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失恋は仕事で忘れよう

 僕は実家の玄関先で、自分の携帯電話を抱えたまま蹲っていた。

 (……報告会……そうか、報告会だったんだ……)

 言われて気づいた自分の鈍さに、ほとほと呆れそうになる。

 仲の良い友人、知人が集まるパーティーだ。当然、そういう話をしようという流れになるだろう。

 しかも、集まるのは漫画のアシスタントさん達。もしかしたら、新見さんの元担当だった近藤さんとは、顔見知りの可能性がある。

 (……普通に、近藤さんも来てたりして……)

 僕はそう考えて、ますます落ち込み、這うようにし自分の小さな部屋へと向かった。

 「あんた、何やってんの?」

 洗濯物を手に、廊下に出てきた母さんが、僕を不思議そうな目で見て言った。

 母親が怪我したなんて、もちろん嘘だ。言い訳だ。怪我も病気もなく、ぴんぴんしている。

 「……なんでもない……」

 僕は、そう言って、のそりと部屋に入る。

 「あんまり、仕事しすぎるんじゃないわよ。また、目を悪くするわよ~。たまには散歩でも行ってらっしゃい」

 母さんはそう言うと、立ち去って行った。

 昔はわからなかったが、今はさすがにわかる。

 母さんは、目が悪くなることを心配しているわけではない。実家に帰って来てから、部屋にこもりっぱなしの僕を心配して、あんなことを言っているのだ。小説家になって、一人暮らしして10年近く帰ってこなかった息子が、いきなり帰って来て部屋に閉じこもっているのだ。そりゃあ、何かあっただろうと思うだろう。

 実家に帰って来てから、だいたい、10日ほど経っただろうか?僕は、新見さんの事を考えたくなくて、でも、考えずにはいられないので、新作の原稿を書き続けていた。

 新作には、新見さんをモデルにした女性が登場する。

 どうしたって、考えずにはいられないなら、いっそ、仕事のエネルギーに変えてしまおうと思ったのだ。おかげで、原稿は順調に進んでいる。

 昨日、書きかけの原稿をデータで小町さんに送ったら、ウェブの方で連載をしてみるか?と聞かれた。ちょうど、一枠空いているらしい。

 僕は、できるだけ仕事に没頭していたかったので、やると答えた。 

 (今は本当に楽だよなあ……ネットにつながるパソコンがあれば、どこででも仕事できるんだから……)

 僕は、ぼんやりとパソコンを見ながら思った。

 さすがに、机と椅子までは持って帰ってこれなかったので、今は小さなちゃぶ台を部屋に運び込んで、それにパソコンを乗せて書いている。

 床がフローリングなので、座っていると地味に腰にくる。

 一度ゆっくりと伸びをして、僕は再び座り込む。

 小町さんは、恋愛ものと言ったが、この書きかけの小説をジャンル分けすると、サスペンス物になるだろう。

 主人公の男は、子供時代に、とある人物に家族を殺されたという過去を持つ。その怒りと復讐心は、成長するごとに育ち、主人公の心を苛んでいく。主人公は、家族を殺した人物を殺して復讐しようという計画を立て、それを実行するために入念な準備を始める。計画殺人ではあるが、完全犯罪を目論んでいるわけではない。復讐相手を、できるだけ苦しめ、確実に殺せること以外は頓着せず、その後の自分の人生についてもまるで考えていない。

 そして、それを実行に移そうという日、彼は一人の女性と出会う。女性に出会った男は、これまで心に巣くっていた怒りを忘れるという、初めての経験をする。それを機に、男は復讐を果たすかどうかを迷い、悩みだす……という、ストーリーだ。

 この小説は、主人公の男の心理的な葛藤が一番の題材だ。

 子供のころから膨れ上がっている、親の敵に対する怒りと、それさえ叶えば自分の残りの人生などどうでもいいと考えている復讐心。

 それに対極するのは、突然現れた、まぶしすぎる女性への気持ち。初めて、自分の人生というものを考えるきっかけになる、愛する女性への想い。

 僕は、この両極端の気持ちを、深く深く掘り下げて、形にしている。

 読者が、この小説を読んで「主人公の気持ちの揺れに酔った」と言ってくれれば嬉しいなと思いながら書いている。

 やりすぎると、まとまりがなくなる気がするが、おさまりが良すぎるのも面白くない。

 ひたすら書いて書いて書いて、直して、書いて、ある程度まとまったら、小町に送って、読んでもらう。実家に帰って来てから、時折、幼馴染が遊びに来るので、彼にも読んでもらう予定だ。昔から、僕の小説はすべて読んでくれている。読書好きなので、なかなか辛い批評をくれるが、小説家になれたのは、彼の忌憚ない意見のおかげでもある。

 主人公がヒロインへの気持ちを募らせている描写は、まんま僕の気持ちだ。物語を想像しながら、気持ちに膨らみは載せているが、根底には、新見さんへの想いがある。

 僕は、失恋した気持ちを、小説に綴りながら、気持ちを吐き出ていた。

 これは、僕にとってのリハビリのようなものだ。書いて表せば、自分の気持ちがすっきりしていく。思いっきり書きなぐって、新見さんへの気持ちの整理をつけたい。気のすむまで書けば、きっと、落ち着くはずだ。

 (そしたら、ちゃんと、顔を合わせて、おめでとうございますって……言おう)

 僕は、そう考えながら、パソコンのキーを叩き続けた。


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