サクラコとテディベアの神様
あれ?ここどこ?
気づくと真っ白な部屋にいた
確か、鉄鋼に潰されそうになって……あれ、どうなったんだろう?
病院? でも、ベッドも何もないし。
自分の体を見ると、制服を着たいつもの自分の姿。
目の前にはテディベアの、ぬいぐるみ?
「桜子?」
隣からいつもの聴き慣れた和也の声が聞こえて、慌てて声のした方を向くと、呆然とした顔の和也。
よかった。和也がそばにいるってことは、えっと、大丈夫ってこと、だよね?
「和也! ねえ、ここ、どこ? 私たち……?」
「俺も分からない。あの時確か俺たちは……」
そう、私は、あの時確か鉄鋼の下敷きになったはず。
和也まで巻き込まれてしまっていたのかな……。
突然見知らぬ部屋にいる和也は、少し不安そうな顔をして周りを観察してる。
あ、だめだ。私はお姉ちゃんなんだから、しっかりしないと。突然知らないところにいて、私も心細いけれど、和也だって心細いはず!
和也は、私が家族だといえる唯一の人。私が守らなくちゃ!
何が元気づけるような言葉を和也にかけようとした時に、「こんばんは! 神様です!」と、
どこからか甲高い子供みたいな声が聞こえてきた。
何、今の。
「何か和也言った?」
「いや、俺は何も……」
「ここ! ここだよ!」
また甲高い声が聞こえる。
キョロキョロ見渡しても私と和也以外に人はいない。この部屋にいるのは、私と和也となぜか置いてあるテディベアだけ。
和也が眉をひそめてテディベアに近寄った。
「もしかして、お前か?」
「そう正解です! 僕が神様です!」
目の前の大きなテディベアが、そう言って右手を挙げた。
「わっ! 動いた!」
突然動き出したぬいぐるみに驚いて声を上げると、その声に驚いたのか、テディベアが両手を上げた。
「いきなり大きな声出さないでくださいよ。びっくりしたなぁ! そりゃぁ、動きますよ。神様だもの」
どことなく誇らしそうな声でテディベアは言うと、今度は咳払いをして立ち上がった。
え……ぬいぐるみが立った!?
「それよりもね、僕。君たち二人に伝えないといけないことがあります」
立ち上がるぬいぐるみに驚いていると、ちょっと真面目ぶった声でテディベアが喋る。
「伝えたいこと?」
「そう、すごく言いにくいんだけど、君達二人はちょっと異世界に行ってもらいたいの」
「異世界? どういうことだ?」
和也は、警戒するようにテディベアにそう言う。
「いやー話せば長くなるんだけどね、なんていうかことの発端は。そちらに世界の時間感覚で言うと一年前の事象のせいなんだけどね」
「一年前?」
「そう、君たちが事故にあった時。本来ならあの事故での生き残るのは和也君だけのはずだったのに、桜子ちゃんもなぜか生き残っちゃってさ。もうてんやわんや。世界の運命律が慌てて桜子ちゃんを消して調整しようとしたんだけど、どれもうまくいかなくてね。驚いたよね」
「ウンメイリツ? それに、桜子を消して調整?」
和也が、さらに顔を険しくしてぬいぐるみに話しかける。私も1年前の事故の話になって、思わず体が硬直した。
「そう、世界の出来事を調整している機関のこと。決まった運命を世界が辿るように調整してるんだ。それでね、まあ、本来なら死ぬはずの桜子ちゃんが死ななかったから、簡単に言うと慌てて殺そうとしていたわけなんだけど、うまくいかなかったって話」
「もしかして、ここ1年で、桜子が野犬に襲われたり、物が落ちてきたり、電信柱が倒れたりしたのは、その運命律って奴らの調整だったのか?」
「そういうことだね。あ、ところで異世界行きのことだけど、了承してくれる?」
「だから突然、異世界って、なんなんだ。まだ全然そのいきさつが見えてこない!」
と言って声を荒らげた和也。
うんうん、私もよくわかってない。なに、運命律って。調整? 植木鉢が落ちたのもただの偶然じゃなかったってこと?
まだよく飲み込めてなかった私だったけれども、和也は、突然何か気づいたような顔をして再び口を開いた。
「いや、もしかして、さっきの事故で俺と桜子は、死んだってことか? その運命律の調整ってやつで……」
えっ私死んだの!? まだ彼氏もいないのに!?
