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出会い,そして夢の始まり  作者: 柴田盟
16/25

楓とズッキーニ

俺の自宅に到着して、一階でアパートの管理人さんでもある坂下さんが経営するバーを何となく垣間見ると、そこにはメイド服を着て接客をしている楓ちゃんの姿が目に入り、俺は気が気でなくなり、中に入って、

「楓ちゃん。何をやっているの?」

 楓ちゃんが罰が悪そうに俯いて黙ってしまう。そこで坂下さんが楓ちゃんを代弁するように、

「見ての通り、うちで雇ってあげているのよ」

「雇うって?何で坂下さんが?」

「事情は楓ちゃんから聞いたよ。何やら居場所をなくしたんだってね。それに楓ちゃんに聞くと、橘先生の教え子だったみたいじゃない」

 そこで考えて、俺の辺りをふよふよと浮いている橘先生を見る。そんな橘先生と目があって、

「彼女だったら協力してくれる。だからズッキーニって、たっ君に言わせたんだよ」

「でも・・・」『そんな理由で楓ちゃんを引き取るなんて』って坂下さんに反論しようとしたが、考えてみれば俺にはどうすることも出来なかった。

 でも何か腑に落ちない。

 何て考えていると、思い切り背中を花里さんにはたかれ。

「そうやって、何でも一人で解決させよう何て思わないの。松本さんは一人じゃない」

 相変わらず、その鋭い視線を俺に向けながら言う。

 花里さんは本当に鋭い。

 本当に高校生なのかと疑ってしまうほど。

 確かに俺は誰にも頼らずに一人で解決させようとした。

 それにそれは自分でも気がつかないうちに。

 自分でも気がつかない事まで悟られ、俺はきょとんとして辺りを見渡すと、坂下さんも楓ちゃんも花里さんも優しい目で俺の事を見つめていた。

 そんな光景を目の当たりにして、心が熱くなり、溢れんばかりの涙がこみ上げてきた。

 そして俺は言った。

「ありがとう」

 と。すると坂下さんが、

「誤解しないで欲しいんだけど、別にあんたの為にやっているんじゃないよ。あたしには橘先生には借りがあるからね」

「あんたってそれに借りって」

「それだけじゃないわ。この楓ちゃんは、昔の私と同じようにひとりぼっちみたいじゃない。そんな楓ちゃんの事を知ってあたしがほおっておく事何て出来ないわ。だからあたしも極力協力させてもらうわ」

 そこで楓ちゃんの方を見ると、楓ちゃんは嬉しそうに気弱げな小さな声ではっきりと言う。

「ご迷惑のかからないように私も賢明に働きます」

 働くと聞いて、先ほどの気持ちとは一転して、心配になり、

「働かすって、その格好は問題だと」

「私はかまいませんけど」

 何て言って、瞳をさまよわせていた事に俺は、楓ちゃんは断るのが苦手なタイプと感じて、

「本当に良いの?」

 と聞くと、先ほどと同じ台詞で、

「私は別に構いません」

「でも・・・」

 俺が続けようとした言葉を遮るように坂下さんが口を挟んできた。

「楓ちゃんが良いなら良いじゃない。それにあたしも、お手伝いの一人でも雇いたいと思っていたのよ。

 それにおいてもらって、働かないのは割に合わないわ。

 まあ、お金はあまり出せないけど」

 そんな時、常連さんか?何人かの中年のお客さんが入ってきた。

「来たよ。坂ちゃん」

「いらっしゃい。今日もおつかれ」

 と坂下さんは仕事モード。そして俺に目を向けて、

「さあ、話はそれだけよ。そんなところに突っ立ってたら邪魔だから帰った帰った」

 俺と花里さんはそういわれて、店の外に出た。

 何か楓ちゃんが心許なく思っていると、花里さんは、

「心配する気持ちは分かるけど、坂下さんならあたしは信頼できる」

 そういえば花里さんは以前、世話になったんだっけ。でも俺は、

「何か楓ちゃん。坂下さんに変な命令とかされないかな」

「あの人なら、しないとあたしは思うよ」

 そういう花里さんの目は節穴じゃないと、普段見ていて分かっている。

 だから俺もとりあえず安心して良いのかな?

