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出会い,そして夢の始まり  作者: 柴田盟
13/25

たっくんと涙4

 次の日、季節外れの冷たい大雨が降っていた。

 花里さんが勝手に約束した、時間はとっくに過ぎていて、午前十時を回った所だった。

 きっと彼女も諦めて帰っている頃だと思って、気にはしなかった。

 それに彼女からの連絡もない。

 毎日仕事や勉強で大変なので、休みの日ぐらいは、気分転換に俺の大好きな美少女御子ナナのDVDでも見ようと思う。

 時間がたつにつれ、なぜか花里さんの事が心配になってくる。

 そこで俺は、

「なあ、先生」

「うん」

「彼女とは徹底的に距離を置いた方が良いだろ」

「僕はそう思うけど、最終的に決めるのはたっ君だからね」

 聞くのも愚問だったな。

 どうしてだろうか?何か心配になってきた。

 時計を見ると、午前十一時を回った所だ。

 さすがにもう待ってはいないだろう。

 相変わらず雨は止まない。

 それに昨日はあんなに暖かかったのに、今日は凍えるほど寒い。

 もし待っていたら、彼女体に毒だろう。

 美少女御子ナナが終わって、ちょうどお昼になった頃だった。そんな時橘先生が、

「彼女の事そんなに心配?」

「・・・」

 言葉にはしなかったが俺は心配だった。

 昼ご飯はたまには外で食べることにして、土砂降りの雨の中、傘をさして行った。

 おいしいラーメン屋が平井の近くにある。

 とりあえずそこに行こうと思う。

 俺は彼女の事が気になって、まさかまだ待っているとは思わなかったが、彼女はいた。

 土砂降りの雨の中、傘も差さずにずぶ濡れになって、悴んだ手を悲しそうに吐息で暖めていた。

 そんな彼女を見ているとほおっておけない気持ちに駆られたが、ここで距離を取らなかったら、あまり良くない事だと思って、遠くからしばらく見ていた。

 いやもう見ていられない、花里さんはその華奢な体を小さく震わせながら俺が来るのを待っているようだからだ。

 待ち合わせ時間は九時だった。

 スマホに表示されている今の時間を確認すると、十二時半を過ぎた所だった。

 つまり、こんな冷たい雨に打たれながら三時間半待っていたことになる。

 これ以上、ほおっておいたら、彼女が大変だと思って、傘を差しながら彼女の元へと向かっていった。

「おい」

 と声をかけ、持っていた俺の傘に入れて上げた。

 彼女が俺に気がついて振り向くと、数時間冷たい雨に打たれたせいか?体調が芳しくなさそうな赤い顔をしていた。

「来てくれたんだね」

 何て暢気にそんな事を言っていた。続けて、

「これ、バイトで買ったんだよ。似合うかな?」

 弱々しい口調で、いつもは高飛車で素直じゃない花里さんだが、何か今は素直で正直分からないが愛おしく思ってしまう。

 そのせっかくの服もびしょぬれで、あまりこんな言い方をするのは良くないと思うが台無しだ。それはともかく俺は、

「大丈夫なのかよ」

「大丈夫」

 とは言っていたが、おぼつかない足取りで俺の所に歩いて来たが、体制を崩して、倒れそうな所を俺は花里さんを倒れないように支えた。

 彼女は長時間こんな冷たい雨に濡れて、体調を崩してしまったみたいだ。

 ここは俺のうちの近所だから、彼女を背負いながら、俺の家まで運んでいった。

