信者
奴が言っていた事を反芻してみる。
三日間。
少し考えれば分かる事。
つまり、三日たったら、涙さんの命はない。
三日以内に何をどうすれば良いのか分からず、俺はやけを起こしそうな感情に陥りそうになったところ、橘先生が、
「たっ君。彼女を助けたいなら冷静に考えるんだ。その事について僕も協力する」
でも俺は、
「何なんだよ。何で涙さんは黙って、俺に相談もなく勝手な事をするんだよ」
泣き寝入りしたい気分になりそうな所、橘先生は、
「じゃあ訳を話してあげるよ。彼女は君のことを愛しているけど、信じる気持ちはなかったんだよ。それは君も同じなんじゃないか?
相手を思うあまり、自分を犠牲にしてまで、尽くそうなんてそれはお互いの事を信頼していない証拠だよ」
認めたくないが、それは正論だ。
絶望に陥った俺は立つ気力もなく、膝をついてよつんばになった。すると橘先生は、
「しっかりしろ。まだ彼女が死んでしまった訳じゃないだろ。きっと彼は三日と言う約束は守ってくれる。でも君がそうしている間にも時間は時事刻々と過ぎて行っているんだ。
諦める前に立ち上がれ」
と大声で俺の事を鼓舞する橘先生。
その言葉は俺の心に響き、流れる涙を拭いて立ち上がった。
そうだよ。俺はくじけている場合じゃないんだ。
一刻も早く涙さんを助けなければならない。
俺はもう芳山をなくした時の気持ちには陥りたくない。
その為には涙さんをどうやって助ければ良いか考えなくてはいけない。
これは誰かの為とかではなく、俺自身の為だ。
とにかく冷静になるために、深呼吸をして気持ちを整える。
手がかりがないんじゃ、闇雲に探したって意味がない。
スマホの時計を見てみると、二十二時を二十分回った所だ。
奴からの電話が切れたのはおよそ二十分前で、後タイムリミットまで71時間40分だ。
こんな時こそ焦ってはいけない事は知っていても、やはり焦ってしまう。
焦っては冷静な判断が下せず、再び深呼吸して見るが、少しは落ち着いた物の、心の底から焦りがわき水みたいに吹き出て効果はあまりない。
でも俺は諦めたりは決してしない。
そんな時、何となく橘先生の方を見て俺は思い出す。
橘先生に対して敵対心むき出しで叫んで気持ちが楽になった事を。
だから俺はこの芳山との思い出の花壇で叫んだ。
その叫び声は雄大な夜の空に俺の中に鬱積している焦りをかき消してくれた。
そんな俺を一部始終見ていた橘先生は、
「たっ君、僕も協力する。とりあえず僕が経営していた塾に行かないか?」
なぜそこに行かなければいけないのかと疑問に思ったが、先ほど山本の行動を橘先生の助言で読む事が出来たから、
「分かりました」
と言う。
「それとズッキーニにも協力してもらった方が良いね」
「でも他人を巻き込むわけには」
「他人じゃないよ。ズッキーニは僕達の掛け替えのない仲間だよ」
「じゃあ、尚更巻き込めないよ」
「たっ君。同じ事を言うようだけど、ここはもう信じるしかないんじゃない」
橘先生の言葉に俺の心の中で葛藤と言うのが起こる。
『私を信じて』と言って芳山は山本の手によりこの世を去ることを余儀なくされた故に、俺はそれを恐れ、涙さんを信じることは出来なかった。
橘先生の言う通り、互いに愛し合っても、信じ合う気持ちはかけていた。
そこで俺は気がついた。信じ合って今こそ力を合わせる時何じゃないかと。
でもこれは俺の問題だ。それに俺のせいだ。でもみんなは、それにもかかわらずに俺を攻めたりはせず、命を懸けてまで協力してくれる。
そうだよ。俺達は仲間なのだから、力を合わせて掛け替えのない人たちとともに戦わなければならなかった。
ここで俺が信じなかったら、涙さんは永遠の闇に葬られてしまう。
それだけは何とか回避したい。だから俺は橘先生に真摯な瞳を向け、その眼差しで俺の真意が先生に伝わった。
