宮本
食事が出来上がって、子供達は集まる。
メニューはカレーライスとサラダの盛りつけであり、子供達はみんなカレーライスが好きみたいで、はしゃいでいた。
そこで花里さんはテーブルに盛りつけたカレーライスとサラダを並べながら忙しそうに、
「良太、ママを呼んできなさい」
「うん」
素直に返事をして、食堂から出て、花里さんがママと呼んでいる人を呼びに言ったみたいだ。
ママって誰の事だろう?と花里さんに聞こうと思ったが、花里さんは準備や子供達の世話にてんてこまいだったので聞く余裕がなかった。
しばらくして、花里さんがママと慕う女性が良太君に手を引かれて食堂にやってきた。
そのママを見て、橘先生が、「宮本和子さん」と俺にしかその声は聞こえないが、小声でそうつぶやいた。
知り合いなのかどうか聞こうと思ったが、ここで橘先生と会話をすれば、子供達に独り言を言っている変な奴と思われそうなので、その橘先生が言う宮本和子さんの方を何となく見つめていた。
その姿は品のありそうな、優しそうなおばあさんって感じであり、何か橘先生と共通するオーラと言うか、何て言ったら分からないが、そんな風に感じた。
宮本さんは子供達に対して、幸せそうな笑顔で接していた。
そんな宮本さんと目があって、穏やかな笑顔に何か心にときめく何かを感じて、俺は確信した。
この人は橘先生と過去に橘先生と何か関係があったんじゃないかと。
そんなこんなで食事が始まって、『いただきます』と俺を含めてみんなで合唱した。
みんな花里さんのカレーが好きなのか、本当においしそうに食べている。
俺も食べて、それはこんなカレーは食べたことがないと言えるほどのおいしい物だった。
カレーのおかわりが続出、そんな子供達にやれやれと言った感じで「野菜も食べなきゃダメだよ」何て優しく涙さんは言う。
そこで俺は何となく思った。
これからは花里さんの事を名前で涙さんと呼ぼうと。
食事がすんで、子供達は娯楽室でゲームやらテレビなんか見て楽しんでいるようだ。
俺は食堂でぽつりと一人で座っていて、そろそろ帰ろうとしたが、そんな時、食堂に通称ママであり、橘先生が知り合いだったのか?その名を宮本和子さんと呼んだ女性が入ってきた。
「松本さんでしたっけ?」
「はい」
「少し時間はよろしいかしら?」
「はい」
帰ろうとしたが、別に帰る理由はなくて、俺はこの宮本さんにちょっと興味があって、話をする事も良いと思った。
それに宮本さんは涙さんが暮らす、施設の長なのだから、涙さんの事を知っているだろうと、それでまた新しい彼女を知る事が出来ると思って、是非って感じで話につきあうことにした。
宮本さんも座って、頬杖をつきながら穏やかな笑顔で黙って俺を見つめて来た。
何か、そう見つめられると、どんな対応をして良いのか迷ってしまう。
そして宮本さんはその口を開き、
「涙は人を見る目はある子だわ」
何て言われて、どうやら宮本さんは俺の事を誉めているようだ。続けて、
「不思議ね、あなたを見ていると、あの人を感じてしまうのはなぜだろう?」
一瞬、意味不明な事を言っているように思えたが、少し考えて、俺にとりついている橘先生を見る。
ここで橘先生と会話は出来ないが、多分、宮本さんはこの人の事を言っているんじゃないかと憶測を巡らした。
だから俺は、
「もしかしてそれは橘明先生の事を言っているんですか?」
すると宮本さんは大きく目を広げて驚いて、
「どうして分かるの?」
そんなに驚かれて俺はつい喋ってしまった事に少し後悔しつつ、宮本さんは、
「あなた、もしかして明君の生徒だったの?」
「はい」
と答えると、宮本さんはその目を閉じて、何か思索している感じだ。そしてその口を開いて、
「なるほど、どうりで、私があなたを見て明君を感じたのか分かってきたわ」
宮本さんは悲しそうにその目をうつろわせた事に俺は彼女が何を考えているのか分かった。
それは案の定であり、宮本さんも橘先生の急死に心を痛めていたのだ。
橘先生が亡くなって、約八ヶ月がたったんだっけ。
さすがに橘先生が俺にしか見えないようにとりついているなんて、信じてはくれないしだろうし、笑われてしまうと思うので伏せておいた。
宮本さんの話によると橘先生との大学の同級生だったみたいだ。
橘先生は、宮本さんの話によると、大学ではみんなに慕われていて、頼りになる存在であり、聖人君子のような人だったが、本当は人付き合いが苦手でいつもその笑顔の裏には独り泣いている姿が合ったという。