 到着して、彼女を家に上げ、彼女の額に手を当てるとすごい熱だと感じた。

 その証拠に意識がもうろうとしている。

 それに服もびしょ濡れだ。

 家に入れたのは良いが、こんなびしょ濡れの服に身を包んでいると体に毒だ。

 だったらあの時、俺の家に上げるのではなく、救急車でも呼べば良いと後悔してしまう。

 とにかくどうすれば良いのか、考えた結果、今日は日曜なので、お隣の年齢不詳のアパートの一階で飲み屋兼アパートの管理人をしている坂下さんの家のドアを叩いた。

「坂下さん」

 と言いながら、

 すると今日は休日だからか?今まで眠っていたみたいで、眠そうな感じで現れた。

「何よ」

 急に起こされて不機嫌そうだ。

 とにかく今は緊急事態なので、事情を説明して着替えを頼んだ。

 坂下さんは体調不良の花里さんを見ると、すぐに協力してくれた。

 坂下さんは坂下さんが着ている下着から上着まで用意して、着替えさせてくれた。

 俺はその間、部屋の外に出て、合図が来るまで待っていた。

 お隣の坂下さんはイメージ的にあまり良くないと思っていたが、患った花里さんを見て、必死に協力してくれた事に、人は見た目で判断してはいけない事を改めて知った。

 それはともかく、坂下さんが「良いわよ」と合図をしてくれて、恐る恐る中に入ると、着替えはすんでいて、花里さんは俺がベット代わりにしているソファーに気持ちよさそうに眠っている姿を見て安堵する。

「ありがとうございます」

 と、お礼をする。

「まったくこんなかわいい子に土砂降りの雨の中長時間待たせるなんて、いったいどういう神経をしているの?」

 坂下さんは怒る。

 言い訳は出来ると思うが、それはしてはいけない事だと思って、坂下さんの叱責が心に響く。

 いや言い訳をすれば俺の気持ちは楽になる。でも花里さんをこんな目に遭わせたのは明らかに俺のせいだと思い、自分自身を責めずにはいられなかった。

 そんな俺を見て坂下さんは穏やかな笑顔で、

「でも、こんなむほうびでかわいい女の子を連れて、疚しい気持ちにもならないなんて男の癖にどうかしているわ」

 誉められているのか分からないが、何か複雑な気持ちだ。続けて、

「それに服を脱がす事に躊躇って、わざわざ女の私に頼むなんてずいぶんと紳士だね。それとも松本さんってゲイ?」

「違いますよ」

 そこは誤解されたくないので、強く否定しておく。

 すると坂下さんは高らかに笑って、

「冗談よ。とにかく安静にすれば、すぐに良くなるわよ」

 大きく息を吸って吐いて、その目を閉じた。そんな俺を見て坂下さんは、

「自分を責めるなって言っても、こんなかわいい子にこんな目に遭わせたんだから、少しは責めた方があなたにとって良い薬なのかもしれないね」

 何て俺を見透かす。

 見透かされて俺は正直あまりいい気分はしない。

 いやただ単に俺は感情がすぐに顔に出てしまうからか?

 とにかく彼女が無事で良かった。

 その瞳を開いて、坂下さんの目を見ると、何か俺にとって苦手な目だった。

 その目が何なのか思い出す隙も与えないように坂下さんは、

「この子、花里さんだっけ?この子に迫られて距離を置こうとしたんだけど、心配になって待ち合わせ場所に行ってみると、この子は雨に打たれて体調を崩して、ほおっておけなくなって、ここまで連れてきた」

