たっくんと涙2
眠る度に見る夢だが、いつも俺の前にかけがえのない存在だった芳山が出てくる。
彼女はいつも俺にこう告げる。
「松本君には使命がある」
と。にっこり無邪気に笑って去って行くのだった。
そして俺は目覚めて、何となく夢で見た芳山の笑顔を想像して、胸に手を当てて、思いに浸る。
それで俺はこう呟いてしまう。
「俺には使命がある」
と。
それは何なのか?それとも何の根拠もない夢の事だから気に留めたって仕方がないと思ったりもするが、何かやる気に満ちてくる。
とにかく、誰かのために生きられる強さを持ちたいと言うのが俺の今目指している理想だ。
そうやって俺は歩み続ければ良いのだと気持ちの整理が出来た。
今やっているコンビニの仕事だって、誰かの為になっている事だと思って、熱が入る。
中にはアルバイトのコンビニに誇りを持ったって何の自慢にもならないなんて思っていたが、今は違う。
この仕事だって、正真正銘誰かの為になっていると俺は口には出さないが、誇りを持って良いと、心の中で呟いていた。
その事を橘先生は共感してくれて、毎日俺の勉強を見てくれている。
思えば、俺は以前と比べて良い方向に変わっていったみたいだ。
こんな俺をバカにしたいなら、バカにさせて置けばいい、それでも俺はマッチ棒のようなかすかな輝きを求めて俺は毎日を賢明に生きたい。
考え方によって、幸せは自分で決めるものだと勉強になった。
それと様々な出会いを繰り返して、俺は今の幸せを手にする事が出来た。
だから人間が、一人で生きていけない事を身を持って知ったのだ。
俺はこれから色々な人と出会わなければいけない。
その中に嫌な奴との出会いもあるかもしれないが、それでも俺は前に進みたい。
やがて孤独に苛まれ、自分自身を見失う時が来るかもしれないが、俺は命を懸けて、この自分で掴んだ幸せを守り通す。
この道を遮る悪魔のような奴に出会おうとも、俺はそいつに対して屈しないし、恐れないと言ったら嘘になるが、それでも俺は歩みを止める事はしない。
不安な時も苦しい時もあるが、その向こう側の明日を見つめて進みたいと思う。
それは自分の為であり、その思いは誰かの為になると俺は信じたい。
そんな事を思いながら、週末思いも寄らない事が起こる。
ぼんやりとレジに立って、ふと考えてしまうのが楓ちゃんの事だった。
橘先生と話し合ったりする。
楓ちゃん、うまくやっているかとか?ちゃんと飯は食っているのかとか?また無理していないかとか?
何て語っていると、俺のオタクだった事がばれて、ドン引きしたと思われる花里さんが出勤してきた。
「おはよう」
と声をかけつつも、彼女は俺と目も合わせずに事務所の中に入っていってしまった。
うわー何か傷つく。
オタクがそんなにキモい?
こんな時、俺は家で引きこもりたくなる。
そんな事を考えながら、彼女はレジに来て、改めて「おはよう」と言ったが、不機嫌そうに唇を噤んで黙り込んでいる。
いくら嫌いだからと言って、シカトされると心に矢が刺さるかのような痛みを感じる。
「あーあ」
何て橘が呟き俺は、
「何があーあだよ。完全に俺は嫌われたよ」
「そういう意味で、言ったんじゃないよ」
「じゃあ、どういう意味で言ったの?」
「もう彼女はたっ君にメロメロだって、そういう意味で言ったんだよ」
『嘘付け』と文句を言ってやりたいと思ったが、橘先生の言う事は結構当たっているから、信憑性があってもおかしくない。
でも、あんな態度を取られてしまうと、俺もひねくれているから、信じる気持ちは揺れてしまう。
まあ、とにかく花里さんに対しては多少傷つく事もあるが、慣れるしかないな。
俺の事を好きになってくれた気持ちは嬉しいが、いざ嫌われてしまうと、本当に鬱だ。
まあ、とにかくこの状況にも慣れないとな。
仮に彼女とつきあっても俺は彼女を幸せにする事は出来ない。
だから、心の傷は付いても、それで良かったんだな。
彼女レジを離れて働いているが、俺の事を完全に距離を取っている感じだ。
何だろう。俺もこの空気にも慣れてきた。
