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人型潜行機動兵器〈伊號〉  作者: 樫野そりあき
一章 『傭兵と海賊と』
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 まずカイトは、霧汐軍社と合流する手筈となっていた。事前にユーミから示された会社の場所とは、このポートノースではなく、その他の浮揚軍港でもない。軍社の商売道具、通常動力型潜水艦〈きりしお〉である。この潜水艦そのものが本社機能を有していた。待ち合わせのポイントには、南シナ海南部の海域が指定され、その海図上に示された座標に伊號で向かわなければならない。


 伊號のバッテリー充電は完了。カイトはコクピットに入り、ヨナを伊號のコントロールシステムと同期させる。コンソールのサブモニターにパスワードを入力すると、すでに搭載されているAIが機械的な口調で接続が確認されたことを報告してきた。


『汎用AIちゃーん。バトンタッチですよー』


 端末の画面がサブモニターに移る。ヨナは自ら機体にシステムチェックをかけ、カイトはコクピットのハッチを閉める操作を実行。正面の視界用ディスプレイが降下したあと耐水圧扉が閉められる。


 コクピット内が真っ暗になる前にメインカメラが起動し、視界モニターが格納庫内を映し出した。最後に、操縦席への入口付近で胴体正面の装甲が閉じられ、コクピット内の気密を調べるために内圧が高められた。


『機内の気密確認、バッテリーチェック、バラストタンクチェック、全推進器チェック、全ラダー中央。操舵系の確認を終了しました』

「きこえるかダグ。潜行用意よし。コースに降ろしてくれ」


 カイトのヘッドセットマイクで通信をうけて、伊號の前に立っているダグは手に持ているタブレットのようなものを操作した。重々しい轟音とともに格納庫の地面が陥没するように沈み込む。ちょうど一機ぶんの面積のエレベータが油圧操作によって、コンクリート製の縦穴を下がっていく。するとダグが出航手続きをとる通信がスピーカーから聞こえてきた。


「こちら、第78番借り格納庫。オペレーター名はダグだ。出航管制局、応答を」

「出航管制、聞こえている」

「コースへの注水、外扉の開口、出航許可をくれ」

「了解した、搭乗者はコードネームを示せ」


 カイトは、サブモニターに搭乗者認識番号を打ち込む。

 管制へ送ったあとで通信を開いた。


「コードネームはブルー(ツー)。番号は送信した通り」

「オーケーだ。ブルー2、出航を許可する。深さ十五メートルより深く、ゆっくりと潜行せよ」


 ――ふかく、ゆっくりと?


 カイトが笑う。その意味をヨナは知っている。エレベーターはいつのまにか最下部まで達しており、目の前には四角いトンネルが口を開けている。格納庫の照明も縦穴の底まで照らさないので薄暗かった。上部の扉が閉じられ、唯一の光源も失われた。


 代わりにトンネル内の誘導灯が発光して出口までの道筋を教えてくれる。ダグが注水を開始することをカイトに伝達すると伊號の足もとに海水が流入し、コースは水没する。


「ヨナ、(いかり)をあげろ」

『了解』


 固定されていた分銅型アンカーが開放される。ワイヤーが巻き上げられ、ふわりと機体は浮き上がった。カイトは慌てて注排水レバーを操作し、手動でバラストタンクへ海水を注ぐ。


「浮力をゼロにしろ。機は水平。バラスト調整まかせる」

『まかされよー。脚部タンク排水、(けん)部タンク注水。機を海面に対して水平にします』

「ダウン九十度、いいぞ。潜横舵を展開」

(よう)部、潜横舵展開。高機動モードに移行します』


 脚部の弁から水が吐き出す。肩部から空気が噴き出された。伊號は、水中でうつ伏せのような体勢となる。胴体部分のメインバラストのほか、脚と肩のタンクに注排水をかけることで伊號の姿勢制御が可能。直立するには足に、逆に頭を下にするには肩に注水する。水平の体勢にするには同等の重さに調整すればよい。この機能こそ、陸戦型のAFMにはない水中戦用のAFM-Dならではの姿勢制御の方法だった。


「ブルー2へ、用意はいいかカイト」

「いつでもいい、ダグ」

「よ~し。外扉開口、射出用海水流動装置を作動する」


 この体勢において、伊號の頭部は少しだけ見上げるような形になる。そのメインカメラは、眼前の四角いトンネルの先に外の明るさをとらえる。


 ついに扉が開いた。


 スクランブルコースに満たされた海水に流れが生じると、機体は押し出されるようにしてトンネルを潜行した。アイドリング状態のウォータージェットの出力を上げる。アクセルを踏み込む。トンネルから抜け出し、伊號は陽光が降り注ぐ青い世界を駆けた。


「とっとと深度を取れ、罰金とられるぞ」

「立て替えておいてくれ」


 するとやはり、交信中に管制から通信が割り込む。

 ダグは「案の定だ」と忌々しそうに通信を切った。


「ブルー2! 航行深度をさげろ! 停泊している船舶を危険に晒すつもりか!」

『心配いりません。確信犯ですから』

「誰だ貴様! 子供を乗せているのか!? とにかく、いますぐ深度を――」

「やかましい」


 カイトも、出航管制との通信をきる。さらにアクセルをふかしてスピードを上げた。スクリュー型魚雷とほとんど同じ速度。速く、レスポンスもいい。これはもう――伊號ではない。魔改造という言葉がもっとも相応しい改良。まるでレース競技用だ。アクティブ・ソナーに反応があった。前方に障害物が増える。船舶の腹だった。


