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恋は盲目 2

 髪を染めた次の日、僕は担当さんと会うために、出版社へと赴いた。

 髪は、黒に近い明るめの色にしてもらった。

 「あんまり明るくするよりは、こういう色の方が似あうと思います」

 僕は、プロの意見を聞くことにした。

 一晩たって、髪に馴染んだ色は、なるほど、今までの黒よりも、少しだけ自分の顔を明るく見せてくれていると思った。髪も整える程度にカットしてもらったので、綺麗に整っている。

 新見さんに見てもらいたかったが、かといって、髪を染めてきましたというメールを送るのもどうかと悩み、携帯電話とにらめっこした。カレンダーを見て、ようやく、明日にはゴミ出しの日だと思い出し、明日の朝を待つことに決めた。

 出版社へ行くと、担当編集者の小町が、僕を見つけて手を振って近づいてきた。

 「あれ?なんか、雰囲気変わった?」

 小町はいぶかしげな顔をしながら、右手を顎の下にあてたポーズで、僕をじろじろと見だした。

 小町は、僕より三つ年上だ。同性で、年が近いせいか、僕とは友人のように接してくれる。僕が小説家になった時からの付き合いで、もう、5年ほど一緒に仕事をしている仲だ。

 「髪を染めたんだ。どう?」

 「おお!そうだそうだ!色が変わってるな。あれ?眼鏡も違うんじゃないか?」

 「うん、新しいの買ったんだ」

 「ほほう……どれ、こっちへおいで、風見先生」

 小町は僕の肩を抱くようにして、パーテンションで区切られている、小さな談話室のようなところへと行く。

 「年は?」

 椅子に座るなり、突然そんなことを聞かれて、僕はきょとんとした。

 「僕の年?」

 「違う。彼女のだよ。できたんだろう?女が」

 小町はそう言って、にやにやと笑う。

 「ち、違うよ!彼女じゃないよ!友達だよ!」

 「ほほう?ほうほう」

 小町は、にやにや笑いをさらに深め、椅子の背にふんぞり返る。

 「女っ気のなかった風見先生も、ようやく女の子のお友達ができたわけね。あー、それで、あの内容か……」

 小町が、手にしていた紙束に目を落とした。

 それは、僕が数日前に送った、次に書きたいと思っている小説の草案をコピーしたものだった。

 「お前が恋愛ものだなんて、どういう変化があったんだと思ったら、片思いか~。いいねえ、片思い。甘酸っぱい恋愛」

 「……小町さん、結婚してるじゃないですか」

 「恋愛と結婚は別もんなんだよ。あー、いいよなあ、告白。告白前のお互い気持ちがあるような気がして、そわそわしちゃう甘酸っぱい空気……あータバコ吸いたくなってきた」

 小町は、胸ポケットに手を入れ、そこに何もない事に気付き、舌打ちする。

 小町は、半年ほど前から、禁煙しているのだ。この部屋も禁煙室なので、煙草は吸えない。

 「そんなこと言ってると、奥さんに怒られますよ。煙草の事も」

 「うるせー。そんじゃあ、オレが煙草我慢できるように、喋れよ、彼女の事!」

 小町は、駄々っ子のように机を叩いてそう言った。

 小町は、180近い身長を持ち、サッカーをしていたせいで、がっちりとした肉体を持つスポーツマンタイプの男だ。。短くカットされた清潔そうな髪型、健康的に日に焼けた肌に、さわやかな笑顔と来れば、女性の目を引き付けてやまない。僕から見れば、うらやましい外見を持つ、31歳の男性だ。なのに時折、このように子供っぽい所を見せる。

 小町と同僚の女性編集者の牧野さんに言わせると、「イケメンは多少抜けている方が、好感が持てる」らしい。変に、完璧だと、近づき辛いとも言っていた。

 しかし、僕から見れば、せっかく格好いいのに、あまりにも子供っぽくないか?と思ってしまう。特に飲み会の席では。

 「おっぱいはどうだ?大きいか?」

 もう、30を過ぎたイケメンに、目を輝かせながらそんな質問してほしくない。できれば、もう少し、目標にしたくなるようなイケメンな話をして欲しい。

 そうであれば、新見さんのことを相談できるのに……

 僕がそんなことを考えている間も、「いつ告るんだ?」とか、「可愛い系?綺麗系?」などと、質問が絶えない。

 「もう!僕のことはいいでしょう?告白したら、ちゃんと報告しますから!」

 僕が、終らない質問に多少キレてそう言うと、小町はつまらなそうに唇を尖らせる。

 「ケチー」

 「おっさんがケチとか言わないでくださいよ」

 「あ、お前、オレをおっさん呼ばわりしたな?よおし、お前、今度の忘年会で覚悟してろよ。振られても上手くいっても、質問攻めにしちゃる」

 小町はそう言うと満足したのか、「さて、仕事の話に移るか……」と言って、サクッと話題を切り替えてしまった。

 僕は、小町さんのこういう所に、最近やっとついて行けるようになった。最初の頃は、さっきまでふざけていたと思ったら、突然、真面目に話をしだすもんだから、切り替えに苦労したことがある。

 それから、僕が考えている新作について話をした。

 これまでは、主にミステリーを書いていた僕だが、今度書きたいと思っている話には、恋愛色が強いものになる。今まで、ほとんど書いていなかった部分に手を出すので、できるかどうかはちょっと心配だ。

 「大丈夫、お前なら、書ける書ける」

 小町は軽くそう言ってくれた。

 軽く言わないでくれよ、と僕が言うと、

 「お前から告白したいって気持ちになったんだろう?眼鏡も髪型も、それに、そのジャケットも……そこまでガラリと変われるくらいの気持ちなら、絶対書ける」

 と言って笑った。

 その笑顔は、年相応の、なかなか格好いい笑顔だった。


 その日は、小一時間ほど話をして、物語の大まかな流れを決めた。

 実はこの話、一年ほど温めていたものだったので、一旦イメージが固まったら、すいすいとアイデアが浮かんだ。メモしていたアイデアを出しながら、小町と話しているうちに、良い作品になると確信が持てた。

 小町も感じたようで、「おお、乗ってるなあ、先生」と、呟いていた。

 大体のところを話し合って、後は書きながら微調整していこうと話をしていると、編集長の机のある方角から、ワッと騒ぐ声が聞こえてきた。

 「?なんだ?」

 小町がパーテンションの隙間から、そちらを覗く。すぐに「お!?そうだった!」と言って立ち上がった。

 「恋愛で浮かれているのは、お前だけじゃないぜ、風見」

 小町がにやにや笑いを復活させて、騒ぎの方を指さす。

 「近藤さん、知っているだろう?お前も」

 僕はパーテンションの隙間から、騒ぎの方を見ながら、小町の言葉に頷く。近藤さんとは、小町の後輩の編集者だ。以前は女性向けの漫画雑誌の編集をしており、一年ほど前に部署替えになったという人だ。小町とは違い、こちらは物静かなインテリ系タイプ。性格はおっとりとした、話しやすい人だ。

 「近藤の奴、今度結婚することになったんだよ。お相手は、漫画家さん。もともと、担当だったってさ」

 小町の言葉を聞きながら、僕は胸が冷えていくのを感じた。

 近藤さんの隣に立って、編集長と編集者に囲まれて話をしている人物には、見覚えがあった。

 楽しそうな笑い声をあげているのは、新見さんだったのだ。

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