「分かったよ。今こそ力を合わせる時なんだね。俺は一人じゃない。それに俺が思うほどみんな弱い人間じゃないし、力を合わせれば、涙さんを助けられる」
だから俺は橘先生曰くズッキーニのスマホに連絡する。
「もしもし」
「坂下さん。いやズッキーニさん。力を貸してください。俺の恋人である涙さんがさらわれた」
僕の思いをズッキーニさんに伝える。するとズッキーニさんは僕の意をくんで。
「なるほど、つまり楓をこんな目に合わせた奴と戦うのね」
「はい」
「良いわ」
「タイムリミットは三日、それまでに涙さんを助けなければ奴は涙さんを殺すと言っている」
「とにかく落ち着いて」
そういわれて自分でも気がつかなかったが、俺は少しばかり焦っている。続けてズッキーニさんは、
「とりあえず、合流しましょう」
通話を切って、ズッキーニさんの言うとおり、合流する事に、自宅まで走った。
一刻も早く、涙さんを助ける為に俺は橘先生が経営していた塾の書籍に向かいたいが、今は合流した方が良いと思う。
到着して、俺は息を切らしていた。
店に入ると、坂下さんがこんな時に優雅にタバコを吹かしている姿にいらっとして、
「こんな時に何してんですか?」
と大声を上げてしまった。すると坂下さんは大きく息を吸って、
「落ち着きなさいよ王子様」
落ち着いておられず俺は、
「一刻を争うんですよ」
この時俺は、いくら仲間と言っても、坂下さんに協力を得ようとした事に後悔してしまう。続けて俺は、
「もう良いですよ」
と焦って早く橘先生の書籍に向かおうとしたところ、橘先生が、
「たっ君。落ち着いて、ああ見えてもズッキーニちゃんは何か手を打っているよ」
不本意だが、ここは信じるしかないと思って、落ち着いてはいられないが、とりあえず坂下さんの話ぐらいは聞いておこうと待つことにした。
時計を見ると、午後十二時を回っていた。
坂下さんも橘先生も口をそろえるように俺に落ち着けと言う。
そう自分に言い聞かせ、深呼吸をしてみるが、もはや焦る気持ちが勝って落ち着いてはいられなかった。
そこで坂下さんがタバコの火を消して、
「焦りは落ち着いた判断が出来なくなるわ。それこそ相手の思うつぼよ」
それは分かっている。いや分かっているが、一刻を争う事に焦らずにはいられない。そんな俺を見て坂下さんが、
俺の背後に回って、後ろから抱きしめられた。
「こんな時にふざけないで下さい」
と罵る俺に坂下さんが俺に反論する。
「ふざけてないよ」
と言われて俺はおののき、続けて坂下さんは、
「涙ちゃんの命を握っているのはあなただって言う事は過言じゃないわ。そんな調子じゃ、涙ちゃんを救えるのに救えなくなっちゃうわ」
と俺の耳元で妖艶な声を上げてささやく。
そう言われて俺は不思議と落ち着くことが出来た。
そうだよな。助ける鍵を握っているのは俺なのかもしれない。そう思って俺は、
「すいません」
と謝った。
「本当にあなたは王子様ね」
何て微笑む。続けて、
「とりあえず、楓が王子様に会いたいって言うから、あってあげてくれないかな?」
一刻もないと言いたいところだが、焦らず、坂下さんの言うとおり、顔だけでも見ておこうと奥の部屋へと行く。
「楓、あなたの会いたがってた王子様よ」
「王子様?」
誰の事?と言いたげな返事をして俺を見ると、
「隆さん」
嬉しそうにしている。
「少し休んで落ち着きを取り戻したわ。どうしても楓は王子様に話があるんだって」
そういって坂下さんは空気を読むように部屋から出ていった。
部屋の中は俺と楓ちゃんだけ。
思えば楓ちゃんにはひどい目にあわせてしまった。だから俺は、
「ごめんね楓ちゃん」
「どうして謝るの?謝るのはむしろ楓の方だよ」
そういいあって会話が止まる。
焦ってはいないがとにかく今は一刻を争う時なので、「ごめん」と言って部屋を出ようとすると。
「隆さん。話は聞いたよ。楓が出来る事なら何でもするよ」
そういって真摯な瞳を俺に突きつける。
