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出会い,そして夢の始まり  作者: 柴田盟
24/25

どうして橘先生が俺に取り付いたのかは不明だった。

 俺に取り付いて、俺にしか見えないし、その声も俺にしか聞こえない。

 こんな不可解な事は出会って信じてきた仲間にも言えない俺だけの問題だった。

 でも、最初はそんな橘先生を邪険にしていたが、今では取り付かれてよかったと思っている。

 それは言わずとも勉強になった事だってあるし、すばらしい邂逅もあり、夢も見つけられた。

 もし橘先生に取り付かれなかったら、今頃俺は自分自身を見失い路頭に迷っていたのかもしれない。

 それと、どうして俺に取り付いたのか?

 取り付くなら、俺よりも深刻な事情を抱えた人に取り付けば良いのにと考えたが、今は分からないがそれはこれから先、少しずつ考えて行けば分かるような気がして、気持ちの奥底にしまっておこうと思う。

 俺はある世の中の秩序に従い幸せにならなければいけない事だと知った。

 それは宿命なのかもしれないが、今まで生きてきて、色々な経験や邂逅で分かった事、・・・いや決めた事だ。

 そして俺は誰かの為に生きられる強さを持ち、その思いをこれから生きていく上で、追求して充実した毎日を送りたい。

  

 あれから三年の時が過ぎて、俺は橘先生の意志をつなぐかのように、塾を再会させた。

 俺が経営しているフリースクールに登校してくる生徒達は併せて二十人くらいだ。

 その二十人の人達は、いじめや深刻な事情を持った人達ばかりだ。

 でもそういう痛みを持った人達はなぜかみんな優しい。 まあそれはそれで良いとして、橘先生が抱えていたノートに記された生徒達は三百人を越えている。それに塾を再会させてから新たに俺を必要としてくれる人達もいる。