 そこで橘先生の方を見ると、

「花里さんの言うとおりだよ。僕は坂下さんの事をよく知っているからね」

 それを聞いて俺は安心でき、楓ちゃんの心配な気持ちが払拭出来た感じだった。

「安心したら何かお腹すいてきたよ」

 その後俺は、一人で買い貯めしていたカップラーメンを食べようとしたが、俺の彼女である花里さんの手料理を振る舞ってくれた。

 おいしかった。

 花里さんの話を聞いて、どうやら花里さんは施設では年輩で自分よりも小さい子の面倒を見ているみたいだ。

 両親もおらず、今までつらい目にあって来たんじゃないかと思ったが、そればかりじゃない事に安心した。

 そうやって俺は花里さんとつき合って、お互いに距離を縮めている。

 俺はそんな花里さんと一緒にいて、教え教えられる事もあった。

 特に勉強になった事は、それは橘先生も言っていたが、人が悩むのは当たり前であって、その悩みに大きな小さいはない。

 昔、俺はいじめられて親によく言われていた。


 そんな事でいちいち悩むんじゃない。


 と。

 そう言われると、余計に悩んでしまう事を思い出される。

 それで人の悩みに大きいも小さいもないと言う真実を聞いて、俺の気持ちは少しだけ楽になった感じだった。

 それにこうも思える。

 だから花里さん、楓ちゃんに橘先生や坂下さんがいるんだと。

 俺は一人じゃない。

 いや一人になってはいけない。


 楓ちゃんの事もとりあえず落ち着いたが、このままではいけないと俺は思っている。

 いやそれは俺はもちろんの事、坂下さんも花里さんも思っている事だと思う。

 楓ちゃんの身元は親に親権があって、その親もきっと楓ちゃんを探していると思うし、楓ちゃんが親に引き取られたら、また虐待がエスカレートして今度は殺されてしまうと言っても過言ではないと思っている。