そんな橘先生の心を見破ったのが、この宮本さんだったという。
そしてつきあい始めたのだが、理由は言えないのか、そこは省いてお互いに自分達は一緒にいてはいけないと思ってそのつき合いに終止符をつけざらるを余儀なくされてしまったのだ。
でも友達としての交流はあったみたいで、橘先生は誰かの為に生きられる人に成りたいと。
それで誰よりも幸せに人生を歩みたいと思って、死ぬ間際まで誰の話にも耳を傾けて、そんな困った人たちの相談に乗っている仕事に就いたのだと。
そこで俺は宮本さんに真摯な瞳を突きつけられて、聞いてくる。
その瞬間、妙な緊張感が走って少し後込みをしたが、宮本さんは、
「松本さんにとって幸せって何だと思う」
と言う質問に自信を持って俺は言う。
「その日その日を頑張る事だと思います」
って。すると宮本さんは唇を綻ばせて、にっこりと笑って、
「本当に涙は人を見る目がある子だね」
「買いかぶり過ぎですよ」
誉められて正直嬉しかったが、ここは謙遜してしまった。
時計を見ると、宮本さんの話に夢中になって十時近くまでたってしまった。
隣の娯楽室から涙さんの声が聞こえる。
「ほら、あんた達、いつまでもゲーム何てやっていないで早く歯ブラシして寝なさい。明日学校でしょ」
何て言って子供達に世話をしている声が聞こえてくる。
俺もそろそろ帰ろうとして立ち上がると、宮本さんが、
「今日は遅いから泊まっていったらどう?」
「いや、いいですよそんな」
と、さすがに悪いと思って遠慮する。
いつの間にかいたのか、涙さんが、
「遠慮なんかしないで良いじゃない。もう松本さんの布団はひいちゃったから」
「でも」
宮本さんは笑顔で、
「そうしていきなさい」
お言葉に甘える事にする。
寝室は涙さんの部屋で、二段ベットがあり、今は一つしか使ってないみたいだ。
寝床は違うが涙さんと一緒の部屋で眠るのは初めてだ。
そこで俺は心配してしまう。
それは夜な夜な思ってしまうが、またあの忌まわしき夢を見てしまうんじゃないかと。
以前にも思ったが、こんなくだらない事、誰にも相談出来ない。
そして案の定いつも見る夢を見て俺は心壊れそうな時、鼻腔に何か心地の良い匂いを感じる。
何だろう。その匂いを俺はどこかでかいだ事があるような気さえしてくる。
すごく懐かしく、すごく安心してしまう。
そんな心地の良い匂いに心いやされ、あの忌まわしき過去の記憶を遠ざける事が出来た。
そして俺は目覚めると、涙さんが俺と同じベットの上で眠っていたのだ。
慌てそうな俺に対して涙さんは起きていたみたいで、
「しっ」
大声を出すなと言わんばかりの言葉を発した。
「涙さん?」
小声でそう呼ぶ。
「松本さん。独りの夜が怖いんでしょ。あたしにも言えないあの事を思い出してしまうんでしょ。それで夜な夜な怯えてたんでしょ」
「・・・」
俺は何ていったら良いのか言葉に詰まる。
「隠さなくたって分かるよ」
「・・・」
自分でも分からなかったが、俺はその事を隠そうとしていたみたいだ。
「あたし気づいたんだけど、思い出す事すら恐れているけど、その思いが松本さんをつき動かしているんじゃないかって思うんだけど、あたしの憶測は間違っているかな」
そういえばそんな事、橘先生にも言われた。
確かにその忌まわしき過去がなければ、命を懸けても楓ちゃんの事を助けよう何て思わなかったかもしれない。
相変わらず、涙さんのその人を見る洞察力には恐れ入る。
「松本さん」
そういって涙さんは俺を強く抱きしめ、
「いっその事、あたしに話して見たらどう?そうしたら松本さん、少しは楽になれるかもしれないよ」
目をつむって思い出そうとするが、やはり怖くて、そんな涙さんに対して何を言って良いのか分からなくて黙っていると。
「無理して話さなくて良いよ。あたしはいつも松本さんの側にいるから、いつでも待っているよ」
気がつけば、俺の瞳から止めようとしても止まらない涙が頬を伝い流れ落ちていた。
男の俺が涙なんて流して、女性である涙さんに見られる事はこの上なく恥ずかしいと思って、顔を背けると、涙さんは、
「あたしの胸を使って良いよ」
と言って、涙さんは俺の顔を胸に引き寄せて、その涙を受け止めてくれた。
いつも俺の前ではふんぞ返ったような態度を取っているが、そのたまに見せる笑顔がたまらなくて好きだった。
