たっくんと橘
人間は簡単には死ねない。
それは死にたいとは思っても俺の意識に生きたいと思う気持ちが存在していたからだ。
ここで気がついたが、山本は人を殺す事が最大の思いやりだと思って、今まで人を自殺に追い込んできた事が分かった。
その気持ちは分からなくなかった。
じゃあ、何が思いやりで、何が残忍なのか分からなくなってくる。
人を殺してはいけないのはなぜなのか?と恐ろしい疑問に悩む。
そう思うと涙さんをほおっておいて、山本の手で殺された方がいいのじゃないかと思った時だった。
涙さんとの記憶が蘇り、
「そんな訳ないだろ」
と叫んでいた。
俺は芳山が山本に自殺に追い込まれた時の気持ちになり、悲しみの絶望に陥った。
人を自殺に追い込む事が思いやりなんて、俺にその気持ちは受け付けられなかった。
それが俺自身飼い慣らされた本能で合っても、それでも良い。
俺の中に存在するあらゆる感情の中でその気持ちを尊重したい。
山本から見れば、いや、俺の視点から考えて見て、それが残忍でもそれで良い。
そこで俺はその自我を心に諭した。
俺は残忍な人間だ。
ここで奴の信者を殺さなかったからだ。
だがなぜだろうか?俺は山本の信者達に、誰かの為に生きられる程の幸せな事はないことを必死に訴えた。
こんな奴らに俺の気持ちが届くのかどうかは分からないが、そういっておく。
俺は残忍なのか疑問に思って、橘先生に聞いてみると、答えは自分で決める事だと教えてくれた。
そして橘先生は言った。
たっ君にもう僕から教える事はない。
と。
たっ君は僕の力がなくても涙さんを助ける事ができる。
と。
そして橘先生は俺の前から完全に消えてしまった。
「おい」
と俺はうろたえてしまう。続けて、
「橘先生、俺はあんたの力が必要何だよ」
どこを見渡しても橘先生の姿はなかった。
その事実が真実だと思うと、俺は急に不安になってきた。だから俺は、
「おい。橘先生」
だが橘先生の姿は完全に俺の前から消えたみたいだ。
恐ろしくなるほどの不安に打ちひしがれそうになったが、今はそんな事でくじけている場合じゃない。
そうは分かっても、やはり不安になってくる。
俺一人では涙さんを助ける事は出来ない。
だめだ。そんな弱気では芳山の時と同じになってしまう。
でも俺は・・・。
何だよ。また一人かよ。
いやそれでも俺は行かなくてはいけない。
ここはもう奴らの信者に見つかっているので、安全に作戦を考える場所ではなくなった。
ポケットにしまっておいた腕時計を取り出して時間を気にした瞬間だった。
冷静に考えるには時間を見てはいけない。
そう思ったが、俺の心の奥底から焦る自分に支配されそうになり、まともに呼吸が整わなくなって、やけを起こしたい気分に陥りそうだった。
橘先生は消える間際に言っていた。
俺の事は大丈夫だと。
何が大丈夫なのか訳が分からない。
勝手に現れて、勝手に消えるなんて、あまりにも都合が良すぎる。
涙さんの事、その場で泣き寝入りしたい気持ちにも陥ったが、自分の心にむち打つように俺はその足を動かして、どこか別の場所を探そうと思う。
空は俺の心とは裏腹に快晴だった。
見てはいけないと橘先生に念を押されたが時計は午前九時を回っている。
後六十時間。
時間を気にしたせいか?焦る気持ちに陥る。
それでも孤独の不安と焦る気持ちに打ちひしがれそうになっても、その足で俺は歩く。
今頃気がついたが、俺が俺自身であったのは橘先生がいたからだった。
しかもこんな肝心な時に消えてしまった。
「俺の事は大丈夫だと?何を根拠にそんな事が言えるんだよ」
人知れずそう呟いて、肉体的にも精神的にも打ちひしがれ、俺は・・・。
時間がない。
俺はこんなところで倒れている場合じゃない。
橘先生はどういう訳か?消えてしまった。
幽霊として俺の前に現れた時は、俺は邪険に思っていた。
でも橘先生に色々な事を教えられ、色々な人と出会ってきた。
それは百万ドルを支払っても手にする事の出来ない事だと思っている。
いやそれ以上に価値があると思っている。
じゃあ俺は橘先生がいなければ何も出来ない情けない人間なのか?
俺はそんな弱い人間じゃない。
でも橘先生がいなければ、どうする事も出来ない何て弱虫だ。
俺は弱虫に何かなりたくない。
気がつくと真っ暗な闇の中だった。
俺の肉体はなく俺の意識だけが感じられる。
俺はどうしてしまったのだろう?