 最近ニュースで報道されているが、身勝手な親が増えているのが現状だ。

 たとえば、ろくに子供に食事も与えずに餓死させたり、過剰な暴力で殺してしまったりと。

 それが現実だと思うと、心が壊れてしまうほどの恐ろしさに俺は翻弄されてしまう。

 本当に世の中の人がすべて救われる事がないと言うのが真実だ。

 でも、俺はそれでも橘先生との因果関係で出会った楓ちゃんだけでも、偉そうな事だと思うが救いたいと思っている。

 俺にはどうする事も出来ないと思っていたが、どんな因果関係でそうなったかは知らないが、橘先生に取り憑かれてこんなにも頼もしく信頼の出来る仲間が出来た。

 それは百万ドルを差し出しても手に入らない、いやそれ以上に価値のある存在だと俺は思っている。

 だから楓ちゃんは一人じゃない。

 いや、一人になってはいけない。

 楓ちゃんが独りぼっちになったら、確実に永遠の闇に葬られ、取り返しのつかない事になるだろう。

 そう思うと俺は・・・。


 あれから、色々な出会いや思い、そして悩んだり迷ったりしながら、一ヶ月の時が過ぎた。

 俺には思い出したくない記憶があるが、世の中にはもっと苦しい目にあっている人から見たら、些末なものかもしれない。

 でもそれは俺にとって重大な事で、誰がなんと言おうと、それは些細な事じゃないと思う。

 最近になって、あの時の記憶が夢に出て、その瞬間目覚めて、夢だと思って安心するが、あれは夢ではなく現実に起こった事だと。

 何だろうか?この開けてはいけない記憶の扉を開かなければいけない日が来るような気がして、何か俺は一人で震えていた。

 でも俺がどう拒んでも、その日が絶対に来そうな気がしているのは気のせいであって欲しいと人知れず願った。

 色々な思いにかられながら、それでも夢を持って俺は生きている。

 誰かを守れるような強さを俺は持ちたい。

 それが出来なければ、誰かの為に生きられる強さを持ちたい。

 そのような夢を持てたのは、色々な人との出会いだ。

 この先、俺は良い人でも、気に入らない嫌な人でも、色々な人と出会わなくてはいけないと思っている。

 夢の途中は楽しい事ばかりじゃない。

 時には孤独の闇に包まれて、その行き場を遮られる時もある。

 でも俺は独りじゃない。

 いや独りになってはいけない。

 人間は基本的には孤独だが、それでも人とふれあって生きなければ生きていけない不安定な生き物だと、橘先生の教えで、それは身を持って知ったことだった。

 独りじゃないと言っても、それでも独りの夜に苛む事だってある。

 そんな思いを取り除きたいと願うが、橘先生は言うが、その思いも俺を構成するすべての要素の一つだと教わった。

 だからその気持ちもなくてはいけないのだと言っているが、そう思うと生きる事に嫌気がさす時があるが、それは俺だけではなく誰にでもある事だ。

 誰でもある事だと思って見ると、少しだけ気持ちが楽になったりする。

 だから人間は独りになってはいけない。

 橘先生は言っていたが、本当に怖いのは独りになり、自分自身を見失う事だと。

 そして真っ暗な闇に葬られ、消えていく人達を橘先生は見てきたのだと言っていた。

 だから橘先生は一人でも良いから、そんな人たちの理解者になり、絶望の淵から一歩進めるように促しているのだと。

 そして以前見たが、橘先生の書籍に入り、橘先生が請け負っている生徒を見て、数え切れない程いる事に仰天したんだっけ。

 考えて見れば分かる事だが、橘先生が亡くなった事により、路頭に迷っている生徒が居るんじゃないかとも思える。

 楓ちゃんもその中の一人だった。

 あの時、橘先生を成仏させるために躍起になっていた俺は橘先生の条件で、一人で良いから、その手をさしのべてあげてって言われて、偶然楓ちゃんの資料を手にしたのだっけ。

 それで俺は楓ちゃんと引き寄せられるように出会ったのだった。

 もし偶然に楓ちゃんを選んでいなければ、もしかしたら永遠の真っ暗な闇に葬られていたんじゃないかと思う。

 いや楓ちゃん以外でも・・・いやそんな事を考えているとずるずると邪推してしまうので、これ以上考えないように、その場で腕立てふせをして考えないようにした。

 そうやって気持ちをコントロールしないとな。

 時計を見ると、午前九時を示している。

 今日は俺の彼女である花里さんは用があるので会えないと言っていたので、やることがない。

 人知れずため息をついていると、橘先生が、

「とりあえず、どこか出かけてみれば。たっ君は僕が近くに居ても、たまに物思いにふける時があるから。そういう時って悪い方向に考えてしまいがちだからね」

「それもそうですね」

 久しぶりにパチンコでも行こうかと思って部屋の外の玄関に出ると、綺麗でお洒落でかわいらしい女の子がいた。

 どちら様?と言おうとしたが、よく見ると、その子は楓ちゃんだった。

「楓ちゃん?」

 そう呼ぶと、楓ちゃんは気恥ずかしそうに、視線を俯かせて、照れている感じだった。そこで橘先生が、

「楓ちゃん。かわいいね。僕があと何年も若ければ、声をかけてお茶でも誘っていたかもしれないね」

(それってナンパじゃないかよ)

 まあそれは流しておいて、その楓ちゃんがぎこちなさそうにその口を開いた。

「に、似合っていますか?思い切って坂下さんのアルバイト代で買ったのですが・・・」

 そんな楓ちゃんをよく見ると長かった髪を思い切ってショートカットにしたのだろうか?藍色のロングスカートに白いカーディガンを羽織っていた。

「うん。似合っている」

 それは楓ちゃんに気を使っているのではなく、本心から出た言葉だった。

「本当ですか」

 パァーと顔を綻ばせて、嬉しそうな笑顔で笑っている。その笑顔に俺は花里さんと言う彼女がいながら、心奪われそうだった。

 彼女はにこりと笑って、誰かとアイコンタクトをとっているような目をしていたので、その視線を追っていくと、楓ちゃんを引き取ってくれた坂下さんに視線に向けていた。

 その時、いやその以前から知っていたが、楓ちゃんは俺に気があるみたいだ。

 でも俺にはもう花里さんと言う彼女がいるので、その気持ちには俺は答えられない。

 きっと坂下さんは今では妹のようにかわいがっている楓ちゃんの気持ちを知ってやっているのだろう。

 俺が花里さんとつきあっている事を知っていながら、いったいどういう訳なのか?その辺が分からない。

 とにかく俺はパチンコにでも出かけようと、その場を後にしようとすると、坂下さんが、

「そこの王子様」

 王子様って俺を比喩して引き留める。続けて、

「あんたに彼女が居る事は充分承知しているよ。楓はただ・・・」

 瞳を閉じて、何を考えているのか俺には分からず、ただ俺は、

「ただ?」

 とその台詞の続きを俺は促す。

 そしてその目を開いて、何て言うか?何かもの悲しげな表情で妖艶に微笑んで言う。

「王子様に元気な姿を見せたいんだよ。だから今日くらいは楓とつきあってくれないかな?