 そんな人たちに俺は、とにかく俺が経営しているフリースクールに来ないかと促す。

 それはまあ利益になることは置いといて、それよりも人は一人では生きてはいけない。

 だからここに来て、みんなとふれあって生きてみないかと言う。

 でも、みんな後込みする人ばかりで困惑してしまうんだ。

 それは無理もないのかもしれない。

 俺は人と出会う事によって、夢が見つかるのだと知ったが、引きこもっている人達は、学校でのいじめや、親から虐待などを受けて人とあうのが怖いと言う人たちばかりだ。

 きっとそんな人達は残酷な真実を見いだしてしまう出会いに苛んだのだろう。

 思えば俺もそうだった。

 だからそんな人たちの気持ちも俺は分かる。

 だから俺は俺と出会って良かったと思えるそんな自分になりたいと、日々精進している。

 少し傲慢な考え方かもしれないが、そうなりたい。

 でも俺も不完全な人間だから、相談に乗って思いも寄らぬ事でその人を傷つけてしまう事もあったけど、それも勉強だと思って反省させられる。

 けど俺は決して相談に乗ってくる人達一人一人諦めたりはしない。

 俺との出会いに一歩進める勇気に変われる努力を惜しんだりはしない。

 引きこもりの人にいきなり外に出る事は困難だ。

 だから少しずつ一歩ずつ、出来る所から始めて見ないかと、それは橘先生の教えでもあり、俺が経験して得てきた事を耳にたこが出来る程の事を伝える。

 出来る事って何?と聞かれるので俺は言う。

 自分の部屋を片づける所からでも良いし、家のお手伝いをするのも良いって、などなど。

 だが無理はしてはいけないと念を俺をおす。

 少しずつ出来てくれば、自信もつくし、それが一歩踏み出す勇気に変わるって。

 そうやって少しずつ出来てくれば、いつか大きな事にもチャレンジ出来ると思っている。

 大きな事って、ちょっと話を飛躍してしまったが、その前に人とふれあうことが大事だと俺は話す。

 それは言わずとも、俺が経験してきた中で知り得た事だからだ。

 時間ならいくらでもある。だから、


 急がば回れ。


 それは、急いで物事を成し遂げようとするときは、危険を含む近道を行くよりも、安全確実な遠回りを行く方がかえって得策だと言う意味だ。

 相談に来る生徒の中で、ここに来るまで二ヶ月かかった人がいるが、それこそ急がば回れで、道に迷ったが、かえってその方が得策だと知って、ここに来れた。

 そして色々な素敵な人と出会い夢を見つけて、大学受験に精を出している。

 正しさよりも、自分がしたいようにするのが一番だと思っている。

 引きこもっている人に、いきなり外に出ろって言うのはその人にとって難題な事だ。

 だから自分の出来る所から始めて、この俺が経営するフリースクールをゴールだと思えば良いのかもしれない。

 そしてそのゴールが新たな一歩で始まりなのだ。

 どうして俺は生徒達に俺が経営するフリースクールに招くのかは、お金も大事だが、その人自身がふれあって生きられるようにしたいからだ。

 俺は人とめぐり会い、夢を持つことが出来た。

 だから、その子も人とふれあう事で何か夢を持てるんじゃないかと思っている。

 それに誰かと出会うことで、俺を始め、涙さん、楓ちゃん、そしてフリースクールのみんなとネットワークのようにつながる事が出来る。

 そのネットワークは一人また一人と出会い、どんどん辿っていけば、色々な人と出会う事につながる。

 だから俺はまず最初に俺が経営するフリースクールに来て、そこのみんなと出会い、ネットワークを広げて何か夢を見つける事が出来ると信じている。

 そのネットワークは縁か何かは知らないが、俺達はみんな見えない糸でつながっている。

 その糸を辿れば、色々な人達と出会える。

 それは嬉しい出会いであっても、残酷な真実を生み出してしまう悲しい出会いであっても。

 でも俺と出会って、極力前者である事に努力を惜しんだりはしないから、安心して良いって言う。

 でも人は何かしらに意見が食い違いぶつかりあってしまう時だってあるので、俺はその諍いを止めるのではなく、遠くで見つめて様子を見て危なくなったら、止めに行くと言う感じのパターンでいつも生徒達を見ている。

 喧嘩は良くないので、もし俺がこうして止めても、まだ互いに気に入らないなら、裏でいくらでもさせてあげる。

 俺は半分冗談で言ったのだが、本人達は本気だったので俺は遠慮なくさせてあげる事にさせた。

 条件としてもちろん俺が見ている前でであり、死にそうになったら、俺は止める。

 それで本人達は本当に喧嘩を始めてしまった。

 お互いに気に入らない気持ちがぶつかり合うかのように、その拳と拳は顔や腹、本当に見ているだけでもはらはらするが、喧嘩が終わって、二人とも倒れて、二人は笑うんだ。そして拳で分かち会う友情がここに生まれるのであった。

 そんな出会いで友情を深めた人だっているが、それも含めて人は出会い、互いに知り会い教え会い、悲しみや喜びを分かち会い、その思いを強めて、本当の自分と言う物を見つけて行くんじゃないかと思っている。

 自分は何なのか?自分は何をしたいのか?

 その思いを風にゆだねて見たら、夢が生まれたと、また新たな一歩を踏み出せたと嬉しそうにしていた人たちも何人も見てきた。

 俺の個人的な意見だが、ラインやネットで知り合うよりも、面と向かって出会う事の方が大事だと思っている。

 だから引きこもっている生徒に俺はここのフリースクールに来る事を進めている。


 出会い、そして夢の始まり。


 なのだから。

 その出会いに嬉しい事ばかりじゃないし、悲しい事もあるが、それでも自分から踏み出せる一歩を踏み出せれば良い。

 みんなが踏み出そうとしている夢は勇気がなく踏み出せなくても、決して遠ざかる事はない。

 だから勇気がなければ、一歩踏み出す勇気を作るところから始めるのだ。

 それがその人自身の一歩目なのかもしれない。

 そして一歩一歩進んでいずれたどり着き、新たな始まりが君を待っている事を忘れないで欲しい。それといいことばかりじゃないし、悪い事ばかりでもないが、焦らずに一歩ずつ進むことを忘れなければ辿りつける事も。

