三日
時計は一時を示していた。
会社は休んじゃったし、夢に向かって勉強を進めようと思ったが、今日は気が乗らなくて、とある港で俺は一人考え事をしていた。
やはり俺の予感は当たっていた。
俺の掛け替えのない存在だった芳山を自殺に追い込んだ山本の仕業だって。
あれから奴は俺の事を見ていた。
その事に気がつこうと思えば良かったのだが、あの忌まわしき過去の記憶を思い出す事を畏怖して俺はそれを拒んでしまった。
このままだと、また俺の掛け替えのない仲間を自殺に追い込まれてしまうんじゃないかと考えてしまう。
「海は良いねえ」
暢気な俺にとり憑いている橘先生が言う。
「なあ、あんたは何で俺にとり憑いているんだよ」
「久しぶりに聞いてきたね、その質問」
言われて見ればそれは本当だ。続けて橘先生は、
「僕も巻き込みたくないんだね」
「・・・」
自分でも気がつかなかったが、それは本当だった。
「ねえ、たっ君。君はもう一人になる事を諦めた方が良いみたいだよ」
「何でだよ」
振り向いて橘先生の方を見ると、その後ろには俺の恋人である涙さんがいた。
涙さんはそのナイフのような鋭い目をして、俺を見ている。
その仕草は、俺の心を読む目だと言う事に俺には分かる。
そんな彼女が発した言葉がこうだった。
「松本さん。また一人で抱え込もうとしている」
図星をつかれてその視線を逸らす。
「松本さん」
と俺の名前を言って一喝する。
その一喝はこっちを見ろと言うような眼差しだ。
だから俺は言う。
「俺に関わらない方が良い」
「何よそれ?」
「そういう意味だよ。今度と言う今度は命を落としてしまうかもしれない。俺はそういう連中に目を付けられているんだよ。それでもし涙さんが巻き込まれてしまったら、俺はもうマジで生きていけないよ」
それは考えるだけでも俺は辛くなる。だけど涙さんは、その鋭い視線を俺に向け、
「どうして?あたしは松本さんが思っている程、弱い人間じゃない。もっと松本さんの彼女である私を信じてよ」
彼女は言った、『信じてよ』って。
芳山も山本にはめられて、自殺する前日に言った。『私の事を信じてよ』って笑顔で。
その言葉に俺は安心してしまい、芳山は永遠の闇に葬られてしまった。
だから俺は決めたんだ。
ただ一人消えれば良いと。
信じろって言って、芳山は死んでしまった。だから涙さんも同じような目にあったら、俺は死んでも死にきれない程のショックを受けてしまうだろう。
だからその場は「分かった」と言ってとりあえず、俺の住む家に戻ることにした。
アパートに到着して、坂本さんの部屋から、鳴き声が聞こえた。
何だ?と思って、俺と涙さんで見に行くと、楓ちゃんが「私の事はほっといて」と言って暴れている所を、坂下さんが必死に押さえつけている。
俺と涙さんも気が気でなくなり、楓ちゃんを落ち着かせるように取り押さえた。
「私はみんなを死なせたくない。私一人死ねば誰も巻き込まれる事はない」
楓ちゃんが言う『みんなを死なせたくない』と言う気持ちは大いに結構だが、その後の『私一人死ねば誰も巻き込まれる事はない』と言う身勝手な発言に俺は腹をたて、その頬をはたこうとしたが、坂下さんが先にその楓ちゃんの頬をはたいた。
楓ちゃんははたかれた事によって、きょとんとする。
しばしの沈黙の中、坂下さんの怒りが爆発した。
「ふざけんじゃないわよ」
坂下さんは泣き出して、涙声で真摯に言う。
「自分一人が死ねば良いなんて、口にしないでよ。楓の命はもう楓だけの命じゃないんだよ。危ないと思ったら、助けを呼びなさいよ。
そうしたら、楓の事を命を懸けてもあたし達は全力を尽くして、助けるよ」
