は元気だよ。あのおしゃれな格好からして、多分彼氏とデートじゃねえか?」
「でも僕はまだ納得していないから、成仏出来ないんだ。お願いだから、僕が納得するまで様子を見たいんだ」
舌打ちがこぼれ、ついでにため息までしてしまうほど、やれやれと言った感じで、橘の言うとおり、尾行する。
とにかく、気づかれないように、楓ちゃんとやらが行く方向に向かう。
「たっ君。とりあえず、たっ君が怪しい人じゃないように、僕が誘導するよ」
橘の方を見て返事をしようとしたところ、突然の橘の格好を見て俺は度肝を抜かれた。
それは橘が探偵が着るような服に変わっていたからだ。
その様子を見て、こいつ何か楽しんでいないか?と謹慎させたいが、とりあえず、橘についていく。
そして民家を出て、とあるスーパーにたどり着いて、楓ちゃんとやらは俺達に気づく事なく中へと入っていった。
「僕たちも中に入ろう」
俺はしぶしぶながら、中へ入る。
そして化粧品売場にたどり着いて、楓ちゃんとやらは、俺達に気がついていないが、何かそわそわして辺りを気にしている。
そんな姿を見ていると、俺の脳裏に、過去の事が重なり、あれは万引きをしようとしている事がわかった。
でもそうとは限らないと思って、もう少し様子を見ようと思う。
だが俺の予想は当たった。
口紅をポケットにしまい込んで、そそくさに外に出ようとしている。
「たっ君」
俺は言われなくてもわかっている。
彼女の後を追って、どうやら俺達以外、万引きに気がついた者はいないみたいだ。
それなら好都合だ。
とにかく、そんな事をしてはダメだ。
何にやんでいるかわからないが、そんな悪い事をしているうちに、心が真っ黒に染まり、最悪な人生を送る事になる。
俺はそんな人間を何人も見てきた。
だから、
楓ちゃんはひとまず落ち着こうと、人目のつかない路地へと曲がって行った。
俺達も後を追う。
人目のつかない路地をかいま見ると、ホッとしている楓ちゃんの姿があった。
「おい」
と声をかけると、振り返って、まるでこの世の終わりを目の当たりにしたような顔をしていた。
まあ、その気持ちは分かる。俺も同じ事をして見つかった時、この世が終わったような絶望的な気持ちに陥ったものだ。
「何よ」
楓ちゃんとやらは開き直って立ち上がる。
「万引きはよくねえよ」
「それで用件は何なの?」
「別に俺は脅して言う訳じゃないよ。それにあんたの弱みにつけ込む気もないよ」
「そうやって善人ぶって、あたしの体が目当てなんでしょ」
「そんな事一言も言ってないじゃん」
「良いよ、あたしなら、見たことをなかった事にしてくれれば、やらせてあげても良いよ」
スカートの裾をちらちらとのぞかせるようにめくる。
うわあ、傷つくな。
って俺は何でこんなに熱心にこの楓ちゃんとやらに、ガチで接しているんだろう?
さっきまでは面倒な事をさっさと終わらせたいと思っていたのに。
何て黙って考え事をしていると、楓ちゃんは走って逃げて行ってしまった。
「たっ君。追いかけて追いかけて」
橘は必死に俺に訴えるが、何かバカバカしく思って、その場から立ち去ろうとすると橘は。
「何しているの?たっ君。彼女がどうなってもいいの?」
「知らねえよ」
呟き、その言葉は橘の耳には届かなかったみたいで、
「えっ、何て言ったの?」
何か無性にムカついてきて、
「知らねえよ」
と罵ってしまった。続けて、
「俺には関係ねえ事だよ。わかったらとっとと俺の目の前から消えろ」
「僕だってたっ君から消えたいよ。でもわからないけど、僕が未練を果たすまで離れる事は出来ないみたいなんだよ」
「だったら黙っていろよ。もう俺に口出しするな」
そうだよ。本当にバカバカしいことだよ。
何か分からないけど、あの楓と言う女が罪を犯したことに俺は本気で向かい合おうと思った。
でも俺は途中でバカバカしく思ってしまった。
ちらりと橘の方を見ると、橘は俺に言われた通り黙っている。
そこで俺は時計を見る。
午前十一時を示していて、まだ休日の時間帯は残っているので、これから秋葉でも行こうと思う。
でも何だろう?先ほど、罪を犯した楓とやらが、何か気になっている。
橘は相変わらず、俺の周りをとりついているが、黙っている。
とうとう俺に見切りをつけたのだろう。
その方がこっちだって好都合だ。
秋葉に到着して、俺は思った。
俺みたいなおたくは、妄想の中でしか生きられないことを。
現実は裏切る。
そうだな。
あの時、こいつに相談したけど、きれい事を盾にして、自分の都合の良い事ように話を持っていって、気がつけば俺は心に甚大で一生消えない傷を負ってしまった。
