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出会い,そして夢の始まり  作者: 柴田盟
23/25

橘の意思

「抗がい続ける」

 と叫びながら、俺はどうしたのか?目覚めるかのように起きあがった。

 辺りを見渡すと俺の部屋だった。

 どうして俺はここに。

 俺は悪い夢でも見ていたのか?

 いや夢じゃない。俺は確か山本の信者達に囲まれて、殺されそうになったが、俺の記憶はそこまでしかなかった。

 ベット代わりにしているソファーから降りると、台所の方から、カレーの香りが漂ってくる。

 台所に向かうと、楓ちゃんの後ろ姿があった。

「楓ちゃん」

「あら、隆さん。気がついたんだね」

 嬉しそうに顔をほころばせる。

「俺は?」

 と楓ちゃんに聞いてみる。

「坂下さんに助けてもらったんだよ」

「坂下さんが?」

 と疑問に思う。

「正確に言えば、坂下さんの仲間みたいだけど」

「そうか」

 ホッとするやいやな、俺は何か重大な事を忘れている気がして、思いだし聞いてみる。

「涙さんは?」

「・・・」

 悲しそうに黙り込む楓ちゃん。

 そんな楓ちゃんを見て気が気でなくなり、楓ちゃんの肩を揺さぶった。

 楓ちゃんは悲しそうな顔をしている事に恐ろしく心配になり、「楓ちゃん」と一喝。

 ビクッと肩をすくめて、そのうつむいた瞳から涙がこぼれてくる。

 楓ちゃんの涙に恐ろしく心配になり、呼吸がまともにとれず、ここは橘先生直伝の複式呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 そういえば涙さんは山本達に洗脳され、俺を殺すようにし向けた。

 そしてナイフを持って襲ってきた涙さんを気絶させ、山本達の信者に囲まれ殺されそうになった俺と涙さんだが、俺は涙さんを必死に守ろうとその身を離さなかった。

 それでそこから記憶にはないが、楓ちゃんは坂下さん達に俺はこうして助けられているが涙さんは?