そういって坂下さんは楓ちゃんの胸元を濡らして涙を流している。
坂下さんは何の血縁もない楓ちゃんの事を自分の妹のようにかわいがっていたっけ。
俺と涙さんはここは坂下さんに任せてと言う感じでアイコンタクトをとって、その場を後にして俺の部屋に行った。
そんな時である。
「ねえ、松本さんも楓ちゃんと同じ事を考えていたでしょ」
「いいや」
と否定したが、涙さんは心の中を読む目つきで俺を見つめる。しばらくして目を閉じ、
「そう」
と見抜かれなかった事に安堵する。
そう。俺も楓ちゃんと同じなのかもしれない。
誰も巻き込みたくない。ただ一人消えればいい。
それを聞いたら、涙さんはきっと怒るだろう。
でも今回の場合は本当に危ない。
これは俺一人の問題だ。
だから涙さん達が巻き込まれる事なんてない。
もう遅いので涙さんには帰ってもらうことにした。
彼女が出ていったのは、午後七時を回った所だった。
「たっ君」
心配そうな面もちで俺の名を呼ぶ橘先生。
「俺はもう誰が何と言おうと、一人で立ち向かわなくてはいけない」
「僕から一つアドバイスをしておくけど、さっき涙さんが言っていた事を思い出して欲しい」
橘先生の忠告として、俺はその目を閉じて、胸に手を当て思い出す。
『松本さんが思っている程、あたしはそんなに弱い人間じゃない。もっと彼女であるあたしの事を信じてよ』
と。
だから俺は橘先生に聞く。
「俺は間違った事をしているのか?」
と。
「何が間違いなのか?何が正解なのか?この場合はたっ君自身が決めることだね」
「だったら答えは簡単だよ」
そういって俺は暗闇のアスファルトを踏みしめる。
もう俺は大事な仲間を失うわけにはいかない。
そんな自分に対して少しかっこいいなんて思ったりもしているが、その裏には恐ろしく怖く思っている自分が存在している。
俺だって人間だ。
人間は習性的に独りになると、恐ろしく不安になり、死ぬほど怖くなるように作られているみたいだ。
でも俺は大事な仲間を失う訳にはいかない。
もし失えば、俺はまた生き地獄を味わう。
そこで、人間は死んでしまった方が楽なんじゃないかとバカな事を思ってしまう。
以前みんなと出会うまではそんな事を考えていたっけ。
不可解な橘先生との再会を始め、楓ちゃんと出会う事で俺は夢を持つ勇気を手にして、生き甲斐を感じた。
楓ちゃんのような、か弱い人の力になりたいと思って、その力を付けるために俺は再び大学受験を決意した。
それが橘先生が言う意欲だと感じた事だっけ。
そして俺は涙さんと出会って、この世にはないと思っていた真実の愛を手にした。
その温もりを手にした感触が残っている。
思いを寄せると、心が熱くなる。
だから今はちょっとだけと思って目を閉じて、その思いを胸に寄せていた。
そう思うと、俺だって独りになりたくない。
それに本当に怖い。
でもみんなといたら、また楓ちゃんのように奴の犠牲にされてしまうだろう。
奴は何のつもりか分からないが、俺の事をずっと監視していた。
最初は何か俺の勘違いだと思ったが、そうじゃなかった。
その証拠に俺は楓ちゃんの居場所を特定できた。
なぜ分かったかと言うと、以前俺の掛け替えのない存在だった芳山が自殺に追い込まれた場所を思い出したからだ。
今思うと、本当に楓ちゃんが無事で良かった。
今けりを付けておかないと、奴はまた俺をターゲットに俺の大事な仲間に手を出すだろう。
それでこの数年間俺の事を監視していた。
奴は狂っている。もはや人間の心を持たない悪魔のような奴だ。
なぜ俺を狙うかは分からない。
これからその真実に向き合わなくてはいけない。
奴の居場所なら分かっている。