その瞳は山本によってひどいことをされたことを話してくれる覚悟を感じられた。
それはきっと坂下さんにも言えなかった事だろう。
山本に何をされて自殺未遂までしたのか?それは何か涙さんを助けられる手がかりになると思って、
「じゃあ、お願いするよ」
楓ちゃんは話してくれた。
奴に俺たちに危害を加えると言って自殺未遂に陥ったことまでは何となく分かっていた。
だが肝心な事は話せない感じで、その肝心な事が手がかりになると思って、ちょっと楓ちゃんには苦痛かもしれないが、話してもらうことにした。
それは同じ仲間として俺は信じたいから、心を鬼にして聞き出す。
「教えてくれないか?」
楓ちゃんは思い出したくもないのか、震えていた。
だから俺は楓ちゃんを抱きしめて、
「勇気を出して、涙さんの命がかかっているんだ」
楓ちゃんは意を決したように言う。
「あの人達、本当に狂っている。楓に・・・」涙声に変わり楓ちゃんは・・・。
楓ちゃんの話を聞いて俺は本当に冷静にならなければいけない事を感じさせられた。
楓ちゃんは泣いている。
無理もない。思い出したくない事を俺はちょっと強引だが話させたのだから。
そんな楓ちゃんに俺は労って、「良くがんばったね」と言ってあげた。
「楓、隆さんの力になれたかな?」
そうだよと言わんばかりに俺はにっこりと笑って頷いた。
すると楓ちゃんも笑ってくれた事に、なんか安心してしまう。
俺は立ち上がり、楓ちゃんは心配そうに、
「隆さん。行くんでしょ。楓が良ければ、いつでも協力するからね」
「ありがとう。じゃあ行くよ」
店の外に出ると、坂下さんがドアの前でタバコを吸いながら待っていた。そんな坂下さんに、
「じゃあ、行きますんで」
「ちょっと待ちなさいよ」
焦ってはいないが、一刻を争うときに何だと少しいらつきながら振り向いて、
「何ですか?」
「何だろうね。楓があたしにあそこまで心を開く事はないわ」
そういってタバコに火をつける。続けて、
「つまりあたしはあんたに嫉妬しているのよ」
「そんな事を言われてもね」
俺は困惑する。
「でもそれは仕方がないことだと思っている」
「仕方がないって?」
「あなたには橘先生の陰が、いや橘先生そのものと言っても過言じゃないと思っている」
それはうまく言葉がまとまらないが、俺には不可解にも橘先生にとりつかれて、色々な助言を頼りに楓ちゃんを助ける事が出来たし、涙さんとも愛を育み合うことが出来た。
だから橘先生にとり憑かれて、そんな俺を根拠がないけど、そう感じたんじゃないかと考えられる。
この人なら俺が橘先生にとり憑かれている不可解な事を信じてくれるんじゃないかと、思って話そうとしたが、あいにく時間がないので、
「その話はまたいつかしましょう」
「ええ」
「じゃあ」
店から出発して時計を見ると橘先生が、
「たっ君。今は腕時計を外した方が良いね」
「・・・」
言いたいことは何となく分かる気がして、とにかく橘先生が言った通り、腕時計を外した。
時間を気にしたら、俺は焦ってしまう。
そうなったら、奴の思うつぼだ。
達観者の橘先生はそういいたいのだ。
今から橘先生の塾であった所に俺は歩いて向かっている。
不気味にも真夜中の空に赤い満月が浮かんでいた。
何か嫌な事が起きそうだと思うと、本当にそうなってしまいそうなので、自分にそんな事はないと言い聞かせ、気持ちを整える。
俺は一人じゃない。
涙さんを助けるために命を懸けてくれる仲間がいる。
そして橘先生が経営していた塾にたどり着いた。
鍵を開け中に入り、以前ついていた電気は長い間使っていないからか繋がっていない。
真っ暗な中を玄関にある懐中電灯を付け照らしながら、書籍の部屋へと入っていった。
そこには橘先生が今まで請け負ってきた生徒一人一人の事が記されているノートが左右の本棚にびっしりと並べられている。
改めて見て、橘先生は悩める生徒達一人一人に真摯におもんぱかっている事が分かる。