「うーん。ちょっと違う。結局ね、さっき運命律が起こした事故で桜子ちゃんは死ななかったんだよね。怪我はしたけど。うん、すごいよね。僕驚いちゃった。でも、和也君、君はね、まだ死んではいないけどこのままだと死んじゃうんだ。鉄鋼の下敷きになってね」
え? 和也が死ぬ? まだお話の根幹がよく見えていないけれど、その単語でサーっと顔が青ざめた。
しかも、私のせいで死ぬってこと?
「いやーホント、あの時の和也君の行動には驚いたよ。飛び出してくるんだもん。もうそれでね、運命律の奴らがね、死ぬはずの桜子ちゃんが死ななくて、死ぬ運命じゃない和也君が死にそうになってしまって、かなりあわてて僕に泣きついてきたんだ。僕神様だからね」
え? 運命率って泣いたりするの?
いや、それよりも、何よりも、和也のこと!
「和也が死んじゃうってほんと!? 絶対ダメ!」
私がテディベアの胸ぐらをつかんでそう言うと、テディベアはおっふおっふ言いながら苦しそうな顔をした。
「いや、だ、大丈夫。僕と、ゲホ、しても望まない形、だ、ゲホ、から。そうならない、ゲホ、ように……ゲホ、あ、あの、お、下ろしてくれる?」
テディベアが苦しそうな様子に気が付いて慌てて下ろした。行けない私ったら。すぐに手が出ちゃうんだから。
「ごめんなさい」
「あ、ううん。それにしてもすごい力だね。僕驚いちゃったよ。あ、でね、安心して欲しいのは、和也君は死なないよ。それで異世界ってことなんだよね。色々こちらでも協議した結果、二人のことは、元からなかったことにしたいから、このまま異世界に転移して貰うってことになったの」
え?それって、どういうこと?もしかして、
「……日本には、元の世界には戻れないの?」
「うん、こちらの都合で申し訳ないんだけど、君達の存在は世界の均衡を崩す恐れがあるんだ。こっちの世界は色々決まりが多くてね。ちょっとの乱れも世界崩壊の危険に及ぶんだ。だから、君たちは異世界にいってもらう。そっちの世界は決まりがほとんどなくて、緩いし、異物が入っても問題ない。これは、必要な緊急処置。普通はこんなことやらないんだけど、ほんと、君たちってイレギュラーなんだよね。僕驚いちゃったよ」
「そんな……! だって、道場は……?」
「いろいろ未練もあると思うけれど、新しい世界も悪くないよ。うまく溶け込んで行けると思う」
「そんな勝手に……!」
だって、あの道場はお父さんとお母さんが残してくれた私の大事な……。
と考えて、私はあることに気がついた。あの世界が全て決まった運命の上で回っているのだとしたら……。
「いやぁ、本当に君達には悪いことしたよ。特に和也君はもともと死ぬはずもなかったのにね。お詫びと言ってはなんだけど、新しい世界に転移する時にプレゼントをあげる。
異世界には、スキルっていう概念があってね、そのレベルが高いと色々できるんだけど、ちゃんと経験や修行をしないとレベルが上がらないんだよね。でも今回は特別に元いた世界の経験を反映させてスキルを多めに振り分けてあげる。だから、言葉も通じると思うよ。すでにこちらの世界の言語を習得しているでしょ? 日本語かな? そのおかげで向こうの世界に行った時に、言語スキルを既に持っている状態になるから。向こうにいっても言葉には困らないよ」
なんだか、楽しそうに語るテディベアを私は睨みつけた。
「ねえ、運命が全て決まっているっていうのなら、私や和也のお父さんやお母さんが死んだのも? 決まっていたことなの? ……それって、あなたが決めたことなの?」
声が震えた。
テディベアはきょとんとした顔で首をかしげる。
「いや、運命を決めているのは僕じゃないよ。それはもともと決まっていることだからね。僕たちは、もともと決まった運命を、運命の通りに遂行するように調整しているに過ぎない」
それってどういうこと、なんだろう? このテディベアが決めたことじゃないのはわかった。でも、それを遂行しようとしたのはこのテディベアってことで、つまり、このテディベアが……。
意味のないことだと言い聞かせて、忘れようとした感情が溢れ出てきた。
どうして私が、大好きな家族を失わないといけないんだと、世界を呪った1年前の自分を思い出す。
横で和也が小さく息を吐いた。