これを逃したら、また奴を野放しにさせてしまい、また新たな犠牲者を出しかねない。
奴の居場所までもう少し。
奴はあの公園に現れる。
昔よく俺と芳山で戯れていた公園に。
そんな時である。橘先生が、
「たっ君。さっきも言ったけど、君はもう一人になる事を諦めた方がいいと思うね」
突然何を言い出すのかと思って、「ああ?」と返事をして橘先生の方を振り向いてみると、その視線の向こう側に涙さんの姿が合った。
「涙さん」
と声を漏らしてしまい何か申し訳なく思って、視線をそらすと、涙さんは、
「やましい事がないなら、あたしの目を見なさいよ」
そうだ。やはり気がついていたのだ。俺の行動を。
目を合わせられず、黙っていると、その涙さん特有の鋭い視線が俺のそらした目をとらえる。そして涙さんは、
「松本さんはそんなにあたし達の事が信じられないの?」
その彼女の発言から、闇に葬られてしまった芳山の事が頭によぎり、俺は理性を失って、怒り任せに思った事をそのまま吐き出すように言う。
「信じられないよ。あいつは・・・あいつは・・・そういって俺の前から消えていった」止めどなく涙が溢れ出て、「それであいつは永遠の闇に葬られてしまったんだよ。それで涙さんまでもが、あいつと同じ目にあったら、俺は死ぬよりも辛い目にあってしまう」
涙でぼやけている涙さんを見る。
すると涙さんはどういうつもりか、ポケットからバタフライナイフを取り出して、俺に向ける。
「松本さんの気持ちは分かった。でもあたしは信じてもらわなきゃ困る。
きっと楓ちゃんは松本さんを貶めた人に脅されたんでしょうね。それで楓ちゃんはみんなを巻き込みたくないからと言って、自殺する事を選んだ。
あたし思うんだけど、楓ちゃんはこの上なくバカでいつか締めてやりたいと私は思った」
ナイフを持つ涙さんの手は震えて、その大きな瞳から大粒の涙が頬を伝って、涙でしゃがれた声で叫ぶ、
「人を信じる事の出来ない人間なんて、この上なくバカで弱虫だよ。そんな人間がこの先、生きる事なんて出来ないよ。
松本さんがあたし、いやあたし達の事を信じられないなら、あたしがこの場で松本さんを殺す」
そう言って涙さんは両手でナイフを握って、ゆっくりと俺に近づいてくる。
正直、涙さんの言っている事は筋が通っている。
その証拠に俺は返す言葉も見つからない。そこで橘先生が、
「なるほど、確かに彼女の言うとおりだね。『人を信じる事が出来なければ、この先、生きていけない』か。
たっ君。彼女が言っている事は言い換えれば人は一人で生きてはいけないと言うことだと思わないか?」
確かに橘先生の言うとおりだ。そんな事を思っている間、時事刻々と迫るように涙さんが震えた手でナイフを持って俺にじりじりと近づいてくる。
でも彼女には殺意を感じられないが、何かの勢いでその刃が思わぬ不幸な事態を招きそうで俺は怖かった。
そして彼女は丁度俺の手前で立ち止まり、思っていた通り、殺意はなく、俺はその彼女の持っているバタフライナイフを振り払って、涙さんの華奢で少しでも衝撃を与えたらガラス細工のように粉々に砕けてしまいそうな体を強く抱きしめた。
「分かった信じるよ」
と言ったが、その気持ちは正直揺れていた。
だから俺はその信じる気持ちをもっと強める為に涙さんを思い切り抱きしめる。
芳山の二の舞にはさせまいと俺は・・・。
そう思うと俺は信じるって何を信じれば良いのか、分からなくなってしまうが、とにかく今はこうして俺を心から愛してくれる涙さんを抱きしめていたかった。
翌日、俺はどこにも行かずに部屋の中で思案していた。
山本は俺の前に現れると。