 とりあえず落ち着いて、ソファーにどかっと腰を下ろした。

 でも心配の気持ちまでは払拭は出来ておらず、俺は冷静に楓ちゃんにその涙さんの身に何があったのか、聞くことにする。

 出来れば、俺だって気の弱い楓ちゃんに詰問したくなんかない。

 でもここで楓ちゃんに聞かなくても、その真実から逃れる事は出来ない。

 だから俺はもう楓ちゃんに嫌われても良いから、その真実を教えてもらう事にする。

「楓ちゃん。お願いだから教えてくれ」

「楓が教えられる事は、涙さんは生きているよ。でも・・・・」

 その場で泣き伏す楓ちゃん。

 生きていると聞いて俺は安堵した。

 でも生きているのは分かったが、涙さんは今どうなったのだろうか聞こうと思ったが、今の楓ちゃんにその真実を聞くことは酷だろうと思って、とりあえず冷静になり、

「お腹すいたな」

 と楓ちゃんの手料理である、カレーライスを食べたいとアピールする。

 すると楓ちゃんは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、「分かった」と涙目スマイルだ。

 楓ちゃんが準備している間、やはり俺は涙さんの事でいっぱいだ。

 何て考えていると、悪い方向へと考えてしまいそうになったが、そんな隙も与えないと言った感じで、楓ちゃんが、

「はい隆さん」

 とカレーライスをもったお皿を運んできた。

 いざ、食べようとすると涙さんの事が恐ろしく心配で食欲がなく、せっかく楓ちゃんが作ってくれたので食べないわけには行かず、無理して食べる。

 それはとてもおいしく、食欲が感じられなかった俺に食欲を感じさせられる程の物だった。

 何だろう、心配の気持ちは薄れる事はないが、おいしい物を食べると、元気がわき起こる。

 そんな夢中に食べている俺の正面に幸せそうな顔で見ている楓ちゃん。

 完食して、少しだけなぜか安心する。

「ごちそうさま。おいしかったよ」

「おかわりありますよ」

「もうおなかいっぱいだよ」

 立ち上がり、楓ちゃんには聞けないが、涙さんの居場所を知っていると思われる坂下さんに連絡しようとすると、

「待って隆さん」

「何?」

 ちょっと引き留められて、いらっとして、威圧的な声で言ってしまったが、楓ちゃんは別に気にしていないと言った感じで、

「少しだけ待ってて」

 そういってお風呂場に入っていった。

 俺は思ったんだ。もしかしたら、楓ちゃんは真実と涙さんの居場所を俺に伝えようとして心の準備をしているんじゃないかと。

 だから待つこと二分楓ちゃんがお風呂場から出てきた。

「お待たせ」

 と言って楓ちゃんの姿にすごくぎょっとした。

 それは妖艶な下着姿の楓ちゃんだったからだ。

 以前も見たが、その体には痛々しい虐待やいじめなどの暴力の痕がある。

「ちょ、楓ちゃん」

 と言って見てはいけない物だと思って、楓ちゃんの方から後ろを向いてそらした。

「隆さん」

 と言って俺の後ろから、抱きついてきた。

「ちょっと楓ちゃん」

 引きはがそうとしたが、楓ちゃんの力はそれはもう強くて、簡単には引きはがせないと言った感じだった。

 正直言って俺は困惑してしまう。

 そして楓ちゃんは涙ながらに言う。

「楓、隆さんが苦しむ姿なんて見ると、楓も嫌になる。だから隆さん、楓を抱いて。楓にはもうこんな事しか出来ないから」

 楓ちゃんからの話をくみ取ってみると、きっと楓ちゃんは涙さんに起こった真実を喋る事さえも苦痛なんだろうって伝わった。

 涙さんは生きていると聞いたが、いったい何があったのか、想像するだけでも怖くなってくる。

 だからその真実を紛らわせる為に楓ちゃんの甘い誘惑にとらわれそうになったが、その瞳を閉じて、後ろから抱きしめる楓ちゃんの手をそっと握った。

 楓ちゃんは俺の背中に顔を埋めて、濡れるような感覚に、楓ちゃんは涙を流している事が分かった。

 ここで仮に楓ちゃんの誘惑にとらわれても、涙さんの身に起こった残酷な真実からは逃れられないと思って、ここは心を鬼にして、後ろから抱きしめる楓ちゃんを思い切り振り払って外に出た。

「隆さん」

 後ろから泣き叫びながら、俺の名を呼ぶ楓ちゃん。

 楓ちゃんから聞く事は出来ない。

 だから涙さんがどこにいるのか分からない。

 手がかりはない。

 なら坂下さんなら知っているだろうと坂下さんの携帯にかけた。


 通話は終わって、覚悟があるなら来なさいと言う事で場所を教えてもらった。

 坂下さんは涙さんの所にいるみたいだ。

 そこは地図に載っていない、建物と言うか災害を防ぐためのシェルターだと聞いた。

 走って向かって、倒れそうになったが、恐ろしく涙さんの事が心配で息は切れ、それでも俺は走った。

 たどりついた所は、今は誰も使っておらず、地図にも記されていない、廃ビルだった。

 中は真っ暗で、良く目をこらさないと分からないが、地下に繋がる階段に光があって、あそこがシェルターだと思って、突き進む。

 階段を降りて、進むととある部屋の扉の前で腕を組んでその先の部屋を見つめる坂下さんの姿があった。

「坂下さん」

 そう呼ぶと、扉の向こうの方を顎をしゃくって見ろと言った感じで、僕は見た。

 そこには狂いに狂った涙さんの姿に、唖然とする。

「涙は山本に洗脳されて、薬物まで投与したみたいだわ。私がこうして保護しているけど、もし警察沙汰になってとらわれたら、収容所に一生出られない状況になっていたでしょうね」

 そういって、クールな坂下さんもまいったと言った感じでその瞳を閉じる。

「そんな」

 そういって涙さんがいる部屋に入ろうとドアノブを回したが、開かない。そんな僕を見て坂下さんは。

「今は少し落ち着くまで涙に近づかない方が良いわ。特に王子様を見たら、すかさず、王子様を殺しにかかってくるわ。それに治ってもフラッシュバックでまた薬を欲しがると思う。だから今はこうしてこの中に閉じこめて置くほかないわ」

