サクラコ、葛湯を振る舞う
「サクラコさん、料理もうで来たんですか?」
戻ってきた私に、ルークさんが不思議そうな顔で聞いてきた。
「えっと、とりあえず下準備だけ。それで、一応風邪に効く料理を作るつもりなんですけど、私まだ料理人としてスキルの使い方、よく分かってなくて、回復の効果がつくかどうかはわからないんです」
「ううん、それでも、ありがたい。よろしく頼みます」
ルークさんにそう言われて、私は頷くと、焚き火に鍋をセットして、水を入れる。
グツグツと少し気泡が出たところで、お玉でお湯を掬ってお椀に入れる。
そこに、出来たての葛粉と保存食として買っていた柑橘系のフルーツジャムを入れて、混ぜる。
しばらくすると、ジャムの甘酸っぱい爽やかな香りともに、葛粉でトロトロになった葛湯が完成した。
でも、見た目の華やかさも大事。
私は、持ってきていた葛の赤紫色の小さな花を葛湯に散らす。葛は全草食べれるのでもちろんお花も食せる。
「お待たせしました。風邪には、葛湯! 『フルーテイーな柑橘葛湯、葛の花を添えて』完成です!」
「クズユ? きいたことないけど、いい香りだ。それに、スープみたいな感じだから病人でも飲みやすそうだ。それで、効果は? 効果は何かついてる?」
ガンジさんに言われて、私は呪文を唱える。
『フルーティーな柑橘葛湯には、体力回復(小)、貧弱症状緩和(大)、即効性、吐露効果が付与されています』
という声が脳内に響いた。
「よかった! 効果ついてます、体力回復(小)、貧弱症状緩和、即効性の効果が付いてるみたいです!」
「ありがとうサクラコさん! というか、それに貧弱症状緩和って……聞いたことないけど、でも効果はありそうだ。ガンジ! 早く母上に!」
「わかってます。レイラ様、顔を上げることができますか?」
そう言いながらガンジさんはレイラさんの頭を支えて上体だけ起こす。
そして、葛湯の入ったお椀を受け取ると、スプーンで掬って、熱を冷ますようにフーフーと息を吹きかけてから、レイラさんの口に葛湯を流し込んだ。
葛湯をレイラさんは寝ながら、口に含み、しばらくして嚥下する音が響く。
するとレイラさんの目が開いて、自分で、葛湯の入ったお椀をガンジさんから奪うと、流し込むように傾けた。
「ア、アツ!」
アツアツの葛湯を流し込もうとしたレイラさんが、そう言って咽た。
「お、おい、バカ、このバカレイラ様、落ち着け!」
ガンジさんが慌てたようにレイラさんから、葛湯の入ったお椀を奪うと、レイラさんの背中をさする。
「だ、だって、さっきの、飲んだら……! お願いガンジ、さっきの、出して!」
「い、いいですけど、落ち着いて飲んでくださいよ!」
ガンジさんがそう言って、レイラさんに葛湯の入ったお椀とスプーンを渡す。
するとレイラさんは、今度はきちんとふーふーと熱を冷ましてから、自ら口に入れた。
「うん! おいしい! 甘くて、爽やかで! ぬるってとろけてて、癒されるぅ! おいしー! もう! すっごい! それに、体が軽い! さっきまで怠かったのが嘘みたいよ!」
そう言って、さっきまでダウンしていたレイラさんは、ハフハウ口の中で熱を逃がしながらも、葛湯をあっという間に飲み干してしまった。
「はぁ、おかわり、ある?」
と、さっきまで元気がなかったレイラさんがモノすっごい笑顔でそう言って、お椀を私に掲げた。
「レ、レイラ様、あなたさっきまで、ぶっ倒れてたんですから、大人しくしていてください!」
「あら、でももう平気みたい。全然だるいと思わないし、思考もはっきりしてるし……。それよりも、お腹がすいたわ」
レイラさんがそういうと、ちょうど、お腹の音が鳴った。
「あっ! す、すみません!」
私のお腹の音だった。
恥ずかしい!!