 それは分かっていても人間は完璧ではないのだから、焦ったりつまづく事もある。

 でも踏み出す時のその先の未来は決して君を裏切ったりはしないのだから。

 それはまだ俺も未熟だが、いくつかの経験や邂逅で知り合った事だ。

 難しい事じゃない。それに難しく考える事はない。

 ただ素直な気持ちに思いを寄せて踏み出せば良いのだ。

 怖いのは何も知らずに、焦りや不満なので、一人で突っ走って自分を壊してしまう事だ。そんな人達も何人か見てきた。それに永遠の闇に消えて行ったしまった人も。

 それはああしなくてはいけないとか、あの人がそうだからとか言う橘先生曰くしなければならない症候群だ。

 だからそうならないように、気の合う仲間とふれあいながら、自分を知り、やりたい夢を見つけて一歩一歩進む事だと俺は思っている。

 だから焦らずたゆまず、一歩一歩進めば良いのだ。

 悲しい事、苦しい事、それらは体に石をぶつけられるように心が痛む。でもそのぶつけられた石の痛みは乗り切れば君を輝かす宝石に変わる事だってあると思う。

 それは一億円の値段がつく宝石よりも価値のあるものだ。

 悲しみ苦しみ、それは誰もが味わいたくない心の痛みだが、それが人間なのだ。

 だからそれらを否定するのではなく、それを認め、痛みは人を輝かす香辛料だと思えば良いのかもしれない。

 そう思うと痛みは生きている証なのかもしれない。

 そこで勉強になった事は、相談に乗ってくる引きこもりの生徒は口々に言う。

 何も出来ない事の不満に。

 それは心が痛むから、俺の所にまで相談に来たのだろうと思う。

 だから心の痛みは生きている証であり、誰かに心のSOSを出しているんだ。

 だが逆にその心が痛んだ時の気持ちはくじけている涙に似ていて、悪魔に囚われやすい。

 俺はそんな悪魔に囚われて、心を真っ黒に染まって永遠の闇に消えていった人達も何人も見てきた。

 例を言うと、先ほども言ったが何も分からないまま突っ走って我を忘れて自分を壊して橘先生曰くしなければならない症候群に囚われ自己を見失い自殺した人、もしくは、残酷な真実を見いだしてしまう心真っ黒に染まった悪魔のような人間に出会い、そしてその心につけ込まれ、誑かされて命を失った人も。