 こうなったのも山本のせいだ。そう思って山本に対する怒りを感じて今から山本を殺しに生きたいと意気込むと坂下さんは、そんな俺を察して。

「山本なら、自害したよ」

「えっ?」

「山本はきっと人を信じる事が出来ない悲しい人間だったみたいだよ。そして最後は自分さえも信じられなくなって、疑心暗鬼にとらわれて、自殺したんだね。その遺体を見たときは、あんたに取って許せない相手だと思うけど、何かかわいそうな人間だとあたしは思ったけどね」

 確かに許せないが、話を聞いて、かわいそうだと思った。

 それよりも俺は涙さんに近づこうとドアノブを回すが鍵がかかっていて、入る事は出来なかった。だから俺は、

「坂下さん」

 と鍵を貸してくれと言わんばかりに目と口で訴えた。

 だが、坂下さんはダメだと言わんばかりに、ゆっくりと首を左右に振った。

「頼むよ」

 と俺はみっともなくも、膝下から力が抜け、坂下さんに泣き落としをする。

「気持ちは分かるけど、今は落ち着くまでほおっておいた方が良いわ」

 涙が止まらない。

 考えて見れば、俺が悪い。

 涙さんは俺と出会った事により、俺を狙っていた山本の巻き添えになってしまった。そんな事を考えていると、坂下さんが、

「あまり自分を攻めちゃいけないよ」

 そう言われるとよけい攻めてしまう。

「大丈夫よ。涙はあたしが何とかする。涙は完全に自分を失った訳じゃないわ」

「そんなの信用出来ませんよ」

「あなたが信用しないなら、涙は助ける事は出来ないよ」

「じゃあ、俺はどうすれば良いんだよ」

「それは自分で考えなさいよ」

 と坂下さんに突き放されてしまった。


 シェルターから追い出されて、俺はどうして良いか分からず、来た道にとある公園のベンチの上で座って泣いていた。

 涙さんの事を考えないようにしたいが、それは無理だった。

 心が憂鬱な気持ちで死にたいとも思ってしまう。

 その気持ちを増幅させるように、灰色の空から、雨が降り始めた。

「誰か助けてくれ」

 と人知れず俺は呟く。

 どうして俺ばかりがこんな目に遭わなきゃいけないのか、自分の運命を呪った。

 仲間が出来て、俺はその人達の為に誠実に生きようと決心した。

 それなのに・・・。

 教えてくれ、橘先生。

 そして芳山。

 だが俺の心の声は誰にも届いていなかった。いや届くはずがない。

 終わらない冷たい雨に混じって吹く風。

 夏間近と言う季節だとは思えない程の冷たさだ。

 体がガタガタと震え、このまま死んでしまいたいと思う。

 生きる事は辛い。死ぬ事は惨めだ。

 あまりの悲しさに死にたい何て口に簡単に出せるけど、実際死ぬことは怖くて出来ない。

 この宇宙空間のような心の中に生きたいと存在している俺自身がいる。

 じゃあ何で芳山は死んでしまったの?

