お買い物大好き
原稿を上げた翌日、私、新見楓は、さっぱりとした気分で部屋の掃除を始めた。
原稿が終わった後の、私の習慣なのだ。すっきりした気分の間に、ため込んだ家事をやっつけて、気持ちのいい午後を過ごすのだ。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌などを歌いながら、仕事部屋を片付け、掃除機をかける。自分の口から出てくるのは、低い声だが、今はそんなことも気にならない。
「あ、今なら、机とかも簡単に動かせそう」
私は匠太君の大きな手を見て、思いついた。
机の下にもほこりがたまるので、時々動かして掃除したいのだが、この机はかなり重い。原稿に余裕がある時は、アシスタントの子達が手伝ってくれるのだが、昨日はそんな暇なかった。
「よし、やるか」
私はちょっとワクワクしながら、机を移動させようとする。しかし、大変さはあまり変わらなかった。
「うーん……小説家って言ってたし、腕細いしなあ……」
私は服の袖をまくって、匠太君の白くて細い腕を見る。もしかして、腕力は私とどっこいどっこいかもしれない。
そんなことを思いながら私は掃除をつづけた。
午前中いっぱいかかって、掃除、洗濯、洗い物が片付いた。
掃除を終えた部屋はいつにもまして、輝いて見える。
しかし、同時に、混雑しているなとも感じた。
(……やっぱ、私の部屋ってものが多いわよねえ……)
匠太君の部屋を見た跡だからかもしれない。匠太君の部屋は、驚くほどシンプルで、絵の一枚、置物一つもない。
物にあふれている自分の部屋を見て、前からうすうす思っていたことを再確認した。
この部屋は、物が多い。
棚の中はいっぱいだし、タンスの中もパンパンだ。旅行に行ったときに買ったお土産の小物や、雑貨店で見つけた置物など、この家にはものがあふれかえっている。
(でも……どれもこれも可愛くて、お気に入りなんだよなあ……)
私は、去年、悩みに悩んで購入した姿見を見て、思う。葉っぱとバラのレリーフに囲まれた姿見は、とても個性的なデザインをしている。これはただの鏡ではない。部屋のインテリアとしても使えるのだ。デザイナーの手作りで一点もので、一目見て気に入った。値段はとてもお高かったのだが、今でも後悔はしていない。そのほかの棚を飾るフォトフレームも、動物をかたどった小物も全部お気に入りで捨てられない。
しかし、地震があったりしたら危ないよなあ、とは思っている。
(ううう……可愛いものがあると、ついつい買っちゃうんだよな……)
これ以上増やしちゃいけないとは思いつつ、買ってしまうのだ。それもこれも、可愛い雑貨店がいけないのだ。私に買わせようと、シーズンごとに新しい品を出してくるから……
「あ!シーズンと言えば……」
私はカレンダーを見て思い出す。
「そうだ!昨日からセール!」
今回の漫画の締め切りが開けたら、パーっと買い物に出かけようと計画していたのだ。一昨日からの入れ替わり事件で、そのことをすっかり忘れていた。
私は早速、出かけるために準備をはじめて……
「は!?そうだった、私、今、男なんだ……」
お気に入りの鏡の中に映り込む、匠太君の姿を見て、私は愕然とする。
「……これじゃあ、女物の店に入れない……」
つまり、楽しみにしていた店のセールに行けないことになる。
「……………………ちょっと待てよ……女装すれば何とかなるんじゃ……」
私は鏡の中の匠太君の顔をじっと見て、思案を巡らす。
ぼさぼさの長い前髪を掻き上げて、じっと見ると、案外すっきりとした顔だちをしていることに気付く。
(体つきは細いし、背は高いけど、これくらいの女の子はいるし……ストールとかで首元さえ隠しちゃえばなんとななるんじゃ?)
私はタンスの中をひっくり返して、自分の服を漁る。試着せずに買って、サイズが大きかった服が、タンスの奥に眠っていたはずだ。それに、スカートはいちゃえば、足の太さは誤魔化せるし、レギンスを履ければ、すね毛も隠せるし……
私は、バーゲン行きたさに夢中になって、匠太君のドレスアップを始めた。
そして、これは私の悪い癖なのだが、やりだすと止まらなくなる。
今回も、サイズの大きい服を見つけて、それが匠太君の体にフィットすることを発見した私は、こうなったら髪とかメイクとかもしてみようかな、なんて考えだして、化粧ポーチを取り出した。
あーでもない、こーでもないと試行錯誤していると、インターフォンが鳴り、はっと我にかえる。
今日は、誰かと会う約束はなく、実家からの届け物を持ってきてくれた宅配便さんじゃなければ、この来客は確実に匠太君だ。
(………………まずい)
女物の服を着て、化粧までしていたことがばれたら、きっと匠太君は怒るだろう。
(……とりあえず、確認を……)
私は足音を忍ばせて、玄関へ向かった。
のぞき穴からのぞくと、やはりそこには、私の姿の匠太君がいる。私が出てこないものだから、困った顔をしていた。
(……まいったなあ……このまま出ていくわけにはいかないし……)
その時、扉がノックされた。
「新見さん?いないの?」
声をかけられて、私は思わずびくっとなってしまった。
「あれ?おかしいな……物音がしてたのに……」
(しまった……さっきまで掃除していたから……)
私は冷や汗を流しながら、どうしようかと迷う。
匠太君が家に来たということは、何か問題が起きたということではないだろうか?この入れ替わっちゃった、という特殊な状況下で、ちょっと遊びに来ちゃった~はないだろうし……
「……参ったなあ……」
匠太君がドアの向こうで、ぽつりと呟くのが聞こえた。
(やっぱり何かあったんだ……)
実は昨日の夜、匠太君は私の心配を消すために、携帯電話とデジカメを預けてくれた。女である私の心配を少しでも減らしたいと、自ら進んで預けてくれたのだ。さすがに携帯電話は返そうと思ったら、「僕は、それほど使いませんから」と言って、無理矢理無たせてくれたのだ。
もし、今、匠太君の身に何か起きていたとしたら、匠太君は誰かに連絡を取って助けを呼ぶこともできない状態という事になる。
私は、覚悟を決めて、扉を開けた。