あの思い出すだけで畏怖していた記憶を蘇らせた事で、もう始まっていたのだ。
いや、小学校の時の唯一の人であった芳山が山本に自殺に追い込まれていた時からすでに始まっていたと言った方が適切だ。
俺の思い出したくない過去を良い事に、あれから奴は俺の事をずっとモルモットを観察するかのようにずっと見ていた。
すべてを思い出して俺は確信している。
ただ奴は俺の大切な仲間を自殺に追い込み、その俺が苦しむ姿を見たいだけなのだと。
どうして何も取り柄のない俺みたいなのがターゲットにされるかは不明だが、これは妄想でも幻聴でもない、今こうしている間にも奴の魔の手が俺の仲間に及ぼうとしている。
こんな事になるなら、俺はこのような形ではあったが、橘先生と出会わなければ良いとさえ思ってしまう。
なんて事を考えても、やっぱり自分の気持ちを確かめるように目を閉じると、独りぼっちにはなりたくないと言うのが本音と言うか、それは生まれながらに心に強く根付いている本能のようなものだ。
でもみんなを犠牲にするくらいなら、独りでいた方が誰も狙われずに済むんじゃないかと思うが、橘先生の言った通り、俺は独りぼっちになる事を諦めるしかない。そして信じるしかない。
何を信じれば良いのか分からないが、その為には俺はみんなを守れるくらいの力を持たなくてはいけないと思っている。
それは権力や知力とは違い、今迫られている、目の前にまで現れた奴に対する事だ。
出きれば俺は諍いも戦いもしたくないし、理想は俺達の事はほおっておいてもらいたい。
奴は手を染めずに、あれから人を自殺に追い込み、楽しんでいる。
それが楽しいのかと、なぜこんな俺みたいな奴に分かるのかは自分でも分からないが、それは何となくである。
いや奴が俺の掛け替えのない存在であった芳山を自殺に追いやった時、奴は密かに笑っていたことが鮮明に記憶に残っている。
そこで疑問に思う。そんなに人を殺めて平然としていられるのかと。
そんな事、俺には気が知れない。
だが、橘先生は言っていた。
人間には色々な思いがあって当然だと。
それは橘先生にさんざん言われて分かっている事だ。
そこで橘先生はこう提案してくれた。
もし奴がこの円卓のテーブルを囲んで同席していたら、何を言うのだろうと。
それは分からないが、奴を知る事で、みんなを守る事の鍵になるんじゃないかと思う。
再びその目を閉じて、想像する。
正面には橘先生、そして横脇には山本が同席している。
俺はそんな山本に質問をする。
「どうして君は人を殺めるのだ」
と。
そこで俺はハッと気がついて、その目を開け、正面には橘先生が座っていて、
「何か分かったみたいだね」
「なるほど、これは俺の親友を殺された俺にしか分からない事だったんだな」
橘先生にとりつかれてから俺は様々な助言には感謝している。
でも今回のことに関しては山本の事を知っている俺にしか意図は掴めない。
そして俺は奴の考えが大分分かった。
それは俺と同じ人間だからだ。
人間には色々な気持ちがある。
人間は一人一人様々な考え方や思想を持っている。それは複雑だが、その思いを重ねれば、鏡を見ているかのように安易に分かる。
山本のように人を殺める事で、快感を得る感情は俺にだって有る。
それは俺だけではなく誰にでもある感情だ。
だから分かるんだ。
今こうしている間にも奴の犠牲者が増えている。
でも俺にはそんな事関係ないが、奴はまた俺の掛け替えのない人たちを狙ってくる。
その前に早く手を打たなければならない。
そこで俺は考える。
もし俺が平気で人を殺め、その遺族や家族、そして友達の悲しむ姿がみたいなら、奴はあの場所に現れる。
奴は芳山を自殺に追い込んだのが初めてだ。
