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入れ替わっちゃった!?

 事の起こりは、とあるゴミ出しの日。

 いつもの時間に、ゴミを出しに行った僕は、これまた、同じ時間にゴミを出しに来た隣人と、エントランスの角で正面衝突した。

 僕の隣に住むのは、同じ年くらいの女性だ。時々挨拶を交わすくらいしか接点はない。そんな彼女と僕は額を激しく強打するほどのぶつかり合いをしてしまった。

 「わ!すみません!」

 「きゃっ!ごめんなさい!」

 お互いの姿を全く確認していなかったために起きた、不幸な事故だ。

 そのまま終われば……

 ぶつけた額をさすりながら、僕は違和感を覚えていた。

 僕の身長は170近くあるが、隣に住む彼女の身長は僕よりも低かったはずだ。なのに、どうして、僕が痛めたのは額なのだろう?痛めるのは顎とか鼻ではないだろうか?

 (よっぽと高いヒールでも履いていたのか?)

 そう思って、顔を上げると、そこに見慣れた人物が鼻を抑えて身もだえしていた。

 そこにいたのは、身長170センチほど、痩せた体形で、ぼさぼさの黒髪を持ち、眼鏡をかけている男だった。

 それは、僕、風見匠太だった。

 (……鏡?)

 一瞬、それを疑ったが、違った。

 目の前の僕にそっくりの男は、僕と全く違う動きをしている。そして、彼は僕を見て驚いたように目を見開いた。

 (そういえば、ぶつかったお隣さんはどこ行ったんだ?)

 ぶつかったのは、確実にお隣さんだったはずだ。秋らしい暖色系の服装をしていた女の子だったのは間違いない。なのに、今、目の前にいるのは、僕にそっくりの男……

 「な、なんで?」

 目の前の男が、僕を見て驚いたように言った。その声も僕そのものだ。

 「え?なにこれ、なにこれ……どうなっているの?」

 目の前の男は、軽くパニックになっているようで、自分の体を撫でまわしている。その様はどういうわけか、少し女っぽい。

 (……変な人だなあ……)

 僕はこの時までは、全く事態を把握しておらず、のんきにそんなことを考えていた。

 そして、そこでようやく、自分の身に起きたことに気付いた。

 まず、眼鏡をかけていない。なのに、視界ははっきりとしていた。

 次に、眼鏡を探して下を見たとき、自分の足が目に入った。僕は今朝,100円均一で適当に買ったサンダルを履いて出てきたはずだ。なのに、今、僕が履いているのは、女性用のこじゃれたサンダル……ミュールと言うべきか……だった。明らかに100円では手に入らなさそうな色形だった。ついでに、足の爪にはオレンジ色のマニュキアが塗られている。

 そして、極めつけは自分の胸。一番の違和感はそこだ。上半身はお気に入りのTシャツしか身についていないはずなのに、どういうわけか締め付けを感じた。

 恐る恐る胸に手をやってみると、そこには、そこそこふくよかと言える膨らみが……

 「いやー!やめて!」

 目の前の男が、僕の行動を見て悲鳴を上げ、僕の手を打ち払った。

 「…………」

 「…………」

 僕たちはお互いの顔を凝視し、同時に動き出す。

 エレベーターホールには等身鏡が設置されているのだ。そこへ足早に向かい、自分の姿を映し出す。

 そこにいたのは、僕と、お隣さんだった。

 ただし、鏡の主張を信じるとすれば、僕はお隣さんの姿をしていて、お隣さんは僕の姿をしている。

 「……これは、俗に言う……」

 「入れ替わっちゃった、ってやつ?」

 僕とお隣さんは、意外にも冷静にそう結論を下した。


 ひとまず、人目のある所はまずいということで、僕の家に移動した。

 家の中に入って、靴を脱いで、椅子に腰かけて深呼吸した後、僕の姿をしたお隣さんはパニックに陥った。

 「どういうことよ!どういうことよ!どうなってんのよ、これ!!」

 男の姿をした彼女は、自分の髪をつかみ、顔を撫で、眼鏡をはずしたりつけたりして、混乱している。

 僕はその様子を見ながら、混乱はしていないが、他人事を見るような心境になっていた。現実逃避をしていたのだ。

 僕も彼女のようにパニックになりたいが、僕がパニックになって、今の体を触りだしたら、きっと、目の前の彼女はもっと大混乱に陥るだろうと思ったのもある。

 目の前で自分の体を撫でまわされるのを見るのは、あまり気持ちのいいものではない。女性なら特にそうだろう。

 なので、僕は落ち着くためにキッチンに立ち、お茶を淹れ始めた。

 (あ……名前……)