 あんたの彼女に誤解されるような事があったら、あたしから説明してあげるからさ」

 楓ちゃんの方を見ると、何か庇護したくなるような悲しげな表情で俯いていた。

 これは男の俺にとって卑怯な女の武器だと言う事は知っているが、そんな楓ちゃんにされると憎む事は出来なかった。

 だから俺は、とりあえず、楓ちゃんにラフな格好に着替えてと言われて、いったん部屋に戻ってジーパンに黄色いカッターシャツを着て、楓ちゃんと今日一日過ごすことになった。

 楓ちゃんの方を見ると、楓ちゃんも着替えたようで、ネズミ色のハーフパンツにピンク色のカーディガンを羽織っていて、とてもお洒落だった。

 それと大きなリュックまで背負っている。

 先ほどの姿はどうやら新しく買ったお気に入りの服を坂下さんに選んで貰って、少ないバイト代を払って買ったみたいだ。

 その姿を俺に見せるためにわざわざ玄関の前で俺が来るのを待っていたみたいだ。

 楓ちゃんってかわいいし、本当に健気な女の子だなって改めて知った事だった。


 今日一日、俺がオフ日だと言う事を知っていて、楓ちゃんはこの日をすごく楽しみにしていたみたいだ。

 あの時、坂下さんに引き留められなければ、俺はそのままパチンコに行って、楓ちゃんは凹んでしまっていたのかもしれない。

 まあそれはそれで蟠るが仕方がないことなのかもしれない。

 電車で揺られて、楓ちゃんにどこに行くの?と聞いてみたが、可愛らしく唇を綻ばせて「内緒」何て言う。

 電車は京王線と言う電車であり、新宿を抜けて、八王子の方に向かっている。

 そこで橘先生が、

「なるほど」

(何がなるほどなの?)

「そういえば僕は彼女と約束をしていた」

(約束?)

「とりあえず僕の代わりに、その約束を果たして来てくれないかな?」

(だから、その約束って?)

「とにかく彼女について行ってみてよ。これはたっ君にも勉強になる事だから」

(おい)

 楓ちゃんに気づかれないように橘先生と話していたが、楓ちゃんはさすがにそんな俺に対して不審に思って、

「隆さん?」

 と俺を呼び、『誰かと話しているの?』と聞きたげな表情で俺を見る。

「ごめん何でもないよ」

「ごめんなさい隆さん」

「何で謝るの?」

「もしかして私みたいなつまらない女と出かけて、貴重な休日を奪っちゃったか何て」

 そんな事を言う楓ちゃんがとても不憫に思えて、俺はちょっときつい事を言ってしまう。

「何で自分をそんなつまらない何て言うの?」

「ごめんなさい」

 何か恐縮する楓ちゃん。ちょっと叱る感じで強く言ってしまった事に、俺は、

「ごめん。ちょっと言い過ぎた」

「・・・」

 悲しそうに瞳を俯かせて黙り込んでしまった。

 そんな楓ちゃんを見ていると、何か辛いし、せっかく楓ちゃんが楽しみにしていたお出かけが台無しになってしまうので俺は、

「とにかく自分をそんな風におとしめちゃダメだよ。誰もそんな事言っていないでしょ」

 と、オブラートに包み込むように俺は優しく叱るように言う。

「でも、私鈍くさいし・・・」

 もしかして坂下さんにそんな事を言われたんじゃないかと思って聞こうと思ったが、あの人が妹のようにかわいがっている楓ちゃんにそんな事を言うはずがないと思って、思いとどまり、とりあえず、