その記憶は奴の頭の中にしっかりと焼き付いていている。だから奴はその時味わった快感を再び、味わいにあの場所に来るだろう。
それに奴はそこに一人で来る。
このチャンスを逃してはいけない。
気がつけば、時間は時事刻々と過ぎていき、外は暗く、時計は午後八時を示していた。
そこで俺が立ち上がると、橘先生が、
「たっ君、行くのかい?」
「今行かなければ、取り返しのつかない事になる」
「僕も出来るだけ協力させてもらうよ」
「ありがとう」
部屋の畳の下に昔自分を守るためと思って購入したサバイバルナイフを取り出して目立たないように鞄の中に入れた。
奴と刺し違えとも、俺は奴を止めなくてはならない。俺は犯罪者になってしまうだろう。それで社会から迫害を受け、行き場所を失うかもしれない。
そう思うと、俺も人間だ。我が身かわいさに、逃げ出したい気持ちに陥る。
でも今奴をほおっておいたら、俺の仲間が闇に葬られてしまう。
そんな事になったら、俺は後悔の念に苛まれ、この世の生き地獄を味わってしまう。
それが嫌なのだ。
誰の為でもないのだ。俺は自分の為に奴を打ちに行かなければならない。
そんな事を思いながら、俺は真っ暗な夜の地平線を走っていた。
本当は死ぬほど怖いし、出来れば逃げ出したい。
どうして奴は俺の仲間を狙うんだと。
それが奴のたしなみなのだ。
そう思うと心の底から燃えるような怒りがこみ上げて来る。
あの時もそうだった。それは芳山が奴に永遠の闇に葬られて、自殺に追い込まれたときと同じ怒りだ。
芳山は復讐なんて望むような女の子ではなかった。
でもこの俺の怒りを奴にぶつけたいと思っている。
そうやって今は死ぬほど怖い気持ちを紛らわせている。
もう何でも良い。
このまま奴を野放しにしたら、俺の仲間が危ないだろう。
その思いが死ぬほど怖い気持ちでありながらでも、俺を突き動かしているのだろう。
色々と考えながら目的地に到着した。
そこは芳山の父が所有していたとある公園の花壇だ。
芳山は花が好きで、あの時は夏だったのでペチュニアやガザニア、マリーゴールドなんて色とりどりの苗を植え、一緒に育てたっけ。
今ではもう花壇は誰の手入れもないので、何の味気ない緑の雑草で覆われていた。
あの時の記憶に思いを寄せると、芳山の笑顔が思い浮かぶ。
何て思い出に浸っている場合じゃない。
サバイバルナイフを手に俺は気を引き締めながらも、辺りを見渡して、山本を捜した。
だがどこにも山本の姿が見あたらない。そこで俺は橘先生に、
「俺の推理は間違っていたのか?それとも単なる深読みだったのか?」
「僕はそうは思えない」
「じゃあなぜ、ここに現れない」
そんな時である。
俺のスマホから着信が入った。
着信には涙さんの名前が表示されていた。
とりあえず、俺は出て、
「もしもし涙さん」
「松本君、お久しぶりですね」
爽やかな口調の男性の声だった。
「誰だ?」
「松本君、あれから十年がたつんですね」
そこで俺はピンと来たと同時に、じわりと背筋が凍ってきて、涙さんの事が恐ろしく心配になる。
「お前が山本だな。どうしてお前が涙さんのスマホを操作しているんだ。もしかしてお前、涙さんに何かしたのかよ」
山本のあざ笑う声が俺の心に真っ黒い物を突きつけられている感じで気分が悪い。それよりも俺は、
「もしかしてお前は俺がここに来ることを知っていて、涙さんをさらって」
「なるほど、君達の洞察力には恐れ入るよ。僕もそこまでは予想は出来なかった。まさか僕がそこの場所に来ることを何かしらの推理をしたんだね松本君。
どうやら彼女も同じように僕の行動パターンを推理してここに来ることを知った。