なのにこいつは何事もなかったかのように、悠然として俺の前に現れて、未練を果たしたいなんてふざけた事をほざいている。
こいつと一緒にいるだけで、俺の心の傷をえぐられる気分だ。
それで・・・・。
もうやめよう。
妄想で生きるなら、せめて楽しいことを考えて生きたいよな。
つまらない過去の事は考えないようにしたい。
秋葉を満喫してほっこりとしたいい気分に帰宅できた。
午前中こいつの野暮につき合わされたが、午後からは本当に充実した時間を過ごした。
明日は嫌な仕事だが、この気分だと明日には繋がりそうだ。
また明日、月曜から土曜まで仕事だ。
考えるだけで憂鬱になってしまうが、とりあえず今日満喫したことによって、明日頑張れる。
それが俺の幸せだ。
それに幸せとは、俺にとって端から見たら、ちっぽけな感じだが、俺はそれで良いと思う。
時計を見ると、午後九時を回ったところだった。
相変わらず、俺にとりついている橘は黙っているので、とにかく問題ない。
そうだよな。こんな奴、目に見えない空気だと思っていれば良いのだ。
シャワーを浴びて、歯を磨いてソファーに寝転がり、テレビをつけ、今日買い込んだマンガ本を取り出して読んだ。
これが俺の最高の幸せのひとときだ。
そんな俺の幸せに水を差すように、橘がその口を開きやがった。
「たっ君」
「何だよ」
目もくれずとりあえず返事はしておく。
「たっ君は僕の大事な生徒だと思っている」
橘のその発言にしゃくにさわったが、もうまともに話をするだけでも面倒なのでシカトした。続けて橘は。
「考えてみればたっ君にも未練はあったよ。僕はたっ君に幸せになって欲しい」
「・・・」
シカトシカト。
「たっ君に僕は真実を教えてあげるよ」
その橘の真実と言う発言に、興味があり、
「何だよその真実って」
「それは明日伝えるよ」
「何だよもったいぶらずに語って見ろよ」
「いやそれは明日伝える。それで僕は消えるよ。もしそれでも消えなかったら、僕の事を本当に空気と思っていればいいよ」
軽く息をついて、気にする事じゃないと思って、気に止めなかった。
目覚めた時、夢よりも恐ろしい現実が始まる。
出来れば会社なんて行きたくない。
でも仕事をしなければ、俺は生活できないし、俺は本当にダメな人間になってしまう。
そんな残酷な現実の中にも、俺にとって彼女はいる。
それは妄想の中だが、それでも良いと思う。
そう自分に言い聞かせ、今日もがんばろうと思う。
所詮俺みたいな大学も行けず、ちゃんとした職場にも通えない半端な人間には丁度いいのかもしれない。
何て卑屈になっていると、嫌な事を思い出して、その事にずるずると引き込まれそうなので、俺の妄想の中の女の子を想像して、気持ちを整えた。
そうだよな。俺には巫女ちゃんがいる。
まあ、巫女ちゃんとは今、秋葉でブームになっている、美少女巫女ちゃんの主人公である。
そうだ。巫女ちゃんは俺の心の中で応援してくれる。
忌々しいが、相変わらず、橘は俺の頭上であぐらをかいて宙に浮かんでいる。
そういえば、昨日俺に真実を伝えるって言っていたっけ。それがこいつの未練とか何とか言って、それで消えると言っていた。もし消えなかったら、僕の事を空気でも何でもない無機質な存在だと思っていれば良いと。
まあ、その真実は仮に本当であっても、自分の都合の良いように持っていくだけだ。
だから何も気にしなくても良いのだ。
仕事場に到着して、本当に逃げ出したい気分でいっぱいだった。
職場であるコンビニに入って、俺は挨拶をする。
事務所には店長が、飯を食って座っていたので、挨拶をする。
「おはようございます」
「おう」
そして作業着に着替えて、レジに出て、憂鬱な気持ちを押し殺して、とにかく誠実に頑張ろうと、店内に入ってくるお客に対して、「いらっしゃませ」と挨拶をする。
そんな中、俺は考える。
落ちぶれた人間は俺だけじゃないことに。
そうだよな。俺だけじゃないんだよな。
だったら、あの事を忘れたいが、俺は忘れる事は出来なかった。
たまにパンドラの箱が開くように思い出しては閉じての繰り返しだが、必然的に俺なんかよりも、もっと苦しい状況に置かれている人間もいるだろう。
でも俺は、やっぱり我が身がかわいいんだろうな。自分の事ばっかだ。
偶然店にカップルが来店してきて、いらだつ。
俺もあんな風に現実的に女の子とつき合いたかったけど、出来なかったんだよな。
こいつのせいで。
いや人のせいにするのはやめようと思うが、やはり俺の心はこいつのせいにしていたいみたいだ。