 この時点で、お互い自己紹介もしていないことにようやく気づき、僕はお茶を片手に、居間に戻った。

 「あの……」

 「なに?」

 僕の姿をしたお隣さんは、目に涙を浮かべて震えていた。その様子がまるで捨てられた子犬のようで、そんな自分の姿を見たことに、少々ショックを受ける。

 「お茶、淹れました。飲んでください。落ち着きましょう」

 「これが落ち着いていられるの!?どうしてそんなに冷静なのよ!あ、もしかして、こういう経験でもあるの?」

 お隣さんは、一筋の希望を見出したかのように、顔を明るくした。

 コロコロとよく表情の変わる人だ。僕はどちらかというと無表情で、感情が読みにくいと言われるのに……

 「いえ、こんなことは初めてです」

 「そう……そうよね……」

 今度はわかりやすく項垂れる。

 僕は不謹慎にも、なんだか面白くなってきた。

 今、目の前にいるのは、確かに僕の体をしているが、明らかに他人だった。僕はこんな仕草はしないし、きっと、友人や知り合いが僕のこんな姿を見たら、目を丸くして驚くだろうことが予想できた。

 人が変わる、という現場を目撃した気分だった。

 実際に変わっているわけだが……

 「ありがとう、お茶」

 そういって、お隣さんは手を差し出す。

 「あ、はい……あの、僕、風見匠太っていいます」

 「あ、そういえば自己紹介もまだだったわね、私、新見楓よ。よろしく、匠太君」

 いきなり名前呼びされて、僕は驚き、少し慌てる。

 (楓さんと呼ぶべきか……)

 少し迷ったが、僕にそんな勇気はなかった。

 「よろしくお願いします、新見さん」

 新見さんは特に気分を害した風もなく、お茶をすする。

 僕もお茶を一口飲みこむ。一瞬、またもや違和感を感じた。

 「……あの、新見さん、もしかして、虫歯あります?」

 「……ごめん……もう、嫌よー!匠太君に口の中を嘗め回されている気分だわー!」

 新見さんは、近くにあったクッションをつかむと、そこに顔をうずめて泣き出した。一度、顔を上げて、眼鏡を取り外して、もう一度クッションに顔をうずめる。眼鏡が邪魔だったらしい。

 「ご、ごめんねえ……匠太君が汚いって言っているんじゃないのよー……」

 泣きながら、新見さんはそう言った。

 「わかります……」

 「本当?怒ってない?」

 「怒りませんよ。僕も、同じような気分です……」

 「ううう……」

 新見さんは、また、クッションに顔をうずめる。

 それからしばらく、新見さんは泣き、僕はお茶を飲む気になれずこの状況を考えてみた。

 どうして、こんなことになったのか……

 (やっぱり、ぶつかったのが原因なんだろうか?)

 古今東西、他人と精神が入れ替わるというフィクションは沢山あるだろう。僕も、テレビや小説で何度も見たことがある。そこから起きるハプニングや非日常の物語はどれも面白かった。

 しかし、実際にこういうことが起きると、どう対処していいやら、困ってしまう。

 (誰かに相談するにしても、だれに相談すればいいのやら……)

 病院に行っても、頭のおかしな二人が来たとしか思われないかもしれない。

 (そういえば、精神が入れ替わったことを、他人に証明できるような、確かな証拠はあるのだろうか?)

 体はお互いのままのはずだから、DNAを調べても意味はないだろう。

 僕の体からは僕のDNAが、新見さんの体からは新見さんのDNAが出るはずだ。つまり、入れ替わりを証明するには、僕と新見さんの記憶や経験に基づく証言しか無いわけだ。

 しかし、情報社会である現在、個人の記憶だけで、どこまでその証明ができるのか……

 そんなことを考えていたら、いつの間にか新見さんは落ち着いていたようだ。

 「クッション汚してごめんね、匠太君。洗面所借りていい?」

 「あ、はい、どうぞ。あっちです。タオルも使ってください」

 「うん、ありがと」

 新見さんは立ち上がり、洗面所へと向かいかけて、少しふらついた。

 「あ、眼鏡かけないと……」

 僕が差し出すと、新見さんは何度が空振りして、眼鏡をつかむ。

 「匠太君、視力いくつ?」

 「両目とも1.0以下です。乱視も入っているので、慣れないと大変ですよね……すみません」

 「謝ることじゃないわ。でも、すごいわね……私、両目とも1.5あるから、こんなの初めてだわ」

 新見さんはここで初めてちょっとだけ笑った。

 はにかんだようだその笑顔は、明らかに僕ではなかった。


 「よし、もう一度正面衝突しましょう」

 洗面所から戻ってきた新見さんは、少しすっきりした顔をしていた。

 「そうですね」

 ひとまず、それからだろうと、僕も思っていた。

 もう一度ぶつかったからと言って、元に戻るとは思えない。しかし、それ以外に思いつく手もない。

 僕は立ち上がり、新見さんと正面から向き合った。

 「思いっきりいくわよ」

 新見さんは、鼻息も荒くこぶしを握り締めている。

 「わかりました。僕の鼻は気にしないでください。多少血が出ても問題ありません」

 「私のおでこも気にしないで、こぶができたってかまわないわ」

 僕と新見さんは一つうなづきあうと、相手に向かって突進する。

 思わず息を止め、目を閉じて、思いっきり足を踏み出した。

 前回よりもはるかに大きな衝撃のあと、僕は額に痛みを感じた。

 (ああ、やっぱりだめか……)

 僕は目に涙を浮かべながら、状況を確認する。

 僕はやはり新見さんのままで、新見さんは、僕のままだった。

 相当痛かったのだろう。新見さんは鼻を抑えて、床の上をのたうち回っていた。


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