でも今日、初めて俺の知らない涙さんを見て驚いたし、もしかしたら俺は涙さんに嫌われて、いつもあんな態度を取っているんじゃないかと、深読んだりもしたが、橘先生の言う通り、そんな事はなかった。
それにこうして俺の事を本気で察して、本気で受け止めてくれる。
そんな人が俺の事を嫌いになるはずがない。
じゃあどうしてこんなに素敵な人が俺の事が好きなのか疑問に思ってしまうが、理由なんてどうでも良い。
今はこうして、彼女の温もりに包まれながら、俺は身を埋めていたい。
忌まわしき過去の記憶に決別とまでは行かないが、涙さんに激しく愛されている事に、だいぶ緩和された感じだった。
朝起きて、ベットの上にはもう涙さんの姿はなかった。
どうやら彼女は忙しく、朝早く起きて、子供達に朝ご飯を作っているようだ。
ベットから出て、台所に向かうと、涙さんはふんぞり返った感じで「おはよう」の挨拶をしてくれた。
昨日の事に対してお礼を言っておこうと思ったが、俺を避けているような感じで、その余裕を与えないかのように朝ご飯を作る事に専念している。
ちょっとつれない感じで悲しくなってくるが、しばらくしてその意味が分かった。
ただ単に昨日の事で俺に何か言われる事が照れくさかったのだと。
いつも俺に対して、ふんぞり返ったような態度をとっているのは、橘先生の言う通り、俺の事を好きだと言う事の裏返しだと感じた。
涙さんは滅多に俺に対して優しくはしてくれない。
でもそれで良いのかもしれない。
その証拠に今日も夢につながる道を闊歩出来そうだから。
仕事にも夢へ続く道のりを歩く事にいい加減な事はしたくない。
そんな事をしたら幸せは逃げてしまいそうで、輝かしい充実した毎日を送ることは出来ない。
でも俺は今こうして夢へと続く道を歩んでいてとても幸せを感じてしまう。
そこで気がついたのだが、以前は橘先生やあの人のせいにして過ごして苛んでいたが、それは心が何も求める事も出来ない自分に対して叫んでいた事に気がつく。
それで誰かのせいにして過ごしていたのだ。
あの時の俺は本気で夢を追いかける強さを持っていなかった。
そんな自分に対して、橘先生やあの人のせいにして死にたいとも思ったが、実際俺はそんな事は出来なかった。
最初は不本意だと思ったが、橘先生にとり憑かれたが、そのきっかけで楓ちゃんと出会い、涙さんに出会った。
そして俺は燃えるようなときめきに出会い夢が生まれた。
そのきっかけはあの忌まわしき思いだそうとすれば心壊れそうな思いをしてしまう過去の事だ。
あの時、行き場をなくした楓ちゃんを見て、忌まわしき過去の気持ちが芽生え、その時の気持ちになりたくないと本気で思った。
それで俺は楓ちゃんのような行き場をなくした人の力に少しでもなりたいと思って再び大学受験を志したのだ。
その忌まわしき記憶は今も俺の宇宙空間のような心のどこかで眠っている。
夜な夜な夢に出てきたが、もう俺は怖くないし、いつかは思い出さなければいけない事に恐れる事はない。
昨日の夜に涙さんに抱きしめられた温もりが今も感じる。
その温もりを心に寄せると、取り留めもない宇宙空間のような心の隅々まで潤った感じで胸が熱くなる。
そこで思ったが、人はそれを幸福の青い鳥と呼ぶのかもしれない。
でもその幸福の青い鳥は俺をこの地にとどまる事を許してくれないかのように、再び飛び立ち、俺はまた全力で追いかけて行かなくてはいけない。
汗をかいても、涙に打ちひしがれそうでも、ただ単純に頑張って追いかけなくてはいけない。
だから俺はこうして今出来る事を頑張っているのだ。
あの日以来、夜な夜なあの忌まわしき過去の記憶が夢には出てきたものの、もう恐れる事は不思議と感じなかった。
幸せを感じて頑張っている毎日を送る俺やその仲間達に心を黒く染めるような、不穏な雲が覆い尽くそうとしている事をまだ知らない。
俺達は色々な人達と出会わなくてはいけない事は知っている。
でもその出会いの中で残酷な真実を受け止めなくてはいけない事だってある事を俺は分かっていたが、今が幸せすぎてそんな事を忘れていた。
あれから数日、俺は夜の町を必死で走っていた。
なぜ走っているかというと、坂下さんの話によると、楓ちゃんが急に帰ってこなくなってしまったのだ。
時計は日付が変わり、午前零時を回っていた。
疲れ果てて、夜の繁華街の中央に位置する噴水広場にあるベンチの上で座っている。
そこで俺は考える。
いったい楓ちゃんに何があったのか?