 その他にも色々あるが人は一人一人尊い存在だが、やはり世の中の人間がすべて救われる事のないのが現実だ。

 そんな現実を目の当たりにする度に俺までくじけそうになるが、それでも俺は一人でも良いから、誰かの為になれる自分になるんだと言い聞かせてきた。

 それに俺は一人じゃない。


「ふー」


 と息をつきパソコンの画面から、視線を外して顔を上げ、窓の外を見上げると日は暮れ、今日も一日が終わろうとしていた。

 俺はパソコンでいつものように俺に相談に来てくれる人にメールを送っていた。

 そんな時、部屋のドアからノックの音がして、俺は「はい」と返事をすると。

「入ります」

 と言って、お茶を持った楓ちゃんが中に入ってきた。

「いつも悪いね」

「あまり夜も眠れていないんじゃないですか」

 毎度の事でいつも心配される。

「まあ、これが俺の幸せだからね」

 その心配を吹き飛ばすようににこりと笑う。すると楓ちゃんも俺につられて笑ってくれる。

「楓ちゃんも大学とバイトの両立で眠る暇なんてないんじゃない?」

 俺が聞くと。

「まあ、毎日大変ですけど、充実して楽しいです」

 と笑顔で、それは嘘偽りがない感じだった。

「じゃあ、俺と同じじゃないか」

 と、もてなされたお茶を一口飲んで、再びパソコンの画面に目を向けて言う。

 メールが届いて、開けて読むと、いつものように心悩ませた相談のメールだった。

 そのメールの内容をいつものように真摯に受け止め、返信のメールを打ちながら楓ちゃんに言う。

「とにかく俺の心配は良いから、楓ちゃんは楓ちゃんで自分の人生を歩みなよ」

「昨日は奥さんである涙さんが子供を出産した日だったそうじゃないですか。隆さんが立ち会わなかったのを涙さんは理解していると思うけど・・・」 

 俺は返信メールを打ちながら、真摯に耳を向け、その楓ちゃんの気持ちを吟味する。それから楓ちゃんは、

「ごめんなさい」

 と謝る。

 メールの返信を打ちながらで楓ちゃんの顔は見えていないが、俺は楓ちゃんの視線を俯かせて出すぎた真似と思って申し訳なさそうな表情をしている姿が想像出来た。

 そして楓ちゃんは、

「私、隆さんの力になりたい。お金ならいらない。私も隆さんの塾で働かせてくれないかな?」

 そこで俺は楓ちゃんの気持ちが理解でき、俺はとりあえず返信のメールを打つ手を止め、振り返って笑顔で言う。

「楓ちゃん。ありがとう。だからその気持ちだけ受け取っておくよ」

「気持ちだけって・・・」

 視線を斜め下に向け、それは何か言葉を選んでいるような表情だった。続けて俺は、

「とにかく楓ちゃんはもっと自分を大切にした方が良い。仮に俺の手伝いをしてしまったら、楓ちゃんは・・・」

 そこで俺の言葉を遮るように部屋に入って来たのは大学受験を目標にここで勉強をしている松井ここなちゃんと言う女の子だった。

「隆先生、質問があるんですけど・・・」

 俺と楓ちゃんとの会話を目の当たりにしたここなちゃんは空気を読んだみたいで、

「ごめんなさい」

 部屋を出ようとしていた所俺は、

「質問だったら聞くよ」

 笑顔で答えるとここなちゃんは、「すいません」と良いながら俺に勉強の分からないところを質問しようとしたところ、楓ちゃんが、俺とここなちゃんの間に割って入るように、

「ここなちゃん。その質問だったら、楓が聞くよ」

「ちょっと・・・」

 楓ちゃんは楓ちゃんで自分の道を歩むべきだと言いたかったのだが、そんな隙も与えないかのように、ここなちゃんを部屋から連れ出すかのように部屋から出ていってしまった。

 やれやれと言った感じだが、何か心がほっこりとしてしまって、ここは任せる事にする。

 まあ、楓ちゃんは楓ちゃんで自分の気持ちを大切にして自分の道を歩むべきだと思ったが、その俺に対する気持ち、人を思いやる気持ちも大事だと思って止めなかった。

 でも楓ちゃんは自分の道があるのに、自分の事を犠牲にして困っている人に対して尽くすのはちょっといつか言ってやらなければいけないと思った。

 それは楓ちゃんのような優しく純情な人は今まで人を見てきた中で本当に滅多と存在しない。

 そんな絶滅危惧種にも当てはまる楓ちゃんのような人と出会った中で、その優しく純情な心につけ込んで永遠の闇に飲まれた人も何人か見てきた。

 だから楓ちゃんの事が心配なんだ。

 楓ちゃんには本当に幸せになって欲しいと俺は切に思っている。でも楓ちゃんは一人じゃない。

 まあそれはともかく今は、返信のメールにエールを送ることに専念する。

 返信で送る言葉は基本、いつも俺が言う言葉は一歩一歩前に進むことだ。

 それが出来ないなら、その一歩を踏み出す勇気を持つところから始めれば良いと俺は相談に来るどんな人にも拒まず伝える。

 その勇気とは何なのか?