彼女の方が一足早かったみたいだね。
君達のその鋭い洞察力は大した物だ。
でも僕をそんなに甘く見ていたのは誤算だったね。
僕は僕を支持する信者がいないからって油断はしていなし、僕は君達にやられる程、弱い人間じゃないよ」
つまり涙さんも山本の行動パターンを知って、ここへ来たと言う訳か。どのようにして推理したのかは分からないが、とにかく俺は涙さんが心配で、
「お前は涙さんに何をした」
気が気でなく俺は叫ぶ。
「何もしていないよ。ただ面白そうだからさらっただけさ」
「ふざけるな」
「君の言うとおり、確かにふざけている」
「涙さんは無事なんだろうな?」
「無事だよ。僕が彼女に問いかけても、いっさい口は開かないけど。何なら、君の声を聞いたら、その堅い口を開くんじゃないかな?だから今彼女に変わるね」
「松本さん」
それは紛れもない涙さんの声でとりあえずホッとして、
「無事なのか?何かひどい事をされていないか?」
「大丈夫だよ。松本さんはもうあたしの事はほおっておいて良いから」
恐ろしく怖いのだろうか?その声は震えていた。
「どうして」
「松本さんの言いたい事は分かるよ。あたしも楓ちゃんと同じような事をしているって。それで信じろ何ておかしいよね」
涙声に変わり涙さんは、
「あたしはもう松本さんの悲しむ姿は見たくないの。松本さんには幸せであって欲しいの。だから・・・」
途切れて、「はい時間切れ」と山本の憎たらしい声が聞こえて、俺は、
「お前は涙さんをどうするつもりだ」
と叫んだ。
「本当に面白いよ君達は」
話が見えず俺は、
「何が面白いんだ」
と叫んだ。
「察しの通り、僕が葬った初めての相手は芳山さんだっけ。この涙さんと言う子は君を守りたいが為に君と芳山さんとの思い出の場所に赴くと、・・・」
その言葉の続きを察して、
「あの時味わった快感を再び味わいたいのだろ」
「本当に君には恐れ入る」
「とにかく涙さんを返せ」
あざ笑う山本。
「何がおかしいんだよ」
涙さんの事が心配で心配で、しまいには涙がこぼれ落ちていた。
「返してあげるよ」
「じゃあ、涙さんはどこだ」
「話を最後まで聞いてよ。誰もただで返すとは言っていないよ」
「じゃあ条件は?」
「少しだけ僕と一緒に遊んでくれないか?」
「遊びだと」
こんな時になんだと思って、こみ上げる怒りと共に止めどなく涙が溢れてくる。
「君達は本当に僕を楽しませてくれそうだ。仮にもし君達がつまらない人間なら、君の恋人の涙さんをとっくに闇に葬っていたけどね」
「てめえはただ、俺が苦しむ姿を見て楽しみたいのだろ。もう充分楽しんだだろ。だから俺達の事はもうほおっておいてくれよ」
と山本に対する俺の切実な思いを伝える。だが山本は不本意だと言うような態度で、、
「それは違うよ」
と否定した。
「何が違わないんだよ」
「ここまで僕の行動を推理できた君なら分かると思ったのに残念だ」
その山本の態度にやけを起こして涙さんを殺してしまうんじゃないかと、感じて、
「分かったよ。じゃあ何なんだ。俺達をどうしたいんだよ。どうされたいんだよ」
俺も不本意だが、涙さんを助ける為に、山本をなだめるように言う。
「三日間」
いきなりそういって俺は、
「三日?」
「そう。三日間涙さんに猶予を与えるよ」
「猶予だと?」
「そう。三日間の猶予。君の洞察力と彼女に対する思いを試させて欲しい」
「俺の洞察力?彼女に対する思いだと?お前は俺に何をさせたいんだよ」
「少し考えれば分かる事だよ。ヒントはあえて言わないで置こう。
さあ松本君、僕を楽しませてくれよ」
通話が切れて、再びかけなおしたが、つながらなかった。