どうして橘先生はそこまで出来るのか考えてしまうが、それは今考えて見れば分かりそうな気がしたが、今はその事を考えるのではない。
今は山本にとらわれた涙さんを助ける事を考えなくてはいけない。
その事について今は俺にとり憑いている橘先生の力が必要だ。
「じゃあ、始めようか、たっ君」
橘先生は左右に敷き詰められた本棚の中央奥に位置する机に俺をつくように促す。
「はい」
と言って俺は言われた通り、机についた。
楓ちゃんの話によると、山本は楓ちゃんに今まで自殺に追い込んできた人の画像を見せたと言っていた。
狂っているしか言いようがないが、人にはそういう狂った部分は多かれ少なかれ誰にだってある。
だから俺にも存在するその気持ちを呼び起こして、山本を追いつめる手前までたどり着いた。
でも涙さんも同じように考えて俺より一足早く山本を突き詰めようと本気だった。
それで涙さんは捕まってしまった。
原因は俺にある。
だが今はそんな事に一憂している場合じゃない。
今度は奴を突き詰めるために、奴の裏をつかなければ、涙さんを助ける事は出来ないかもしれない。
こんな時に不謹慎だと思うが何か楽しくなってくる。
この気持ちが奴を罪もない人を自殺に追い込むことの嗜みだと気がついた。
本当に不謹慎かもしれないが、今はその気持ちに翻弄される。でもそれは涙さんを助ける鍵になるかもしれない。
これはゲームだ。奴との頭脳戦だ。マジでテンションが上がる。
奴は楓ちゃんを洗脳しようとしていた。
そして優しい楓ちゃんは誰も傷付けたくないあまり、自殺することを切望した。
今は涙さんが奴にとらわれている。
奴は涙さんを洗脳する。
だから俺はもしかしたら、涙さんと戦わなくてはいけないかもしれない。
何だろう。何か今まで感じたことのない気持ちだった。それは全身に熱い血がたぎるようなそんな感じ。それに俺は気持ちがいい。
それで俺はにやりと笑ってしまうが、ここは自重しなければいけないと思った。でも橘先生が、続けるように促す。
「たっ君。理性を捨て今は本能にゆだねて。そうしなければ涙さんを助ける事は出来ない」
「本能って、これが俺なのか?」
まるで経験はしたことがないが、体に麻薬を投与されているかのように気持ちがいい。でもそんな自分が嫌になり、どうしても押さえなければいけないと橘先生が捨てろと言っている理性が働く。
これが俗に言う葛藤だろう。
そんな俺に対して橘先生は、
「たっ君。本能に身を任せろって言っているけど、涙さんを助ける為だから、その本能を抑えるのは後でじっくり出来るから大丈夫。だから僕を信じて」
橘先生がそういうなら、信じられる。
だからここは橘先生を信じるために、とりあえず理性を打ち壊すように机の上を握り拳で叩きつけた。
そこで見えてくる。
先ほどから視線を感じられる。奴の信者だ。
そんな奴らに理性が合ったら立ち向かえず、臆病な自分に心を折られていただろう。
でも本能に身を任せれば、奴らを欺く事は考えればすぐ済むことだ。
敵は一人だ。
窓から垣間見ると、その信者はドアの前で見張りをしている感じだ。
これは山本の指示じゃない。
山本を狙う俺を個人の意志でやっていることだ。
気づかれないように、ゆっくりと階段を下りて、一階に降り、玄関に立てかけられている金属バットを取り、ドアの向こうに人の気配を感じる。
この扉を開いたら、奴の信者に出くわすだろう。
だから俺は思いきりドアを開いて、ビクッとすくんだのか?信者が驚いている隙に持っていた金属バットで信者の顔面に叩きつけた。
その衝撃を受け、信者は声を漏らすこともなく倒れて気絶した。
ここは民家だ。
この事を警察に何か知られたら面倒な事になるので、静かに気絶した信者を引きずって塾の中にへと入れた。
こいつは手がかりになるかもしれない。
信者は頭にバンダナを巻いてサングラスをかけていた。