 坂下さんの言葉を聞いて思い出したが、その目は人を見透かすときの目だ。

 俺は以前にもその目で見られ、見透かされてあまり良い気分はしない事を思い出した。

 誰にそんな目で見られたのか、分からない、いや思いだそうとすると、心が引きちぎれる気持ちに苛んだ。

 坂下さんがそんな目で俺を見て、続けようとしたところ、俺はついムキになって、「やめろー」と叫んでしまった。

 我に返り、坂下さんを見ると、一瞬驚いたのか?きょとんとして、水商売特有の妖艶な瞳で俺を見て、フフと口元をつり上げて笑いながら言う。

「ただの痛い男だと思ったけど、なかなか面白いんだね、松本さんは。こんないたいけでかわいい花里さんが好きになった気持ちが分かったわ」

 と意味深な事を口走って、立ち上がり、

「とりあえず安静にすれば、大丈夫よ。もしかしたら、ここで今、王子様のあなたのキスでもすれば、目覚めるかもしれないね」

 何て言って部屋から出ていった。

 思いだそうとすれば、心が粉々に砕けそうな気持ち。何だろう。

 そんな事より、花里さんを見ると、お隣の坂下さんの看病の甲斐があって、顔色は熱を帯びて真っ赤だが、先ほどよりも落ち着いた感じだ。

 こんな冷たい雨に打たれても俺の事を待っていたなんて、いったい何を考えているのだ。

 俺が様子を見に行かなければ、もしかしたら命に関わっていたのかもしれない。

 そう思うと様子を見に行って良かったと、ハラハラする。

 とにかくどうしようと思って橘先生の顔を見る。

「これは困った事になったね」

「・・・」

 同感だと思って、その目を閉じて、座り込む。

 本当にどうしよう。

 花里さんも家族がいるだろうし、家に帰らなかったら、家族の人が心配するだろう。

 花里さんの気持ちは正直嬉しい。でも俺はその気持ちだけを受け取る事しか出来ない。

 改めて眠っている花里さんを見ていると、胸がドキドキして、その潤った唇を重ねてむちゃくちゃにしたいと思ってしまったが、思いとどまる。

 俺も男だ。そういった本能も持ち合わせているのだから、そんな風に思ってしまってもおかしくないと以前どこかで聞いたことがある。

 いやそういう気持ちがない方がおかしいのかもしれないな。

 まあ、とにかく目覚めたら、無理をさせても帰そうと思う。

 ここでタバコを吸おうと思ったが、患った花里さんの病気が悪化したら、いけないと思って、吸わなかった。

 勉強をしようと思ったが、花里さんが気になって、今一集中できそうにもないので、やめておいた。

 だから俺は美少女御子ナナのDVDをつけて見ていやされる事にした。

 音を大きくせず、俺は美少女御子ナナのDVDを見た。

 見る度に思うが主人公のナナは、表向きは女子高生だが、その裏は悪を改心させる正義のヒロイン。

 以前このアニメを見て、現実的に考えるとバカバカしいと思った。だから俺は現実的に考えず、アニメの世界にどっぷりとハマっていた。それで俺は思っていたアニメは夢があって良いと。

 でもこうして改めて見ると、この物語のテーマである悪を改心させるという俺的には現実的に考えても良いんじゃないかって。

 この物語に出てくる悪は、何かしらの原因で悪になってしまった。

 一例を挙げると、単純に信じている人に裏切られ悪に染まってしまうと。

 それに美少女御子ナナを仕立てた賢者であるおじいさんは口癖のように言う。

 悲しみや苦しみに苛む所に悪魔は現れ、その邪悪な思いにつけ込まれると。

 それはこのアニメだけじゃなく、現実の世界でも同じ事だと思った。

 そうだよ。現実的に考えれば、欺瞞や非難という苦しみや悲しみの根元につけ込まれ悪に染まる。

 それは心が弱いからだと思うが、考えてみれば、人の心はそんなに強くはない。

 この物語に出てくる敵は皆孤独を背負わされた人間であり悪に取り付かれる状態になりやすい事に気がつく。

 だから、その孤独に苛まれた人間に今俺に取り付いている橘先生のような人が側にいれば、悪につけ込まれる事はないんじゃないかなあと思う。

 だから人は一人では生きられないと言うのが、このアニメの言いたい事なのかな?