俺は死んでしまったのか?
だったら俺は涙さんにどんな顔をして謝ればいいのだろう?
ごめん。
許してくれなんて言わないよ。
また俺はあの時と同じ事になったんだな。
じゃあ死んだのなら、せめて悲しみも苦しみも感じられない無の世界へと誘ってくれないか?
死んでも意識だけが残り、苛むなんて残酷過ぎるよ。
何で俺たちは人間として存在しているんだ。
まるで人間の体はその意識の牢獄のような感じだ。
神様は俺達人間に罰を与えているのか?
人間の敵は同じ人間だ。だからロールプレイングゲームに登場する世界を闇に変えようとする魔王なんかじゃない。だったら、そのロールプレイングゲームのようにこの人間の世界にも闇に変えようとする魔王がいた方が、まだ幸せだと思う。
何て思って自分の心の弱さが嫌になる。
それよりもここはどこなんだ?
俺自身の意識しか感じられない。
何度も言うようにここが死後の世界なら、俺を苦しみも悲しみも感じられない永遠の闇へと誘ってくれないか?
そう思うと、人間はみんな死んで永遠の闇に消えていった方がマシだ。
何て考えていると、滴が頭に落ちてくる感覚がする。
それに味覚まで感じて、その滴の味は何かしょっぱかった。
俺はその味を知っているような気がする。
何だろうか?その味を思い出そうとすると、筆舌にもしがたい気持ちのいい感じになってくる。
だから俺は思いだそうとするが、思い出してはいけない気持ちにもなる。
何で思い出したくないかは、俺はその気持ちに裏切られているからだ。
もう裏切られたくない。
もう悲しみや苦しみを味わいたくない。
もう俺の事はほおっておいて欲しい。
でもその滴は容赦なく俺の味覚に反応する。
やめてくれ。
でも俺は思いだそうとする。
俺は一人じゃない。
やめてくれ。
俺は一人じゃない。
やめてくれ。
俺は一人じゃない。
まるで狂ったレコードのように、俺の意識の中で鳴り響いている。
そしてどこからか、橘先生の声が聞こえてくる。
「悲しい事に、すべての人が救われる事はない。でもたっ君なら、誰かの為に生きて、その誰かも幸せにして、たっ君自身も幸せになれると思うよ」
そうなのか?
俺の意識しか存在しない暗闇の中、俺は橘先生の笑顔を想像することが出来て、心が潤った。
もう答えは簡単である。
俺の意識に降り注ぐ滴の正体は、
涙の味だ。
その答えが分かったと同時に俺はまぶしい光に包まれ、その目をおもむろに開くと、心配そうな眼差しで俺を見つめる楓ちゃんの姿が合った。
「隆さん」
体を起こして、俺の味覚に涙特有のちょっぴりしょっぱい味が残っている。
これは楓ちゃんの涙だと言う事は分かった。それはそれで良いとして、
「俺は・・・」
何か俺はすごく重大な事を忘れているような気がして、頭の中を思索していると、涙さんの事を思い出す。
気が気でなくなってベットから降りようとするが、楓ちゃんに、
「隆さん。焦らないで」
にもかかわらず、俺は大声で、
「焦るよ」
すると楓ちゃんは俺を思いきり抱きしめてきた。
「涙さんの事ならまだ時間が合るし、今坂下さんが山本の所在を確かめているから」
「坂下さんが?」
「うん。それに今、隆さんは狙われているから、迂闊に外に出たら危ないよ」
時計を見てはいけないと念を押されたが、もはやそんな余裕もなく時計を確かめると、壁に掛けられているアナログ式の時計は九時を示している。
日の光を感じられる九時は昼間の九時だと思って、俺は、
「あれからどれぐらいの時間が過ぎたんだ」
「正確に言うと後24時間丸一日って坂下さんが言っていた」
タイムリミットを聞いてますます気が気でなくなり、ベットから降りると、両腕両足を紐で括りつけられて、身動きが出来ない状況だった。
それでも暴れる俺、そこで坂下さんが現れて、
「王子様、気持ちは分かるけど、今のあなたが涙を助けるなんて出来ないよ。涙を助けたかったら、少しは頭を冷やしたらどう?」
「そんな悠長な事を言っていられるか、ふざけるな」
と罵る。すると、坂下さんは俺の頬を叩いた。どうして俺は坂下さんに叩かれなくてはいけないのか?納得が出来ずに、「何するんだよ」と罵った。
「少しは頭が冷えたんじゃないかな。そんなホットな頭では涙を助ける事は出来ないわ」