「ひとつ確認したいんだが、その新しい世界、異世界に行ったら俺たちはまたその決まった運命っていうのがあるのか? また桜子が命を狙われたりはしないのか?」
「ないよ。さっきも言ったけれど、そこはおおらかな世界なんだ。ある程度役割を決めてはいるけれど、命の生死までは決めてない。だから、桜子ちゃんの命が運命律によって執拗に狙われることもないよ」
和也はそれだけ確認すると、覚悟を決めた顔で私を見た。
和也は、異世界に行く気だ。もっともこのテディベアの話しぶりからして、ほかに選択肢もなさそうだけど、でも、やっぱりモヤモヤする。
「和也、ごめん。私のせいだね。和也はもともとこんなことに巻き込まれるはずじゃなかったのに……」
「いいよ。あの時、家族と一緒に桜子までいなくなっていたかもしれないって、考える方が、こわい。俺は桜子がいてくれるなら、なんでもいい」
「和也……。和也は本当にお姉ちゃん思いだね! ありがとう。私も、決めたよ。……でも異世界に行く前に、やっておきたいことがあるの」
私はそう言って、テディベアを見下ろした。
「ねえ、神様。大人しく一発殴られて欲しいの」
「え? 殴るの? 僕を? どうして?」
「運命っていうのは神様が決めたことじゃないのもわかってる。それを遂行しなくちゃいけないのも、きっとそういう仕事なんだと思えば理解できなくもない。でも、やっぱりどうしても、すっきりしないの。私の大好きな家族を奪ったって、思っちゃう」
そう言いながら拳を握り締めた。冷静になろうとして、口調もゆっくりを心がけたけど、思いのほかに力が入って、拳が震える。
テディベアは私のその様子を見ると、軽く頷いた。
「いいよ。それで桜子ちゃんの気が済むなら、一発じゃなくて、何発でも殴っていいよ。僕も久しぶりに感情をもつ知的生命体と話したから、もしかしたら失礼なこと言っちゃったかもしれないしさ。さあ、どうぞ」
と言って、テディベアが、目をつむって胸を張った。
「ごめんね、テディベア、の神様……」
私はそう言って、握り締めた拳を構えると、横から慌てたような和也が割り込んできた。
「さ、桜子、落ち着けよ。その前に、このぬいぐるみに確認したいことがある!」
そういった和也は神様の方に、顔を向けた。
「お前、神様なんだろ? その万が一、体が粉々になっても、大丈夫なのか? その、世界的に」
「粉々に……? 大丈夫だよ。この体、こう見えてとっても大丈夫なんだ。女の子が殴ったぐらいでどうこうできるような体じゃないよ。それに、万が一粉々になっても、再生するし……再生している間は運命律っていう機関が代わりに僕の業務も代行してくれるはずだし、うん、問題ないよ」
「そうか。よかった。なら、桜子、やっていい」
「うん……! 和也の気持ちも、この拳に乗せるからね! あ……ちょっとまって、私も最後に聞きたいことがあるんだけど、ねえ、新しい世界ってどんな世界なの? 強くて漢気のある人はいる?」
「漢気? というのはよくわからないけれど、新しい世界にはモンスターと呼ばれる人にとって食物連鎖的に上位の生き物がいる。ただ、人には魔法やスキルを持っている人もいるし、魔物は貴重なアイテムを落としたりするから、強い人間は逆に魔物を狩っている側面もある。だから全くの上位種族というわけではないけれど、その関係で、元いた世界より体の構造的に強い人間が多いと思うよ」
「そう、なんだ。わかった。ありがとう。それじゃあ、いくね」
私はそう言って、拳をひいて、低く構えた。
憎しみや、怒りは、この一発に全て込める。
それで、いつもの元気を取り戻す!
私は呼吸を整えた。
-------ブン
風を切るような音とともに、テディベアの鳩尾のあたりに私の拳が炸裂した。
今までに感じたことがないほどの憤りを込めたせいか、今まで私の人生で放った拳のなかでもっとも強い一撃だという確信が体中に伝わる。
テディベアは、体をくの字にさせて、そしてまるで風船が割れるように体が粉々に砕け散った。
中に入っていた白い綿が雪みたいに舞っている。
そして白い部屋がぐにゃりと歪んだ。
「まさか、この僕が粉々になるなんて……僕、驚いちゃった、よ……」
最後にテディベアの声が聞こえた。
これだけ書いてまだ異世界に転移していないというね…
難しい…
次でやっと異世界です!