サクラコ、お弁当を振る舞う
「ルーク! そっち行ったわよ!」
「わかってる!」
そう言って、ルークさんは、突進してきた魔物に向かって、大剣を振り下ろすと、魔物は頭頂部から胸にかけて、サクっと割かれて、絶命した。
地面に体を臥せった魔物はしばらくすると霧散し、小さな水晶のような石になる。
ガンジさんはそれを拾い上げて、光に透かすように太陽に向かって掲げると値踏みするみたいに石を見た。
「これも、小さいやつだな。まあ、キラーラビットだから、こんなもんか」
そう言って、胸ポケットにヒョイと石を入れる。
レイラさんのパーティーはさすがにベテランというか、息がぴったり合っていて、魔物が出てきても、危なげなく倒してくれる。
私とカズヤはいつも離れたところでモロゾフさんの背中に隠れながら様子を見守っていた。
それにしても、ルークさん、相当つよい。
だいたいあの身の丈ほどありそうな大剣を軽々と振りまわせるのだから、それだけですごいのに、動きも早いし、隙がない。
レイラさんやガンジさんも、立ち回りなどはうまくできているけれど、基本は補助に回ることが多くて、魔物のとどめはいつもルークさんがおこなっていた。
ルークさんだけ、なんというか、別次元の強さという感じだ。
ルークさんは、血の付いた大剣をふって血をふるい落とすと、背中に大剣を背負い直す。
……かっこいい。
「この先に、少し休めそうなところがあるみたい。そこでお昼休憩にしない?」
心なしか、ちょっと疲れた声でレイラさんがそう言うと、ほかのメンバーは了解という具合に返事をした。
レイラさんは、あんまり体力がないのか、すでに疲れが見えてる気がする。顔も赤いし、息も切れてる。
いや、顔が赤いのはお酒のせいか……。レイラさんは、常に酒瓶を片手に持って、飲んだりしている飲んべぇさんだから。
それからはレイラさんの誘導で、魔物を狩ったり、珍しい薬草を教えられながら採取したりして森を進んでいくと、小さな泉が見えてきた。
どうやらここが先ほどレイラさんが言っていた休憩スポットらしい。
「ここで一度休憩よ!」
と、レイラさんがそう言うと、お腹を空いた私たちは喜んで賛同した。
「実は、今日、お弁当を持ってきてます!」
と言って、私はカズヤが背負っているリュックから、お弁当を取り出す。
へへ、今日の朝早起きしてまた昨日と同じキッシュを焼いていたのです!
「へぇ!弁当! これは嬉しいね!」
そう言いながらカンジさんが、近くに来て
私から弁当を一個受け取る。
ガンジさんは、子供みたいな笑顔をで大きな葉っぱに包まれた弁当を開けて、中身を確認した。
「ん? パイ? 違うか……なんだろうこれ、初めて見る」
すでに三角に切られて包まれていたキッシュを見て、ガン時さんが首を傾げた。
「あーでも、すごいいい匂い。お、それより、これをみんなで分けるとなると、どうやって分けようか、おれの分をこっそり多めに……」
とガンジさんが真剣な顔で悩み始めたので、私は和也のリュックに手をつっこみながら声をかける。
「ガンジさん、大丈夫ですよ! これは一人分の弁当なので、ちゃんと人数分用意してます」
私はそう言いながら、和也のリュックから、また弁当を取り出した。そしてまた一つ、また一つ……。
私が取り出していくと、なぜかガンジさんが驚いた顔で、私を、というかリュックを見つめている。よく見れば他のメンバーも目を見開いてこちら目を向けていた。
え、なんだろうか。
最後の弁当を取り出して抱えると、和也と一緒に首をひねった。
「そ、そのリュックの容量、どうなってるんだ? 明らかに、この量の弁当が入る大きさじゃないよな!?」
ああ、なるほど、このリュックの容量に驚いていたのか。
私は、このリュックの持ち主である和也に視線を向けると、和也はガンジさんのほうを向きながら呆れたような顔をした。
「なんでそんなに驚いてるんですか? 俺が、収納魔法を使えるの、知ってますよね?」
「いや、知ってたけど、だからって、こんなに収納できるなんて思わなかったよ! どんだけ収納魔法のスキル高いんだよ!?」
あまりの驚き方に今度は私と和也が目を見開いて驚き、目線を合わせ、小声で話すために顔を寄せた。
「な、なんかめちゃくちゃ驚かれてるけど?」
「そんなに驚くほど、スキルのレベルが高いのか? そういえば、神様をスキル多めにふられてるっていってたし、その影響か?」
私と和也がこそこそと話していると、ガンジさんから「やはり、君たちはルークの……」という声が聞こえた気がして、ガンジさんのほうを向くと、いつもの人の良さそうな笑顔を浮かべているだけだった。
気のせい……?
