サクラコと門番の人
道をたどっていくと、和也が言うように本当に、町が見えてきた。
大きな門の前には、人が並んでいる。関所みたいなものかな?
「門番もいるな。何か通る人に話しかけているみたいだけど、もし、通行手形みたいなものが必要だとしたら、厄介だ」
和也が茂みに隠れながら、門のところの様子を見てそう言った。
私も注意して先を見る。あれ、ていうかすごく遠いところのものまではっきり見える感じがする。
ちょっと戸惑いつつも、門番の様子を見てみると、確かに並んでいる人が門を通る前に一人一人に話しかけたり、荷物なんかをチェックしたりしている。
でも、和也がいうような通行手形なんかを提示している様子はない。
「和也、大丈夫そう。特に通行手形みたいなものはないみたい。ただ、一言二言話かけて、荷物をチェックしてるだけに見える」
「え? 見えるの? あんな遠いところのことなのに」
「うん、不思議なんだけど、すごく遠くのところも見えるんだよね」
「確かに桜子はもともと目がよかったが……。それもスキルの一種か。あと、問題は荷物だな」
そう言って、和也はズボンのポケットからハンカチを取り出した。そのハンカチは風呂敷袋のようにしていて、中には水晶のような石がジャラジャラ入っている。
そう、じつはふくろう顔のモンスターを倒したあとも、ちょくちょく小ぶりのモンスターに遭遇していた。
モンスターを倒すと、たまにそういう水晶のような石を落とすのだ。たまにというのは、中には石にならずに普通に死体のままになるモンスターがいる……。
私はちょっとグロイ光景を思い出して、うぷと口元を押さえた。虫っぽいモンスターならまだいいんだけど、人型っぽい魔物はちょっときつかった。
でも、明らかに私たちに危害を加えようとして襲いかかってくるので、私も和也を守るためには、油断はできない。この世界に来てから、私の拳の威力が、その、ちょっとだけ強くて、モンスターに拳が当たると、モンスターはじけ飛ぶみたいになって絶命してしまう。
返り血を浴びないように避けるのが大変だった。
魔物は食物連鎖的には人の上位種族と聞いたけれど、そうでもないような気がする。それとも今まで出会ったモンスターがたまたま弱かったのかな?
「この石だけ、他の石と違うんだよな。色も付いてるし、大きさが違う」
そう言って、和也は、私がこの世界に来た時に初めて倒した梟っぽいモンスターから出てきた黄色い透明の石を握った。他の石が小指の先ほどの大きさなのに、黄色い石は5百円玉ぐらいの大きさだ。
「念のため、これはサクラコがもっていてくれ。多分この石は、お金と換金できそうなものだと思うけれど……大きすぎたりするものは、念のためあまり見せないほうがいいかもしれない」
和也がそう言って、黄色い石を私に渡してきたので、それを受け取ってスカートのポケットに入れる。
和也は集めた水晶をハンカチに包みなおして仕舞った。
「よし、とりあえず、準備はした。さっさと並ぼう。早く町に入りたい。もうすぐ日も暮れそうだし」
「そうだね。でも、関所でどんなことを聞かれているのかは、わからないけど……大丈夫?」
「大丈夫、言うことは俺が考える。順番が近くなれば前の人の会話が聞こえるはずだ。問題ない」
そう自信満々な和也に促されるまま人の列に並んだ。それにしても和也は頼りになる。まあ、今までもなかなかしっかり者の弟って感じだったけれど。
人の列に並んだはいいけれど、ものすごく周りの人の視線を感じる。
だって、私たちの格好、正直浮いてる……。
周りの人は、ゆったりめで簡素な服を着てる。それに比べて私と和也は学校の制服。
チラチラ見られてる視線に耐えていると、とうとう検問の順番が回ってきた。
和也は俺が喋るから、私はとりあえず頷いてればいいって言ってたけれど、私心配。
「あー、君たち、随分変わった格好をしているな。とりあえず、名前を言ってもらっていいか?」
「僕は、カズヤ、こちらはサクラコって言います」
「カズヤにサクラコ? 格好もそうだが、名前も変わってるな。どこから来なさったんだ?」
門番の人は何かを紙に書きながら、そう問いかけてきた。和也はいつもよりも爽やかな、というか私からすればどことなく胡散臭いような笑顔で答える。ていうか和也ったら一人称が『僕』になってる。
「すごく遠くから来たんですよ。山奥の小さな村なんですが、シーナナ村ってところです。ご存知ないでしょうね。すごく閉鎖的な村で、僕たちも村を出たのは初めてなんです」
「ふむ、シーナナ村、確かに初めて聞いた。なんのためにこの町へ?」
「今度、僕の姉が結婚するんです。最高の結婚祝いを用意したくて下りてきました。それにしても立派な町ですね。きっと姉が喜ぶ素晴らしい贈り物が見つかりそうです」
背景に花が咲きそうな笑顔でカズヤがぬけぬけと言い放った。自分たちの町を褒められた門番の人は、気をよくしたようで、嬉しそうな顔をしている。
「まあ、ここらへんでは一番大きな町だからな。そうか、お姉さん結婚か!、おめでとう。ところで後ろの女性は?」
「サクラコといいます。僕の婚約者な……んん!」
私は慌てて和也の口を押さえた。だって、和也ったら!