それは甘えだとは分かっている。
でも、それはもうしょうがない。とにかく今を賢明に生きるしかない。
どんなに落ちぶれても俺は誠実に生きて、自分自身の生活ライフを楽しみたい。
何て自分に鼓舞したりする。
そんな時である。
俺がお客さん相手にレジをしていると、橘がいきなり、「たっ君顔を上げて」
言われた通り顔を上げると、とある女子高生らしき女の子が俺をじっと見つめていた。
目が合うと、女の子は目を丸くして驚いて、顔を真っ赤に染めて鞄で顔を隠してお釣りをもらって逃げていくように去っていった。
もしかしたら、あの子俺に気があるなかな?と考えたが、そんな事はないと自重する。
仕事中、さっきの子の事が気になった。
顔を思い返してみると結構かわいい女の子だった。
何て仕事の合間に橘は、
「あの子、僕がたっ君にとりついている時から、たっ君の事を見ていたよ。だからたっ君は気がついていなかったみたいだけど、多分僕がたっ君にとりつく前から見ていたんだと思う」
「何が言いたいんだよ」
「あの子たっ君の事が好きなんだよ」
「それがあんたの伝えたい真実だったのかよ」
「それもあるけど、僕が伝えたかったのは、たっ君が嫌々ながらも誠実に仕事をしている所を見ている人はいるんだよ。それであの子はそんなたっ君にひかれたんだと思うよ」
「・・・」
何だろう。胸が熱い。続けて橘は、
「僕がたっ君に伝えたかったのは、その真実だよ」
「くだらない」
とは言ったものの仕事帰り、何か考えてしまう。
橘が言った俺が誠実に仕事に接している所を見ている奴がいる。
それに気をひかれる奴がいる。
くだらないと言う一言ですべて納めようとしたが、今気がついたが、それは俺に欠けている素直になれない気持ちだと言うことに気がつく。
今朝橘に気づかされた女の子の事を思い浮かべると、相手は高校生だし、俺の好みの女性ではなかったが、正直なところ、すごく気持ちが嬉しかった。
そんな考え事をしている最中、橘が、
「少しは素直な気持ちになれた?」
何て言われて、俺は無性に腹が立ち、
「うるせー引っ込んでいろ」
と橘にしか聞こえないように小声で答えた。
それで俺は橘が言った真実を否定してしまう。
それであれこれ考えて、自宅に到着した時にまた自分に素直になれない気持ちに支配されている事に気がつく。
「たっ君が良かったら、あの子とつき合ってみれば良いじゃん」
「何でだよ。俺は大学にも行っていないし、まともに職にも就いていないんだよ。それにあの子は高校生だし、俺の好みでもない」
「まあ、あの子の事、好みかそうでないかはおいといて、僕からしてみれば、そんな学歴とかちゃんとした仕事に就いていないとかは関係ないと思うんだけどね」
「そうかな?多分あの子と仮につき合ったとしても、甲斐性のない俺に失望して、すぐ他の男の所に行くよ。女とはそんな生き物だ」
そうだ。現実の女とはそんな物だ。
俺は身を持って知ったじゃないか。
「まあ、それは分からないけど、さっきも言ったけど、あの子はたっ君のその仕事に対する誠実さにひかれたんだよ。それは嘘偽りのない真実なんだよ」
「バカバカしい」
こいつと話していると調子狂うから、今日の所は飯食って風呂入って眠ろうと思う。
でも今日の事を思い返してみると、正直な話、俺は嬉しかったんだ。
何か分からないけど、その気持ちだけでも受け入れるべきだと思う。
弱いものいじめってそんなに楽しいの?
僕はとっても辛いよ。僕がこんなに辛いのに、みんなは本当に楽しそうに僕を痛めつけるよね。
僕は泣きながら、やめて欲しいと訴えたが、僕をいじめる連中には届いておらず、むしろそんな僕を見て楽しく思っているみたいなんだ。
そして僕は痛めつけられる事が当たり前だと思って、次第に泣かなくなり、痛みも感じられなくなった。
そんな僕につまらなくなったのか?いじめる連中はさらにひどい事をする。
お金を要求する事もあった。
万引きさせられたりもした。
ひどい時は冷えた寒い日に、裸で川を泳がせられた事もあった。
薄れ行く意識の中で僕は見る。
連中の嫌らしい笑みを浮かべた姿が。
このまま死んでしまいたいと思った。
失った意識の中、僕の顔に滴が垂れたような感触がした。
その滴は僕の頬を伝い、口元に流れ込む。
このしょっぱい味を僕は知っている。
それは涙の味だと。
誰かが泣いているのか?
僕は意識を取り戻して、その瞳を開ける。
おぼつかない意識の中、次第に意識がはっきりとして来る。
それは涙を飾ったクラスメイトの芳山さんだった。