以前だったら、ちょっと嫌な事があったら二三日は引きずってしまったが、今はそれほど感じなかった。
どうやら、俺は夢を持つことで強くなれたのかもしれない。
そう思うと、何か嬉しかった。
とにかくそれはそれで良いとして、仕事に専念する事にしよう。
しばらくそんな状態が続いて、俺が仕事に専念していると、彼女は何を思ったのかいきなり、
「せ、せせせ、正義も、あああ悪も、ししし、幸せにする、びびび、び美少女御子ナナ参上」
いきなり美少女御子ナナの参上シーンをギクシャクしてポーズを取りながら、言っていた事に俺はきょとんとしてしまう。
「・・・」
俺は彼女に対して、どんなリアクションをすれば良いのか?困惑してしまう。
すると、彼女はみるみる顔を真っ赤にさせて、自分が痛い事をしている自分に気がついて、すごく恥ずかしく思っている感じだ。
そんな時、俺にとりついている橘先生が。
「たっ君。彼女はたっ君と趣味を共感したいんだよ。何か言ってあげないと」
そこで俺は気がつく。
俺の趣味を共感してまで、俺との距離を縮めようとしている事に。
でもあまりにも唐突だった為か分からないが、俺はやはりどんな反応をして良いのか、黙り込んでいるままだ。
しばらくして、彼女はキッと鋭い視線を俺に向けて、「バカ」と罵って俺ははたかれてしまった。
はたかれた事に俺は憤り、「何すんの?」と大声で言ってしまう。
「あたしの気持ちが分からないの?」
花里さんは目に涙をいっぱいため込みながら言う。
そこで俺は確信した。
橘先生の言う通りだと言う事に。
俺の事、本気で好きだと。
でも俺にはその気持ちには答えられず「ごめん」と言う以外に見つからなかった。
すると花里さんはそのまま、店の制服を着たまま、走って外へ出てしまった。
そんな花里さんを見ると、本当に申し訳なってくるが、これはこれで仕方のないことだと思うしかなかった。
仕事が終わり、店で俺は花里さんが帰ってくるのをしばらく待っていたが、彼女は帰る事はなかった。
花里さんの気持ちには答えられず、しまいには泣かしてしまい、何か俺の心の中で蟠りが生じてしまった。
もてる男は辛いと聞いた事があるが、その言葉に対して俺には無関係だと思って気に留める事はなかったが、本当だ。
部屋の中で俺は中里さんに電話するべきかどうか迷って、橘先生に聞いてみる。
「花里さんに電話をした方が良いですかね?」
「それはたっ君の判断で決めなよ」
「・・・」
フーとため息をこぼす俺。そこで橘先生は、
「まあ、たっ君にその気がないなら、徹底的に距離を置いた方が良いかもしれないね」
何て言っているが、それは本当の事かもしれない。
でも彼女、花里さんの姿を思い浮かべると、背も高くスリムで色っぽい。
あんな魅力的な女の子に好きだと言われて、振ってしまうなんてもったいないと思う気持ちも存在していた。そこで橘先生に俺は言う。
「俺はろくに大学も出ていないし、ちゃんとした仕事にも就いていない。だから俺には彼女の事を幸せには出来ないし、俺のどこが良いのかわからない」
「彼女はそんな事を気にしていないよ」
橘先生は真摯な表情で俺に訴えかける。
「前にも言ったけど、たっ君のその誠実なところに惚れたんだと僕は思うんだよね」
「俺は誠実な人間じゃない」
俺はそこできっぱりと断言する。
「まあ、それは自分は誠実だなんて言っている人間ほど危ない人はいないから、たっ君自身が誠実じゃないと言う方が正しいのかもしれない。それにたっ君が自分で誠実じゃないと言っても彼女の視点から見て、そう思えたんだと思うよ」
なるほどと思う。いつも橘先生の言っている事に対して勉強になる。
とにかく今日も勉強を始めようと思う。
勉強に集中して取り組んでいると、急に俺の携帯が鳴り出した。
誰かと思って携帯の画面を見ると、花里さんからだった。
「はいもしもし?」
「・・・」
何の返答もなかったので、
「もしもし花里さん?」
とその名を呼んでみる。
「今日は・・・ごめんなさい」
何か申し訳なさそうに謝って来た。
どうやら職場を放棄した事に蟠っていたみたいだ。だから俺は、