 何て考えながら、長時間雨に打たれて体調を崩して患ってしまった花里さんを見る。

 もしかしたらこんな俺を好きになった花里さんも孤独なんじゃないかと思ってしまう。

 でも俺は花里さんの思いに答える事は出来ない。

 そこで俺は思い出す。

 俺が以前、受験中に恋をして、曖昧な返事に納得が行かずに、その人にひどい事をしてしまった。

 確かに俺はひどい事をしてしまったが、つき合えないならつき合えないとはっきりしてほしかった。

 再び彼女のせいにしたいと思ったが、考えてみれば俺が悪い。

 だからここはきっぱりと断らなければならない。

 失恋は辛い。それはわかっているが、使用がない。

 そう思うと受験中に恋をした人は、こんな俺を傷つけたくないと思って曖昧な返事をしてしまったのかもしれない。

 それが間違いだったのだ。


 繰り返し見ても癒される美少女御子ナナのDVDが終わった頃、橘先生が、

「本当にアニメは夢があっていいね」

「ああ」

 そういって意識を戻さない花里さんが心配になり、そのおでこを触り熱があるかどうか確かめた。

 先ほどよりも熱が下がった感じだ。

 安堵したが、目覚めた時、俺ははっきりと言わなければならない。 

 それはわかっていても勇気のいる事に気がつく。

 彼女が目覚めて俺は言う事はわかっている。

 何て考えていると橘先生が、

「彼女を傷つける事に思い悩んでいるようだけど、ここはたっ君がはっきり言わなければ、・・・」

 橘先生の言葉を遮り、俺は思いきりその目を閉じて、

「分かっているよ。そんな事」

 つい大声を出してしまう。

「それと一つ言っておくけど、僕はもったいないと思うんだよね」

「あれだけ、俺にその気がなければ別れた方が良いって言ったのはあんただろ」

「最後まで聞いてよ」

 言われた通りその耳を橘先生に向ける。

 そして橘先生は真摯な瞳を俺に向け言う。

「彼女を見て分かるけど、こんなにかわいくて純粋な子、そうはいないよ」

 純粋と聞いて『どこが』と否定しようと思ったがそれは本当かもしれない。

 彼女は俺の前では素直じゃないが、考えてみれば俺に対しての思いは一途だ。続けて橘先生は、

「彼女不器用だけど、僕から見たら、全力でたっ君に尽くしてくれると思うんだけどね」

 何て言われて、彼女の寝顔を見つめると、彼女に対しての気持ちは心臓が破裂しそうなほど高鳴った。

 惑わされてはいけないと思ったが、眠っている彼女に対して夜這いでもしたい気持ちに駆られる。

 でもそれは彼女の事が好きなのではなく、ただ単に俺は欲情しただけなのだと分かって、その思いを振り払うかのように拳を丸めて自分の頬に殴りつけた。

 その衝撃により、俺の欲情する気持ちを抑える事が出来た。

 そんな俺を見て橘先生が、

「たっ君も同じように純粋なんだね」

 誉められているようだが、何かムカつく。

 時計を見ると午後五時を示していた。

 そろそろ彼女を起こして帰って貰わないとな。

 改めて彼女の寝顔を見つめると、大分良くなった感じだ。

 すると彼女は「うっ」と呻き、おもむろにその瞳を開けた事に、ほっとしたと同時に、困惑してしまう。

「起きた?」

 まどろんだ瞳で俺を見た瞬間、はっと我に返るように、「あっあたし。どうして?」そういって起きあがり、まだ病み上がりで、体を起こして頭痛がしたのか頭を抑えた。

 そんな彼女を見て俺は気が気でなく、彼女の元へと行き、

「まだ病み上がりなんだから無理するな」

 って俺は何を言っているのだろう?多少無理させても彼女を帰そうとしたのに。

 彼女は何か違和感を感じたような顔をして、彼女はかけられた布団をめくり、布団で隠れて分からなかったが、彼女はスケスケの紫色のネクリジェに下着は男性を誘惑させるような艶やかな赤いブラジャーとパンツを身につけていた。

 見ているこっちはたまらなくなって、急激に頭に血が上ったような感じになり、倒れそうになった。

 それよりも彼女はパニック状態に陥って、「キャー」とものすごい声で叫んだ。

「落ち着いて・・・」

 何か分からないが意識がおぼつかなくなり、立っているだけでも辛く感じて俺は・・・。


 そういえば、着替えを貸してくれたのは水商売を営む坂下さんだっけ。

 何であんな妖艶で艶めかしい格好に着替えさせたのか?

 いったい坂下さんは何を考えているのか?

 看病をして着替えまでしてくれた事には感謝するが、半分は善意で残りの半分はいたずらとしか思えない。

 見た目が悪いからと言って偏見を持つのは良くないと思ったが、それも半信半疑に思ってしまう。


 軽く頬を叩かれる感触がして、その目を開けると、心配そうに俺を見下ろす花里さんだった。

「花里さん?俺は?」

 体を起こすと、花里さんは恐縮そうに、

「ごめんなさい」

 と謝ってきた。

 そんな花里さんを見て、俺はとりあえず、誤解は解けたのではないかと思って辺りを見渡すと、ソファーの上に足を組んで座りながら優雅にタバコを吸っている坂下さんの姿が合った。