「じゃあ泣き寝入りするしかないのかよ」
「誰も泣き寝入りなんてしていないよ。とにかく冷静になりなさいよ。一番怖いのは手がかりもないのに自棄になって突っ走る事だからね。そんな事をしたら、あなたを狙う山本の組織に殺されてしまってまさに犬死にするだけだよ」
そこで橘先生の事を思い出す。
とにかく時間の事は忘れて、冷静になって考える事だと。
冷静になるために深呼吸をした。そんな俺を見て坂下さんは、
「そうよ。涙を助けたいなら、とにかく冷静になって考える事よ。とにかく私の方で手を打っておいたから」
「手って?」
「涙を助ける為に決まっているじゃない」
「そう」
「それと涙を助けるために王子様の力も必要よ」
そういって坂下さんは俺の見張りとして、楓ちゃんを置いて、部屋から出ていった。
とりあえず、俺は落ち着く事が出来た。
先ほどまで気が気でなくなっていたのは、俺は仲間の事も視野に入れずに一人で解決させようと考えたからだと気がついた。
俺は一人じゃない。
そうだよ。俺は一人じゃないんだよ。
こうして命を懸けてまで協力してくれる仲間がいるんだ。
信じられる仲間がいるんだ。
信じていれば涙さんはきっと助かる。
俺たちが助けてみせる。
橘先生は山本に対等に戦うため、山本と同じ気持ちで立ち向かう事を教えられたが、どうやらその必要はないみたいだ。
俺は俺で信じられる仲間と共に戦えばいいのだ。
だから橘先生は俺の前から消えて成仏したのだと思う。
でも何で俺にとりついたのかは不明だ。
とにかく今は涙さんを助ける事を考えなくてはいけない。
冷静な面もちで俺は考えたが、もう山本の意図が手に取るように分かる。
だから俺は行かなくてはいけない。
俺の見張りとして部屋の前で立ち尽くしている楓ちゃんに声をかける。
「楓ちゃん」
と。
「どうしたの隆さん」
「俺は行かなくちゃいけないみたいなんだ」
「それはダメだよ。隆さんまた一人で抱え込もうとしているんでしょ」
潤んだ瞳を向け、俺に言う。それは心配している瞳だと分かっている。だから俺は真摯な瞳を楓ちゃんに向け。
「俺はもう大丈夫。もう自棄になったりしないよ。涙さんの居場所が特定できた」
「特定って?何を根拠にそんな事を言っているの?」
何てちょっぴり憤った感じの楓ちゃん。
俺の発言を信じられないのは無理もないかもしれない。
あれだけ無茶な事をしようとした俺だからだ。だから俺は、
「本当だよ楓ちゃん。俺が楓ちゃんに嘘を言った事がある?」
それは考える間もいらないと言った感じで、その首を左右に振って否定した。
「でしょ。坂下さんからは俺が言っておくから、とにかく俺は行かなくてはいけないだ」
「坂下さん何か問題ないよ。もし楓がここで隆さんを行かせて、殺されたら、楓は一生後悔してしまう。だからたとえ坂下さんの許可が合っても、楓が許さない」
「じゃあ、涙さんの事はどうでもいいの?」
すると楓ちゃんは急に怒りだして怒鳴るように。
「そんな事一言も言っていないでしょ。楓だって涙さんの事助かって欲しい。涙さんが亡くなったら、隆さんはきっと・・・」楓ちゃんは涙を飾って、「死ぬ程のショックを受けてしまう。楓だって橘先生が、亡くなった事を考えて・・・」
楓ちゃんは考えるのも辛いのか?よつんばになって、泣き伏した。だから俺は、
「橘先生は言っていたけど、仲間なら信じる事が大事だって」
すると楓ちゃんは我に返り、俺の瞳を見つめて密かに呟いた事を俺は聞いた。
「橘先生」
と。
橘先生にとりつかれたせいか?俺は橘先生特有の安心する優しい瞳で見ることが出来たみたいだ。
そんな俺を橘先生と重ねている感じの楓ちゃんだった。 楓ちゃんは流れ落ちる涙を袖で拭いて、
「分かった。楓も隆さんの事を信じるよ」
「ありがとう」
楓ちゃんは両手両足に取り付けて合った縄をナイフで切ってくれた。
俺が立ち上がると、楓ちゃんは真摯な瞳を俺に向け言う。
「絶対に無事で帰って来てね。じゃないと楓は絶対に許さないから」
再び俺は、
「ありがとう」
とお礼を言っておいた。
そこでふと思う。
俺の命は俺だけの物じゃないと。
外に出て、俺は山本の信者の連中に見張られている気配は感じられなかった。
涙さんの命を約束された時間は時事刻々と過ぎている。