 だったら俺も芳山の元へと誘って来れ。

 だが、それを拒むように、死ぬ事の恐怖に苛んだ。

 俺は我を忘れて、叫ぶしかなかった。

 俺の悲痛の叫びは果てしない灰色の空に打ち消されただけだった。

 それは分かっているが、叫ばずにはいられない。

 叫び疲れて、俺はベンチに横たわった。

「隆さん」

 誰かが俺の名前を呼ぶ。

 おもむろにその閉じた瞳を開くと、雨と涙でぼやけて見えた楓ちゃんだった。そんな楓ちゃんは、

「帰ろうよ隆さん」

 なぜか楓ちゃんは泣いている。だから俺は叫び疲れてしゃがれた声で、

「何で泣いているの?」

「分からないけど、隆さんが悲しいと楓も悲しい」

 何てさっきも同じ事を言っていたっけ。だから俺は、

「俺の事はもうほおって置いてくれ」

 すると楓ちゃんは思いもよらぬ行動に出た。

 俺の胸元を掴んで、まるで刃のような拳を俺に突きつけた。

 その衝撃は痛みよりも何か心を刺激されているような感じだった。そして楓ちゃんは涙をいっぱいためた瞳を俺に突きつけ激しく言う。

「どうしてそんなに悲しい事を言うの?涙さんはまだ死んだ訳じゃないんでしょ。しっかりしてよ」

 俺はそのまま、訳が分からず、楓ちゃんの胸元に顔を埋めて泣いた。

 楓ちゃんはそんな俺を拒む事もなく抱きしめてくれた。

 楓ちゃんの鼓動を激しく感じる。

 そして俺は気がつく。


 痛みは命の証だと。


 痛みがあるからこそ、人は強く生きられるのだと。

 それはいつか芳山に教わった事だった。

 だから俺には使命がある。

 俺は色々な邂逅で色々な事を経験した。

 その中で俺は夢を持つことが出来た。

 それは誰かのために生きること。

 誰かのために生きられる程の幸せな事はない。

 涙が乾いた頃、雨は止み、澄み切った青空に虹色のレインボーがあった。

 そんな光景を目の当たりにして、憂鬱な雨が上がると共に、こうして少しだけ、その憂鬱な気分を解消してくれる青空が存在している。

 俺と楓ちゃんはそんな空を眺めて呆然としていた。

 そこで俺はベンチから立ち上がり、そんな俺に対して楓ちゃんは、

「隆さん?」

 きょとんとする。

「ごめん楓ちゃん。それとありがとう。俺は行かなくてはいけない」

「どこへ」

「分からないけど、俺は行かなくてはいけない」

 すると楓ちゃんは唇を綻ばせて、笑ってくれた。

「気をつけてね」

 俺は楓ちゃんに、

「楓ちゃんも今出来る事をがんばって」

 そういって俺は走った。

 そしてたどり着いた場所は以前橘先生がフリースクールとして経営していた場所だ。

 とにかく俺は誰かの為に生きたい。

 そういう俺の思いがここを導いた。

 早速中に入り、橘先生の書籍に行った。

 この部屋にある悩み多き人達の事が詳細に示されたノートを見る。

 橘先生が亡くなって八ヶ月。この部屋にある書き記したノートの時間は止まっているが、俺がその時間を動かさなくてはいけないと思った。

 俺は学もないし、未熟だが、八ヶ月ぐらい橘先生にとりつかれて、色々と大切な事を学ばせてもらった。

 

 誰かの為に生きる。


 色々な邂逅を経て俺の唯一の夢。そして唯一の幸せ。

 それから俺は眠る暇などなかった。

 それぞれのノートを見て、俺から見て些細な事、とても重大な悩みなど盛りだくさんだ。

 そのノートを伝い、俺は一人一人電話やメールなどでやりとりをした。

 橘先生が亡くなって一年。中には悲しい事に自殺した人や、殺されてしまった人もいた。

 やはり世界中の人達がすべて救われる事がないのはこの中にも存在しているみたいだ。

 せめて俺と出会った人たちだけでも救いたいと思う気持ちは夢物語のような物だと知った。

 でももう俺は一憂している場合じゃない。

 俺が橘先生の代わりなんておこがましいと思うのは俺自身だけではなく、橘先生の相談に乗った人、何人かにも言われた。

 それに俺が橘先生じゃないと言う事で相手にされなかった人は何人かいたが、それでも俺を信じてくれる人も何人かいる。

 だったら一人でも良い。

 思えば、橘先生に促されて、一人でも良いから助けたいと言う条件で楓ちゃんを偶然選んだが、楓ちゃんを前向きに生きられるようにする事は安易ではなかった。

 この膨大なノートをすべて見たわけではないが、楓ちゃんよりも深刻な人もいて、その逆も然りだが、そこで俺は知ったが、人はそれぞれ違うので、俺から見て些細に思う事も深刻に思う事もその人自身に取って重大な事なのだと。