 じゃあそれを俺と友に無理せず考えていこうって。

 うまく行く時も、そうでない時も、歩みは遅くても、どんな時でも一歩一歩進む事が大事だ。

 大学に行きたいならどうして大学に行きたいのか?勉強する前にそれを考えるところから始めて見ようと俺はいつも提案している。

 ただレベルの高い大学に行って色々な人にもてたり誉れたいと言う気持ちも俺は否定しない。

 でも大抵の人はそのような気持ちで挑んで、失敗さえもたどり着かず、挫折する人がほとんどだった。

 でも挫折した事がその人の第一歩なのだ。

 そして挫折して世間から何を言われたかはだいたい想像は出来るが、みんなは口々に言う。

 自分が甘ったれているとか、自分に根性がないとか、等々、自分を攻めたりする。 

 でも俺は断言する。

 それは違うと。

 じゃあ、何が違うんだと言うが、それを俺と一緒に考えようって言うんだ。

 自分は本当は何がしたいのか?

 その問いに複雑な数学の方程式のような難しい事じゃない。

 ただ素直な気持ちに身をゆだね、人とふれ合いながら生きて生き本当の自分、本当にやりたい事を探す事だと。

 それは簡単な事だと。

 でもそんな簡単な事を出来る人間はあまりいないのが現状だ。

 社会で働いている人の中で本当に自分のやりたい事をしている人間はあまりいない。

 引きこもっている人や、学校や社会に淘汰されて行き場を失った人やそうでない人でも、俺に相談に来る人にすべてに告げている。

 一歩一歩踏み出して、自分はどうでありたいか、自分は何をしたいのか、本当の自分とはいったい何なのか、みんなとふれ合いながら生きた中で考えて、決める事だと。

 それに気づきさえすれば、悲しみや苦しみを越えて自分らしく胸を張って生きていけると俺は断言する。

 それは何歳になっても出来る。

 俺に相談に来る人は十代や二十代の人がほとんどだが、中には三十代四十代、最高では八十代の人にも相談に乗った事がある。

 そういった人の悩みは主に不満や悲しみや苦しみ、等々。

 その人達にも同じように伝えている。

 俺から言う本当の甘えや根性がないと言うのは、自分から何も考えようとせずに誰かにやってもらう事やしてもらう何て言う考え方だ。

 現にそういった人の相談も受けた事もあるが、それに俺は気づかせて、それに気づいた事が一歩目だと告げる。

 俺は相談に来る人誰一人、拒みはしない。


 誰かの為に生きる。


 命尽きるまで、その思いを貫きたい。


 俺のその思いは悲しみに染まった人に対して、心に勇気を諭して、夢を見つけ実現させた人もいる。

 その朗報を聞いた時は涙が止まらない程の嬉しさに満ちて、俺のモチベーションが向上した。

 俺の考え方は間違っていない。

 俺は世の中に必要とされている人間だ。

 でも、中にはあまのじゃくそのもののような人がいて、俺の塾に来て、自分より弱い生徒をいじめて傷つける人がいる。

 その子は創太君って言うんだけど、怒りに翻弄されたが、頭ごなしにその人に言うのではなく、フォローする。

 人を傷つけてはいけないと何度も同じように言うのだが、同じ事を繰り返す。

 それで周りの生徒達からも冷たくされて、行き場を失った。

 今、創太君の相談を電話で受けている。

 創太君はすべてを誰かのせいにしている。

 気に入らないことがあったら親のせいにしたり、俺のせいにしたり、生徒のせいにまでしている。

 実際にその子を育てた親にも相談したが、別に普通の環境で何の不自由もない子だった。

 それで俺は創太君が何もかも人のせいにしたり、気に入らなければ人を傷つけるのは、自分の事が気に入らず、あの人がこうだからとか、ああしなければならない、こうしなければならないと言うような、橘先生曰く、しなければならない症候群だと言う事に気がついた。