でも俺は不思議と焦りはなく、悠然とした気持ちで目的地に走らず歩いていく。
もう奴の意図が分かっている。
信者に俺を襲わせなかったのも、これから始まるゲームを楽しみたいからだ。
橘先生は奴の裏をつくために、奴の気持ちになって考えろって言われたが、俺はそんな気持ちにはなれないし、俺は俺自身でいたいと言うのが俺の出した意見だ。
橘先生は自分の事を一匹狼とたとえているが、俺はどうやら一匹狼になるのは性には合わない。
俺は誰でもない俺だ。
何て考えている内に目的地までたどり着いた。
そこは昔、俺と芳山との秘密の基地であり、もう誰も使っていない、とある廃ビルだ。
あの頃と何も変わっていない。
奴がここを選んだ理由は、まず第一に人目がつかない所ともう一つが、俺と芳山の秘密の基地であり、思い出の所で俺を葬る狂った考え方だ。そして最後に、もう一つ。これは避けては通れない。
廃ビルに入ってとある広場にたどり着き、殺意を感じて振り向くと、ナイフを構える涙さんの姿が合った。
その刃は山本にではなく俺に向けられている。
そう奴は俺の大切な人を洗脳して、殺し合う姿を見る為にし向けた。
ここまでは予測できた。
涙さんの殺意を感じる鋭い視線と共に、山本とその信者と思われる連中の気配を感じる。
だから俺は叫んだ。
「山本、隠れてないで出てきたらどうなんだ?俺は逃げも隠れもしない。かといって現実から目を背ける事もな」
俺の声は山本の耳に入ったと感じる。証拠はないが、奴が一瞬面白そうに笑みを浮かべた顔が想像できた。
だが今はそんな余裕さえも与えないと言った感じで、山本に洗脳された涙さんが鋭いナイフを向け本気で立ち向かってくる。
紙一重でそれをよけて、勢い余ってつんのめったところに隙が出来て、後頭部を殴打して気絶させた。
山本にとってはつまらなかっただろう。
でも俺はこんなつまらないゲームを早く終わらせたい。
気絶した涙さんを両手で抱えて去ろうとしたところ、やはり山本はそれがつまらないのか?大勢の信者を俺にし向ける。
三十人くらいの信者が俺と涙さんを囲む。
なぜ信者達が俺を狙うかは、山本の意図が分かる。
奴は今憤っている。
自分の思い通りにならないで、だだをこねる子供のように。
そう感じた時、俺はあまりにも身勝手な山本に対して怒りを通り越して、かわいそうな人間だと感じた。だから俺は、
「山本、俺を殺せば、お前は生き残って、死ぬよりも辛い人生を歩む事になるよ。
自分の愚かさを認めようとしないで、今まで罪もない人たちの命を弄んだ罰を受けると良いよ」
と言っておいた。
今の言葉は山本に届いているだろう。
言いたい事は言った。
俺と涙さんはここで万事休すだろう。
涙さんだけでも助けたいと思ったが、もはや自暴自棄となった山本は信者をし向けて俺もろうとも涙さんも殺すつもりだ。
気絶した涙さんの顔を見て、本当にごめんと心の中で謝っておいた。
俺も涙さんもいなくなれば悲しむ人間はたくさんいる。
その人たちにも謝って置かなければいけないだろう。
きっと許してはくれない。
俺も涙さんもいなくなってはいけないんだ。
生まれてきて、必要としてくれる人間がいる以上。
何て思っていると、山本の信者はじりじりと俺のところに殺そうと迫ってくる。
もはや八方ふさがりだ。
出会いは人生に置いて生きる真実を見いだしてくれる。
しかし、その中には残酷な真実を見いだす事もある。
それはこのように山本の信者に殺される事だ。
まあ、幸せになるには努力も必要だが、それでもどうしようもない事もあるみたいだ。
その証拠に俺たちは殺されてしまう。
泣き落としをして助けてもらいたいとも考えたが、まあ格好付けているわけじゃないが、そんなみっともないまねなんてしたくない。
俺は死ぬのが怖い。それは気絶して俺の腕の中にいる涙さんも同じだと思う。
だから俺は死を覚悟するために、両手に抱え込んだ涙さんを思い切り抱きしめ、目を閉じた。
そんな時である。
「抗え」
と声が聞こえてその目を開けて、叫んだ。
橘先生の声かと思ったが、そうではなく、それは俺の本能の声だった。
もう何でも良い、最後まで、この命が尽きるまで諦めてはいけない。
それは誰のためでもない。この俺自身の為だ。
生きる事は戦うこと。