手がかりである楓ちゃんの実家には帰っていないし、それと以前楓ちゃんの隠れ家的な公園の秘密の場所にもいなかった。
楓ちゃんは優しいから坂下さんに世話になっていることに対して、迷惑だと思って飛び出してしまったのか?
いや最近の楓ちゃんを見てそんな様子はなかった。そこで俺は、橘先生に、
(楓ちゃんにいったい何があったんだよ)
「まあここは落ち着いて、二手に別れて探している花里さんに見つかったかどうかスマホにかけてみなよ」
言われた通り涙さんのスマホに連絡したが、見つかっていないみたいだ。
とりあえず、店で待機している坂下さんのところに戻ることにした。
楓ちゃんが帰って来ている事を俺は期待して戻ったが、その期待は裏切られていた。
そこには涙さんもすでに戻っていた。
楓ちゃんが持つスマホにはGPSがついているのだが、途絶えられていて反応がない。
坂下さんも心配していて、
「あのバカ何をやっているのよ」
とテーブルを叩いて怒りを露わにしている。
『落ち着いて』と言いたいところだが、その気持ちは痛い程、俺も分かるから何も言えなかった。そこで涙さんが、
「あの子はこんな事をして人に心配をかけるようなバカな子じゃないわ。もしかしたら何かあったんじゃないかな」
確かに涙さんの言う通り、心配をかけるようなバカな子じゃないし、そうじゃなかったら、考えたくもないが涙さんの言った通り何かあったのかと心配は募る。
楓ちゃんは俺達がかくまって世間では行方不明の状態だ。
だから警察にも頼めない。でももしかしたら、俺達の前から消えた事が命に関わる事だったらそれは否めない。
坂本さんの話によると、午後六時頃、店がテンテコマイで忙しい坂本さんは楓ちゃんにお使いを頼んだのだ。それでそのまま今に至るまで帰って来ないみたいだ。
そんな時である、店に来る三人の常連さんが慌てて店に入ってきて、
「楓ちゃんは見つかったかよ」「さっちゃん」
と心配そうに中に入ってきて俺達三人を必死の表情で見つめてくる。
見つからなかったと残念そうに言ったが、楓ちゃんを本気で心配してくれる常連さんに対して、何か心強くもなったし、心配した気持ちも少しだけ拭えた感じだ。
でも楓ちゃんが見つかった訳じゃない。
本気で楓ちゃんを心配してくれる常連さん三人に対して坂下さんは、
「楓を心配してくれてありがとう。本当に心からそう思うよ。あんた達明日仕事でしょ。とにかく明日に備えて、帰って寝な、あんた達にも家族がいるでしょ」
協力してくれた常連さんは、『楓ちゃんは俺たちのアイドルだから』とか『この店の看板娘』とか色々と言いながら、とにかく楓ちゃんの手がかりが見つかったら、連絡すると言って帰っていった。
坂本さんは俺と涙さんにも、
「あんた達も明日に備えて帰って寝な。楓の事はあたしが何とかするから」
気が気でない俺は、
「でも・・・」とそれでも心配で明日仕事に支障が出ても良いと言う覚悟を決めて、その意を伝えようとすると、その言葉を遮って坂下さんはイスを蹴りあげて、
「良いから帰れ」
と俺と涙さんはビビって外に出ようとすると、俺のスマホに着信が来た。
着信画面を見ると楓ちゃんからだった。
「もしもし楓ちゃん・・・」『今どこにいるの?』と続けようとしたがそれよりも早く反応して俺のスマホを坂下さんが奪った。
「楓、何をやっているの?早く帰って来なさいよ。みんなどれだけ心配していると思っているの?」
坂下さんのその声は心配を通り過ぎて奇声のような口調で裏がえっていた。続けて、
「楓、楓」
楓ちゃんの応答がないのか?坂下さんはその楓ちゃんの名前を必死に連呼する。
「何だって?」