こんな怪しそうな人が民家でうろうろしても、誰も気づかないて、日本も平和な国とは言えないだろう。いや俺の状況に平和がないのかもしれない。
とりあえず、こいつに手足と手首を縄で縛り、動けないようにしておく。
「ここはもう安全な場所じゃないですね」
「そうだね。作戦を考える場所を変えて見るしかないね」
少し仮眠をとっとこうと思って、塾の応接室のソファーの上で少しだけ眠った。
起きると、外は夜明け前か、空がほのかに明るかった。
目覚めの一服として、応接室でタバコを吸う。
今は最高の気分だった。
奴とのゲームを楽しもうと意気込みを自分でも感じる。
タバコが吸い終わると、部屋の向こうから物音がした。
山本の信者の一味が、気がついたのか、部屋を出ると、その通りであり、信者はもがいていた。
「おはよう」
俺はあえて信者の気持ちを逆撫でするかのように、見下した言い方でそういった。
頭の悪い信者は怒り任せに必死にもがいている。
猿ぐつわ代わりにしていたタオルを取り、
「てめえ、俺にこんな事をしてただで済むと思っているのかよ」
何て叫び、こんな時に逆ギレかよ何て、思ってムカついたが、とりあえず落ち着いて、冷静にこいつに山本の手がかりを聞き出そうと思う。
「君自分の立場が分かっているの?」
こいつが逆らえないことを良いことに俺は楽しんで腹部に思い切りけりを入れた。
「て・・・めえ」
悶える信者。
とにかくある程度痛めつけたら、そんな減らず口はたたけないだろうと思って、信者を本気で痛めつけた。
そろそろ精神的に切迫してきているだろうと思って、いったんやめて、
「どう?まだそんな減らず口を叩く?君には聞きたい事がたくさんあってね」
「ふざけるな」
まだ痛めつけないと分からないと思って、信者を痛めつける。
俺はもう手加減などしない。
誤ってこいつを殺しても、別に良いと思っている。
再び手を止めて、
「どう、まだ減らず口を叩きたい?」
「もうやめてくれ、確かに俺はあんたを殺そうとした」
「どうして?」
「俺は子供の時から孤児で・・・」
何か俺には関係のない話をしてきたので俺は腹部を思い切り蹴りとばして、
「お前が、どんな人生を歩んで来たか何てどうでもいいんだよ。俺の命を狙う動機、もしくは山本に関する情報を話せよ」
「分かったからもう暴力はやめてくれ」
「やめて欲しかったら俺の質問に答えろ」
信者に向かって罵る俺。
そんな時である。ガラスが割れた音がして、窓から外を見ると、山本の信者らしき人たちが六人くらいがいた。
そんな奴らは言う。
「山本さんを侮辱する松本君よう。早くここから出てこいよ」
「山本さんに逆らってどうなるか分かっているのかよ」
その声を聞いた俺にとらわれた信者は、
「きゃはははは、お前もここで終わりだよ」
仲間が来た事によって粋がっている。
この山本の信者はろくな人間の集まりじゃない事が分かる。
奴らは凶器を持っているし、正面から立ち向かったって殺されに行くようなものだ。
万事休すかもしれない。
でも俺は最後まで諦めない。
考えろと自分に言い聞かせ、その瞳を思い切りつむって考える。
でもここまでかもしれない。
でも俺はただでは死なない。
台所にある包丁を手にして、無謀にも立ち向かおうとした時、
「たっ君。そうなったら山本の思うつぼだ。とにかくやけにならないで最後まで諦めちゃだめだ」
と橘先生に言われて、冷静に考える。
そうだよ。これは俺と山本のゲームなんだ。
そう改めて実感したとき、テンションが上がってくる。
こういう時こそ冷静な判断が必要だ。
だから心も体も本能にゆだねたのだ。
俺がとらえた信者を人質にする事を考えたが、奴らはこのような救うにも値しない人間を見捨てるだろう。
何て考えていると、再び窓が割れる音がして、投げ込まれた物から煙りが吹き出てきた。
催涙ガス。
奴らは本気で俺を殺そうとしている。俺がとらえた信者の事など何とも思っていないみたいだ。