「大丈夫だよ。俺はぜんぜん気にしていないし、今日、あまりお客さんは来なかったし」
「・・・」
黙っている花里さん。
今通話の向こうの花里さんは蟠っていて、俺にどんなことを言えば良いのかと困惑して落ち込んでいるように感じた。
「さっきも言ったかもしれないけど、とにかく俺は気にしていないから」
「あたしが気にするの」
急に威張ったような口調になった。
そんな事を言われてもなあ?続けて花里さんは、
「明日は松本さんお休みだよね?」
「うん。そうだけど・・・」
「あああ、明日。その・・・あの」通話口から深呼吸する音が聞こえてきて、「明日、秋葉原でも行こうよ」
「あ・・え・・」
明日は勉強に専念したいし、花里さんとは距離を置いた方が良いと思ったが、俺はどうすれば良いのかしどろもどろとなってしまう。
断れば彼女が傷ついてしまう。だから、
「別に良いけど」
俺が了承すると、先ほどまでの暗い声の花里さんが急に声色が変わって、「本当に?」と嬉しそうだった。
通話が終わって、俺はふと、ため息をこぼしてしまった。
「どうしよう?断れなかった」
俺は情けないことに半泣き状態で、橘先生に訴えかける。
「まあ、良いんじゃない」
何て暢気に言っている。
この人は人事で言っているのかわからないが、とにかく明日してはいけない約束をしてしまった。
距離を置きたいが、逆に縮めている感じだ。
待ち合わせ場所に十分前に到着した俺は、彼女に対してどんな対応をすれば良いのか、悩んでいた。
本当にどうしよう?
何て考えているうちに、背後から肩に手を添えられる感触がして、振り向くと花里さんが現れた。
どうする。
まるでロールプレイングゲームの敵のようだ。
1 距離を取るためにきっぱりと言う。
2 かわいそうだから、とりあえず今日はつき合うことにする。
3 ・・・。
どれを選択すれば良いのか、考える余裕もなく、彼女の姿に目を奪われてしまった。
まるで彼女の攻撃のようなものかもしれない。
それは灰色のチェックが入ったロングスカートに、赤いカーディガンを羽織ってすごく魅力的な女性だった事だ。
思わず目を奪われてしまい、そんな俺に対して、
「なにじろじろ見ているの?」
「いや、服似合っているなって」
視線を斜めに向け、何か照れくさかった。
「もう何よ」
つっけんどんに返され、鈍感な俺でも分かったが、彼女はそういわれて本当は嬉しかったのだ。
素直に本当の事を言えず、その裏腹な事を言ってしまう行為がとても魅力的に感じて、胸が張り裂けそうになったが、今の俺は彼女を一人の女性として見てはいけないと思った。
とりあえず、今は午前九時を示したところだ。
秋葉原の店舗は十時に開店するので、それまで、どこか小さな喫茶店でお茶しながら、待つことにする。
店に入って店員に席を誘導されて、座ったのは良いが、俺と彼女の間に緊迫した空気が漂っている。
本当に何を話せば良いのか、俺は困惑した。
恐る恐る対面に座っている彼女の視線をのぞき見ると、彼女も困惑したように顔を真っ赤にして黙り込んでいた。
すると目があって、彼女は鋭い視線を俺に向け、何かまた傷つく事を言われるんじゃないかと恐れた。
でも彼女はその瞳を閉じて、再び開いて、
「まま、松本さんは、びび、美少女ナナが好きなんでしょ」
「はい」
と彼女に対して敬語を使ってしまう俺。
「じじじ、実を、いいい、言うとあたしもそうなのよ」
絶対に嘘だ。とりあえず信じたふりをして、
「そうなんだ。俺なんか部屋中に美少女御子ナナのフィギィアやポスターでいっぱいな程好きなんだよね。
やっぱりアニメは夢があって俺は良いと思うんだよね」
はっと我にかえり、俺は何を言っているんだ。そんな事を言ったら彼女にドン引きされてしまう。だが、彼女は、
「良いんじゃない好きなら」
「うん」
と、とりあえず頷く。
時計を見ると、まだ九時十分で、まだ秋葉原の町の店舗は開かない。
あれから十分しかたっていない事に、なぜか時間が過ぎるのが遅いような気がして、気持ちがあたふたとした。
また俺たちの間に沈黙がよぎり、緊迫した空気が流れる。
