二日目 無事終了
その後、アシスタントさんたちは、僕への疑問を出すことなく、帰っていった。と言うより、いきなり仕事が増えたため、それを片付けたときには、そんな疑問を口に出すほどの体力が残っていなかったようだ。
みんな、原稿を上げると、口数少なく帰っていった。
新見さんの姿の僕は、一人だけぴんぴんしたので、少し申し訳ない気分だった。
「やったわー、もやもやが取れて、原稿も完成。言うことなしね」
一番くたびれた顔をしているが、一番うれしそうなのは新見さんだった、昨日から仕事を頑張っていただけあって、目の下には隈ができていたが、完成原稿を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
「それじゃあ、あたしも帰るわね。匠太君、今日は手伝ってくれてありがとう。この馬鹿のフォローもしてくれて、助かったわ」
アイさんもヘロヘロになりながらも、僕にそう言ってくれた。
「いえいえ、アイさんこそ、お疲れ様です」
「アイも、匠太君もありがとう!助かったわ!」
新見さんが、僕たちの肩をバシバシとたたき、言った。
「い、痛いわよ、楓」
「あ、ごめん、ごめん。匠太君の手大きいし力あるわね」
新見さんが、手を見て、笑いながら謝った。
その様子を見て、アイさんがため息をつく。
「半信半疑だったけど、今になっては、もう、信じるしかないわね……あんたたち、本当に入れ替わっちゃったのね……」
アイさんの言葉に、新見さんの目が輝いた。
「信じてくれる?」
「ええ、さっきのあんたのポカは、まさしくあんたらしいポカだし、むしろ、あそこでああならなかったら、あんたじゃないしね。全く、夢中になると周りが全然見えなくなるんだから……」
アイさんはため息をついて言った。
僕の姿の新見さんは、頭をかいて苦笑いしている。
「それで……ぶつかって入れ替わったんだっけ?もう一度ぶつかってみた?」
「うん、でも無理だったの」
「そう……あんたたち元に戻れるのよね?来週、また別の原稿の締め切りでしょう?こんなこと、あと何回も続けられないわよ。アシスタントの子達も先生があんまり顔を出さないんじゃあ、怪しむわ」
「う……そうよね……」
新見さんは困ったように僕を見る。
僕も困ってしまった。
アイさんの言う通り、こんなことを何度も続けられるわけはない。
「何か方法がないか、考えてみます」
「そうね……私も考えてみるわ」
アイさんがそう言ってくれた。
三人そろってため息をつく。
「でも、今夜は疲れたから……」
「そうね、今夜は休みましょう」
「そうしましょう」
アイさんはそう言って、帰り支度をして帰っていった。
僕も、新見さんに挨拶をして、隣の家に帰る。
家に帰って、結んでいた髪をほどくと、緊張していた体から、一気に力が抜けるのが分かった。ほとんど部屋に引っ込んでいたとはいえ、アシスタントさんの前に出るときは、やはり緊張したし、笑顔を振りまいていたおかげで、顔の筋肉が変なかんじだ。
このままシャワーを浴びて、寝てしまいたいが、厚塗りした化粧を落とさないと、新見さんが怒る。
(女の人って大変だな……)
オレは、新見さんから借りたクレンジングを手に、風呂場へ向かった。