「叫び声が聞こえて来てみれば、まったく男の癖に意外と奥手なのね」

 坂下さん。そこで花里さんは、

「事情は坂下さんに聞きました」

 なるほど、話が見えてきた。

 どうやら俺は花里さんの衝撃的な姿を見て、気絶してしまったみたいだ。

 その間、花里さんの悲鳴に気がついた坂下さんが駆けつけて、事情を聞いたとそんなところだろう。

 花里さんは今朝着ていた服に身を包んでいた。

 その姿を花里さんは俺に見せたいと言っていたようだが、改めて見ると、似合っていてかわいらしかった。

 時計を見ると、午後六時半を回ったところだった。

「大分良くなったみたいだね」

 花里さんに今日の所は帰ってって言う意味を込めて俺は言った。

 すると察しの良い花里さんは、俺の言っている意味が分かったみたいで、つまらなそうに視線をうつむけてしまった。

 だから俺は勇気を振り絞って言う。

「悪いけど、帰ってくれないかな?」

 花里さんは黙り込み、なぜか坂下さんに助け船を要求するような目で見た。

 その仕草を見て、俺が気絶している時、何か分からないが、仲を深めたんじゃないかと予想してしまう。

 その通りであり、坂下さんが大きくため息をついて、

「私から一つ言っておくけど、この子はあんたにもったいないぐらい純粋でいい子だよ」

 と先ほど橘先生と同じ事を言う。

 そう言われると、心は揺れる。

 改めて花里さんの方を見ると、庇護したくなるような目で俺を見つめていた。

 さらに俺の心は激しく揺れて、目眩がする感覚に陥る。

 だから俺は、

「俺のどこが良いんだよ。俺は大学もちゃんとした職にも就いていないんだよ・・・」

 続けようとすると、坂下さんが口を挟んで、

「松本さん。この子はそんなつまらない事を気にしてあんたを好きになった訳じゃないと思うよ」

「じゃあ、俺のどこが良いんだよ」

 彼女を見る。相変わらず庇護したくなるような表情だったが目を光らせるかのように、その思いを俺に言う。

「誠実で一生懸命なところ」

 と、その台詞に嘘偽りなど感じなかった。

 俺は誠実じゃないと反論しようとしたが、以前橘先生にも言われたが、自分を自分で誠実などと言う人間ほど怪しい人はいないと。

 それに橘先生の言っていた事は本当だった。

 花里さんは俺の誠実な所に惚れたのだと。

 その目を閉じて、俺達三人の間に沈黙が生まれた。

 そしてその沈黙を破って彼女を見るとそのプルンと潤った口から俺に対する思いを言う。

「あたし、松本さんしかいない。松本さん以外の人を好きになれない」

 とは言っていたが、花里さんはまだ高校生だ。仮にここで俺が振っても、その長い道のりの中で、素敵な人と出会えると思っている。

 それはそれで良いとして花里さんは続けて、

「あたし、松本さんの理想になりたい。アニメの女の子に恋をしているなんて聞いた時は、正直引いたけど、それでもあたしもアニメを好きになって松本さんとその事を共有したい。

 知っている?今日着ていた服、美少女御子ナナがお洒落をした時に着ていた服をモチーフにして選んだんだよ」

 何て言われて花里さんの着ている服を見ると、確かに似ている。続けて花里さんは、

「それに松本さん。誠実だし、誰よりも純粋な人で、・・・松本さんの夢を聞いた時、あたしはこの人しかいないと思った。

 あたしこう見えても、人を見る目はある方なんだよ」

 とその大きな瞳で見つめられ、俺の頭は真っ白だった。

「松本さんがあたしを守るんじゃなくて、あたしが松本さんを守りたい。その松本さんの夢を守りたい。純粋で暖かいその松本さんの心を守りたい。その・・・」

 続けようとしていたが、花里さんの告白を断る理由なんてなかった。

 気がつけば俺は坂本さんと橘先生の目もくれず、その華奢でガラス細工のような繊細な体を抱きしめていた。

 彼女の鼓動を胸で感じた時、なぜか俺の目から止まらない涙が流れ落ちていた。

 それは彼女も同じだった。

 そんな俺達を見ていた坂本さんは、

「おめでとう。一つ言っておくけど、あんた達これからが大変なんだからね」

 と言って部屋から出ていった。

 それに俺しか気がつかない存在の橘先生も、「フフ」と穏やかな笑みをこぼしていた。

 何だろう?今まで味わった事のない嬉しさに俺は満ちている。

 思えば、花里さんとは距離を置こうとして避けようとしたが、その花里さんの俺に対する思いに心は変わった。


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