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新年パーティーで驚き

年が明けた。

 僕は結局、年末年始まで実家で過ごしてしまった。

 そして今日、出版社の忘年会をすっぽかした僕は、小町にお小言を言われながら新年会に出ることになった。

 「まあ、仕事を頑張っていたのはわかる。でもな、お前は社会人なんだぞ?」

 小町が、腕を組んで僕を見ながら、そう言った。

 今日は、パーティーなだけあって、小町の格好はスーツで決まっている。もちろん僕も、滅多に身に着けないスーツを着てきた。

 「……毎年出ているんだから、良いじゃないか、一回くらい……」

 僕は目を逸らしながら、そう言い返す。

 「ギリギリになって、すっぽかすのは止めろって言っているんだ」

 「……悪かったよ……」

 僕は、ごめんなさいと、小町に謝る。

 出版社が企画した忘年会は顔を出そうと思っていたのだが、そこには、確実に近藤さんが来る。もしかしたら、新見さんまで来るんじゃないか、顔を合わせるんじゃないかと思ったら、途端に足がすくみ、逃げ出してしまったのだ。

 本当にギリギリに、「ごめん、行かない」と小町に連絡したら、叱られた。

 「お!監督だ」

 小町が、オレのお説教を中断し、身を正した。その視線の先には、黒い鼻髭がトレードマークの男性がいる。

 「お前、ちゃんと挨拶しろよ。こんなチャンス、もうないかもしれないんだからな!」

 小町が少し緊張した顔で、そう言って、その男性に近づいて行った。

 その人は、小町と僕の顔を見ると、嬉しそうに微笑んだ。

 眼鏡と髭の似合う、この男性の名前は、三浦さん。映画監督の仕事をしている。いわば業界人だ。

 この度、僕の新作の小説は、この人の目に留まり、映画化の話が進んでいるのだ。

 僕は、映画をあまり見ないので、三浦さんの名前は聞いたことが無かった。話を受けた時に調べてみると、大きなヒットを飛ばす人ではないが、一部の映画マニアには、コアなファンがいるという監督だった。

 映像制作会社を経営している社長でもあり、ドキュメンタリーなどの制作が主な仕事らしい。その傍ら、短い時間の映画を撮影して発表しているそうだ。全国での上映とまではいかないが、関東やいくつかの県では、三浦さんの映画を放映する映画館がいくつかある。

 小説の映画化については、まだ、話を進めている段階であり、本当に映画化になるかどうかはわからない。小説の方も、まだラストまで書けてはいない状態だ。しかし、監督と顔を合わせ、話をしていく中で、三浦監督が、僕が一番書きたかった部分を映像化したがっていることが分かった。

 (三浦さんなら、きっと、良いものを作ってくれるんじゃないかな……)

 僕はそう感じた。

 僕は三浦さんに挨拶する。軽い雑談をしていると、パーティーの司会進行の男女がやって来た。今夜はパーティーの最初に、僕と三浦さんは壇上に立って、映画化への意気込みについてスピーチすることになっている。

 今年、出版社から、映画化する作品がもう一本ある。僕の方は(仮)だが、もう一つの方は、本決まりで、もう既に一般の人も知るところになっている。

 その作品とは……

 「あ、匠太君、あけましておめでとう!」

 僕と三浦さんが、舞台袖へと連れていかれると、そこに、白いワンピース姿の新見さんがいた。隣にはもちろん、近藤さんが立っている。

 ウェディングドレスを彷彿させる姿の新見さんと、黒いスーツを着た近藤さんの立ち姿に、僕は軽くショックを受けた。

 髪をまとめ上げ、普段よりも濃いめの化粧とアクセサリーをした新見さんは、とても綺麗だった。

 「あけまして、おめでとうございます……」

 僕は、何とかその言葉を絞り出した。

 年末まで逃げ回っていた、僕の小さな心臓は、きりきりと痛みだしている。

 一瞬、呼吸が苦しくなり、自分で驚く。

 (落ち着け、落ち着け……あー、でも、人って何かを見るだけで、ここまでショックを受けるもんなんだなあ……すごいな……あとで、ネタにしよう)

 僕は、こっそりと深呼吸しながら、司会者の男女の話を聞く。

 舞台挨拶の段取りを説明してもらった。映画化の発表をした後、簡単にスピーチをして、退場となる。司会者の方から、幾つか質問事項もあり、どんな話題を振られるかの確認をした。

 僕はスピーチの内容を頭の中で整理する。

 まずは新見さんたちの発表からだ。僕たちは後。

 新見さんの描く、学園ラブコメディが題材の漫画『coffee or tea ?』は、今年で三年目に突入する人気漫画だ。僕と新見さんは同じ出版社の発行する雑誌に掲載していたらしい。新見さんを出版社で見かけるまで、全然知らなかったので、小町に確認してみて、「お前、Nico先生を知らなかったのか!?うちの看板作家だぞ!」と怒られた。

 初掲載の時から、面白いと話題になり、昨年の夏ごろから映画化の話が上がり、年が終わる頃、ようやく本決まりとなったそうだ。既に撮影は始まっており、漫画のファンの間でも話題となっている。同時に、これまで新見さんの漫画を知らなかった人たちも読み始めてくれて、新見さんの漫画は現在、各書店では平台に山積みになっているそうだ。