「分かってないな。指定された深度は航行するAFM-D多い。大混雑で暗い深みよりも、明るくて障害物が見えやすい浅瀬を行った方が安全だ」

『ふーん? 理由はそれだけで?』


 ヨナの声には笑いが(ふく)まれている。ソナーの反響音の他に、接近警告音が機内に響いていた。視界モニターには、前方に黒く見える船底がコンピュータ・グラフィックスで人の目にわかりやすく縁取りされている。


「デカい障害物は、分かりやすくていい」


 さらに近づく。船の外鋼板に打ち付けられた(びょう)が見えるほどに。ギリギリのところで操縦桿(そうじゅうかん)をさばき、機体を反転させる。きらめく海面が見えた刹那、船と伊號の腹がすれすれで交差。船のエンジンピストンとスクリューの音が一瞬近づき、すぐ遠ざかった。


「な、安全だろ?」

『楽しそうですねえ』

「つまらないか?」

『いえ、最高のゲームです』

「さすが相棒。分かってるじゃないか」


 カイトは、スムーズに伊號を横転させて次の船に向かう。前方に見えるのは満載のタンカーのようだ。船底が深い。


「腹一杯つんでるな。ヨナ、やってみろ」

『いいんですか?』

「まかせる」

『了解! コントロール、フルオートに設定!』


 ヨナによる自動操舵で、潜横舵にダウントリムがかけられると伊號は急速に潜行する。肩のタンクに注水され、頭が下を向いて降りていく。船底を越えると機体を横転させつつ浮上に転じた。


『ひゃっはー!』


 カイトの操縦から学習した見事なヨナの機体コントロールである。スムーズに動かせるようになったものだと感心するカイト。最高の機体と、最高の操作補助AIが揃ったいま怖れるものはないように思えた。


 ヨナは次のターゲットを捉えていた。

 少し遠くに見える、小さめの貨物船である。

 船の横腹が近付く。スピードは上昇していった。

 それを見たカイトは、操縦を手動に切り換える。


『あっ! 横取り!』


 ヨナの抗議を尻目に、さらにアクセルを吹かす。

 海面が迫り、船との距離が一気に縮まってゆく。

 衝突寸前に操縦桿を倒し、アクセルを踏み直した。

 伊號は海面真上に進行方向を変える。

 AFM-Dとしてあり得ない方向にその身を踊らせた。


 伊號は、貨物船の上空を飛翔したのだ。


 飛び魚のように海水の軌跡を空に描き、機体は陽光を跳ね返してきらめいた。カイトには、船上の船乗りたちの驚く顔が一瞬見える。機体が着水する頃になれば、彼らの驚きは賛美に形を変え、船上で口笛や拍手が巻き起こっていることをカイトが知るわけもなかった。


 カイトの目は輝く。素晴らしい機体である。


 欲を言えば、すべての操舵機能装置の反応が敏感すぎるのが気にくわないところ。調整が可能だ。しかし、落ち着いて操作できているうちはいいのだが、戦闘態勢となれば感覚がかなり違ってくる。


 合流地点まで航行中に戦闘はないだろう。そう思っているカイトは、落ち合う予定になっている潜水艦のことを考えた。彼がユーミ社長に伝えた条件とは「艦長が気に入らなかったら契約はなし」といったもの。戦闘するにおいて、信頼できぬ艦長のもとでは命がいくつあっても足りない。カイトはユーミに強調して訴えたが、彼女は「その点は心配要らない」と自信有り気に語ってはいた。条件は条件だ。判断するのはカイトである。


 ちなみに出港時違反の罰金は、後日にダグがきっちり支払いを済ませていた。その分、カイトのローンが上乗せされたことは言うまでもない。




 *   *   * 




「見たか?」


 カイトの後方に、怪しげな単座戦闘潜行機が無音航行している。数は三機であった。一機の潜行機が潜望鏡を下ろす。そして急速に潜行をかけると、いま見た映像を仲間の機体送信してから回線を開いた。


「あぁ、AFM-Dが空を飛びやがった」

「凄い。いいもの見れたっす……」

「感心してる場合かよ」

「まともな機体じゃない。値は高くつくぜ」

「それに単機とは。襲ってくださいって言ってるようなもんだ」

「じゃあ九竜(クーロン)隊長に報告っすね」


 気付かれないよう静かにブイアンテナを出して、暗号化された音声通信をクーロンという名の男に接続する。落ち着き払った彼の声がスピーカーの向こうで応答した。


「クーロンである」

「隊長、上等な獲物です」

「例の故障レーダーの海域に向かうか」

「今のところ、そっちの方角に」

「尾行すべし。アタケ丸の見送りを済ませ次第、我らも急行する」


 ぶちりと交信が終わると、戦闘潜行機は伊號の届かない深度二〇〇メートルへ沈んでいった。三匹の狼がカイトの後ろにつく。彼らこそ、数日前にカイトの目の前で日本の商船を襲った連中であった。

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