「楓ちゃんはかわいくて素直で優しくて魅力的な女の子だと思うよ」

 何て言うと、自分でも驚くくらい俺は人にこんなにも優しく出来る自分にほっこりしてしまう。

 その思いは楓ちゃんに通じて悲しそうな顔をしていた楓ちゃんの表情が明るく笑顔になってきた。

 そして楓ちゃんは言う。


「ありがとう」


 何てお礼を言われて、ただ単純に嬉しかった。それで楓ちゃんが、

「そういえば、坂下さんにも同じように叱られた事がある」

「どんな?」

 と俺は気になる。

「前に、私がお皿を落として『お世話になっているのにごめんなさい』と謝ったら、『そんな風に思うのはやめなさい』と怒鳴られた事があるの」

 と聞いて俺は坂下さんがどんな人が詳しくは知らないが、何かその気持ちは何となく分かった。続けて、

「『あなたはいっぱい粗相をして甘える年頃なんだから』って。

 親戚でも何でもない私をお世話をしてくれるのに、そんな風に思ってくれるなんて、私は初めて会いました。だから私は幸せです」

 とにかく楓ちゃんは本当にいい子だ。

 それで俺は思い出す。

 こんなにいい子でも、以前万引きに手を染め、心を黒く染めて取り返しのつかない事になりそうになった。

 だから人は一人では生きていけない。

 橘先生から聞いた話だが、非行に走る少年少女は周りに理解をしてくれる人がいないからそうなるのだと。

 それは改めて思ったことだ。

 こんな俺でも、もう何年も会っていないが、育ててくれた親が居たのだ。

 そう思うと俺は恵まれている。

 何て考えていると、楓ちゃんが、

「隆さん。次の駅で降りますから」

 降りる駅名を見ると高尾山口と言う駅だった。

「約束って山登り?」

「えっ?」と楓ちゃんは訳が分からない感じできょとんとして「約束?」と。

「ごめん。何でもない忘れて忘れて」

 橘先生との約束って、どうやら山登りみたいだ。

 別に俺に橘先生がとり憑かれている事がばれても良いのだが、話がややこしくなるし、誰も信じてくれないだろう。

 そんな橘先生と先ほど会話をして、約束を果たす何て言っていたっけ。

 それでつい約束何て言ってしまって楓ちゃんは訳が分からないといったような顔をしたのだろう。


 駅を降りて、早速高尾山に至る道が続いていた。

 だから楓ちゃん、あんな大がかりな荷物を背負っていたんだ。

「橘先生と約束したんだ」

 楓ちゃんの方を見ると、悲しげな表情で俯いていた。続けて、

「橘先生が亡くなる前日に今度山に登りに行こうって」

 それでその約束は果たせなかったのか。

 だからそれを果たすために俺を・・・って。

「楓ちゃんは橘先生と行きたかったんでしょ。どうして俺と」

「分からないけど、隆さん。変な事を言うかもしれないけど、隆さんって橘先生にとり憑かれて居るんじゃない?」

 と言われて、

「どうして分かるの?」

 本気にしてしまってそう言うと楓ちゃんは「えっ?」って言うような疑問を表す声を発していた。

 すると楓ちゃんは笑って、

「そこまで私のつまらない冗談に乗らなくても」

 俺は自分が恥ずかしくなって、つられて笑うようにごまかした。そこで橘先生が、

「いっそうの事、楓ちゃんに僕の存在を教えてあげれば」

 何て言っていたが、

(信じてくれないだろう)

 楓ちゃんの冗談は本当だが、信じてはくれないだろうそんな不可解な事。

 まあ、確かに俺は橘先生に取り憑かれている。

 だから、あの冗談もまんざら恥ずかしくならなくても良いと思う。

 きっとそんな冗談を言えるほど、俺に対して橘先生を感じたんじゃないかって。

 とにかく今は楓ちゃんと橘先生の約束と言うことで山登りをするんだっけ。

 それはそれで良いとして、どうして橘先生は楓ちゃんと山登りをする約束をしたのか?

 まあ山登りは自力で頂上を目指さなくてはいけない。それを伝えたいのだろうか?

 いや頭の良い楓ちゃんなら、そんな事をしなくても分かるだろう。

 じゃあ、何を伝えたいのか本人に聞こうと思ったが、橘先生はそういう事は教えてくれない事をとり憑かれている俺はよく知っている。

 だから俺も楓ちゃんと同じように身を持って知る事にして、今日は楓ちゃんと山登りに挑戦する。

 それよりも山登りなんて初めてだ。

 高尾山なら小学生でも登れる山だから、まあ多少辛いだろうが、何とか登れるだろうと思った。


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