隣で、和也が、くくくと体をクの字に曲げて笑っている気配を感じる。
憎らしい。
「はは。母上は大丈夫そうですね。僕も、なんだかほっとしたらお腹すいた」
ルークさんが爽やかな笑顔で、そう言ってくれたので私は大きく返事をする。
「あ、じゃあ! 私ご飯作ります! せっかく、くず粉があるので、食べたい料理があって!」
「ありがとう、サクラコさん、その、母のことも含めて本当に、ありがとう。サクラコさんがいてくれてよかった」
ルークさんのハニカミ笑顔を見て、気分が高まった私は、早速調理を開始する。
せっかく葛粉があるので、それをつかったランチ。
それと、じゃがいもも使おう。
ジャガイモを入れていた革袋、葛粉作りに使っちゃったし。
レイラさんだって、今は元気そうだけど病み上がりには変わりない。手持ちのもので消化に良さそうなのはじゃがいもぐらいだもの。
私はじゃがいもを蒸して、潰し、そこに葛粉や塩コショウをいれて、こねる。
丸い餅型の形にすると、一部の団子には、中にチーズをいれて、葛の葉を挟む。
そして、鍋で、焼くこと少し。
「できました! 『チーズ入りもちもちポテト 葛の葉を巻いて』の完成です!」
お皿に盛り付けて、皆さんに配る。
チーズはあまり消化に良くないから、レイラさんには、チーズが入っていないもちもちポテトだ。
「うお! 何この食感!! ヤバイ! くせになりそう!」
「それに中のチーズもいい感じにとろけてて、おいしい」
ガンジさんとルークさんが、そう言って、おいしいって褒めてくれた。
うれしい!
やっぱり自分が作ったものが美味しいって言われるのは、いいよね。よかった。女子力磨いてて、よかった!
あ、いけない、私のこの褒めて欲しさが原因で、作る料理に『吐露効果』なんてものがついてる疑惑があるのだ。自重しなければ。
でも、今回は大丈夫そう、かな? と思ってモロゾフさんを見るとすくっとモロゾフさんが立ち上がった。
「おいしい。ジャガイモの甘みが、体に優しく入っていく。そしてなんといってもこのモチモチの食感。この弾力の中にはとろりとしたチーズがはいており、一口噛むごとに奏で出す最高のワルツ。二人のワルツのリズムは緩やかでいて、軽やか。葛の葉がその二人のダンスを見守る両親のように寄り添う……そうこれは、まさしく至宝の料理!」
あー、だめだったか。また吐露効果がついてたみたいだ。
モロゾフさんは私の作った料理をダンスにたとえて褒めたあとに、ゆっくりと腰をおろした。
モロゾフさんがすごく恥ずかしそうにしてる。
ごめんなさい、モロゾフさん。
「まあ、確かに力技で作ったとは思えないような美味しさだな」
和也は、なんか意地悪そうな顔で笑いながらそんなことを言って、食べてるし。
黙って食べなさい。
「ほんと、こんな料理、初めてよ。すっごくおいしい! お城で過ごしていた時だって、こんな手軽で美味しいもの食べたことなかった」
お城で?
レイラさんの突然の話に、私と和也、それにガンジさん達まで驚いた顔をしてる。
「レイラ、な、なにいきなり城とか言ってるんだよ」
「ガンジこそ落ち着いて。もう、バレてるわよ。あなた、私が倒れた時『レイラ様』って言ってたのよ、それにルークも母上とか言ってたし」
レイラさんが言うと、ガンジさんとルークさんはバツが悪そうな顔をした。
「なんかワケありっぽい感じでしたけど、まさかレイラさんって、王族の娘か何かですか?」
和也が相変わらずさっくりと口を挟むと、レイラさんはニッコリと笑った。
「惜しいわね。私は、ただの城に仕える見習い魔術師だっただけよ。でも、そう、ただの美しすぎる見習い魔術師だったんだけど、その美しさが災いして、王に見初められて、王の7番目の妃になったのよ」
「レイラさんが、王様のお妃様!? ということは、ルークさんは……」
私がそういうとレイラさんはにっこりと笑った。
「そう、ルークは、王子ね。でも7番目の妃である私の子供であるルークは、王族とは言っても王位継承権なんてほとんどないし、自由に暮らしてたのよ。でも、ルークが15になった時に、王族の習わしで神殿に行って、所持しているスキルを確認しに行ったの。そしたら、ルークに『選ばれし勇者』という称号がついているのがわかった」
「選ばれし、勇者?」
「そう、ルークはね、いつか目覚める魔王に対抗する戦士として運命づけられていたの。王は喜んだわ。自分の子供に勇者が生まれたことに歓喜した。その喜びようは、他の妃や王位継承順位の高かった王子たちを脅かしたわ。それから、ルークに玉座を奪われると思ったほかの王位継承者から命を狙われるようになった。毒を盛られ、暗殺者を差し向けられ……」