何か話題はないかと考え巡らして入ると彼女が話題を変えて俺に聞いてきた。
「松本さんは確か、大学受験の勉強をしているんだよね」
そんな話題をふられて、俺は鮮明に楓ちゃんの事が思い浮かんだ。
「どうしたの?そんな顔をしちゃって」
そんな顔とはどんな顔か?どうやら俺は楓ちゃんの事を思い出して、心配をされるような顔をしていたみたいだ。続けて花里さんは、
「以前言っていた楓ちゃんと言う人は元気?」
元気かと聞かれて音信不通状態な事に心が曇った感じになった。
「その顔は、楓ちゃんと言う子の事が心配なんだ」
これは言って良いことなのか悪いことなのか判断する余裕もなく俺は首を縦に振ってしまった。
「とにかく元気出してよ。そんな顔をされると・・・」
されると、その先の言葉を促すように、彼女の目を見て耳を傾けた。
すると彼女は急に顔を真っ赤にして、
「何言わせようとしてんのよ」
向かい側の席から俺に身を乗り出して、ひっぱだかれてしまった。続けて彼女は、
「とにかくそんな顔していると、周りに心配をかけて迷惑をかけてしまうよ。だから笑いなさいよ」
俺は何か知らないが笑ってしまった。
「何笑ってんのよ」
「笑えって言ったのは花里さんじゃないか」
気になって橘先生の顔を見ると、俺達のやりとりを優しく見守るように穏やかな笑顔で見ていた。
「もうっ」
と花里さんは、俺の手を取り、
「ほらっ、行くわよ」
「行くって?」
「秋葉原に決まっているでしょ」
「分かったから手を離して」
だが、花里さんは俺の手をギュッと強く握って、会計に行き、俺の分のコーヒー代まで払ってくれたことに、
「俺の分は払うよ」
「昨日のお詫び、あたしが払ってあげる」
彼女は素直ではないが、律儀な人だとは思った。
俺は彼女に手を強く引かれて、秋葉原の町に繰り出す。
そんな中、俺は思ってしまう。
本当に俺の事が好きなのだと。
でも俺はまだ未熟だし、彼女を幸せにする自信がない。
だから彼女とは少しずつ距離を置きたいと思ったが、距離を置くどころか、逆に縮めている感じだ。
本当にどうしよう?
でもこんな女の子と一緒にいて俺は正直楽しい。
とにかく俺と花里さんは、俺がよく行く店へと歩きだした。
秋葉原の町は俺の大好きな美少女御子ナナでごった返している。
アニメの単行本を扱っている店に入り、忘れていたが、美少女御子ナナの新刊が出ていたみたいで、お客にすぐに目に付く手前に並べられていた。
俺は花里さんの事を忘れるぐらい興奮してしまい、
「新刊出たんだ」
すぐに手にする。
興奮してしまい、ハッと我に返ると、花里さんは何かドン引きした表情をしたが、俺にあわせるように、嬉しそうに、
「あたしも楽しみにしていたんだ」
何て見え透いた嘘を言っていた感じだ。
『そうまでして俺と距離を縮めたいですか?』と聞きたいところだが、そんな事を言ったら、怒りそうだし、信じているふりをした。
それはどんどん彼女と距離を縮めている事に気がつくのは、美少女御子ナナの単行本をそれぞれ一冊ずつ買って、店から出た時だった。
そういえば、美少女御子ナナの主人公のナナちゃんを恋人だと思って妄想にふけっていた頃があったっけ。
でも今は違う。こんなかわいい女の子とデートみたいな感じで秋葉原の町で歩いている事に。
けど、何だろう?花里さんはとても魅力的な女性だが、俺は心から好きにはなれなかった。
好きと言うイメージを膨らませると、なぜか、あれ以来何をしているのか?楓ちゃんの姿が思い浮かぶ。
もちろん楓ちゃんに対して好意ではなく、自分でも何なのか分からないが、思い浮かべてしまう。
そんな事を考えていると、花里さんの鋭いナイフのような瞳で俺を見つめていた。
また、先ほどのように楓ちゃんの事を考えている俺が見透かされてしまうんじゃないかと畏怖する。
その通りであり、
「また楓ちゃんの事を考えていたんだね」
この人に嘘は通じないと思って俺は観念して、
「うん」
と頷いた。すると、花里さんは視線を泳がせながら、
「もしかして、松本さん。楓ちゃんと言う人が好きなの?」
「いや違う」