 だから俺は俺から見て些細だとか重大とか思わないで真摯に向き合う。

 俺のかけがえのない存在である涙さんは大変な目にあってしまった。

 だからって俺はくじけたって仕方がない。

 だから俺は今出来る事を頑張るしかない。

 それは誰の為でもなく俺自身のために。

 いや誰かの為になる事は自分の為になる事だってある。

 だから進むんだ。傷つく事、困難な事を恐れずに。

 いつか恐れる時も来ると思うが、それはその時考えれば良いのだ。

 だから俺は今出来る事を頑張れるしかない。

 その俺が出した答えに何の迷いもなく百パーセント信じられる。

 ノートを見て俺は問い合わせて、言う。


 出会う事だと。


 でもそれは分かっていても、その一歩を踏み出す勇気がない人が多かった。

 大学受験で失敗して、世の中に冷たくされて、引きこもっている人に対して、その人はそれでも大学に行きたいと思っているが、もう年は二十後半だと言って嘆いていた。

 だから俺は言ったんだ。

 俺もこの年になって、大学受験をしていることを。

 でも今更やる気が沸かないと言っていたことに対して、俺は言った。


 だから出会う事だと。


 一日一つの単語でも良いから、覚えれば良いと。

 でもモチベーションが見つからないのでやる気が沸かないと言っていたのでそれでも俺は言った。


 出会う事だと。

 

 それが出来なければ、出来る所から始めようと。


 その人は納得してやってみると言ってこんな俺に『ありがとう』と言った。

 ありがとうと言われて、俺は胸に何か熱くなるような嬉しさに満ちあふれる。

 

 高校の時、いじめられて学校にも行けず、十年引きこもっていた男の人がいた。

 外にも出れずにそれでも何かしたいと言っていた。

 だから同じように言うんだ。


 出会う事だと。


 それを伝えても、人と会うのが怖いと言ってたので、


 それが出来る事から始めよう


 って言った。

 ありがとうって言って電話を切る前に言った。


 橘先生と同じ事を言うんだね。


 って。

 そうだよ。橘先生の言う通りだよ。

 出会う事、そして一歩一歩何だよ。

 出会う事が出来なければ、それが出来るように一歩一歩進むんだって。

 階段だって一歩一歩登らなくては目的地にたどり着けない、登山だって一歩一歩登らなくては頂上に到着しない。簡単な事何だよ。

 でもその途中で、目的地を遮る何かがあるだろう。

 その時はそれを恐れずに、今出来る事を頑張れば良いのだ。

 ある偉人は言っていた。


 何も見えない未来を心配することはこの上なく愚かだと。

 だから前を見て、一歩一歩踏みしめて、歩けば良いのだと。


 俺が橘先生に教わった事は色々な事があるが、とりわけ出会う事が大切だと思う。

 それが出来なければ出来る所から一歩一歩始めるのだと。

 俺は今、この世界中の人たちと水前寺清子の365日マーチを熱唱したい気持ちだ。

 だが誰もがそうは行かない。

 俺の思っていた事は夢物語だと自分を恥じいた。

 中には自分から出ようとしない者や、足がない人、身体障害者など深刻な事情をもった人もいる。

 橘先生はそういった人たちにも相談に乗っていた。

 

 橘先生は一緒に一歩一歩前に進めるように考えていたのだ。

 だから俺もそういった人達と共に、どうしたら良いのか一緒に考えて行けば良いのだ。

 そう思うと世界中の人と365日マーチを熱唱したいと言う気持ちを恥じる事はないんじゃないかとも思える。

 そうだよ。出会う事、それが出来なければ出来る所から一歩一歩始める事なんだよ。

 涙さんの事で気が滅入っていて忘れていたが、それも一歩一歩だと。

 涙さんは麻薬を投与されて洗脳され、完全に治す事は出来ないかもしれないが、一歩一歩俺が、いや俺達が支えて治療してあげたい。

 そう思うと、今すぐに涙さんの所に行きたいが、俺にはやらなければいけない事が出来た。

 それは言わずとも、橘先生の意志をつなぐ事だ。

 俺は橘先生のような達観者でもないし、学もないが、ただ一つだけ教えられる事がある。

 それはもう耳にたこができるかもしれないが、出会う事だ。それが出来なければ、出来る所から一歩一歩進む事だと。

 だがその一歩を踏み出すのは、勇気が必要だ。


 だから俺がいて君がいるんだよ。

 ・・・・・・・・・・・・・もう分かっているよ。


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