それを胸に諭せば、俺にはもう怖い物なんてない。
人の友は人であり、その逆に人の敵はいつも人だ。
だから人が存在している以上、争いが終わる事なんてない。
それでも俺は人が好きだ。
俺に襲いかかろうとしている信者にも、山本に植え付けられた思想は生まれた時から合った訳じゃない。
世を憂う程の、残酷な真実を目の当たりにして、悪魔に魂を売ったのだろう。
俺にもその気持ちは分かる。
もし俺が橘先生や、坂下さん、楓ちゃんに涙さんに出会っていなければ、この山本の信者の一人になっていたのかもしれない。
だからこいつらにも、俺みたいな出会いがあれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
何度も思うが、世の中のすべての人が救われる事はない。
そして意味もないように消えていく人もいる。
俺もその一人なのかもしれない。いやそれは涙さんも。
でも何でも良い、俺は最後まで生きる事を諦めたりはしない。
この命が燃え尽きるまで抗い続ける。
俺は橘先生にとりつかれるまでは、人のせいにして世を憂いていた。
辛い事に直面する度に、死にたいとも思っていた。
でも俺の気づかない宇宙空間のように広い意識の中で、それでも生きたいと思う俺自身が存在していたのだ。
だから表向きでは死にたいと思っていたが、それでも俺は生きたかったんだ。
きっとそのように思うことは誰かにSOSの信号を出していたのかもしれない。
でもその言葉は誰にも届かなかった。
そして憂い続けたあげく、どういう訳か橘先生にとりつかれてしまった。
最初は邪険に思っていたが、様々な邂逅に俺には橘先生が必要だと改めてわかった。
楓ちゃんのような弱い子に一歩踏み出せる勇気を与えられるような人に成りたいと思って、俺は勉強を始めた。
それが、
出会い、そして夢の始まり。
誰かの為に賢明に生きられる程の幸せな事はない。
思えば、最初はそんな事、ちんけな夢だとバカにしていた。
それは愚かな考えだと俺は知った。
幸せなんか他の人から見たら、ちんけな物だと思うが、その人自身にとっては幸せなんだ。
幸せの形は人によって違う。
お金をもっているだけでも幸せな人間もいれば、そうでない人でも賢明に働いて生活して幸せを感じている人もいる。
前者のようにお金は欲しいが、俺はお金より云々毎日を誰かのために力になり汗水垂らして働いていた方が幸せだと思う。
そのような幸せになるために俺は様々な勉強、経験、邂逅をして行かなくてはいけない。
くじけそうになる時もある。
でもそれを越えれば、高い山を越えたような充実感に浸される。
だから難しく考えず、目的の山を登り続ければいい。
でも人生の山はとても険しい。
時には頭上から落石があるように、危険な事がある。
それを回避、もしくは通り抜く為には戦わなくてはいけない時だってある。
でもそれは言わずとも、一人では戦えない。
仮に一人でも、色々な人と出会い対処法と言う魔法をいくつかマスターしなければならない。
そう思うときっと橘先生は自分の事を一匹狼とたとえているが、きっと色々な人と出会い、その対処法をマスターしてきたのだと思う。
それは嬉しい出会いもあれば、残酷な真実を生み出す人とも出会って来たのだろうから、想像して見れば、幸せを感じることもあれば、心引き裂かれそうな辛い事も合ったのだろう。
なぜ人とも交わらず、孤高の一匹狼になったかは分からないが、今はそれでいいのかもしれない。
いや一生分からないかもしれないが、俺はさっきも言ったように一匹狼は性には合わない。
それはそれで良いのだ。
俺は誰かの為に生きられる強さを持ちたい。
それにその生き方に命を懸けたいとも思っている。
その費やした分、幸せを感じる事が出来るのだから。
だから俺は色々な人たちと出会わなくてはならない。
こんな所で死ぬわけにはいかない。
だから俺は最後まで生きる事を諦めたりはしない。
この終わりなき情熱を胸に。
簡単に死ぬなんて言うけれど、実際は死ぬなんてとても恐ろしく絶望的で筆舌しがたい最大の苦痛だと思う。
俺自身もそうだったが、悲しい事があって自殺したいなんて言っているけど、それはとんでもない事なんだな。
だから最後まで・・・。