 僕とは違い、新見さんの方の映画は、誰もが知る監督が手掛け、キャストも現在人気絶頂中の女優、俳優が名を連ねている。

 今夜の主役は新見さんで、僕はおまけのようなものだろう。

 僕たちは打ち合わせを終え、舞台に上がるまでの間、舞台袖で待機することになった。

 司会の男女が司会者席に上がり、新年会が始まる。集まったパーティー参加者たちが、酒やジュースを片手に、司会者たちに注目していた。

 「お母さん、大丈夫だった?」

 隣に立っている新見さんが、小声で僕に聞いてきた。

 いつもより少し近いその距離に、僕は少し緊張しながら頷く。

 「大丈夫だったよ。軽い怪我で……ただ、せっかく帰ってきたんだからって、引き留められて……」

 僕は、用意しておいたセリフを、つっかえながら言った。

 母親が怪我をしたというのは嘘だが、引き留められたのは本当だ。「三年ぶりに正月前に帰ってきたんだから、もう少しいなさい」と言って、僕に高い場所を掃除させようとする母親と、「久しぶりに帰ってきたんだから、付き合え」と言って、近くの山へ行き、一緒に登山させようとする父親と、「もう少し、きりの良い所まで読ませろ」と言って、小説の続きをせがむ幼馴染に袖を引かれて、僕はずるずると実家に居座ってしまったのだ。

 「そろそろ帰ろうかな……」と、何度も思ったが、その度に新見さんの顔が浮かび、「やっぱり、もう少しいようかな……」と、甘えてしまった。

 「そっか、良かったね。長い事、いなかったから、そんなに悪いのかと思っちゃった。そう言えば、ちょっと太った?」

 「ちょっとね……」

 「実家にいると食べ過ぎちゃうのよねえ。わかるわ」

 新見さんは、真剣な声でそう言って、自分のお腹を押さえていた。

 「…………あ、あの……」

 僕は、お腹にぐっと力を入れて、新見さんを見る。

 新年会会場に来てからというもの、言わなきゃ、言わなきゃと、心の中で唱えていた言葉を口に出そうと、拳を握りしめる。

 本当は、司会者にここに連れてこられる前に、新見さんの姿は発見していた。

 しかし、どうしても新見さんに話しかけることができず、ここまでだらだらと引き延ばしてしまったのだ。

 だが、これはチャンスだ。ここをチャンスにしなければ、僕は二度と言えないかもしれない。

 「あの……おめでとうございます」

 僕は拳を握りしめてそう言った。

 本当は、ちゃんと新見さんの顔を見ながら言いおうと決めていたのだが、気が付けば僕は俯いていた。

 「うん?映画化の事?ありがとう。匠太君もおめでとう」 

 「いえ、そっちじゃなくて、け、結婚の事……」

 「え?」

 「本当は、実家に帰る前に聞いていたんですけど、すみません、なんか、言いそびれてしまって……鍋パーティーの日に、皆に発表したんですよね?」

 「ちょっと待って、匠太君。それって、ミドリちゃんの結婚の事?」

 「え?ミドリちゃん?」

 僕が顔を上げると、新見さんが不思議そうな顔で僕を見ていた。

 「結婚って、ミドリちゃんと近藤さんの事でしょう?」

 「……え?近藤さんと結婚するのは、新見さんじゃあ……」

 僕がそう言うと、新見さんは慌てたように「違うわよ!」と言った。

 「結婚するのは、ミドリちゃん!ほら、私のアシスタントに来てくれてる子よ」

 僕はようやくそこで、アシスタントのミドリちゃんの顔を思い出した。まだ、商業誌に掲載はされていないものの、担当がついて、もう少しでデビューしそうな漫画家の卵の子だ。

 「あ、ほら。近藤さんと一緒にいる」

 新見さんの指さす方向を見ると、僕たちから二人隔てた隣に、近藤さんとミドリちゃんが立っていた。二人は手をつなぎ、寄り添うようにして立っていた。

 「……え?」

 「たしかに、鍋パーティーではその話も出たわよ。でも、あの日は私の漫画の映画化が決まった発表の方が主役だったのよ」

 「で、でも、編集部で……鍋パーティーの前に、編集部で近藤さんと一緒にいて、皆からおめでとうって言われてましたよね?」

 「それは、映画化が決まったのと一緒に、私の漫画の小説家も決まったからよ。近藤さんはもともと、私の担当だったから、小説の方も担当してもらう事になっただけ。おめでとうは、映画についてよ」

 「……そ、それじゃあ、新見さんは結婚しないんですか?」

 「しないわよ」

 新見さんは笑って言った。

 「……恋人は?」

 「現在募集中。でも、今は、仕事が大事だから、そっちは……休業中かな」

 「…………」

 僕がポカンと新見さんの顔を見ていると、司会者の男性が新見さんの漫画の映画化について話し出した。

 「おっと、行ってくるわ」

 新見さんはそう言って、舞台へと上がって行った。

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