「まあ、できないより、出来る方がいいに決まってるさ。和也、お前すごいな!」
「ほんとうに! すごーい! 和也君って、すごい商人なんじゃないの? 実家も商家?」
そのあとは、レイラさんもルークさんも笑いながらカズヤの収納魔法がすごいという話題で盛り上がった。
深く追求もされなかったし、和也が褒められてなんだか嬉しい。
しかし和也は褒められすぎて照れたのか、「もう、いいから、ご飯食べましょうよ」と話題を変えて、私の弁当をみんなに差し出した。
和也は照れ屋さんだからなー。
「やっぱり料理人がいると食事の時間もたのしいなぁ。今までは、だいたい固いパンとか固い肉とかかじってるだけだったしね」
そう言って、ガンジさんは、キッシュを頬張る。
「うん! うまい! なんだこれ! すごいうまいぞ! レイラも食べてみなよ」
と言って、ガンジさんは自分の手元にもキッシュがあるのに、なぜかレイラさんのキッシュも一口かじった。
結構食いしん坊さんだ。
それからみんなでわいわいとキッシュを食べる。キッシュはおいしいしみんな喜んでくれるし、本当にうれしい。
そして、近くでもそもそとキッシュを食べていたモロゾフさんが突然立ち上がった。
「ジャガイモの素材のうまみはもちろんのこと、チーズの塩味がジャガイモのうまみをより引き出している。それになんともいえない、まろやかにまとめられた絶妙なる味わい。この一品、まさしく至宝の料理なり!」
盾戦士モロゾフさんは突然そう叫ぶと、私含む周りのメンバーは驚きの表情でモロゾフさんを見て固まった。
だって、モロゾフさんって、今までずっと無口で……。無口なクマみたいな大男って感じのキャラだったから……。
ど、どうしたんだろう、いや、内容はほめてくれてる内容だから、うれしいのはうれしいのだけれど……。
「モ、モロゾフ、どうしたの?」
レイラさんが恐る恐るそういうと、モロゾフさんは、はっとしたような顔をして座った。
「すまない。少し興奮していたようだ」
そして、またキッシュをもそもそとモロゾフさんは食べ始めた。
モ、モロゾフさんって結構変わってる人なのかな。
「まあ、サクラコちゃんの料理がおいしすぎて感極まる気持ちはわかるよ。それにこの料理……たぶん、おいしいだけじゃなくて、なんか、すごくないか?」
ガンジさんがちょっと戸惑うようにそういってきて、ルークさんが首をひねった。
「どういうことですか?」
「実はさっき、歩いてる時に、枝にひっかかれてひじ擦りむいたはずなんだが、もう治った」
「え? もしかして、これ、この料理って! 特殊能力付きなの!?」
今度声を荒げたのはレイラさんだ。
惑う私に、和也が顔を寄せてきた。
「桜子が唯一使える、料理系の魔法があっただろ? それをこのキッシュに向かって使ってみてくれるか?」
「魔法? わ、わかった」
私はそう言って、呪文を唱える。
「ジュージューボコボコトントントン ジュージューボコボコトントントン」
私がその呪文を唱えると、脳内に魔法の声が聞こえる。
『ジャガイモとチーズのキッシュには、身体回復(小)、気力回復(小)、吐露効果(小)の効果がついています』
「あ、声が聞こえた。この料理には、身体回復(小)、気力回復(小)、あと、吐露効果(小)っていうのがついてるって」
私がそういうとレイラさんが、喜々とした顔で私の手を握った。
「すごい! すごいわ! サクラコちゃん! 特殊効果を付加できるような料理が作れるなんて! しかも三つも! 料理人としてのスキルレベル相当高いんじゃないの?」
「そ、そうですかね? え、えへへ」
ものすごく褒められて、なんだか照れる。
モテるために努力して身につけた趣味のお料理がこんなところで役立つなんて!
「本当にすごいなぁ。というか最後の、吐露効果って何だ? あんまり聞いたことないな……」
そうガンジさんが言って首をひねった。
確かに吐露効果って、なんだろう。
するとすっと和也が、口をあけた。
「たぶん、それ、サクラコが作った料理に対して思わず感想とか言っちゃう効果だと思う。俺も昨日それ食べて、なんか、うずうずした。だから、たぶん、さっきのモロゾフさんみたいに……」
といって和也がモロゾフさんのほうをみると、みんなもモロゾフさんを見る。
モロゾフさんは決まり悪そうに目を泳がせた。
「さっきの突然のモロゾフの叫びはそういうことね。たぶん魔法抵抗値が高いと感じないぐらいなのでしょうけど、モロゾフは魔法抵抗値が低いから。となると、この無口な堅物に何かしゃべってもらいたいときはサクラコちゃんの作ったお料理を食べさせればいいわけね!」
そういってレイラさんは本当におかしそうにくすくすと笑った。
それにつられたようにまたにぎやかな食事になってきたけれど、というか吐露効果なんてもの、何でついたんだろう……。
ま、まるで私が感想言ってほしいからそんな効果をつけたような感じじゃないだろうか……?
いや、確かに実際おいしいって言ってほしいけれども! でも、そんな効果を付与してしまう自分がなんか恥ずかしい!
「それにしてもサクラコちゃんにしてもカズヤくんにしても不思議な組み合わせよね……。
カズヤくんの収納魔法は、はっきり言って初心者というレベルを超えてるし、サクラコちゃんの調理スキルにしたって、本当にすごいわ。あらゆる国の料理を研究して食して、調理しないと使えないレベルなのよ」
そうレイラさんに言われて、改めて考えてみる。
前世の環境だと、私みたいな小娘でも、世界各国の料理を手軽に食べれたし、本やインターネットなんかを使えば、料理だっていろんなものを知ることができた。
もしかしたらそれが影響したのかもしれない。
「やっぱり、カズヤくんとサクラコちゃんは……」
と小さな声でレイラさんがつぶやくのを見ていると、レイラさんは、ハッとしたような顔をして私に笑顔を向けた。
「サクラコちゃん、ほんとうにおいしいわ! 最高よ!」
そう言って、残りのキッシュを食べるレイラさん。
なんだかちょっとごまかしたような感じ?
少し気になることがありつつも、楽しいランチは無事に終了した。