「そ、そんな……! だって、ルークさんは勇者と言われる特別な存在なんでしょ? それを殺してしまったら、困るんじゃないんですか?」
「そうよ、魔王が復活して人間の国を襲ってきたら、もちろん困るでしょうね、でもね、権力に縋る愚かな人間にとっては、魔王よりも、勇者として生まれた王子のほうが怖かったのよ」
「だから、私たちは逃げてきたの。冒険者に扮して、旅に出ることにした。もともと勇者とわかったときに、魔王を倒すために旅をしなくてはいけなかったのだから、城を出るのも遅いか早いかの問題だったしね」
「そうだったんですか……」
でも、生まれたところから逃げるように出ていかなくてはいけないっていうのは、なんというか、どういう気持ちなのだろう。
「城の奴らにはまだ命を狙われているんですか?」
和也が、厳しい声でそう質問すると、レイラさんはうなずいた。
「おそらく。用心深い第一王子は、まだ死角を放っているでしょうね。それに、王も私たちを探している。王にとって勇者である王族という輝かしい肩書は、外に手放したくないみたいね」
それを聞いた和也の顔がますます険しくなった。
「なんで、わざわざ俺たちに話そうと思ったんですか? それに、そういう事情があるなら、なぜ他人を、俺たちを仲間に誘ったりしたんですか? 俺たちが追手だという可能性だってあったはずだ」
「そうね。でも、あなたたちは絶対に白だってすぐわかったわ。明らかに初心者な空気を醸し出してたし、城からの刺客にはどう見て考えられない」
そう言って、レイラさんは笑ってからまた口を開いた。
「それに、勇者は同じ運命を背負う仲間を引き寄せる。いつか魔王を倒すためにお互い惹かれあうようにできてるのよ。だから、ルークが興味を持った二人だから、安心できた。そして二人は『選ばれし者』の一人なんじゃないかと思ったの。そしてあなたたちの特異な力を目の当たりにして、それは今や確信にかわっているわ」
和也が小さく息を吐いた。
「……おそらく俺たちはそんな大層なものじゃないですよ。もちろん刺客とかいうものでもないですけどね」
それを聞いたレイラさんがふふと少し笑ってからすごくまじめな顔をした。
「二人にお願いがあるの」
「お願い、ですか?」
私はそう言って、首をかしげる。
「今は、私たちのパーティーにお試しで入ってくれているけれど、正式に、入ってほしい。ずっととは言わない。でも、魔王を倒すその時までは一緒にいてほしい」
「……俺は、いや、俺たちは魔王を倒すとか、そんな戦闘的なジョブじゃない」
「でもね、サクラコちゃんの作る料理、それにカズヤ君の唱える補助魔法のレベルの高さ。旅する上で、絶対に必要なのよ……。今回だって、サクラコちゃんの料理がなかったら、私はまだ動けていないし、最悪死でいたかもしれない。私はね、Aクラスのパーティーだなんて言われているけれど、それはルークがいるからよ。ルークがいるから、A級の魔物とも戦える。でも私も含めて、ルーク以外のほかのメンバーは、C級の魔物を倒せるかどうかってところよ。……オウルデーモンなら、私たちでもなんとか戦える。でも、それよりつよい魔物が出ると今の私たちでは厳しいの。ルークは本当に強いけど、私たちはそこまで強くない。ルークを補佐するのには不十分なのよ」
「母上、そんなことは!」
「いいのよ、ルーク。わかっているでしょう。私たちパーティーはルークに……勇者と釣り合っていない。私は所詮見習いの魔術師どまり、モロゾフは、もともと城の近衛騎士で強いけれど。でもルークのように特別な強さはない。ガンジだって、色々器用にこなすけれど、特別なスキルを持って生まれているわけじゃない。魔王を倒すのは難しいわ。でも、サクラコちゃんやカズヤ君がいれば、何か変わる。ふたりはまだ冒険初心者っていう感じで、旅慣れてもいないし、戦いなれてもいない。でも二人の突出したスキルなら、ルークといても見劣りしない」
レイラさんの真剣な顔がすごくきれいだと思って、思わず見入ってしまった。
そしてレイラさんはまた口を開く。
「こんな話をして、城に追われていると聞いて、それでも私たちとともに来てほしいだなんて、ずうずうしいと思っているけれど……一緒に来てほしい。いつか復活した魔王を倒す、その時まで」
年末年始は、実家に帰るので、次の更新は、3日、ぐらいの予定!
本当はいっきに年内に更新する予定だったのですが、意外と長い……!
ということで、皆さま、良いお年を!