 そのような気持ちに陥ると、周りが見えなくなって、自己の強迫観念のような気持ちにかられ、無理して物事をなそうとしてすべてを敵に回して、人ではなくなってしまう。

 創太君の事を聞いて昔の自分と重なるところがあって気持ちは分かるのだが、俺が何度そういっても、反論して、『お前のせいだ。どうしてくれんだ。何とかしろ』の一点張りだ。

 俺は橘先生の事を思い出す。

 橘先生は俺に対して、同じ事を何度も繰り返し言った。

 でも俺も創太君と同じように納得がいかず橘先生のせいにして、何とかしてもらいたいと甘ったれた考え方をしていた。

 ここで橘先生の気持ちが分かる。

 正直これだけ言っても分からないのは、それこそバカだと、本当にうんざりさせられるが、俺は何度でも同じように言う。


 それはしなければならない症候群だと。

 何も出来ない自分に対して、何かをしなければならないと言う気持ちから来ているのだと。

 だからどんな時でも一歩一歩進むのだと。


 でもその人は何度繰り返しても、同じ事を言う。


『大学に行くには勉強をしなくてはいけない。でも勉強をしようとしても、お前等に冷たくされた事を思い出して出来ない』


 と。

 でも俺は何度でも同じ事を言う。


 それはしなければならない症候群だと。

 でも創太君は同じように、同じ事を言う。


 それでも俺は・・・。


 同じ事を繰り返してもその人は同じように言う。

 終いにはその人はパニック生涯に陥り、奇声を発する。


 それでも俺は。


 もはや創太君は人間とはとても思えないような言動を発する。

 誰でもしなければならない症候群にかられれば、自己を見失い狂ってしまう。

 そして人ではなくなり、犯罪を犯したり、自殺してしまうケースだってある。

 まだ創太君は俺に文句が言えるのだから、そのような気持ちに陥ってはいない。

 でも何だろう。何度繰り返しても分からない。

 本当にうんざりして、嫌気がさしてくる。

 時計を見ると深夜二時を回っている。

 同じ事何度でも何度でも繰り返す。

 そういえば俺も橘先生にしつこく言ったっけ。


 何がしなければならない症候群だ。


 何が一歩一歩だ。


 って。

 それでも橘先生は俺に対して同じ事を繰り返していた。

 きっとあの時、橘先生も俺に対してうんざりしたのだろう。

 そんな俺のことを見捨てようともしたんじゃないかな。

 これだけ言っても分からないなら俺は、

「徹君、俺がこれだけ言っても分からないなら、後は徹君自身で徹君の考えでやってみなよ」

「そうだろ。最終的には俺のことを見捨てるんだろ。お前覚えていろよ」

 そういって徹君は通話を切った。

 何が覚えていろだよ。

 お前より深刻な事情を持っている人間なんて俺の請け負っている生徒の中にたくさんいるんだよ。

 人にまで迷惑をかけて大学に行きたいのかよ、ふざけんな。

 これだけ言っても分からないならいっぺん痛い目に遭って来いってんだ。

 あの時、橘先生も聞き分けのない俺に対してそう思ったのだろう。

 それで俺は、橘先生曰く、しなければならない症候群になり、自己を見失い、受験勉強をしたのだが、勉強に没頭すればするほど、心にドスグロい物を注がれるかのような気持ちに陥った事で、あの人のせいにした。

 何もかもが憎いと思った。

 分かりあえる友も敵に回して、橘先生やあの人の大切な人達を皆殺しにしたいと思った。

 そう思うと、先ほど俺に相談をしに来た創太君が、俺の仲間を殺しにかかるんじゃないかと心配になった。


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