受話器の向こうの小さなその楓ちゃんの声が聞き取れなくて坂下さんは、そういったのだろう。
俺も涙さんも心配で、楓ちゃんからの電話を受けている坂下さんの応対に必死に目と耳を向ける。
そこで橘先生が、
「そんな頭ごなしに聞かれたら、ただでさえ気の弱い楓ちゃんは後込みしてしまうと思うんだけどね」
それもそうだろうと思って俺は坂下さんに、
「坂下さん。とりあえず落ち着いて」
と言葉をかけたのだ。
坂下さんはそのまま小さく息を吸って、とりあえず落ち着いてくれた。
「楓、今どこにいるの?」
すると楓ちゃんが坂下さんに何か言って通話を切ったみたいだ。
「楓、楓、もしもし」
楓ちゃんのスマホに幾度と返したが、もはや帰って来なかった。
その様子を一部始終見ていた俺は、
「楓ちゃんは何て?」
「私が心配しなくても良いと言ってもみんな心配するよね。でももう心配しないでって」
そこで確信する。楓ちゃんは自分からいなくなったのではなく、何者かにさらわれたのだと。
坂下さんが聞いたと思われる楓ちゃんの言葉が反芻する。
心配しなくても良い。
と。
その言葉が俺の脳裏に巡り繰り返しリフレインされ、憤りが募ってきた。
何が心配しなくても良いだよ。
楓ちゃんが考えている事は分かる。きっとみんなを巻き込みたくないから、そう言ったのだと。
楓ちゃんは自分よりも相手を優先して考える優しい女の子だ。でもそれは楓ちゃんの良いところでもあって、逆に悪いところでもあるのだ。
そこで楓ちゃんがどうなったか予想として頭に思い浮かんだのが、楓ちゃんの事をおもちゃのように扱う親だと。
親は捜索願いを出しているので、楓ちゃんは行方不明の状態だ。それを俺たちがかくまっていた事がばれたら、俺たちは真っ先に誘拐犯扱いされ、裁判でも起こされたら、社会的に抹殺されてしまうかもしれない。
それも怖いが少し考えて、俺はそんな事はどうでも良いと思っている。
社会的に抹殺されても、俺は構わない。
それよりも楓ちゃんが真っ暗な闇の中に消えてしまうことの方がもっと嫌だ。
それは楓ちゃんの為じゃない。俺自身の為だ。
俺はもう忌まわしき過去を繰り返したくないだけなんだ。以前、色々な邂逅で気づかされたが、その思いが楓ちゃんを助けようとする気持ちが芽生えるんだ。
そう思って外に出ようとしたところ、後ろから涙さんに抱きしめられた。
「松本さん落ち着いて」
「落ち着いていられるかよ」
そういって涙さんの包容を解こうとするが、女である涙さんにどこにそんな力があるのか考えさせられるほどの強い力で、力ずくで解けるような物じゃなかった。
もがいて外そうとしている俺に対して、坂下さんが俺の顔を思い切りはたいた。
「何するんだよ」
「少しは頭を冷やしなさいよ」
と怒鳴られた。続けて坂下さんは、
「これはあんた一人の問題じゃないんだよ。大方楓は親権を握っている親に見つかったんだと思う。それであたし達を巻き込みたくないあまりに、あたし達を突き放した。
まったく楓らしいやり方だけど、その相手を思うあまりに自分を省みない楓のその優しさに対して、あたしは仕置きをしないとね」
そこで俺は頭を冷やして考える。
そうだ。闇雲に動いたって、相手の思うつぼなのかもしれない。
とにかく明日、仕事を休んで、楓ちゃん家の実家に張り込みをして様子をうかがおうと思う。
もう今日は遅いので、涙さんは帰って行った。
その帰り際に俺は言われた。
「あまり自分自身を攻めないでね」
と。
それは俺の事をよく知っている涙さんの心の薬のような言葉だと思っている。
そのかいあって、俺は自分をあまり攻める事はなかったからだ。
明日に備えて今日のところは休もうと思う。