即座にそういって、
「じゃあ何なの?」
相変わらず、その視線を泳がせながら俺に訴える。
何なの?と言われて、俺も何なのか?疑問に思ってしまい黙り込んでしまう。
俺と花里さんの間に沈黙が生じて、俺にとって楓ちゃんとはどのような人なのか考えて俺は口にする。
「分からないけど、ほおっておけないのかな?」
と、どこか遠くを見るように花里さんにそう告げ、そして俺は思い出す。
あの惨劇を。
俺達の事はほおっておいて欲しいと。
その願いとは裏腹に、奴らはうす気味悪い笑みを浮かべながら、俺達に・・・。
「大丈夫?」
なぜ俺はそんな風に心配されているのか?疑問に思っていると、俺はいつの間にか呼吸を乱して、少し苦しかった。
そんな倒れそうな俺を花里さんは必死に支えてくれた。
我に返った俺は、深呼吸をして気持ちを整えて、心配させないように、
「大丈夫だよ」
と笑顔で答えた。
俺の目に映る視界にはお祭りのように行き交う人たちと俺に取り付いて俺にしか見えない橘先生を背景に、涙を飾って悲しい表情で見つめる花里さんだった。
またあの事を思い出しそうになったんだな。
忘れたいが忘れられない、それに思いだそうとすれば、精神的に壊れそうになるあの俺にとっての残酷な惨劇。
とにかく花里さんに心配かけてはいけないと思って、再び、「大丈夫だから」と言って、俺を支える花里さんの手から離れた。
だがその手はまるで磁石のように、
「大丈夫じゃないじゃない」
と俺の両腕を掴んで、心配する花里さん。
なぜかそんな心配する花里さんが鬱陶しく思ってしまい、
「大丈夫だって言っているだろ」
その掴んだ両手を振り払って叫んだ。
一秒で俺は我に返り、花里さんは涙を飾ってきょとんとして、叫んだ俺は、辺りの人の注目の的になってしまい、とにかく花里さんに「ごめん」と謝って、その場から逃げるように俺は去った。
走りながら俺は思った。
俺は最低な人間だと。
彼女はきっと傷ついて俺の事に対して幻滅しただろう。
そういえば、俺は彼女と距離を取りたかったんだっけ。
でも俺は頭の中にとてつもなく大きな蟠りが生じてしまった。
この分だと、数日はその蟠りに苛むのかもしれない。
そんな蟠りを背負うなら、俺は今すぐ人間をやめて、何も考えていなさそうな単細胞になりたいと思ってしまう。
けれど、これで良かったのかもしれない。それは彼女と決定的な距離を置くことが出来たのだから。
誰も予想も出来ない成り行き的な感じだが、それで良いのだと、そう頭の中を整理したいが、何か心が蟠る。
とりあえず、帰り道、考えながら家に到着して、分かったが、その蟠りは距離を置く事とは別に、彼女を傷つけてしまった事だと分かった。
そこで橘先生が、
「さっきの事で自分を責めちゃダメだよ」
と。続けて橘先生は、
「たっ君は優しいから、僕がそういっても自分を責めちゃうだろうけど、今のたっ君に適切な言葉と言ったら、あまり自分の事を責め過ぎちゃダメだよって事かな。
でも彼女、花里さんは傷ついたかもしれないけど・・・」
「けど何?」
その言葉の続きが気になって俺は促す。
「たっ君だったら、少し考えれば分かる事だよ」
そう思って考える。すると、かつて掛け替えのない存在だった芳山の笑顔が横切った。
そして花里さんと芳山の事を重ねてしまう。
気が強くて素直じゃない花里さん。
大らかな優しさで俺をかばってくれた芳山。
二人の性格ははっきり言って違うが、いじめられはぐれものの俺をその優しさで受け入れてくれた芳山はあの時、俺のみっともない部分を『かわいい人』と受け入れてくれた。
もしかしたら花里さんも俺のみっともない所を見て、何かうまく言えないけど、そんな俺を知る事が出来て距離が縮まったんじゃないかと考えてしまう。
いやそんな事はないな。自意識過剰も甚だしいだろう。
まあ、どちらにせよ、これを機に花里さんと距離を取った方がいいだろう。
それは俺の為でも、花里さんの為だ。
それに花里さんを傷つけてしまった事に蟠るが、この蟠りも、二三日たてば消えるだろう。
そう頭の中で整理して、俺は勉強を始める。