「おい。俺を助けろよ。仲間だろ」
と見苦しくも命乞いをしている。
思った通り奴らは仲間の事などどうでも良いと思っている。
そんな奴らに言葉など通用しないだろう。その時である。
「たっ君。こんな時は目には目を歯には歯をだよ」
橘先生は回りくどい事を言っているが、俺にはすぐに理解できた。
奴らは残忍だ。
だから俺も残忍にならなければいけないと。
「出て来いよ。松本」
人間とは思えない程の狂ったような口調でそういう山本の信者の一人。
このゲームを楽しむ気持ちにはなれたが、やはり残忍になる気持ちは抵抗合った。
でも今は手段なんて選んでられない。
俺がここでゲームオーバーになったら、誰が涙さんを助けるのだと。
そう思って、自分の狂った気持ちに身をゆだねると、自分でも嫌になるような、奇声じみた叫びが漏れた。
奴らは二階にいる俺を狙ってくる。
俺は奴らが登ってくる階段で待ち伏せて、登って来たところを思い切りけりを入れて、転げ落ち、後から来た連中もドミノのように倒れていった。
俺は金属バットで連中の頭をかち割って殺そうとしたが、
「たっ君」
と橘先生がそれ以上はしてはいけないと言うような感じで、理性を取り戻した。だが橘先生はそれとは逆に、
「考えて見なよ。ここでこの連中を殺せば、たっ君がその罪を背負うことになるし、こいつらだって死んで楽になるんだよ。だからこいつらに行き地獄を味合わせなよ。
その方が人を殺すことよりももっと残忍だと思うよ」
「なるほど」
そう思って俺はすかさず、連中の三人に金属バットで腹部や肋などを思い切り痛めつけた。
そんな連中の悲鳴を聞いていると、すごく快感な感じになる。
残りの連中が駆けつけて来て、
「お前、こんな事をしてただで済むと思うのかよ」
憤りを見せる連中。
顔を上げ、俺を見ておののく残り二人の連中。
「何だこいつは本当に人間かよ」
鏡がないから分からないが、俺は今見るだけで恐ろしくもなるような形相をしているのだろう。だから俺は、
「てめえ等にもこの世の行き地獄を味らわせてやるよ」
二人のおののいてひるんだ隙をついて、攻撃を開始した。
死なない程度に金属バットで奴らの肋や足にも打撃を加えて、この世の行き地獄を味らわせた。
こいつら山本の信者にきっと何か事情が合って、このような言動を繰り返したのだろう。
どんな事情なのか分からない。
でも俺や涙さん楓ちゃんに危害を加える奴に死ぬよりも辛い痛みを身を持って諭してやる。
信者は痛みに悶えている者や、見苦しくも「助けて」何て言っている。
本当にこいつらの事情など知らない。同情する気にもなれない。
でも、残忍な心から、俺は我に返って、
「痛いだろ。お前等にどんな事情が合ったからって人を傷つけていい訳なんて事はない」
そういって俺は窓のガラスを割って、そのはちきれんばかりの音を出して、連中はおののいて言葉も出ないほど、おびえていた。続けて俺は、
「そんな深刻な事情があるなら、お前等はもっと誰かに優しく出来るだろ。このまま山本に誑かされてやさぐれたって何も良いこともないし、誰もいい思いなんてしないんだよ。だから人生考え直せよ」
何て言っていると自分の中に存在する残忍な気持ちがすっーと、溶けて行くような気持ちになる。
いや俺は残忍だ。
いや俺は残忍にならなければならない。
人は生きている方が辛い。
悩み苛み痛みなどの感情を味わいながら生きているのだから、殺してしまった方が、それは最大限の思いやりなのかもしれない。
そう考えると、過去の辛い気持ちがフラッシュバックして死にたい気持ちになる。
仮に死にたい気持ちに苛んでも、それでも俺は生きている。
辛い事、悲しい気持ちに出くわす度に、俺は死に行くことにあこがれて来た。
でもいざ死ぬと思って何度も自殺を考えた事があるが、最終的にたどり着く答えはそれでも生きる事だった。