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二日目の始まり

 次の日、朝起きて、トイレに行って、下にあるはずのものがなくなっていることに気付いた僕は、ようやく、自分が今、新見さんの姿であることを思いだした。

 「あ、朝から衝撃的だ……」

 僕は用を済ませて、トイレを出ると、思わず椅子に座り込んだ。

 しかし、そんなことしていても、問題が解決するわけではない。それよりも、今日のために、新見さんのアシスタントの情報の復習をしておいた方が良いだろうと思い、立ち上がる。

 ひとまず、朝のコーヒーでも淹れようと、お湯を沸かしていると、隣の家から、小さな悲鳴が聞こえた気がした。

 「…………」

 コーヒーを淹れながら、耳を澄ますと、新見さんの部屋の方から物音が聞こえる。

 (新見さんも、びっくりしたんだろうな……)

 僕は、そう思いながら、コーヒーを落とすためにカップにドリッパーをセットする。

 しばらくして、玄関の扉が開く音がしたので、僕も玄関に向かった。

 扉を開けると、チャイムを押そうか、押すまいかで悩んでいた、僕の姿をした新見さんがいた。

 「あ、お、おはよう……」

 「おはようございます。悲鳴が聞こえたので……入ります?」

 「うん、ありがと……」

 新見さんは、沈んだ顔で入ってきた。

 キッチンの椅子に腰かけると、新見さんが「あの……」と口を開く。

 「あの……朝立ちってさ……」

 「!?あ、ああ、あれですね……」

 僕は、新見さんのために用意していたカップを落としそうになる。

 「放っておけばいいの?特に何もしなかったら、落ち着いたけど……」

 「ええ、そうです、放っておいてください……」

 僕は新見さんの顔が見れないまま、そう返した。

 男の体の事情とはいえ、新見さんにはショックだったかもしれない。

 (そう言えば、新見さん、生理はいつ来るんだろう……)

 僕がそんなことを考えていると、新見さんはカレンダーを見て、「……あと二週間くらいは大丈夫よ、私の方は……」と呟いた。

 「……コーヒー、飲みます?」

 「うん、頂戴」

 なんとも、気まずい空気の中、僕は淹れたてのコーヒーを新見さんに差し出す。新見さんは、コーヒーカップを受け取って、コーヒーの香りをかぐと、「うわあ!」と感嘆の声を上げた。

 「すっごく良い香り!これ、インスタントじゃないわよね?」

 目を輝かせて、僕にそう聞いた。

 「はい。近所の専門店で、挽いてもらったものです」

 「へえ、あ、ちゃんとドリップしてるんだ。私もドリッパーは持ってるんだけど、面倒くさくて、ついついインスタントなのよねえ……ああ、美味しい」

 さっきまでの暗い表情はどこへ行ったのか、新見さんは幸せそうにコーヒーを啜った。

 (さっき泣いたカラスが……ってやつかな……)

 僕は、僕の顔をした新見さんの幸せそうな笑顔を見て、心の中で苦笑する。

 本当に、新見さんは表情がコロコロと変わる人だ。

 「よし!美味しいコーヒー飲んだら、元気が出たわ!あ、匠太君、皆が来る前にメイクしたいから、八時にはうちに来てね」

 新見さんはそう言うと、コーヒーを飲み干し、隣へと帰って行った。

 僕も、コーヒーを飲み、簡単に朝食を食べてから、新見さんの家に向かう。八時を過ぎた頃に、アイさんもやって来て、男に化粧されている新見さん(中身は僕)を見て、頭を押さえていた。

 「冗談でしたって落ちを期待していたんだけど……やっぱり本当なのね……」

 アイさんは、眉間にしわを寄せ、そう呟いたが、それを最後に気持ちを切り替えたらしい。

 僕に、アシスタントさんが来たら、どうするかをレクチャーし、段取り良く仕事するために、準備を始めた。

 僕は、何をしようもないので、大人しく新見さんに化粧をされ、服を着替えて、時間が来るのを待っていた。

 そして、8時50分を過ぎた頃、新見さんの家のインターフォンが鳴り響いた。


 その日の出だしは、なかなか好調だった。

 新見さんの家にやって来たアシスタントの子達を出迎え、軽く雑談し、今日は他のイラストの仕事をするので、別室に籠ることを告げ、アイさんとバトンタッチした。こういう状況は前にもあったようで、アシスタントの子達は、得に驚くこともなかった。

 その後は、別室に籠って、新見さんと一緒にいた。

 新見さんは、人物にペン入れし終わると、次の話のネームをかき始めた。

 僕は、ノートパソコンを持ち込み、自分の仕事をした。パソコンさえあれば、どこででも仕事ができるありがたさを、今日しみじみと感じた。

 時々、アイさんが原稿を手にやって来て、新見さんにアレコレと確認してから、去って行く。

 お昼休憩は、皆でアイさん手作りのカレーを食べた。

 野菜と肉のごろごろ入ったカレーはとてもおいしかった。お昼ごはんの時の会話も、アイさんがどんどん話題を振ってくれたおかげで、僕の知らない話にはならなかった。

 ちなみに、新見さんはカレーの匂いを嗅ぎながら、準備しておいたコンビニのおにぎりを食べていた。

 昼が過ぎ、三時休憩も終わると、今日の仕事にも目途がついたようだ。

 「よし、今日中にあげられるわね。本当の締め切りは明日だし。楽勝楽勝」

 新見さんが、アイさんの持ってきた完成原稿を見ながら、笑顔でそう言った。

 「あんたが、早めにペン入れしておいてくれたのが良かったのね。次回からも、こうやってくれると助かるんだけど……」

 「ま、まあ……頑張ります」

 アイさんから、目を逸らしながら、新見さんはそう言った。

 「それにしても、本当に何も起こらなかったわね。作家としては、不満だわ」

 新見さんは、僕を見て言った。

 「……これがフィクションなら、何かしら事件が起きて、僕の正体がバレそうになるのが、常套ですよね」

 僕は、笑ってそう言った。

 新見さんは、うんうんと頷く。

 「何言ってんのよ」

 アイさんは呆れたようにそう言って、部屋を出て行った。

 今日の功労賞は、アイさんだ。

 何度も、この部屋とアシスタントの皆がいる部屋を往復してくれて、美味しお昼ごはんまで準備してくれて、僕のために会話に気を張っていてくれている。

 (この事態が収束したら、お礼に何かしなきゃ……何がいいかな……)

 ご飯を奢るか、お菓子やフルーツの差し入れをするかと考えていた時、アイさんがまたもや、部屋に来た。次の完成原稿を持ってくるには、少し早い気がする。

 「あのさ、楓、このページなんだけどね……」

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