「ちょっと、カズヤ! なんてこと言おうとするの! 婚約者じゃないでしょ!」
そう言って、改めて門番の人に向き合った。
「あの違います! 私と和也は、ただの幼馴染で、姉弟みたいな感じです!」
私が一生懸命説明すると、何故かにやっと笑った門番の人が、訳知り顔で頷いた。
「なるほど、なるほど。仲が宜しくて結構」
なんだろうこの反応は。絶対勘違いされてる。
私は諦めて苦しそうに呻いている和也の口から手をどけた。
「それじゃあ、今度は少し荷物を見させてもらってもいいかな」
門番の人がそう言うと、和也はまるで可愛そうな小動物みたいな顔をした。ものすごく猫を被っている。和也にこんな一面があるなんて私知らなかった。
「じつは、僕たち、ここまで来る道中で、魔物に襲われてほとんどの荷物を落としてしまったんです。それで、途中に出てきた小さな魔物を倒してこれだけは集めたんですが、他には何もなくて……」
和也はそう言いながら、ポケットからハンカチを出して、モンスターが落とした宝石を見せた。なんだかかわいそうな話を聞いていた門番の人は、ものすごく同情したように私たちを見た。
どうしよう、こちらが申し訳なく思えてくる。騙してるみたいで、なんか、ごめんなさい!
人の良さそうな門番の人は、渋い顔で頷く。
「そうか、ここらへんもまだ物騒だからな。だが命があっただけでも儲け物だぞ? 最近はオウルデーモンというB級の魔物の出現例が出たってギルドでは騒がれているんだ」
「オウルデーモン、ですか、それは、物騒ですね」
「まあ、安心してくれ。この数の魔石をギルドに持っていけば、2,3日泊まれるだけのガウルがもらえるはずだ。ギルドで討伐隊のメンバーも募集しているから、きっと2,3日もすればこの騒ぎも収まるさ」
「そう、ですね。でも僕たち姉の贈り物を買うための『ガウル』も欲しいんですけど、何かいい仕事ってないでしょうか? 姉の結婚式まではまだまだ日取りがあるので、しばらくこの町で暮らすつもりだったんです」
「うーん、まあそれも含めて冒険者ギルドに行くんだな。魔物に襲われて荷物を失くしたとは言っても、これだけの魔石を集められるってことは、それなりに腕はあるんだろう? それなら、ギルドで仕事がみつかるはずさ」
「わかりました! 色々とご親切にありがとうございます! 初めておりた町にこんないい人が居るなんて、僕本当に嬉しいです」
「いいってことよ! さあ、中に入りな! ようこそ、ロゼットベルンの町へ!」
人の良さそうな門番の人は私たちを笑顔で中に入れてくれた。
ありがとう、門番の人。本当にありがとう。
ちらりと、和也の顔を見れば、片方の唇の端を釣り上げて、今にも『計画通り!』とか言いそうな悪い顔でにやりと笑っていた。
いや、別に悪いことしにこの町に来たわけじゃないんだけど、和也の顔を見ると、なんとなく悪いことしちゃったような気がしてきた。
お姉ちゃん、和也の将来が心配よ。